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太平洋戦争中の日本軍の水際撃滅作戦は水際に充分な対爆撃、対艦砲防御トーチカや沿岸砲を多数準備出来れば、米軍を撃退出来たでしょうか?

A 回答 (13件中1~10件)

NO9です。


お礼どうもです。
一時撃退出来たとして援軍が無ければ物資は枯渇しますし
反撃の為の出撃も出来ないのでは意味がありません。
又、戦術的視点ですが固定目標は狙いやすく移動目標は
破壊が困難です。いくら堅固なブンカ―でも同じところを
何回も攻撃されれば壊れます、修理してるところを狙われれば
人的被害も拡大します。相手が航空機であれば防御も出来ず
サンドバック状態でしょう。
援軍の来ない防御戦は無理です、時間稼ぎしても結果は同じ。
攻撃側は修理して補給して人員も交代可能ですが防御側は
最初の人員と補給品弾薬のみ、しかも航空機には手も足も出ないので
やられっ放しでは戦になりません、占領されないだけで実質無力化します、
挙句、戦略上無用と見限られれば大戦時の台湾のように敵からも
見捨てられてしまうのが関の山です。
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こんにちは。


ご質問の趣旨とは少し異なる回答になるかもしれませんが、no.1さんへのお礼を拝見して思い出したこと。
「超空自衛隊」という歴史のif者小説シリーズをご存知でしょうか?この小説のストーリーは、海上自衛隊の輸送艦おおすみとそれに乗っていた陸上自衛隊施設科部隊が、1942年8月のソロモン諸島近海にタイムスリップしてしまい、ガダルカナル島攻防戦から以降の太平洋戦域の戦いに巻き込まれていく(話はそれだけではないのですが)というもので、ガダルカナルやテニアンやタラワに自衛隊の力で超強力な要塞を作り上げてしまい、米軍を辟易させるって場面が出てきます(^^;。
もしかしたら執筆なさりたい小説の参考になるかもしれません。

お役に立てば幸いです。
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この回答へのお礼

面白そうですね!ありがとうございます!

お礼日時:2017/06/30 23:02

無理でしょうね。


 いえ、米軍の攻撃に耐えうるトーチカが作れないというわけではありません。勘違いされている方もいますが、太平洋戦争時、旧日本軍の構築したトーチカは「(適切にコンクリートを使っていれば)2mの厚さがあれば40cm砲弾の直撃に耐える」といわれていたそうですし、実際にそうでした。それが証拠に今でも南太平洋の戦跡にはかつての姿のままのトーチカも多数残されています。そうしたもので少なくともトーチカ上部を貫通されたものはほとんどありません。実際にはコンクリート(ペトン)が圧倒的に不足していたため、トーチカの多くは椰子の丸太を組んだものだったようですが。これでも意外に砲爆撃に耐えたものも多いようですけれど。

 問題はトーチカそのものではなく、トーチカへの物資・兵員の補給です。いくら強固なトーチカでも砲弾薬、糧食を運び込めなければあっという間に無力化されてしまいます。はるか後方からトーチカまで到達する地下トンネルでも整備出来たのなら別ですがそんなことはできたはずもなく、結局はロジスティクスの圧倒的な差で日本軍に勝ち目はゼロだったと思います。
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残念ながら、完全に撃退することは困難です。



例えば、タラワの戦い。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%A9 …
この戦いでは、地下陣地を要塞化していました。
米軍は圧倒的な火力で艦砲射撃を行い、
参謀長が「島に生存者はいないから楽勝だ」と思っていました。
ところが、日本側の抵抗で数度にわたる上陸は苦戦しました。
そこで、再度の艦砲と航空支援で砲爆撃を行いました。
要塞化された陣地では、直撃しなければ損害は軽微ですが、
戦闘中で曝露してしまえば目標として直撃しやすく、
この2回目の艦砲射撃で日本側は大損害を受けました。
司令官の戦死や通信の途絶などはあっても
最後まで善戦しましたが、陣地が破壊されたので
組織的な抵抗は困難でした。

対爆撃に偏重すれば攻撃できませんし、
攻撃するために曝露すれば目標にされます。
ペリリューや硫黄島で日本軍が善戦したのも、
水際殲滅ではなく上陸させてからの攻撃で
米軍が友軍への誤射を避けるために
艦砲などの火力を避けることで陣地を維持したから。
特に島嶼での戦いであれば弾薬の補給はもちろん
破損した兵器の修理用部品も限定されます。
米軍側が事前の調査を怠り、余程の戦力差が出ない限り
撃退は困難です。
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古来要塞戦は援軍が来なければ勝てないってのがセオリーです。


いくら防御できてもね最終的な勝利は手に入らない。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます、地上戦ではその通りと思います。今回の質問の島をめぐる戦いでは海上部隊も沿岸砲による被害の蓄積があれば一旦攻勢を中止せざるを得なくはないでしょうか?戦艦などは建造や修理に時間を要するため。いかがでしょう?

