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「塞翁が馬」あまり聞かない言葉ですが、具体的にどういう意味で、どういう時に使う言葉ですか?
詳しい方、よろしくお願いします。

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A 回答 (7件)

昔、中国北方の塞(とりで)近くに住む占いの巧みな老人(塞翁)の馬が、胡の地方に逃げ、人々が気の毒がると、老人は「そのうちに福が来る」と言った。


やがて、その馬は胡の駿馬を連れて戻ってきた。
人々が祝うと、今度は「これは不幸の元になるだろう」と言った。
すると胡の馬に乗った老人の息子は、落馬して足の骨を折ってしまった。
人々がそれを見舞うと、老人は「これが幸福の基になるだろう」と言った。
一年後、胡軍が攻め込んできて戦争となり若者たちはほとんどが戦死した。
しかし足を折った老人の息子は、兵役を免れたため、戦死しなくて済んだという故事に基づく。
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この回答へのお礼

ご回答いただきありがとうございました。

お礼日時:2016/05/30 12:20

意味は先行コメントでよいでしょう。

ちょっと疑問を感じるところもありますが。
「塞翁が馬」と「人間万事塞翁が馬」のどちらが本来の形か。
 →本来は「塞翁が馬」。「人間万事塞翁が馬」はかなり出自があやしいらしい。
「人間万事塞翁が馬」の「人間」はどう読むのか。
 →個人的には「じんかん」と読みたいが、どうも「にんげん」が優勢らしい。

 それはさておき本題。
「塞翁が馬」どういう時に使う言葉か。
 これは個人的には非常に使いづらい言葉だと思っています。
 詳しくは下記をご参照ください。

【突然ですが問題です【日本語編1】──解答?編2】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1108. …
 以下は一部の抜粋(重言)。
==============引用開始

 で、この「塞翁が馬」って言葉はどういう場面で使うか。
 意味が近いことわざは「禍福は糾える縄の如し」だろう。これは使う場面は……ねえよ。
 基本的に結果論でしか使えない言葉だと思う。現在進行形の事柄に使うと相当おかしい。
 善いことがあった人に、「好事魔多し」みたいな意味で使ったら性格がtobiすぎる。「縁起でもない」って殴られるよ。かと言って自分のことで「いいことばかり続かないから」とか戒めるのも相当ヘン。
 悪いことがあった人を慰める意味で使っても的外れだし、ヘタすりゃ通じないと思う。「悪いことばかりじゃないから」とかくらいならまだアリだろうか。
 結局、波瀾万丈の人生に関して結果論として「〈塞翁が馬〉などと申しますが……」と語るしかない。そんな言葉が使えるのは、落語か講談だよ。
 このテの言葉は文章をジジムサくするから、ウカツに使ってはいけない。
 詳しくは下記参照。ハハ。このときにも「塞翁が馬」が出てきてる。
 ……お、終わらん(泣)。

【第2章5】伝言板7-1  比喩の使い方
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-133.h …

【続きは】↓
148【突然ですが問題です【日本語編1】──解答?編3
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1109. …

==============引用終了
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この回答へのお礼

ご回答いただきありがとうございました。

お礼日時:2016/05/31 15:25

意味的には前述のとおりと思うが 使い方は難しい。



「一寸先は闇」といった 何があるかわからんというもの。
「柳に風」といった 何が起ころうと囚われず 受け流し在れというもの。
「禍福は糾える縄の如し」といった 悪いことがあればいいこともあるよ というもの。
あるいは消極的に「何をしようと無駄だから世の中に任せて」といった使い方もある。
因果は人には掴めぬもの 超然として立てといった信念の話にもなる。
「へこたれるな」といった 根性の話にもなる。

やっぱり難しい。
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この回答へのお礼

ご回答いただきありがとうございました。

お礼日時:2016/05/31 15:25

人間万事塞翁が馬、ダジャレに近くは人間万事西行が猫。


七転び八起き。
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この回答へのお礼

ご回答いただきありがとうございました。

お礼日時:2016/05/31 15:25

元都知事の青島幸男が書いた「人間万事塞翁が丙午」という小説を読むと分かるよ。

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この回答へのお礼

ご回答いただきありがとうございました。

お礼日時:2016/05/31 15:25

意味:良い意味でも悪い意味でも、未来は予測できないもの。

幸せや災いは予測できないもの。
使い方:何かし始めようって時とかに、気を引き締める意味で使ったり。
「人間万事塞翁が馬、油断しないで気合いれていこう!」とか。
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この回答へのお礼

ご回答いただきありがとうございました。

お礼日時:2016/05/30 12:20
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この回答へのお礼

ご回答いただきありがとうございました。

お礼日時:2016/05/30 12:19

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Q人間万事塞翁が馬の人間

「人間万事塞翁が馬」の「人間」は(にんげん)(じんかん)どちらが正しいのでしょうか?


