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古語で「楽しからずや」というのは
訳にするとどうなりますでしょうか。
「楽しくないだろうか、いや、楽しくないはずがない」で
ニュアンスとしては正しいでしょうか。

A 回答 (3件)

論語などで使われているのですが、


「楽しくないことがあろうか」という意味になります。
つまり、楽しくないことがあろうか→とても楽しい
打消しで問いかけて、強い肯定を表します。
今の言葉で言うと「楽しくないわけないじゃん」といった感じです。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
「楽しくないわけないじゃん」
まさにイメージにぴったりです。
うれしかったです。
ありがとうございました。

お礼日時:2004/08/26 13:40

文脈にもよりますが、


文法的説明は、No1の方がされているとおりだと思います。
若山牧水に
「白鳥は悲しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ」という短歌がありますが、
この「悲しからずや」は「悲しくはないのだろうか」という意味ですが、言外にある「悲しいに違いない」という意味を読み取らないと、歌としての深みに欠けますよね。

No1の方とNo2の方の回答を合わせただけのような、ずるい回答ですが、「楽しからずや」も上記のように考えればよいと思います。
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この回答へのお礼

文法、例文ともにとても参考になりました。
ここに相談してよかったです。
ありがとうございました。

お礼日時:2004/08/26 13:40

その表現が、どのように用いられているかによると思います。



「ずや」
打消の助動詞「ず」の終止形+係助詞「や」

文末に用いて打消の疑問や反語の意味であるなら、
危惧する気持ちを表して、
仰っているニュアンスの訳で構わないと思います。

下に推量の表現を伴って用いられているときは、
ためらう気持ちを表して、
「楽しいだろうか、楽しくないだろうか」という訳になると思います。

この回答への補足

文末です。
楽しいこと、好きなことの意のあとに打消がきていたので、少し不安になりました。
ニュアンスどおりでいこうと思います。ありがとうございました。

補足日時:2004/08/25 09:39
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Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Q「引導を渡す」という言葉について

「引導を渡す」という言葉について、教えていただけますか。
この言葉は、(とどめを刺す)様な意味で使われることはあるのでしょうか。
例えば、
「(壊れかけの)会社の車に、おれが引導を渡してやった。」
とかいう使い方をすることがあるでしょうか。
(壊れかけの車を、ごまかしごまかし使っていたのを、もう諦めて、廃車にする)
ような意味では使われるような気がするんですが、
ここでは、単に(とどめを刺す)という意味で使えるかどうか、
教えていただけますか。
なんとも分かりづらい質問で、申し訳ありません。

Aベストアンサー

 
「引導」というのは、元々中国で古くから使われていた言葉で、特に「道教」では、一種の気息術か、呼吸法で、大気を吸い込むことを言いました。しかし、普通の言葉として、「手引きする」「案内する」というような意味をあいます。

仏典を漢訳するとき、サンスクリット語 parikarsana の訳語に、この「引導」を選んだのです。「法華経」では、人々を導いて仏道に入らせる意味で使われています。また、死者を済度する意味でも使います。

後に、死者の葬儀の時、導師が、棺の前で、法語や仏教の教えの詩(ガーター)を語って、死者を、迷界から浄土へと導くよう試みる儀式のことになります。

これを、「引導を渡す」と言います。「迷界から浄土へ導く」とは何かと言うと、これは、死者に、「死んだ事実」を確実に認識させ、現世への執着を棄て、悟りの仏道へと進むよう説くことだとも言えます。

つまり、「お前は間違いなく死んだ」ということを、死者に宣言する儀式にもなります。民主主義的とか何とか関係なく、端的に「事実」を語り、事実を宣言する儀式だとも言えます。死の不可逆性を悟って、始めて、浄土への道も開かれるからです。

最初に、こういう「引導を渡す」という形の儀式をしたのは、中国黄檗集の祖、黄檗希運で、彼は9世紀頃の人です。

仏教用語から転じて、「最終的な宣告をして、諦めさせる」という意味があるようですが、これは「最終的な宣告をする」にウェイトがあります。引導を渡しても、相手が納得するとか、諦めるとは限らないからです。

仏教なら、「お前は死んだのだ、そのことを知り、成仏せよ」と引導を渡しても、死者が納得せず、この世への未練から、亡霊などになったり、輪廻に落ちるということは、別に珍しいことでもないからです。