お礼日時:2017/06/26 12:31

機動力の十分でない攻撃に対しては、質問者の言われる防御は可能ですが、島嶼での水際撃滅作戦は困難であると言わざるを言えません。

そもそも東亜戦争での戦いは、両国の生産力の違いから、兵站に大きな問題がありました。島嶼防衛作戦は、制空権と制海権を奪われなければ発生しません。この時点で機動力に勝る敵には勝ち目がないのです。備蓄した武器弾薬糧秣や要塞も敵の攻撃で削られますので、とても長期間の持久戦すら不可能です。1~3か月の玉砕戦しか残る道は有りません。ペリリュー島の戦いでは、米軍の海兵1個師団を撃退しましたが、交代した米陸軍の工兵隊は、日本軍陣地の周りに土手を築き、これをブルで推し進めて日本軍を丹念に押しつぶしました。わが軍は手持ちの物だけで戦うのに対し、敵は幾つでも戦術を選べます。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます、確かに一旦上がられると防衛は絶望的と思います。故に水際で上陸軍とそれを支援する艦砲を制圧できるアイデアがないかと考えてました。空爆も砲撃も最大で1t程度。耐えられるバンカーを作るのは不可能なことではないかと。

お礼日時:2017/06/26 12:43

たらればですが、それ前提なら可能でない事は何もないでしょう。

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太平洋戦争中の日本軍の水際撃滅作戦は水際に充分な対爆撃、対艦砲防御トーチカや沿岸砲を多数準備出来れば、米軍を撃退出来たでしょうか?



もちろんです。当然です。当たり前すぎて回答を書くのもイヤになる程です。

質問文に「充分な」と書いてますよね。「充分な」って意味、分かってますか?

ここで言う「充分な」というのは、米軍を撃退出来た場合に「充分だった」と言えるのです。米軍の上陸を許してしまい、守備隊が玉砕してしまった場合は「充分ではなかった」という事になるのです。

だから、質問者さんが「充分な対爆撃、対艦砲防御トーチカや沿岸砲を多数準備出来れば」と書いている段階ですでに(多数準備か少数準備かに関係なく)上陸を企図する米軍を撃退できるだけの防備ができていたという意味になるわけです。つまりこれは最初から質問になってない文章だということです。お分かりいただけますでしょうか?
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この回答へのお礼

確かに
つまらない質問をしました

お礼日時:2017/06/25 18:58

駆逐艦、ってしってるよね。


今回衝突したあれ。大戦中もいっぱいあった。
要するにブリキ艦。弱い。いっぱいいる。

対する陸軍。
普通、歩兵。大砲打つのは砲兵。割とガタイもいいし、選抜されている。
使うのは7.5cm程度の野砲。こんなんでも一門あたり10名程度の人員が必要で、
それ以上、10サンチ榴弾砲や、15サンチ榴弾砲となると、重砲と言われ、そうそうあるものではなかった。

それをいっぱいいーっぱいトーチカに入れて準備しても、ブリキ艦にすらかなわない。
日本のブリキ缶ですら1艦当たり12.7cmの砲を6門。
メリケンのアトランタ級や、ブルックリン級の軽巡だと、もっともっと恐ろしい。
命中精度、射程、威力とも陸上とは比較にならない。
わざわざ戦艦や航空機を出すまでもない。(メリケンは平気で出すが)

一発撃ったら、猛反撃をくらう。一つずつ、潰されるのを待つしかない。
ましてサンゴ礁の島のどうやってトーチカを?
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軍艦が出航できないほど、燃料が枯渇し、弾薬や食料にも


限りある状況で、米軍は莫大な生産力で持続的な弾薬の供給
ができ、包囲されて果てしなく爆撃、艦砲射撃を受け続けて、
どのような希望があるのでしょう?
(守備陣地が壊滅するまで攻めて来ません)
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藤田 元信