「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。」の人間もどちらの読みが正しいのでしょうか?


ちなみには私は「にんげん」が正しいと思っていました。

どちらが正解なのかよろしくお願いします。

Aベストアンサー

1)「人間万事塞翁が馬」
「にんげん」でも「じんかん」でも間違いではありません。
 個人的には、「じんかん」が本来の読み方だと考えています(「人間到る所青山あり」も同様です)。しかし、近年の辞書は「にんげん」が優勢のようです。いつからそんなことになったのでしょう。

2)「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」
「じんかん」ですかね。
http://www.weblio.jp/content/%E4%BA%BA%E9%96%93%E4%BA%94%E5%8D%81%E5%B9%B4
================引用開始
人間五十年
読み方:じんかんごじゅうねん
別表記:人間50年

「人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり」という詞章の一部。幸若舞「敦盛」に見られる言い回しで、織田信長が好んだとされる。「人間五十年」は元々、人の世の五十年の歳月、という意味であったが、最近では人生50年と解釈されて用いられることも多い。
================引用終了

 しかし、これも近年の辞書の解釈だと「にんげん」と読むべきかもしれません。『大辞泉』は、「にんげん」の例文で「人間五十年下天のうちをくらぶれば」としています。
 詳しくは下記をご参照ください。
【突然ですが問題です【日本語編1】Yahoo!知恵袋ver. 人間/人生到る所青山あり 人間/人生万事塞翁が馬】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2559.html




 以下は一部の抜粋(重言)。
【問題】

【問1】
下記1)3)の「人間」にルビをふりなさい。

【問2】
下記の1)~4)のうち誤用はどれでしょう。

1)人間到る所青山あり
2)人生到る所青山あり
3)人間万事塞翁が馬
4)人生万事塞翁が馬

【解答?例】
【問1】
にんげん
「じんかん」も間違いではないが、「にんげん」のほうが意味が広い。辞書類も「にんげん」を本線にしているものが多い。
【問2】
考え方しだい。
辞書を見る限り、どれも「誤用」とは言い切れない。

【よくわからない解説】

まず【問1】。当方は長年、こういう場合の「人間」は「じんかん」と読むと思い込んでいた。いつの間にか世間の常識はかわったらしい。このことにはしばらく前に気づいた。
再確認のために辞書をいくつかひいて、当方はトンデモナイ泥沼に足を踏み入れたような気がしてきた(泣)。


ネット辞書(『大辞泉』)をひく。辞書のリンクがあまりにうるさいので、末尾にまとめる。
================================
人間(にんげん)到(いた)る所青山(せいざん)あり
《幕末の僧、月性(げっしょう)の「清狂遺稿」から》故郷ばかりが骨を埋めるべき土地ではない。大志を抱いて、郷里を出て大いに活動すべきである。→青山(せいざん)
================================
人間(じんかん)到(いた)る所青山(せいざん)あり
⇒人間(にんげん)到(いた)る所青山(せいざん)あり
================================
人間(にんげん)万事塞翁(さいおう)が馬
⇒塞翁(さいおう)が馬
================================

『大辞泉』を見る限り、
1)は「にんげん」(「じんかん」も許容)
3)は「にんげん」
そもそも「にんげん」と「じんかん」はどう違うか。
================================
にん‐げん【人間】
1 ひと。人類。「―の歴史」
2 人柄。また、人格。人物。「―がいい」「―ができている」
3 人の住む世界。人間界。世の中。じんかん。
・「―五十年下天のうちをくらぶれば」〈幸若・敦盛〉
================================
じん‐かん【人間】
人の住んでいる世界。世間。にんげん。
・「老人に身をやつしまして暫く―に住んでおりました」〈中勘助・鳥の物語〉
================================
要は「にんげん」のほうが意味が広い。「にんげん」の「3」の意味が「じんかん」をカバーしている。


納得がいかないので今度はネット辞書の『大辞林』もひいてみる。
================================
人間(にんげん)到(いた)る処(ところ)青山(せいざん)あり
→人間(じんかん)到る処(ところ)青山あり
================================
人間(じんかん)到る処(ところ)青山(せいざん)あり
〔補説〕 幕末の僧、月性(げつしよう)の「清狂遺稿」による
人はどこで死んでも青山(=墳墓の地)とする所はある。故郷を出て大いに活躍すべきである、との意。
〔補説〕 「人間」は「にんげん」とも読む
================================
人間(にんげん)万事(ばんじ)塞翁(さいおう)が馬
→塞翁(さいおう)が馬(うま)
================================

