
No.15ベストアンサー
- 回答日時:
>お釈迦様は死についてどう説いてますか?
『スッタ・ニパータ』の中で、釈尊は、次のように述べられています。
『この世における人々の命は、定まった相(すがた)なく、どれだけ生きられるか解らない。惨ましく、短くて、苦悩をともなっている。
生まれたものどもは、死を遁(のが)れる道はない。老いに達しては、死ぬ。実に生あるものどもの定めは、このとおりである。
熟した果実は落ちる。それと同じく、生まれた人々は、死なねばならぬ。かれらにはつねに死の怖れがある。
例えば、陶工のつくった土の器が終わりにはすべては破壊されてしまうように、人々の命もまたそのとおりである。
若い人も壮年の人も、愚者も賢者も、すべてしに屈服してしまう。すべての者は必ず死に至る。
かれらは死に捉えられてあの世に去っていくが、父もその子を救わず、親族もその親族を救わない。
見よ。見まもっている親族がとめどなく悲嘆に暮れているのに、人は屠所(としょ)に引かれる牛のように、一人ずつ、連れ去られる。
このように世間に人々は死と老いとによって害われる。それ故に賢者は、世のなりゆきを知って悲しまない。」
汝は、来た人の道を知らず、また去った人の道を知らない。汝は(生と死の)両極を見きわめないで、いたずらに泣き悲しむ。
迷妄にとらわれた自己を害っている人が、もしも泣き悲しんでなんらかの利を得ることがあるならば、賢者もそうするがよかろう。
泣き悲しんでは、心の安らぎは得られない。ただかれらにはますます苦しみが生じ、身体がやつれるだけである。
みずから自己を害いながら、身は瘠(や)せて醜くなる。そうしたからとて、死んだ人々はどうにもならない。嘆き悲しむのは無益である。
人が悲しむのをやめないならば、ますます苦悩を受けることになる。亡くなった人のことを嘆くならば、悲しみに捕われてしまったのだ。
みよ、他の[生きている]人々は、また自分のつくった業にしたがって死んで行く。かれら生あるものどもは死に捕えられて、この世で慄(ふる)えおののいている。
ひとびとがいろいろと考えてみても、結局は意図とは異なったものとなる。壊(やぶ)れて消え去るのは、このとおりである。世の成りゆくさまを見よ。
たとい人が百年生きようとも、あるいはそれ以上生きようとも、終には親族の人々から離れて、この世の生命を捨てるに至る。
だから<尊敬されるべき人>の教えを聞いて、人が死んで亡くなったのを見ては、「かれらはもうわたしの力に及ばぬものだ」とさとって、嘆き悲しむのを去れ。
たとえば家に火がついているのを水で消し止めるように、そのように智慧ある聡明な賢者、立派な人は、悲しみが怒ったのを速やかに滅ぼしてしまいなさい。―譬えば風が綿を吹き払うように。
己が悲嘆と愛執と憂いとを除け。己(おの)が楽しみを求める人は、己が(煩悩の)矢を抜くべし。
(煩悩の)矢を抜き去って、こだわることなく、心の安らぎを得たならば、あらゆる悲しみを超越して、悲しみなき者となり、安らぎに帰する。』
『スッタ・ニパータ』第3章・574~593
要約するならば、
死はどのような生き物にも避けることは出来ない。
だから、それを嘆き苦しむことには意味がない。
嘆き苦しむのは執着があるからで、それを捨てれば
苦しみは起きない。
その煩悩の理を知るべきである。
というようなことになろうと思います。
伊丹十三の「大病人」を見ました。
ここに描かれてるのは、人が死にあたって、「本当に生きる」ということです。
「本当に死ぬ」とは、その死ぬ間際になり、「本当に生きる」ということを分からせてくれるものだと思います。
「愛情に飢えて」、自分が「本当には生きていない」ということがわかる。
オレは死なないつもりで生きてた。
結局生きてなかったんだ。
オレははじめて生きてるんだ。
オレは幸せだよ。
ただ、無意味に生きるのでなく、「生きる意味」を真剣にとらえるには、「死なないつもりで生きる」のでなく、「死を覚悟して残された命を生きる」のだと思います。
「死があるから、本当に生きられる」
わたしは、ここにこそ死の意味があるのだ、と思います。
No.14
- 回答日時:
仏教では「無我」と言います。
今生きている「生物すべて」は「仮である」ということです。
小学校の理科の授業で(磁力)の実験でこんなことを
やったことがありませんか?