他方、「止めを刺す」というのは、殺したはずの相手を、生き返る余地などないように、念を押して、首を突くとか心臓を刺して、死を確実にすることです。ここから転じて、念を入れて、終わらせるという意味になります。

「敵の攻撃に止めを刺した」というのは、単に攻撃を撃退するだけでなく、もう攻撃できないよう、念を入れて撃退・壊滅させることでしょう。またこれで、最後の最後だということで、「日本画のあの分野では、現代ではA氏がとどめを刺した」という風に使います。

>「(壊れかけの)会社の車に、おれが引導を渡してやった。」

これは用法としてあると思います。「引導を渡す」というのは、かなり転用されます。

>ここでは、単に(とどめを刺す)という意味で使えるかどうか

「引導を渡す」と「とどめを刺す」では、意味が元々違います。しかし、或る場面だと、二つの言い方で、どちらでも使える場合があります。「総務にかけあって、あの車は、おれがとどめを刺してやった」というのは、同僚などに語る場合は使うと思います。

そもそも車に向かい、「お前はすでに死車だ、そのことを知り、迷わず成仏せよ」などというのはおかしい訳です。この場合の「引導を渡す」は、「もう無用の車だと宣言する」ということでしょう。車に擬人的にこう言っているのだとしても、車に同意や納得を求めている訳ではありません。

だから、もう壊れかけ、実は廃車となっているはずの車に、最後の止めを刺して、実質廃車にした、という意味で、「止めを刺した」はありえると思います。

会社か総務の方針かなどで、とっくに廃車(死者)になっている車が、迷って、この世にいるのを、お前はもう廃車だ、この車はもう廃車だ、と宣言することが、「引導を渡す」であり、またそのことは「とどめを刺す」ことにもなるからです。

(もっと偉い人が、車を廃車にしない総務の担当に、廃車にしなさいと、引導を渡す、ということはあります。しかし、担当にとどめを刺すとは言いません。担当に引導を渡し、車にとどめを刺した……というような言い方になるでしょう。無理に例を作ると)。

「引導を渡す」と「止めを刺す」は、元々の意味が違いますから、特定の場面でしか、この二つの表現は成立しません。それも、かなり口語的で、「砕けた表現」の場合に、両方使えると思えます。

だから、この場合は、あれは廃車だと思っている同僚に向かい、軽く言う場合は、「おれが引導を渡した」「おれがとどめを刺した」は使えますが、上司に向かい、「課長、私が、あのぼろ車にとどめを刺しましたよ」というのは、酒の席だとかで冗談めかして言うならともかく、ちょっと使わない方が適切です。

>ここでは、単に(とどめを刺す)という意味で使えるかどうか

ここでは、話す相手や場面によりますが、「引導を渡す」は、「止めを刺す」という意味で使えると思います。しかし、この二つの表現は、本来起源が違うので、一般的な使用の慣習などで、判断しなければならないと思います。

口語調で、少し乱暴に言う場合以外は、基本的に、違う表現・言葉だと考えた方がよいと思います。
 

 
「引導」というのは、元々中国で古くから使われていた言葉で、特に「道教」では、一種の気息術か、呼吸法で、大気を吸い込むことを言いました。しかし、普通の言葉として、「手引きする」「案内する」というような意味をあいます。

仏典を漢訳するとき、サンスクリット語 parikarsana の訳語に、この「引導」を選んだのです。「法華経」では、人々を導いて仏道に入らせる意味で使われています。また、死者を済度する意味でも使います。

後に、死者の葬儀の時、導師が、棺の前で、法語や仏教の教えの詩(...続きを読む

Q若山牧水 白鳥は・・の訳について

白鳥は「哀しからずや」の「哀しからずや」はどう訳せば良いのでしょうか。
できれば、入試問題的な解答をいただきたいのですが。

Aベストアンサー

 
  牧水の元の歌はひらがなだたような気もするのですが、漢字で「哀」を使っていたなら、それは「悲」の場合の「かなしからずや」とはニュアンスが違います。そもそも、同じ「かなし」が、何故、「哀し・悲し・愛し(かなし)」に漢字で書き分けるかと言うと、元の言葉に複数の意味・ニュアンスがあって、それを表現するための工夫で、自覚的に文章を書いている人は、それぞれに意味やニュアンスを区別して使っているはずです。
 
