先日始めてボランテイア活動なるものをしました。
日曜日に町を掃除するそんな類の活動でした。
実際やってみると、いろんな発見もしますし、
終わったあとのすがすがしさは今も覚えています。

そこで、ふと思ったのですが、ご経験者に聞きたいのですが、あなたが今までに経験したボランテイアで本当に
世の中のためになったと実感した活動はなんですか?

お時間あれば、ひとことでもコメントいただければ幸いです

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A 回答 (6件)

はじめまして


私もボランティア活動なるものを初めて10年近くになります
最初は僕も清掃活動でした。
その後いくつかのボランティアを経験しました
イベントのお手伝いや、一時的な介助などもしましたし、現在では主に災害関係のボランティアをメインに活動しています。
現在の活動は、災害をメインにしているせいか、表に見える活動はすくないですね
さて、そんな経験の中で振り返ってみて、まず考えるのがボランティアってなに?ですね
未だに定義も曖昧ですよね
fukurou9さんがかかれているように、ちょっとした気遣いや親切からの行動一つ一つがボランティアとしてなるのか?
あるいは施設などで長期的に活動することがいいのか
それは、活動する人個人個人の価値観だと思うんですよね
変な話ですが、学校の授業の一部でボランティア活動をしようっていう考えがありますが、授業としてやるべきことではないと思います
なぜなら強制的にやらされても、するほうもされるほうも何の得もないからです
ただ、きっかけを作る必要はあると思いますが(すいません話がそれてしまって)
僕自身も活動していながらいうのも変ですが、ボランティアっていう言葉自体が気恥ずかしいですね
他にも書かれてる方もいますが、最後は自己満足の世界になってしまうのかもしれませんね
ただ、それが相手の方の迷惑にならない程度で活動できればいいのではないのでしょうか
結果的に質問の答えとしては世の中の為になった実感はないです
なぜなら世の中の為にしているのではなく、目の前に困った人がいるから協力するわけですから
そのときに少しでも相手の役にたって、自分自身でも満足できたり、良かったなって少しでも思えればいいのかなって思ってます。
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fukurou9さんの意見に対して、回答したいと思います。



>電車で席を譲る、大きな荷物を持つ、それもひとつのボランティア活動です。そのようなことができないのに、ボランティア活動に参加したというのはおかしいですよね。そう思いませんか?

私はいろいろなボランティアに参加しました。自分から、進んで参加したボランティアもあるし、人数が足りないため、お願いされて参加したボランティアもあります。まーどれも、掃除のようなボランティアではなく、人と接するボランティアでしたが・・・。

どのボランティアでも参加して思うのですが、自分が予想していた以上に自分にとって得るものが大きいのです。その時によっていろいろと違うのですが、参加した後は、自分の考えや行動を振り返ったり、考え方が変わったりします。

ボランティアは、世のため人のためという考えもありますが、私は自分のためにしていると思います。自分のためにしているのに、人からも感謝されるなんて、すごい得ですよね(^0^)

だから、電車で席を譲る事ができなくても、ボランティアに参加する事はおかしくないんじゃないかなーって思います。もしかしたら、そのボランティアに参加する事によって、今まで電車で席を譲らなかった自分を反省する事ができたら、それは素晴らしい事だと思います。

ボランティアをする人って、なんか偽善者とか、人間ができた人しかできないとかいろいろ言われますが、私はぜひそんな風に思っている人に参加してもらいたいと思います。きっと、参加してわかると思います。なんで、ボランティアをするのかって。
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今までいくつかのボランティア活動なるものに参加したことがあります。



ただ私自身ボランティアに付いて一度考えてみたいのですが…

ボランティア活動っていうのは、ボランティア活動しませんかと謳っているものに参加するだけではないと思うんですよ。電車で席を譲る、大きな荷物を持つ、それもひとつのボランティア活動です。そのようなことができないのに、ボランティア活動に参加したというのはおかしいですよね。そう思いませんか?

本題からそれて申し訳ありませんでした。よかったらこのことについて考えてみてください。
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こんにちは。


>今までに経験したボランテイアで本当に
世の中のためになったと実感した活動はなんですか?
・・・そうですね~障害者福祉のボランティアをしたことがあるんですけど、世の中のためになった、と実感したことなんか無いです。
自分がやりたいからしただけで、世の中のためとかそんなこと思ったことないです。高校生の一時期は進学に有利だからといった不純な動機でしていましたけど。
私から言わせてもらえば、世の中のことなんか考えて奉仕しているわけじゃないし、そんなこと考えている暇ないです。
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そうなんですね.ボランティアって,ある意味,自己満足でやっているところ


があるので,そのような”実感”を得にくいですね.

対象が自然環境であるときは,特にそれがいえます.
ゴミ拾いなどをしても,海や山が”ありがとう”と言ってくれるわけでは
ありません.

やはり,かいた汗をタオルで拭きながら,周りの人と談笑するときに,ある種の
充実感が得られますから,特に,「~のためになった」という,おこがましい
考え方は最初からしてなかったですね.

逆にそれを期待したり目的にしてやってしまうと,その対象者や相手が希望しない
ものまでこちらが押し付けることになりかねないんですよね.
特に,障害者福祉に,その傾向が多分にあります.

ごめんなさい,もちろん,そういう考え方を否定するつもりはありません.
いろんな考え方があっていいわけですが,自分の経験から思えたので,
ついでしゃばってしまいました.
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こんにちは。

ちょっとニュアンスが違うかもしれないけど、ものすご~く驚愕の事態に直面したことがあるので。

とある病院のお年寄りの入院患者を集めてやる院内デイケアでお花見会だったかな、やった時の事です。私はボランティアでフルートを演奏しました。
もちろん私はアマチュアで、フルートは趣味でやってます。

文部省唱歌をメドレーでやったら、痴呆が進行して言葉も満足に出せなくなってた患者さんが歌い出した事があります。

子どもの頃歌ったであろう歌、しっかりと覚えてるんですね~。

その場に居合わせたドクター初め病院のスタッフ一同、びっくり仰天でした。

今では音楽療法なんてのもあちこちで取り入れられてるけど、今思えばその走りでしたね。そういう分野に興味がある医師でもいれば論文になってたかも・・・(^^ゞ
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