下敷きの上に砂鉄を蒔き、下から磁石を近づけると
砂鉄が磁力に寄って「ある形」になりました。
これが人間です。
砂鉄の役割を仏教では四大と言います。
これは分子、原子にあたるものです。
下敷きは世界です。
そして磁力は因縁(いんねん.原因と条件)です。
つまりある原因が、ある環境において仮に形になった、
ということです。
これを仏教では「五蘊仮和合(ごうんけわごう)」と言います。
「仮」だから寿命があります。
「仮」だから「無我」と言います。
全ての生き物は「生住異滅(しょうじゅういめつ)」をくりかえします。
つまり、生まれては死に生まれては死に、を繰り返すのです。
死ぬことに意味などありません。
仮に集合したので因縁が終わるとともに崩壊(死)するだけです。
No.12
- 回答日時:
私の個人的な意見ですが、
死ぬ事や生きる事にはなんの意味もないと思っています。
人間は生き物ですから、子孫を残しながら生と死を経験していきます。
しかし、人間には感情と言動を表現する自由があります。又、それは人それぞれ違う思考を持ちます。
なので、人間には「理由」と「意味」が必要です。
又、人間は怯えたり怖いがる事は生きていく中で感じるしかないのです。
だから、死を怖がる人や生きるのを嫌がる人にはそれなりの理由や意味がないとやっていけませんし、それはこじつけでも構わない気もします。
よく死ぬ事が怖いという人はいますが、私は永遠に生きる事のほうが恐ろしいです。
回答ありがとうございます。
永遠に生きる=永遠に苦しむ、だとしたら、それは恐ろしいです。
生きることの意味を追求していくと、結果として死を真剣にとらえるということになるのだと思います。
死を連想するとき、「たいてい非常な恐怖」なので、生きることを愛そうと思えるのです。
ところが、障害者にとっての生とは、単純に喜びだけでなく、苦しみが伴います。
ですが、だからといってやはり、死は避けたいのです。
末期ガン患者や、苦しい闘病生活をしてる人たちには、ある意味、死は「苦しみからの解放」でしょう。
それぞれ、病気になった「理由」や「意味」を考えてみて、「原因」は分かっていても、「意味が、その人によって違う」と思います。
ある人たちには、死が「往生」であり、ある人たちには、死が「滅び」です。
その「意味の違いを分ける」のは、その人たちが「どう生きてきたか」、また「人生に目的があったかどうか」だと思います。
目的さえあれば、「成功したか失敗したかは問題ではない」と思います。
人生に目的を見いだせないと、死ぬ意味もまた、見いだせないことになると思います。
No.11
- 回答日時:
初めまして
宗教関係者ではありませんが、私が、理解している事を少し、書かせて頂いて、いいでしょうか?
まず、死とは・・・一種の救済処置だと思っています
人間の肉体は、非常に精巧かっ機能的に出来ており、大事に使えば、かなりの耐久性がある様です
ある本によれば、人間の脳は何千年の使用にも、耐える能力を持っていると書いています・・・
しかし、残念ながら我々や我々の社会は、肉体を大事に使う術を知りません
今、社会的に地球の環境を破壊し、資源を貪るように、使用している、その考え方同様に、自分の肉体をも、まるで貪るかの様に、使用しています
結果、早々と肉体を使用不可能の状態にしてしまう為に、止むを得ず、救済処置が必要になってきます
聖書にも、ダニエルという方が登場します
その方は、もちろん、生命を大事に使う方法をご存知なのだと思いますが・・・ほとんど歳を取らない様な、生き方をされている様です
そして、いわゆる、超能力者のような振る舞いをされています・・・
もしかしたら、現代まで、存在されているのでは、ないでしょうか?