  「悲哀」は、「かなしみ」ですが、「悲痛+哀切」というような感じで、決して、「かなしい+かなしい」の二重重ねではないはずです。(悲哀、悲痛、哀切で、人によって把握が違うかも知れませんが、明らかにニュアンスが違っています。みな、同じ「かなしい」ことだと言えば、乱暴でしょう)。
 
  しらとりはかなしからずや → 白い鳥は、悲痛ではないのだろうか
  しらとりはかなしからずや → 白い鳥は、哀切ではないのだろうか
 
  これは、意味やニュアンスが違っています。「悲痛」というと、しらとりを見て、心が、どういう理由か「痛む」という感じで、かなり感情で辛いものがあります。「哀切」というと、心に痛みがあるかも知れませんが、それを詩的に受け止めるというか、ある程度客観化し、距離を置いた感じがわたしにはします。(悲痛は、「私が悲痛」で、哀切は、「何かが哀切」です。大ざっぱですが)。
 
  白き鳥よ、あなたは何と哀切なことか、空はこんなに青く、海はあんなに青いのに、空からも海からも離れ、ひとり孤独に漂っていることか。

  (そのように、わたしの心も、哀切のなか、漂泊の思いに満たされる……)。
 
  これは、わたしの解釈ですが。
 

 
  牧水の元の歌はひらがなだたような気もするのですが、漢字で「哀」を使っていたなら、それは「悲」の場合の「かなしからずや」とはニュアンスが違います。そもそも、同じ「かなし」が、何故、「哀し・悲し・愛し(かなし)」に漢字で書き分けるかと言うと、元の言葉に複数の意味・ニュアンスがあって、それを表現するための工夫で、自覚的に文章を書いている人は、それぞれに意味やニュアンスを区別して使っているはずです。
 
  「悲哀」は、「かなしみ」ですが、「悲痛+哀切」というような感じで...続きを読む

Q本日天気晴朗ナレドモ波高シ……は何故名文なのか?

東郷平八郎が丁字戦法を使ってバルチック艦隊を破った時、
秋山参謀という人が東京にこんな打電をしたそうです。

「敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス、
本日天気晴朗ナレドモ波高シ」

高木彬光先生の歴史小説の中で「名文中の名文」と謳われていましたが、
どうもしっくりきません。

だって、単なる指令と天候を伝える平叙文じゃないですか。
これだけシャープに必要なことをまとめた、ということが
賞賛されているのでしょうか?

教えてください。

Aベストアンサー

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連合艦隊は予定どおり、故障艦も脱落艦もなく、直ちに出撃し敵を撃滅することを前文で伝えています。後半の天気の文章も海軍の現場の人にはいろいろな情報を伝えています。即ち、本日は天気に恵まれ海上の見通しは非常に良い。砲撃戦に理想の天気である。しかし、海上には高波が見られるので、魚雷艇などを使った細かな作戦を実行するには難がある。本日の戦いは砲撃で決着がつくだろう。

ようやく近代国家の仲間入りをしたばかりの日本の存亡を賭けた戦いを前にして、七、五調の短い電文でこれだけの情報を送れるのは名文でなければ出来ません。しかし、これが決意表明ではなく作戦の変更や指示を仰ぐ電文であれば、決して名文とはいえないでしょう。読む人によって理解が異なるような文章は戦時に使用すべきではないでしょう。やはり戦争に勝ったということと決意表明の電文だったからこそ後世まで語り継がれたのでしょう。

この電文はロシアの大艦隊を迎え撃つ前に打電されたものです。大国ロシアを相手に小国日本が寄せ集めの軍艦で海戦を挑む直前の決意を示したものです。

名文として後に有名になったのは
1.先ず海戦に勝ったこと。(負けたら名文も残らない)しかも世界が驚く一方的といってもいいくらいの勝利をおさめた。
2.これから出撃します。と短く報告すると同時に海の実戦経験者だけに分かる短い言葉で、これから起こる戦闘がどのようなものになるかをうまく伝えているからです。

つまり、兼ねて準備していた連...続きを読む

Q"~せりの意味は?"成功せり、死せり

 我、奇襲に成功せり
など、いろいろなところで見かけるんですが、正しい意味がつかめないのです。これは奇襲に成功したということではないのでしょうか?(真珠湾攻撃のこの打電は攻撃が成功すると確信した時点で打ち出されたものであるらしいが、"せり"を推測の意味でつかっているのでしょうか。)

 我、死せり
だと、これから死に至る…という"推測"している感じがします。

この"せり"とは意味が異なるのかもしれませんが、勝てり、来たり、など"り"で終わる言葉がありますが、国語的な正しい解釈はどうなっているんでしょうか?