今年6月、太平洋戦争の転機となった「ミッドウェー海戦」から75年を迎えた。日本の敗戦へのきっかけとなったこの近代史上最大の海戦に、「現代日本に通じる大切な教訓が隠されている」と指摘するのは、防衛装備庁技術戦略部の藤田元信氏だ。

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たとえば海軍では、「これからの海戦にレーダが必要かどうか」という議論が盛んになされた一方、事業化に進むための具体的な検討はずっと低調だったようです。一方、アメリカとイギリスをはじめとする諸外国では、これらの研究成果を早期に事業化し、通信機器やレーダの開発に応用していました。

シンガポールの戦利品から発見
1942年5月中旬、「シンガポールの戦利品で、現地で理解できないものがある。電波兵器のようなので、調査に来てほしい」との依頼を第5陸軍技術研究所から受け、日本電気と東芝の社員からなる民間の調査団が組織されました。

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じつは、日本の海軍技術研究所や陸軍技術研究所でも、小規模ながら、レーダ技術の研究は行われていました。ところが、軍上層部には、レーダの研究開発に対する理解者が少なく、レーダの研究開発は遅々として進まなかったと言われています。そのため、大東亜戦争の開始時点でも、日本のレーダは実用化にほど遠い段階にありました。

ようやく、海軍で初めて実用レベルのレーダが作られたのは、開戦から数か月が過ぎた、1942年3月のことでした。このときは波長の異なる2種類のレーダが試作され、戦艦「伊勢」「日向」に搭載されました。それぞれに長所・短所があるものの、どちらも一定の機能・性能を有することが確認されました。


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ミッドウェーで払った高い代償
1942年6月、ミッドウェー島に向かった日本海軍の空母機動部隊には、レーダを装備した艦艇は1隻もありませんでした。実験艦として、レーダを搭載していた戦艦「伊勢」「日向」は、ミッドウェー島から遠く離れたアリューシャン方面に派遣されていました。

一方、ミッドウェー島付近で、日本海軍の空母機動部隊を待ち受けるアメリカ海軍の主要艦艇には、対空捜索レーダCXAMが装備されていました。さらに、ミッドウェー島に設置された固定式のレーダも稼動状態にありました。

アメリカ海軍は、主要艦艇にレーダを搭載していた。空母エンタープライズ(CV-6)の艦橋に、対空捜索レーダCXAMが装着されていることが分かる。ミッドウェー海戦直前の、1942年5月の撮影。(public domain)
そのため、ミッドウェー島付近で日本軍の攻撃を待ち受けていたアメリカ軍は、日本軍の艦載機の接近をレーダでいち早く察知し、奇襲を避けることができたのです。

レーダの実用化により、日本海軍の戦略の前提となっていた、空母と艦載機を中心とした奇襲攻撃は、もはや成立しなくなっていました。

そのことに気がつかない日本海軍は、ミッドウェー島に有効な打撃を加えられなかったばかりか、反撃してくるアメリカ海軍の艦載機を直前まで発見できず、主力の空母4隻(赤城、加賀、蒼龍、飛龍)と約300機の艦載機、そして多数の熟練兵を失いました。

こうして、日本軍は、自らのレーダの技術開発の深刻な遅れを、高い代償により知ることとなったのです。

ミッドウェー海戦において、レーダを持たない日本艦隊は、艦載機を飛ばして敵を探さなければならず、レーダを駆使したアメリカ軍に対して苦戦を強いられた。写真は、アメリカ軍機の攻撃を受け、炎上中の空母「飛龍」。(public domain)
日本の戦略家が技術を学ぶ意義
ミッドウェー海戦における日本の敗北は、一般に、機械故障による索敵機の発進の遅れや、現場の混乱を誘引した指揮官の判断に原因があると論じられています。確かに、偶然や現場での判断により左右された部分もあったでしょう。

しかし、ミッドウェー海戦を、「技術」という観点で捉え直すとすれば、ミッドウェー海戦は、レーダ技術が、日本軍の戦略を破壊した戦いだったと総括できるでしょう。

戦いの様相を一変させるレーダをいち早く取り入れ、使いこなしたアメリカ軍と、要素技術の研究において国内にアドバンテージを有しつつも、レーダの必要性の議論に終始し、事業化を推進しなかった日本軍の能力には、大きな差が生まれていたのです。

