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卜部をwikiで見ますと、次の説明がありました。
大宝律令制定の際のことです。

<卜部とは亀卜(亀甲を焼くことで現れる亀裂の形(卜兆)により吉凶を占うこと)を職業とした品部。系統が異なる氏族が日本各地に存在するが、このうち伊豆・壱岐・対馬の卜部氏は神祇官の官人に任ぜられ、神祇官の次官(大副・少副)には伊豆卜部氏が、下級職員である卜部には伊豆5人・壱岐5人・対馬10人の、それぞれ卜術に優秀な者が任じられた[注釈 1]。この三カ国以外の卜部氏は日本古来の卜占である太占に関係した氏族の後裔であるという[1]。>

質問は、卜部は朝鮮から導入されたので、経由地の壱岐・対馬から選ばれたことは分かります。
何故、伊豆から選ばれたのでしょうか?

A 回答 (3件)

亀卜は、一種の専門技能職であって、身分階層が高い人がやるというものではなかったようです。


亀卜は、中国由来の面もあるのでしょうが、鹿の骨を使うものは奈良近辺でもやる人はいたようです。 鹿の骨から亀の甲に替わったのは、たまたま占った結果があたったと評判のニュースが王権中枢に伝わったからでしょう。
亀卜は日本の陸亀よりは、海亀であって、これをやったのは海に生活基盤をもつ集団だったのでしょう。 そうならば、海流に乗って列島各地に集住ちを展開したのは、なんとなく納得です。 対島、壱岐、阿波、伊豆などの嶋島や上総、下総など湊のある地域には広く亀卜をする人が集住したのでしょう。 
極端に言えば広く列島各地にいる亀卜を行う人がいる中で、伊豆・壱岐・対馬の3つの卜部だけを特別に扱って、王権中枢の卜占担当に充てたのは、中臣の氏族だけがこの辺境の地につながりを持てて、他の氏族は畿内あるいはその周辺、吉備、丹波、出雲、越にも何らかの影響力を行使できるので、中臣が太占などを独占し、大王・天皇に対するこの面での地位を確保する戦略思考が働いていたのかもしれません。
雷大臣も「カミナリ」とは無関係な名前なのかもしれません。 烏賊津の「津」は湊なので、そっちに関係しているのかも、、、、、
https://kotobank.jp/word/%E9%9B%B7%E5%A4%A7%E8%8 …
「大宝律令制定の際、卜部は、経由地の壱岐・」の回答画像3
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
<亀卜は日本の陸亀よりは、海亀であって、これをやったのは海に生活基盤をもつ集団だったのでしょう。>ですね。
海亀の代表として、伊豆を選んだことはあり得ますね。
江戸時代の長崎・幕末の横浜のように、卜部の導入地として、壱岐・対馬を選んだものと思っています。

お礼日時:2021/08/13 09:49

ざっと wiki を読んだ限りでは、中央とのつながりが深かったからでしょうね。


壱岐・対馬は、地元の豪族っぽい?
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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます。
壱岐・対馬は、豪族(卜部の専門性を持った)でしょうね。
伊豆は?

お礼日時:2021/08/12 10:21

経由地でなく辺境地というのが隠岐・対馬・伊豆の共通点。

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この回答へのお礼

早速のご回答ありがとうございます
卜部に関しては、壱岐・対馬は先進地でしょうね。

お礼日時:2021/08/12 10:18

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