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こんなことして、なんになる?と思う事が最近よくあります。

これから着手しようとしていることが、
「単なる自分の思い込みなのでは、ないのか?」とか、
「自分が、必要と考えているだけで、周囲の人たちは、全くそんな事は必要として、いないのではないのか?」
「考えの方向が、全くズレているのではないのか。」

という不安に襲われる時があります。

こういう時に、判断を迫られた時、どうすべきでしょう。

やってみなければ判らない。と勇気を奮い立たせるべきか。
単なる思いつきで、可能性の少ない話として、その考えを無かったものにしてしまうべきか?

宜しくおねがいします。

A 回答 (12件中1~10件)

#7です。

何度もすみません。なんとなく、質問者さんは、物事を始める前・進めている最中の、自分の中での未来シミュレーションにおいて混乱しているような印象を受けました。人間、少し天の邪鬼だったり、自虐的な面がないと生きていけないので、あまり賛成されると気持ち悪い、というのはわかります。
で、もし100%賛成されても、やってみたら実際に障壁があるのだから。そこで現実的に悩めば良いのですから。今から先のことを考えて気が遠くならないようにしてくださいね。意外と、実際に問題に直面してみると、人間、切り抜けられるものですよ。
ご自分の天の邪鬼な点=少し変わった角度で物事を見られる点も、逆手にとって、長所としてみてくださいね。

あとは、他人の意見が気になる、というのは、そのことをする機が熟していないのかも、と思いました。本当にしたいこと、しなければならないことは、人がどう思うか、より人にどう納得させるか、という方向に悩み出すものなので。
今は勇気やパワーや実力をためて、いつでもいい波が来たら飛び乗れるように備えていらっしゃればよいのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

こちらこそ、何度もすみません。

>ご自分の天の邪鬼な点=少し変わった角度で物事を見られる点
気を使ってくれなくてもいいですよ、(w
誰も手を出せない状況になると、私のところに仕事が廻ってくる。
天の邪鬼として、周囲に認められてる(?便利に使われてるだけかも…)、
天の邪鬼というのを半ば自分で肯定してますから。
(なんで判ったのかな?)

>意外と、実際に問題に直面してみると、人間、切り抜けられるものですよ。
そうなんですよね、わたしも他人には、そう言ってきました、
なかなか自分には、言えないものですね。

>人にどう納得させるか、という方向に悩み出すものなので。
(引用ばっかで、すみません。)
そうなるまで、大リーガーのいちろーみたいに、もっと球を引き付けてみます。
ありがとうございました。

お礼日時:2004/07/19 22:49

#6です。


周りを気にするかどうかということですが、勿論ケース・バイ・ケースではありますが、私自身は余り気にしない時の方が多いです。
常に人目を気にしていては何も出来ません。周りに多大な迷惑がかかる事なら考えますが、ただ「この事を実行したら、周りの人間からどのような評価を受けるか?」ということのみを気にするようでは、結局は「事なかれ主義」となりがちですので、周りの目というのは余り気にしないことです。
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この回答へのお礼

ああ、答えてくださったんですね。

ありがとうございます。

回答を読んでいて、何となく言えることは(自分について、わかったことは)、周囲の人が(感情の面で)どう思う(感じる)か?ということのようです。

さっきの回答にもありましたけれど、不安や恐れは、充分な調査と計画による論理(言葉を借りると「万全の体制」)で、乗り越える、という感じなのかな、と思っているのですが…、
そういえば、そんなやり方もあったなあ、と思い出しているところです(ボケボケですね)。

何度もすいませんでした。

お礼日時:2004/07/19 22:04

そういうこと、ありますね。



私は自分と同じ立場の人に確認を兼ねて報告してみます。相談ではありません。
人に話す時は「やる!」って気持ちが固まってからです。そこで賛同してくれれば間違ってなかったって
思いますし、期待どおりの返事じゃなくても
それはその人の考えと私の考えが違うだけでの話しです。だって、3人の人に話したら3通りの返事が来る時だってあるからです。

やってしまってから大勘違いでも、思い込みでも
自分が納得できないのは気持ちが悪いので
あたってみます。もちろんあたって砕けてカッコ悪い時だってありますが・・。
そこで馬鹿よばわりされても見下されても気にしません。そんな事気にするようなら最初から行動しないでしょう。「あの時やっておけば良かった」って後悔するより「やってみたけど失敗した」ほうが諦めもつきます。私の性格なので仕方ないです。

ただ、どなたかも仰っていましたが
小さな事柄だけです。
本当に大事な事、人生を左右しそうな事は
聞いたり調べたりしますよね。
どなたでもそうだと思いますが勢いだけでは
無理な事もありますので・・。

質問者さまの”着手”しようとなさってるものが
どんな事なのかわかりませんのでこのような回答になりましたが、いかがでしょうか?
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この回答へのお礼