日本でも、ミッドウェー海戦の後、それまで低調だったレーダの研究開発は、おおいに奨励されました。しかし、長年の蓄積を必要とする研究開発の遅れは、ついに取り戻すことができませんでした。

「技術」という観点から、ミッドウェー海戦の敗北へとつながったレーダの研究開発の問題点を考えると、以下の2点に集約されると考えられます。

(1)未知の要素が多いレーダの研究開発に関し、上層部の理解が得られなかったこと
(2)国内の科学技術イノベーションを国防に生かす仕組みが未成熟であったこと

1930年代において、レーダの研究開発は未知の要素が多く、きわめてリスクの高いテーマの1つでした。技術的な内容を理解できる人間も、レーダが戦いにどのような効果をもたらすのか、という部分を論じることができる人間も、国内にわずかしかいなかったうえ、双方が対話をする機会も、ほとんどありませんでした。

国内にどのような技術があり、どう育成し、どう活かすのか、といった長期的な視野で技術マネジメントを行うことができる、組織や人材が欠けていたと言ってもいいかもしれません。

これらの問題点から、現代日本にも通じる教訓を得るとすれば、長期的な技術マネジメントの視点の欠如が、致命的な結果をもたらすことがあるということでしょう。

様々な新技術が、市場や社会のあり方を支配するようになった現状を鑑みると、組織運営を担うリーダ、戦略家が技術を学ぶ意義はますます高まっているものと思われます。技術者もまた、自らの職責の範囲を超えて、技術が戦略に与えるインパクトについて、もっと意識すべきかもしれません。

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Aベストアンサー

いや、レーダー以前に日本側の情報が全て筒抜けだったからです。レーダーはあくまでも現状の把握にしか使えません。予測して必要数を配備するには情報の入手が必要です。
偵察だけなら射程外からでもおおよそ把握することはできます。まともな指揮官がいればその時点で把握できるでしょう。しかし日本は上に行けば行くほど無能だった。それは今の政府や企業も同じ。否、江戸時代から変わってはいない。一人や二人の有能な人材がいてもダメなんですよ。だから負けたと言えます。

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ゲームの話しですか?

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>トマホークは、ホークランド紛争で、フランス製ミラージュからイギリスの軍艦を沈め。

 それはエグゾゼミサイルで航空機はシュペル・エタンダール。

Q日本軍

第二次世界大戦の日本軍については侵略的だの精神論や特攻隊ばかりが強調され、純粋な軍事力や作戦、兵器の生産力、近代戦の状況などの客観的な情報は無視されていると思います。

例えば、海軍であれば大規模な艦隊や船団を編成して航空機を交えての運用は日本軍以外ではアメリカ、イギリスくらいではないでしょうか

陸軍では数百万を動員してアリューシャンから満州、中国、東南アジア、ソロモンへの進撃は並大抵の苦労ではないと思います。また、大規模な航空部隊を運用したのはアジアでは日本だけです。

それも、1876年の西南戦争というサムライが刀を振るった戦いから約70年後にジェット戦闘機を飛ばし、大規模な艦隊を運用し、5万機もの航空機を生産しアメリカ軍を主体とする連合軍に約3年半もの間激闘を交したのは凄くないですか?

私は純粋に日本の力量は凄いと思うのです。

侵略的とか、原爆投下による大惨事とかはひとまず置いておいて他の国では不可能だった事を日本がやったということを純粋に評価してみるのもアリだと思います。

いかがでしょう?

Aベストアンサー

詳細なところが、かなり間違っていますが・・・
ただ、主訴に対しての補足としては極端におかしいとは思えません。

西南戦争では確かに刃物も使っていますが、
激闘は小銃による撃ち合い。
太平洋における全方面の侵攻作戦は
見境の無い(何も考えていない)海軍の暴走に
陸軍が巻き込まれたというのが実態でしょう。

戦闘機とかそういう細かい縛りのない「軍用機」という観点で言えば
日本は7万機以上生産していますし、
空母同士による戦闘は日米英だけが経験しています。
人類史上最大の大海戦も、日本VS米国、です。

ですが、質問者さんの主訴はそういう事ではなく
戦略的な観点から
「日本軍はまともな評価を受けてないのでは?」
ですよね?