 今川義元を討ち取ったり~
だったら、うちとった後だし

 我、勝機を見たり。我、勝てり。
だったら、これからの推測ですよね。

ちょっとでも意味がわかる人いましたら、よろしくお願いします。戦いの時の言葉によくつかわれる気もしますし…。なんなんでしょうか。
 これまで何となく使っていた言葉でしたが意味をわかっていませんでした…アドバイスお願いします。

Aベストアンサー

完了の助動詞「り」なのでは?

Q「流れる」と「流るる」

そもそも、流るる、って言葉ありますよね?
流れるとどういう違いがありますか?

Aベストアンサー

「流るる」というのは「流れる」の古語で、
「流る」の連体形です。
URLは古文動詞の活用です。

参考URL:http://www.ka.shibaura-it.ac.jp/kokugo/kobunhp/dousi01.htm#1

Qさつきとつつじの違いについて

「さつき」は「つつじ」の花を小さくしたような花ですか?

Aベストアンサー

いわゆる「さつき」は、花もですが葉も小さいです。

つつじは種類も多いですが、道路の歩道の植え込みなどに使われている普通の「つつじ」「さつき」で比較しても、葉については

つつじの葉は長さ5~7cm、巾約1.5cm、光沢がなく、葉の裏側は服などに付着し易いく、子供がワッペンの替わりにして遊びます。

一方[サツキツツジ]の所謂[皐月:サツキ]の葉は、長さ2~3cm、巾も6mm程度、表側の光沢はつつじとは別種かと思うほどです。

一般に「つつじ」と言われる方は落葉性で、「さつき」と言われる方には常緑樹が多いようです。

ツツジは4~5月頃紅色、ピンク、絞りなどの花をつけ、俳句の季語は[春]なのに対し、さつきの季語は[夏]なのです。

サツキの名前は陰暦五月皐月に咲くところからきていますが、こちらはツツジよりやや遅く5~6月頃、真紅、淡い紅色、ピンク、

絞りなど多様な花をつけ、たしかにnekomusumeさんのご質問のように、小さい花で特に真紅の色はサツキらしい色だと思います。


ツツジ・サツキとも低い植え込みや他の樹種と一緒に[大刈り込み]などにしますが、山野に自生するツツジなどは、木の高さが10m位

までなると聞きましたが、サツキの方はどの位まで成長するのか知りません。

一般人の目に付く所で有名なのは、箱根芦ノ湖、湖畔の[山のホテル]の庭園ですが、つつじの花のシーズンには、戦後植えたつつじの

植え込みが園内通路をアーチのように蔽い、たしか宿泊客以外にも開放していると思いますが、ぜひ見ていただきたい光景です。

   *ここは三菱財閥岩崎別邸の跡に、戦後アメリカ進駐のために作られたホテルですが、4万坪以上の庭園に
    3000本以上のつつじというのが[売りの一つ]で人工的ですが見事なものです。

いわゆる「さつき」は、花もですが葉も小さいです。

つつじは種類も多いですが、道路の歩道の植え込みなどに使われている普通の「つつじ」「さつき」で比較しても、葉については

つつじの葉は長さ5~7cm、巾約1.5cm、光沢がなく、葉の裏側は服などに付着し易いく、子供がワッペンの替わりにして遊びます。

一方[サツキツツジ]の所謂[皐月:サツキ]の葉は、長さ2~3cm、巾も6mm程度、表側の光沢はつつじとは別種かと思うほどです。

一般に「つつじ」と言われる方は落葉性で、「さつき」と言わ...続きを読む

Q桜を詠んだ短歌・俳句を教えて下さい。

いい季節ですね。
桜を詠んだ短歌・俳句はたくさんありますが
古典として有名なもの、また皆さんのお気に入りなどを教えてください。
超有名な歌でも 結構うろ覚えだったりしますので、ぜひこの機会にちゃんと覚えたいのです。よろしく。。。