正論なのでしょうね、
しがらみや思い込みを振り切るようにして、生きて行くのが人間らしいのかもしれないし、自分が誰であるかも忘れるようにして、行動している時が一番たのしい。
そういう、面倒な事を振り切るだけのスピードが保てている時は、いい。

気候のせいか、熱くてバテバテなのか、そのスピードが、維持できなくなってるのかもしれません。
それが全ての原因なら、御飯食べれば治りそうですね(笑。

>後悔するより「やってみたけど失敗した」ほうが諦めもつきます。私の性格なので仕方ないです。

回答者さんのように言えるのが、健全なのかもしれません。
ありがとうございました。

お礼日時:2004/07/19 21:39

#1です。

パソコン直りました。
まわりの人たちが、「やってみれば」っていってくれるんだったら、やってみていいと思いますよ。
てきとうなあいづちで「やってみれば」っていってるんじゃなくて、親身になって考えていってくれてるんですよね。
だったら、ひどくまちがっているとか、世間の考えから大きくずれているということはないでしょう。(それだったら、きっとまわりの人が止めてくれているはずです。)
もちろん、やってみて失敗することはありますよ。
それはなんだってそうです。事前に100パーセントうまくいくとわかっていることなんて、世の中そんなにないのではないですか。
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この回答へのお礼

2回もありがとうございます。

ホントだ、パソコンなおって良かったですね。

周りのひとが、「やってみれば」って言ってくれてる場合で、
わたしが考えてしまうのは、周りが、「それもいいかもしれない。」と思っている場合と、「(結果は二の次で)やらせてあげるのが、本人のため」という場合があって、
判断が鈍るのが、「やらせてあげるのが、本人のため」っていう場合です。
こういう時は、自分が弱っている(?)事を自分も知っているし、周囲も多分見抜いている。平たく言うと、「みんなは気を使っているのではないか?」と思ってしまうことです。

いらぬ気遣いによる、予想外の展開が頻発したので、慎重を通り越して疑心暗鬼になってたのかもしれません。#7さんも指摘してたように。

御回答ありがとうございました。

お礼日時:2004/07/19 17:15

こんにちは。



わたしの好きな言葉に「敵の数だけ味方がいる」というのがあります。
1511さんがこれから、どのような行動を起こされるのかは未知ですが、それが社会的に有意義なものであろうと、まったく無意味なものであろうと、前方からは50人の敵が現れます、しかし1511さんの背後には50人の味方が必ず出現するはずです。
「見るまえに跳べ」なんてすんなり言えるほど悟った者ではないので、まどろこしい言い方になりますが、
行動するにせよ、しないにせよ、それ相応の敵と味方
が出現してくると思います。
わたしの場合こうしたことが、ある未知の行動を起こした場合の心の支えになっているのは事実です。
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この回答へのお礼

こんにちは。

泣けてくるようなことばですね。

味方だと信じていた人間に裏切られたとしても、彼に悪意がなかったとしても、その瞬間に、おもわぬ味方がすでにいる。

現実は孤立無援だとしても、全てを見渡せる人間など存在しないのだから…、

ひとりでも、人に絶望しないでやっていけるようなことばですね。

いいことばだー。

お礼日時:2004/07/19 16:52

どの程度の問題について、そう思われるのでしょうか?日常の些細なことひとつひとつでしょうか?大きなことを決める際に、でしょうか?大きなことの前には、誰でも慎重になります。

でも、そのまじめな気持ちが「邪念」と化して足をすくませすぎているとしたら、本末転倒です。

ちょっと違うかもしれませんが、私の場合、現代の合理的な風潮(時間短縮・失敗は最小限!というような考え)に毒されてしまって、「無駄なこと」を恐れてしまっていました。でも、「無駄なこと」って本当はひとつも無いと思います。やってみたら「こんなにつまらなかったのか!」とわかったとしても、つまらないっていうことがわかって良かった、と思います。
やってみて傷ついても、人の痛みがわかるようになります。失敗したことの無い人の方が恐ろしいです。人を傷つける発言をしまくる人になります。
また、楽しい失敗談がたくさんある人というのも、魅力的だと思います。
失敗してみて、その後「前向き」な考えに繋げる、という脳みそのクセをつけるのが大事だと思います。

プログラマーさんの世界では、「トライ&エラー」と言って、エラーが起きるのは当たり前、エラーが起きたら、またトライ、という考えが浸透しているそうです。昔の人間は、きっと失敗の繰り返しで、知恵をつけていったのだと思います。今の日本はマニュアルがありすぎて、かえって失敗を恐れるようになったのかもしれません。それならいっそ、全てのマニュアルを読んで安心してもいいかもしれないです。