評価はされていませんが、されるようなものもありません。

日本が負けたのは、
柔軟さに欠けた人選、
兵站に対する思慮の無さ、
情報漏えいに関する危機感の薄さ、
そして、圧倒的に国力が無かった、から。
原爆被害など、上記の結果論でしかありません。

他の国が「あたりまえに配慮していた事」が
日本はできなかったので負けました。

いくら凄腕パイロットで編成された高速空母機動部隊を持っていても
たった一回の負けで立て直しできないなんて、どうなってるんですか?
「一回のミスも許されない」なんて戦争でそんなのないですよ。

兵士は優秀だった。
装備も悪くなかった。
それで負けたのは、それを指揮すべき参謀がクズだったから。
無能で負け犬でビビリな「牟田口」とか「栗田」とかの
ボケナス指揮官らが、デタラメな戦法やって消費した。
「山本」なんて言うのも本人が
「1年2年は暴れるが、その先は知らん」
なんて言ってるんですよ。
だったら、戦争なんかやるなよ。
「数年しか持たないから戦争できません」
って言うのが指揮官じゃないのか?

今の日本もそうですよ。
大企業の沈没、始まっていますよね?

このまま進むと数十年後に日本は4等国です。
作れるうちに高速道路とかバンバンつくっておかないと
将来は道が作れなくなるので・・・。

詳細なところが、かなり間違っていますが・・・
ただ、主訴に対しての補足としては極端におかしいとは思えません。

西南戦争では確かに刃物も使っていますが、
激闘は小銃による撃ち合い。
太平洋における全方面の侵攻作戦は
見境の無い(何も考えていない)海軍の暴走に
陸軍が巻き込まれたというのが実態でしょう。

戦闘機とかそういう細かい縛りのない「軍用機」という観点で言えば
日本は7万機以上生産していますし、
空母同士による戦闘は日米英だけが経験しています。
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既に有るのでしょうか?
ロックされたらその時の波長をミサイル内部の回路に記憶し
発射、敵側のレーダー波を辿って行くと「命中」という寸法。

Aベストアンサー

AGM-88
https://ja.wikipedia.org/wiki/AGM-88_(%E3%83%9F%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%83%AB)

敵のレーダーなどの電波に向かって飛んでいくミサイルです。

AGM-65
https://ja.wikipedia.org/wiki/AGM-65_%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%99%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF

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結果的にバルバロッサ作戦の開始が遅れたことが与えた影響は大きなものがあったものの、ドイツ軍にも多くの勝機がありました。勝機を逃した原因を列挙します。
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2、米国の援助を過小評価し、ムルマンスク封鎖をしなかったため、大量の米国製トラックがソ連に搬入され、ソ連軍の大量輸送が可能となってしまった。突破され続けたソ連の戦線の穴を塞ぐことが可能 となったのです。
3、日独伊三国同盟を軽視して、日本の南進計画を許し、ゾルゲ事件によりシベリア軍団をソ満国境から移動可能としてしまった。軽装備の日本軍に叩きのめされたノモンハン事件を反省し強化された、  機甲部隊を主力とする無傷のジューコフの20個師団は、ドイツ軍の進撃にストップをかけました。
4、冬用の軍装を用意せず、鉄鋲のある軍靴は足を凍えさせ寒さを防ぐ防寒着さえ有りませんでした。そして小銃や機関銃さえ発砲出来なくなるという冬対策が全くなされていなかったため最初の冬の間進 軍出来なかった。ここにジューコフが襲い掛かったのです。後に元帥となり、救国の英雄と謳われた彼もゾルゲ事件なしには語れません。
5、機動性を重視したテ-ゲル戦車は、T34に比べて装甲が劣り、搭載砲の威力でも劣り、機動性を封じられた戦線が構成されると戦線を突破できなくなった。航空戦力はよく応えたが、数的に劣りソ連機 甲部隊を撃退するまでに至らなかった。
6、この結果クルクス(ビエルゴロド)の戦車戦で大敗し勝機は去った。それでもマンシュタイン大将の焦土作戦は有効であったが、ヒットラーの介入により、大将が更迭されると、戦線を維持できなくな り、以降敗退を繰り返し、敗戦に至りました。

結果的にバルバロッサ作戦の開始が遅れたことが与えた影響は大きなものがあったものの、ドイツ軍にも多くの勝機がありました。勝機を逃した原因を列挙します。
1、ソ連には、泥濘の時期が2回存在し、この対策が取られていなかった。侵攻初年度の秋の泥濘期には、一カ月ドイツ国防軍装甲部隊が動けなかった。
2、米国の援助を過小評価し、ムルマンスク封鎖をしなかったため、大量の米国製トラックがソ連に搬入され、ソ連軍の大量輸送が可能となってしまった。突破され続けたソ連の戦線の穴を塞ぐことが可能 とな...続きを読む