Aベストアンサー

情景の美しさでは次の2つが気に入っています。

  ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ (紀友則)
  山里の春の夕暮れ来てみれば入相の鐘に花ぞ散りける (能因法師)

西行には花の歌が山ほどありますが,このちょっと皮肉な歌が好きです。

  花見にと群れつつ人の来るのみぞ あたら桜のとがにぞありける

参考URL:http://www.wombat.or.jp/arumukos/unnk/unncssry/prl.html

Q汚れつちまつた悲しみに・・・

中原中也の、汚れつちまつた悲しみに・・・、という有名な詩の意味を、どなたか教えてください。この詩は、いったい何を表現しているのでしょうか?伝えたいことはなんなのでしょう。ひたすら悲しい、ということは伝わってくるのですが、あまりよく分からないのです。

Aベストアンサー

 
詩にしても和歌にしても、俳諧にしても、これはこういうできごとの折りに造られたものだ、という説明を聞いて、意味が分かるとかは本当はおかしいのです。

作品を読んで、聞いて、何かの心の感銘を受けて、その後、その作品が作られたときの状況や経緯をしって、なるほど、よく分かるということで、作品としての感銘・感興は、説明と独立していなければならないのです。

造られた状況が分からないと、感銘がないとか感興がないというのは、作品になっていないのです。

中原中也の詩は、その点、少し問題があるのです。読んでも、よく意味が分からないとか,何を言っているのか感興がないという人がかなりいるのです。その他方、中也の独特な作風というものに惹かれる人がかなりいるのも事実なのです。

幾つかの作品を読んでみて、中也は、その言葉にどういう思いを込めたのだろうか、と考えていると、ある程度,何かが分かってきます。無論、分からない、感じられないということもあります。

この作品は、著作権が切れているはずで、引用してもよいはずです。全文は、下の参考URLにありますが、一行置きに繰り返される、「汚れちまった悲しみに」と「汚れちまった悲しみは」をはずしてみます。次のようになります:

>汚れつちまつた悲しみに

>今日も小雪のふりかかる
>今日も風さへ吹きすぎる

>たとへば狐の皮裘(かはごろも)
>小雪のかかつてちぢこまる

>なにのぞむことなくねがふなく
>倦怠(けだい)のうちに死を夢む

>いたいたいしくも怖気づき
>なすところなく日は暮れる……

「汚れちまった悲しみに」という表現が、自嘲的で投げやりな表現だという感じは確かにあるのです。「悲しみ」が「汚れる」とは、何と気障な、とも感じるのですが、他方、これは非常に自嘲的な言葉に響きます。それでは、「汚れちまった悲しみ」を除くと、詩はどうなるかというと、上のようになります。

二連目の「たとへば狐の皮裘(かはごろも)」というのは、何を言っているかよく分からないのです。感覚的に分かるか分からないかの問題のようになります。

しかし他の行は、通俗的な言葉のようで、しかし、

>今日も小雪のふりかかる
>今日も風さへ吹きすぎる

ここには、何か痛々しい感情の苦痛と絶望のようなものが、造形されています。この表現自体、まだ自嘲的な感じがしますが、中也の他の作品を見ると、やはり、こういう自嘲的な感じの言いまわしが出てくるのですが、しかし、他方、その部分だけを見ると、高度に冷静に緻密に彫琢された、詩的形象が含まれています。

中也の詩は、どこかユーモラスで自嘲的な言いまわしと、綺麗な詩的形象と、そして悲哀というか、切ないような悲しみの三つの要素から大体できているのです。

この作品にも、この三つが含まれていて、この場合、詩的形象が一番希薄というか、形象はあるのですが、それが自嘲的な表現に隠れてしまっています。

どこかユーモラスで自嘲的な言いまわしは、中也が自分自身を反省的に眺めている結果,出てくるのだとも感じられるのです。この詩の場合、自虐的とも言えるレベルまで来ているのですが、しかし、上に抜き出したラインを見ると、詩の形象彫琢は行っていることが分かるのです。

