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カントの物自体と、現象学のエポケーの関係を教えてください。

A 回答 (2件)

カントの「物自体」とは、知覚に作用する「物」そのものを意味します。


知覚は、「物自体」をそのものとして知覚する事は出来ません。(これは、感覚器の感度や精度が不完全だからです)
したがって、人間はその知覚の不完全さ故に、「物自体」は知覚できず、知覚できるものは限定的だとカントは想定しました。(「物自体」もその実在性は認識不能ですから、人間にとっては想定です)
したがって、知覚に作用しない、観念(もしくは想念)のみの概念(存在)と同様に、「物自体」も形而上の存在となります。
現象学におけるエポケーは、知覚されるものが、アプリオリに実在するという思考(もしくは感覚)を一時的に停止もしくは、留保する事を意味します。
この事により、知覚された物は、その実在性の保証は無くなるので、知覚が感覚もしくは意識に与える作用を還元的に分析する事が可能となります。
この事は、知覚された物の「物自体」と言う概念は不要として、経験(現象)を分析する事を意味します。(あくまで、不要であり、「物自体」の存在を問う事はしないと言う立場だと言う事です)
なお、自然科学の場合は、素朴実在論として、物理的実体(観測対象となる物もしくは、事象)は、その実体は実在すると言う立場で、その実体の実在性は問いません。(観測できれば、それは「実体である」と考えると言う事で、その実在性の実証理由は問いません)
カント自身は、その批判哲学を「観念論」として、切り捨てられるのを嫌って、観念の外(内観の超越)である「物自体」を想定しました。
しかし、純粋理性のみでは、知覚の外であり、形而上となる「物自体」は認識不可能と判断しました。
現象学においては、知覚の外である「物自体」は、とりあえずエポケーして、その実在性は問いません。 内観がいかにして、知覚される対象を実在と認識するかを、現象学的還元により分析する事になります。
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この回答へのお礼

これまで読んできたエポケーの解説文章では、自分の読解力不足のせいでしょうが、物自体と真正面から関係付けて論じたものに出会えて来なくて、大変歯がゆい思いをしていたのですが、この回答のおかげで、それがやはり直接関係した問題だということが解り、溜飲が下がりました。
 今後は、教えていただいたことを、深く検討して行くだけです。
 どうもありがとうございました。

お礼日時:2017/09/14 21:25

私は18歳の時に唯物論を学んでいました。


会社の寮でくつろいでいる時に手のひらに石が乗っていると想像してこれは何だと自問しました。
次から次に出てくる答えは学校で習った知識ばかり。今、自己が見ているものを顕せと自己に命じましたが、
?しか出てきませんでした。

カントよりヘーゲルを読みなさい。特に歴史哲学を。
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