Q太平洋戦争に関して質問です。

アメリカ軍は、当初日本軍相手に苦戦しても、ガダルカナル島奪回後1943年以降は圧倒的な物量を投入して日本軍を圧倒していき、サイパン島陥落以降の1944年後半からは本土に対する空襲が激しくなっていきましたが、もしこの時にアメリカ軍がサリンを入手し日本の都市に使用していた場合、のちの広島や長崎の原子爆弾投下並み或いはそれ以上の被害というのは生じていたのでしょうか?日本では防火訓練が行われていても、ほとんど役にたたかなかったと言われていますが、もし日本の空襲でサリンが使用されていた場合、その都市の人口というのは壊滅だったのでしょうか?

Aベストアンサー

>原子爆弾投下並み或いはそれ以上の被害は生じたか?

規模にもよりますが、死者で原子爆弾を上回るのは困難です。
ただし、ガスによる負傷者を考慮すると、被害は上回るかもしれません。



>サリンが使用さた場合、その都市の人口というのは壊滅だったか?

前述のように、死者はそれなりに出ますが、問題はガスによる負傷者。
人数では壊滅しませんが、都市機能としては壊滅的被害になります。



化学兵器は「貧者の核兵器」と言われるくらい殺傷能力の強いものです。
第一次世界大戦で実戦に使用された時には多くの犠牲者がでました。
しかし、ガスはその特性上すぐに拡散します。
第一次世界大戦では、塹壕戦という溝にこもっての戦いだったので、
空気より重いガスがたまって非常に効果的でした。
市街戦での使用であれば、風向きを考慮して効果的な地点に
逃げ道を塞ぐように計画的に散布すれば、小さな町なら壊滅できます。
また、サリンは被害者への後遺症は非常に深刻です。
致死は少なくても、被害は大きなものになります。

日本への使用の場合、空襲による場合はガス弾の使用になります。
このため、少しずれると効果は限定的です。
サリンやマスタードガスの場合、液体で散布して揮発させます。
うまくいけば、車のタイヤや靴について拡散できますが、
基本的に空気より重くて停滞する性質にしていますので、
離れると被害は少なくできます。
もし、米軍がどこかで化学兵器を使用すると、以後は警戒され
ある程度の被害は出ますが、壊滅するほどの被害は困難です。



現実問題として、毒ガスの使用はジュネーブ議定書違反です。
よく勘違いされますが、毒ガスの製造・開発・所持は
この議定書を含め禁止されていません。
また、アメリカや日本などは署名していますが批准していません。
しかし、実戦で使用された場合、日本が使用する口実になります。
日本は、今はウサギの島で知られる大久野島などで毒ガスを
製造していました。もし、米軍が市街地に無差別攻撃をすれば、
日本が米軍への反撃で使用する口実になります。
小さな基地なら奇襲で攻撃されると防ぎきれません。
ちなみに、アメリカはイタリアで毒ガスを持ち込もうとして
貨物船が攻撃され、拡散されて大きな被害を出しました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%AA%E7%A9%BA%E8%A5%B2#.E3.82.B8.E3.83.A7.E3.83.B3.E3.83.BB.E3.83.8F.E3.83.BC.E3.83.B4.E3.82.A7.E3.82.A4.E5.8F.B7.E4.BA.8B.E4.BB.B6
Wikiにもありますが、この時ドイツの攻撃を憂慮したアメリカは
「毒ガス使用は報復限定」と声明を出しています。
日本にも用意していたとされますが、規模は分かりません。
アメリカは毒ガスの使用は可能でも使用しませんでした。
サリンを入手しても、あくまでも報復のため限定的な地域が対象で、
都市に使用することはありません。

>原子爆弾投下並み或いはそれ以上の被害は生じたか?

規模にもよりますが、死者で原子爆弾を上回るのは困難です。
ただし、ガスによる負傷者を考慮すると、被害は上回るかもしれません。



>サリンが使用さた場合、その都市の人口というのは壊滅だったか?

前述のように、死者はそれなりに出ますが、問題はガスによる負傷者。
人数では壊滅しませんが、都市機能としては壊滅的被害になります。



化学兵器は「貧者の核兵器」と言われるくらい殺傷能力の強いものです。
第一次世界大戦で実戦に使用された時に...続きを読む


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