中也の詩は、自意識過剰で、自己の感情に溺れているようにも思えるのですが、良く読むと、冷静にそのような自己を眺めている視線があるのです。「自嘲」とは、そういう状態だとも言えるのですが、中也の場合、ただ自嘲に溺れこんでいないというのが、彼の作品を「詩」と評価する人たちの見方でしょう。

自嘲し、悲哀の感情に溺れているように見えるなかに、冷静に詩の言葉を彫琢している中也という詩人がいるということになるのです。すると、これは、単なる自嘲や自虐ではなく、もっと複雑な屈折した意識のありようの表現であるとなります。

どこかユーモラスな自嘲的な屈折した、いわば青年期の自己の客観視のような視点と距離の取り方、それに先に述べた,詩としての形象彫琢と、悲哀という組み合わせで、「中原中也世界」というものが出来あがっているのです。

自嘲的な視点に心動かされる人と、詩的彫琢に心動かされる人と、悲しみのある言葉に心動かされる人がいるということになるのですが、これらは、どれも、中也の詩の世界を前提にしているのです。

この「汚れちまった悲しみに」は有名な作品ですが、これは詩ではなく、青年が日記に書くような感傷的で自意識過剰な言葉の羅列だと感じられる人には、これはそういうものに見えるのです。

立原道造という青年詩人がいて、若く亡くなりますが、彼の感傷的リリシズムの詩は、エピゴーネンが一杯あるが、しかし、立原はエピゴーネンとは一線を画しているという評価を昔,読んだことがありますが、「一線はなかった」というのが答えだったと思います。

中也の場合も同じで、こういうスタイルのエピゴーネンはたくさんいるのです。そこで一線があるのかというと、あるのですが、ないとも言えます。しかし、中也の詩は模倣できないのです。こういう自嘲的で悲哀のある詩の真似はできますが、「中也の詩」にはならないのです。

この詩は、投げやりになり自嘲的になって、「人生はこんなものさ」と言いつつ、感傷的に悲しみや絶望をうたっているように思えますが、どこか、「冷静さ」が入っているのが特徴なのです。自分を反省して自嘲する自分自身を、また冷静に眺めている自分がいるというような構造です。

何重にも、こういう自己観察、自己省察の視点があるのではないかというのが中也の詩で、立原の詩は、ここまで自己省察した視点がある意味ないとも言えます。

立原の詩は、詩的空間からある距離を置いて、詩を形象している作者がいるのですが、中也の詩は、もっと自己観察・自己省察が錯綜しており、もっときっちりした詩的イメージを彫琢できながら、敢えてそれをしない中也という存在が感じられるのだとも言えます。

実はわたしもこの詩はよく分からないのです。しかし、中也の他の詩のなかに、その哀切さと美しさに心動かされる作品があるのであり、そこからすると、この詩にも、大きな感銘を受ける人がいるだろうと想像できるのです。

この詩がよく分からない場合は、中也の他の作品を読んでみて、どれか心に感銘を受けるものがあれば、もう一度引き返して、この詩に戻ってくると、違って見えてくる可能性があります。

最初に述べたように、この詩がどういうできごとの背景で造られたのか、関係がないのです。

No.1 の方の回答が簡潔で見事に中也の詩の構造を言い当てているのですが、そういう意識は、実は大勢の人が持っていて、しかし、彼らは中也ではないのです。しかし、中也の詩に心動かされる人たちなのです。

「近代人的意識」と言えば、小林秀雄につながって行くのが分かるでしょう。
 
>汚れちまった悲しみに
>http://macalfa.tripod.co.jp/YomuFiles/yogore.html
 

参考URL:http://macalfa.tripod.co.jp/YomuFiles/yogore.html

 
詩にしても和歌にしても、俳諧にしても、これはこういうできごとの折りに造られたものだ、という説明を聞いて、意味が分かるとかは本当はおかしいのです。

作品を読んで、聞いて、何かの心の感銘を受けて、その後、その作品が作られたときの状況や経緯をしって、なるほど、よく分かるということで、作品としての感銘・感興は、説明と独立していなければならないのです。

造られた状況が分からないと、感銘がないとか感興がないというのは、作品になっていないのです。

中原中也の詩は、その点、少し...続きを読む

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む


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