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本を読んでいたらこの言葉が出てきたのですが、わかりやすく言うと
どうゆうことでしょうか?
相対 を辞書でひいてみたら「他と関連させてみて初めてそのものの存在
が考えられる事 ⇔絶対」とありました。これでも「??」です。
どなたか教えてください!

A 回答 (6件)

「価値観」とは、


「ものの見方、ものの考え方、ものの捉え方」のことです。
「相対化」とは、
「二つ以上のものを比べること」です。
以上から、
「価値観の相対化」とは
ある一つの「ものの見方・考え方」を絶対とせず、
いろんな方向からものごとを見る(考える)ようにすることです。
二つ以上のものの考え方(見方)を比べることです。
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パートナーの価値観に付き合ってあげると言う事です。

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pepe-coさん、こんにちは。



なるべく自分の言葉で説明してみますね。

価値観て言うのは、なにを大切に思うかってことだと思います。

で、「価値観が相対化する」ってのは、簡単に言うと、その価値観が「変わる」ことだと思います。

変わるといってもいろいろあって、もっと好きになる場合もあるし、今までと違う角度から見直してみて、違う面が発見できたとか、すこしきらいになったとか、とにかくいろいろあります。

例えば好きなバンドがあって、それまでリードボーカルしか聞いてなかったのに、ある時ベースの渋さに気が付いたり、またあるときにドラムのすごい的確さに気が付いて、バンドのメンバーのそれぞれの持ち味がわかってくると、今までとはまた違った目で(耳で?)そのバンドを聞くようになると思います。

ボーカルだけ聞ければいいって思ってたのが「絶対」的な価値観で、メンバーのそれぞれのよさに気がついてバンド全体のよさに気が付いていくのが、はじめの「絶対的な価値観」が「相対化」されるってことだと思うんです。ほかのバンドの演奏も聴いたりすると、さらに、「その好きなバンドへの評価」や「音楽に対する価値観」が「相対化」されると思います。

「相対」するってのは、「あい(お互いに)たいする(並ぶ)」って読めます。ピアノの鍵盤のように、いくつもの物だとか人だとかが並んでいて、それぞれが「音が高い低い」とか、「かっこいい・渋い」とかいうように比べられることです。逆に、「絶対」というのは、王様が一人居るだけで、ほかに比べられる人がいないような場合のことです。

ピアノの真ん中のドの音が仮に好きだったとしても、毎日その音しか弾かなかったら退屈してしまうかもしれません。けれど、ある日、端から端まで音を鳴らしてみたら、こんなに音の広がりがあるんだって、初めて弾いた人は感激するかもしれないです。触ったこともなかった一番低い音がすごくいい音だと思うかもしれません。これが「価値観の相対化」ということだと思います。

それだけ全部の音を鳴らしたあとで、改めて真ん中のドが好きだと思うかもしれないですし、ぜんぜん違う音のよさや和音に目覚めるかもしれません。でも、それはすべての音を聞いたあとだから、もっと余裕を持った好きさなのじゃないかと思います(「価値観」が「相対化」された結果)。結局は、どの音も必要な大切な音で、欠けてよい音は一音もなく、実際には鍵盤にない音がいつも必要とされるからです。

なんだかとりとめのない話になってしまってごめんなさい。良く「絶対音感」とか言いますけど、それはドレミファと弾きくらべて見なくても、鳥の鳴いている声を聞いて「あ、二番目のミの音で鳴いてる」とか分かっちゃうことです(そういう人はめったに居ませんけどね、でも分かっちゃうらしいです)。長くなってしまってごめんなさい。
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相対主義という言葉があります。



絶対主義は、この世の中に正しい考え方、答えは一つという立場です。
相対主義は、いろいろな考え方、視点があることを認め、答えはいくつもありうるという立場です。

「価値観の相対化」は、自分の持っている価値観が唯一絶対のものではなく、他の視点、立場からの考え方がありえることを理解することと言えます。

おそらくその本では、外国に行ったり、さまざまな本を読んだり、さまざまな立場の人と会話することで視野を広げることを訴えているのではないでしょうか。
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あるものに対する価値観というものは個人によって様々です。


個人を宗教や国家、民族、文化に置き換えても同じことが言えます。

価値観については、今までどちらかといえば自分や自分の属している宗教、国家、民族、文化の価値観が最も正しく自然であるという観点から見ていたものを、異なる個人、宗教、国家、民族、文化から観たときにどれが一番正しいとは言えず、それらの価値観には優劣を付けることができない、というように観ることができる、という意味で「価値観の相対化」と言っているのです。

ですから、例えば、外国語を勉強することによってその国の文化に根ざす価値観の妥当性を知ることで、自己中心的な価値観に囚われない「相対的な価値観」を持つことができる、ということも言えるのです。
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例を示してみます。



絶対的価値観の例=「この水はおいしい」
相対的価値観の例=「この水は昨日の水よりまずいが、一昨日の水よりはおいしい」

「価値観の相対化」とは、絶対的なものであった価値観が相対的価値観になるという意味でないでしょうか?

その根底には「価値観に絶対なものなどない」という思想があるように思えます。
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