ある、本によれば、人は生き方・考え方次第では、肉体を持ったまま、次元上昇する事も可能だと書いています
つまり、生きたまま、死後の世界に行く事も、行き来する事も、可能だと書いています
それが、ひとつの目指すべき方向性という事です・・・
しかし、なかなかそう思う様に、今の世の中では、理想の生き方をつらぬくのは、大変です
だから、地道に、生死を繰り返しながら、少しずつ、波動を上げていくしかないのかもしれません❣️
回答ありがとうございます。旧約聖書にはエノクが「神が彼を取られたのでいなくなった」と書かれてますね。
また、新約聖書の第一コリント人への手紙には「私たちは皆が眠ってしまうわけではなく、終わりのラッパと共に一瞬のうちに変えられる」と書かれてますね。
世界が終わってしまうとすれば、あるいは神と共に歩めば、死はないのでしょう。
実際に死んでしまうかたがたを、私たちが「裁いて」しまって、あの人は「天国」とか「地獄」とかいう「区別」をしてはならないのだ、と思います。
神さまのなさることに悪はないのですから、私たちを「救うため」になさることしか、なさらないと思います。
No.10
- 回答日時:
人間というものは、知らないものに対しては恐怖か、敵意を抱きます。
あるいはその両方を。だから、死というものに恐怖を抱いてもおかしくはありません。生きているものは知らないのだから。
ほぼ、転生輪廻ある人間は、死を知りません。慈悲によって死は強烈だから、死の瞬間は気絶状態になるからです。
死を知る必要があるに達した人間は気絶状態になりません。達してもいないのにそれを望まないように。
死を怖がっても不思議でも異常でもありません。
死ぬことはまったく望んでません。最初は未遂でしたが、あとは水中毒による意識喪失と、三度目はODでした。
いま、一人暮らしの不安から毎日のように死を考えます。
聖書で死を検索すると、千回くらい出てきます。
そのうち、詩編と箴言、イザヤ書には死から救う神さまがはっきり書かれてます。
まだ、途中なのですが、たとえば「主は乏しい人の右に立ち、死に定める裁きから救ってくださる」(詩編109の31)とか、
「この神はわたしたちの神、救いのみ業の神、主、死から解き放つ神」(詩編68の21)とか。
死は非常に恐ろしいというか、死んでいるときを思い出すと恐ろしいというか、何か知ってはならないことを知ってしまった感があります。
ところが、心臓が苦しくなったり、呼吸が苦しくなると、やはり死には意味がないと死ぬ準備ができない、と思います。
ところが、聖書には死に意味がないことばかり書かれてます。
No.8
- 回答日時:
「意味がある」とはどういう意味でしょうか。
とにかく人は生きて死ぬ、不思議と言えば不思議ですが考えてわかることではありません。それはその通りに受け止めるしかないと思います。何らかの意味をもって、神は生きることと、死ぬことをお創りになられた、と思います。
自分は意識を3回ほど失ってますが、そのときのことを思い出そうとすると、非常に恐ろしいのです。
生きてるってすばらしいな、と同時に、不思議だな、と思います。
考えてわかることでないことはわかってますが、それでも死ぬ意味には人が本来生きるために、すばらしい意味を持たせるために与えられたのだ、と思うのです。
No.7
- 回答日時:
宗教関係者ではありませんが。
いいですか。死ななくてはならないのではありません。死んでしまうのです。人間は細胞が老化するし、事故に合う場合もある。避けられないのです。宗教的には、諦めなさいってことかな。お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!
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