『大辞林』を見る限り、
1)は「じんかん」(「にんげん」も許容)。『大辞泉』とは逆になっている。
3)は「にんげん」
「にんげん」と「じんかん」に関しては、『大辞泉』とほぼ同様。
手元の『広辞林』をひく。事情はさらに悪くなる。
『広辞林』には「人間(じんかん)」って項目がない。当然「青山」も「塞翁」も「人間(にんげん)~」になっている(乱暴な略し方に、憤りが表われている)。


今度は『成語林』をひく。
人間(にんげん)到る処青山あり(「所」ではなく「処」)
※説明中に〈「じんかん」とも読む〉とある。
人間(にんげん)万事塞翁が馬→塞翁が馬
こうして並べると、「にんげん」のほうが圧倒的に優勢。
「塞翁」のほうは全部が「にんげん」。
「青山」のほうは、『大辞林』だけが「じんかん」を本線にしている。『大辞泉』と『成語林』は「じんかん」を許容扱い。
とくに納得できないのは『成語林』の態度。出典の『淮南子』人間訓に「えなんじ」「じんかんくん」とルビをつけている。でも言葉のほうの読みは「にんげん」ですかい。

ちょっと事情があって3)4)の話を先に書く。
3)人間万事塞翁が馬
4)人生万事塞翁が馬
これは一応3)が正解。ネット辞書は『大辞林』『大辞泉』とも「塞翁が馬」を見なさいとしている。

まず『大辞泉』。
================引用開始
塞翁(さいおう)が馬
《「淮南子(えなんじ)」人間訓から》人生の禍福は転々として予測できないことのたとえ。「人間万事―」
◆昔、中国の北辺の塞(とりで)のそばに住んでいた老人の馬が胡(こ)の地に逃げたが、数か月後、胡の駿馬(しゅんめ)を連れて帰ってきた。その老人の子がその馬に乗り落馬して足を折ったが、おかげで兵役を免れて命が助かったという故事から。
================引用終了

次は『大辞林』。
================引用開始
塞翁(さいおう)が馬
人間の禍福は変転し定まりないものだというたとえ。人間万事塞翁が馬。
〔補説〕 「淮南子(人間訓)」から。昔、塞翁の馬が隣国に逃げてしまったが、名馬を連れて帰ってきた。老人の子がその馬に乗っていて落馬し足を折ったが、おかげで隣国との戦乱の際にも兵役をまぬがれて無事であったという話から
================引用終了

まあ、似たようなもんだ。では4)は誤用かと言うと、そうは言い切れない。
両方の辞書とも非常に重要なことを書き落としている。

【語源由来辞典】
※あんまり余計なことは書きたくないが、最低でもこれくらいの解説は欲しいよな。辞書の記述だと何がなんだかわからない。
http://gogen-allguide.com/sa/saiougauma.html
↑にあるように、元々の言葉は「塞翁が馬」。これにあとから「人間万事」が追加されている。誰が追加したかわからないんだから、「人生万事」が誤用と決めつけるなんてナンセンス、って考え方もできる。
そう考えると、4)が誤用と断言する自信はない。あとから「人間万事」をくっつけた3)が正用と断言するする自信もない。

で、この「塞翁が馬」って言葉はどういう場面で使うか。
意味が近いことわざは「禍福は糾える縄の如し」だろう。これは使う場面は……ねえよ。
基本的に結果論でしか使えない言葉だと思う。現在進行形の事柄に使うと相当おかしい。
善いことがあった人に、「好事魔多し」みたいな意味で使ったら性格がtobiすぎる。「縁起でもない」って殴られるよ。かと言って自分のことで「いいことばかり続かないから」とか戒めるのも相当ヘン。
悪いことがあった人を慰める意味で使っても的外れだし、ヘタすりゃ通じないと思う。「悪いことばかりじゃないから」とかくらいならまだアリだろうか。
結局、波瀾万丈の人生に関して結果論として「〈塞翁が馬〉などと申しますが……」と語るしかない。そんな言葉が使えるのは、落語か講談だよ。

(以下略)

詳しくは下記をご参照ください。
【突然ですが問題です【日本語編1】──解答?編】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-1298.html

1)「人間万事塞翁が馬」
「にんげん」でも「じんかん」でも間違いではありません。
 個人的には、「じんかん」が本来の読み方だと考えています(「人間到る所青山あり」も同様です)。しかし、近年の辞書は「にんげん」が優勢のようです。いつからそんなことになったのでしょう。

2)「人間五十年、下天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり」
「じんかん」ですかね。
http://www.weblio.jp/content/%E4%BA%BA%E9%96%93%E4%BA%94%E5%8D%81%E5%B9%B4
================引用開始
人間五十年
読み方:...続きを読む


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