私の経験から、後悔する日は「どちらを選択しても後悔する」のでは?と思う事もあります。迷いがある時は、そうなるようです。でも、その日は後悔で終わった経験が、後日、活かされることも多々あります。何もしないよりは、タネを蒔くような気持ちで、いろいろ手をつけてみた方がいいです。芽が出ないものありますが、花が咲く事もあります。(これは実際、ガーデニングをやってみて、植物から教えられました。)

最後に、質問者さんは、デスクワークされている方ではないでしょうか?頭を使う仕事をしていると、脳がどうしても考え過ぎてしまうようです。体育会系の人は「心を無にしてまず動く!」をモットーにしていますよね。欧米人にも「ダメモトでやってみるか!」という方が多いそうです。人間、そういう動き方もアリです。
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この回答へのお礼

トライアル&エラーという言葉は、知っていますが、少しの間忘れていたかもしれません(失敗から学ぶというやつですね)。

良く判らないけれど、とりあえずやってみる、というのは、ある面では正しいですが、周囲も含めてみなが、それを肯定すると、
私自身「そんなうまい話があるのだろうか…」なんて思ってしまう。
どこかで、批判される事を希望してるようなところがあるのかも知れません。全てが無条件に受け入れられてしまうことに、どこか不安を感じているというか…。

ありがとうございました。

お礼日時:2004/07/19 16:42

私自身、質問者様と同じような感覚になるときが多々あります。


私の場合は、基本的には「モノは試す」という観点から、やらないで後悔するよりは実行に移すほうを選ぶことが多いですね。
ただし、実行して、失敗してもそれほどリスクの伴わない程度の事でしたら後先考えずに行うこともありますが、事が大きければ大きいほど、慎重に動きます。
自分の頭であらゆる失敗の可能性を考え、それに対して可能な限りの手を打った上で、万全の体制で実行に移します。したがって、必然的に事を起こすまでにはある程度時間がかかりますが、「備えあれば憂いなし」です。
ご参考までに。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。

参考にさせていただきます。というか、私も回答者さんに、にてるかもしれません。

では、回答頂いた行動にかんして、回答者さんは、周囲の人間関係に与える影響(一言でいうと、廻りを気にするか)みたいな事は考えませんか?

お礼日時:2004/07/19 12:58

#3です。



「後悔、先に立たず」
という言葉があるように、過ぎてみないと結果なんて分かりません。

実験のような物理的な事象であろうが、考え方であろうが、みんな同じだと思いますよ。
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この回答へのお礼

一瞬、理解にくるしみましたが、奥の深い回答をいただきました(?)。

後悔すら、人生の贈り物だってことでしょうか?

2度もありがとうございました。

お礼日時:2004/07/19 12:44

>ただ、私の周囲には、優しい人が多く、


「やりたいと思うのなら、やってみれば?」
「きみがそう考えるなら、好きにすれば?」
てな事を言われると、よけい辛くなる事があります。

周囲の方がそう仰って下さるのでしたら、やってみれば良いじゃないですか?

失敗が恐いの?

そりゃ、誰でも失敗はイヤですよね。

でも、失敗は本筋を見極める為の糧でもあるのです。

失敗して初めて見えてくるものだってあるんですよ。

もちろん、最初から成功すればそれで良し。

きっと、その積み重ねが”自信”になるはず。

それと・・・
あんまり、余計な事を言うつもりはないけど、私から見てあなたの周囲の方たちが本当に優しいのか、ただ無関心なのか推し量る術はありませんが、おそらくあなたが頑張っていく過程で、そういったものも見えてくるのでは?

では、ご参考まで・・・
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この回答へのお礼

失敗は成功の母、という言葉は、誰がいったか知らないですが、広く説得力のある言葉です。
私もそう思います。

失敗なら、失敗であるという認識に到達するまで、迷いがない状態が続けばいいのですが、
一旦、迷いが生じると結論に到達するための元気がなくなってしまうことになります。

>私から見てあなたの周囲の方たちが本当に優しいのか、ただ無関心なのか…。

あはは、鋭いですね、「やってみれば」等の返事を貰う時は、みんな、それぞれ忙しい時が多いです。
アドバイスを貰ったところで、最終的に判断するのは自分ですから、あまり気にとめてません。

御回答ありがとうございました。

お礼日時:2004/07/19 12:33

ある本からの引用ですが、



本当にやりたいという思いがあるならば、
それをやる事に自信が持てるまで、
「いろいろな事を調べる」
「考え抜く」
事です。
それができないならば、やるべき事では無かったという事です。
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この回答へのお礼

耳の痛い回答です。

>「いろいろな事を調べる」
>「考え抜く」

これをさぼっている。という事かも知れません。

人事を尽くして天命を待つ。という感じでしょうか。

ありがとうございました。

お礼日時:2004/07/19 11:44

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