親子におすすめの新型プラネタリウムとは?

WW2以前は、朝鮮半島は親日であり日本と半島は上手くやっていたこともあって、日本は清の皇帝をたて、満州国設立などの功績をあげることができたことはいうまでもない事実と思う。

さて、日本は戦争に敗れたが、当時、朝鮮半島には一国として独立国となることを目指す朝鮮の政治家がいたのだが、後に北朝鮮を納めたロシアの息のかかったパルチザンの系統の政治家に襲撃されてしまい一国独立国化は無断にも打ち砕かれた。結局、ロシアが半島に侵攻しパルチザンと共に半島を共産化する目論みを果たそうとした。

しかし、それに対して進駐軍(米軍)が朝鮮半島を日本国と元に戻したうえで、南朝鮮側を大韓民国として独立させることとなった。当時、半一のイスンマンが初代の大統領となった。

その後に朝鮮戦争となり、この戦争により日本が残してきた半島のインフラなどは壊滅的な打撃をうけることとなった。朝鮮戦争中に、韓国はイスンマンラインにより竹島を不法占拠し多くの日本人を拿捕し、その後、拿捕された日本人を帰還させることを条件に、不平等な日韓条約が締結された。

韓国の皇帝は戦後日本で過ごし後に韓国に帰国するも韓国は皇室制度を廃止。

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だいたいこういうところですか?

A 回答 (2件)

かなり違うね。

 主なところでも、以下のような間違いがある。

1.「WW2以前は、朝鮮半島は親日であり日本と半島は上手くやっていたこともあって」は全く違う。 1910年からWW2終戦まで朝鮮半島は日本だった。 日本の一部だった朝鮮半島が親日も何もない。 

2.「ロシアの息のかかったパルチザンの系統の政治家」は「WW2は中満州で匪賊として略奪を繰り返していて、のちにロシアに操られたチンピラ」

3.ロシアは半島に侵攻していない。 ロシアは半島に侵攻せずに、元匪賊の金日成を操って、半島を共産化する目論みを果たそうとした

4.「進駐軍(米軍)が朝鮮半島を日本国と元に戻したうえで」は意味不明。

5.朝鮮戦争によって、「日本が残してきた半島のインフラなどは壊滅的な打撃をうけることとなった」のは事実に反する。 戦前、日本窒素肥料株式会社(後のチッソ)の子会社である朝鮮窒素肥料が全額負担し、西松組(満洲側)や間組(朝鮮側)などが主体となり作り上げた水豊ダムは、竣工時世界最大級を誇った重力式コンクリートダムで、現在も現役で稼働しており、北朝鮮の電力事情を支えている。

6.韓国(朝鮮)に皇帝も皇室も存在したことは無い。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

1.まあ、併合中でした。それを望んだ朝鮮というのが背景にあります。併合でにも日本はむこうで大活躍していますね。

2.たしかに、当時の日本政府に逆らうチンピラには違いは無でしょうね。

3.ロシアがキムイルソンを使って侵攻したということですが、まあ、ウクライナの東側に似たようなもの。

4.ダムや下水が残ったことは知っていますが、日本が残した橋や道路、建築物、など勝手に戦争して壊してしまった。これらの戦火による被害は朝鮮半島独自に起こしたものであって日本はまったく関係がないので、日本が戦後補償などできるはずもなく。。いったい何のことやら。。

6.系統は残っていたのでは? プリンスホテルの件。

お礼日時:2018/06/23 20:14

それはネトウヨ流の歴史認識であり、ネットの仮想空間ならともかく、リアルでは通用しないでしょう。

入試や国試(国家試験)や就職試験にも通りません。

明治時代、日本は国際情勢をにらみつつ時間をかけて、政戦両略で朝鮮半島を植民地化していきました。政治のかけひき、戦争のかけひきの両方ということです。かけひき(策略)ですから、実際に朝鮮相手の戦争をしなくとも、武力による威嚇をおこなったり、朝鮮半島で清軍と戦ったり(日清戦争)、ロシア軍と戦ったり(日露戦争)しました。戦場の一部が朝鮮半島だったのです。朝鮮の人にしてみれば大迷惑でした。
彼らは、そのように日本の武力を見せつけられることによって、威嚇されました。日本との間で3次にわたる日韓協約を締結し、次第に外交権や主権を失っていきました。朝鮮は義兵闘争やハーグ密使事件などで抵抗しましたが、1910年に韓国併合条約が締結され完全に植民地となりました。
そもそも、「併合」という用語は、このとき新たに造語されたものでした。「世界史の窓」(https://www.y-history.net/appendix/wh1403-065.html、作者は高校教諭)というサイトから引用しますと、

「併合」という用語は、このとき新たに造語されたものだった。それまでは「合併」または「合邦」という漢語しかなかった。「韓国併合に関する条約」の原案を作成した前外務次官の倉知鉄吉は、後に次のように述べている。 「ちなみにいうと、当時は官民間に韓国併合に関する議論が盛んだったが、併合のありかたについては明確ではなかった。あるいは、日韓両国対等に合一するという考えがあり、またるいはオーストリア=ハンガリー帝国のような種類の国家を作るといいう解釈もあった。したがってその用語も、「合邦」あるいは「合併」などが用いられていたが、自分は韓国がまったく廃絶し、帝国の領土の一部となる意味を明らかにすると同時に、その語調のあまりに過激にならないような用語を選ぼうと思い、いろいろ苦労したが適当な表現が見あたらなかった。それでは当時まだ使われていない用語を用いる方がよいと考え、「併合」という用語を条約原案に用いたのだ。それ以後は公式文書にも常に「併合」という用語が用いられるようになった。」
〔引用終り〕

仮に、ネトウヨ流の歴史修正主義で語られるような「日韓両国対等に合一するという考え」だったら、「合邦」あるいは「合併」が用いられるはずでした。しかし、実際は「韓国がまったく廃絶し、帝国の領土の一部となる意味を明らかにする」ために、わざわざ「当時まだ使われていない」「併合」という用語が用いられたのです。
このような正確な知識がないと、リアルでは通用しません。まあ、今さら試験を受けることのない人などは、ネトウヨ流の歴史認識でいい気になっていても損はしないのかも知れませんが。
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この回答へのお礼

ネトウヨよ自体がねつ造された造語に過ぎません。
読むに値しない回答です。

お礼日時:2018/06/23 20:03

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