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以下のA、Bに入る最も適切な接続詞を理由とともに教えて下さい。
論理的で説得力のある理由を知りたいです。よろしくお願いします。

日本語社会では、人々は相手が自分に近いか遠いかについて鋭い感覚、区別をいつも内心で保っています。
( A )、これが敬語の基礎の一つです。
( B )、近しい扱いでは、しばしば親密さから、時によると相手を粗略に扱うことになります。

A 回答 (15件中1~10件)

何度もごめん。


修正です。

×
前件のキーワードは【常に】という用語。


前件のキーワードは【いつも】という用語。
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この回答へのお礼

Thank you

ありがとうございます。

お礼日時:2022/07/01 21:09

#13です。


連投もうしわけない。

大野の原文と質問本文は「これが敬語の基礎の一つです」がカッコ内に収まっているか否かという点で構文が決定的に異なります。
前者の B は順接が妥当であり、後者はあからさまな逆接ではなく、「そうは言っても」といった意味の「とはいえ」などが適切、として見解が異なるのはそのためです。
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この回答へのお礼

Thank you

ありがとうございます。

お礼日時:2022/07/01 21:09

#12ですが、#11さんお示しの大野の原文についても若干触れてみます。


ここでは佐藤優の勘違いについて指摘しておきたい。

[ つまり、日本語社会では、人々は相手が自分に近いか遠いかについて鋭い感覚、区別をいつも内心で保っています(これが敬語の基礎の一つです)。だから、近しい扱いでは、しばしば親密さから、時によると相手を粗略に扱うことになります。]

大野のこの原文は、
【鋭い感覚、区別をいつも内心で保っているために】それが身に付きすぎているあまり【時によると相手を粗略に扱うことになります。】
という構文であり、順接の「だから」を使っているのは極めて自然と言える。

佐藤優は、こうした文意を読み取れず誤った批判をしているようだ。
【全体を要約すると、こうなります。「日本人は、相手が自分に近いかどうか常に鋭い感覚で区別している。だから、親しい人を粗略に扱う」。少し不自然ですよね。無関係な2つの命題が「だから」で結ばれているので、あたかも論理的な文章のように見えているわけです。】

《無関係な2つの命題》としか捉えられないのは佐藤の読解力不足。
前件のキーワードは【常に】という用語。

日本人は、相手が自分に近いかどうか【常に】鋭い感覚で区別している。【常に】区別する習慣が身に染みこんでいる。だから、必然的に近い人に対する敬意の必要性に対しては無頓着になりがちであり、結果的に親しい人を粗略に扱う(ことも多い) 」

と大野は言っているわけだ。
佐藤が言うように「少し不自然」などでないことは明らかだろう。
「あたかも論理的な文章のように見えている」のではなく「論理的な文章」なのだよ、佐藤君。(笑)
自分の読解力の無さを棚に上げて他者批判を述べる。
識者といっても、こういったボンクラも混じっているから、あくまで是々非々で受け止める姿勢が、我々素人には必要だということでしょう。
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この回答へのお礼

助かりました

興味深い解説ありがとうございます。

お礼日時:2022/07/01 21:08

#6ですが、少し補足を。



( A )が単純な順接であろうはずはない。
当初から「だから」「すなわち」などは論外でしょう。

a. 日本語社会では、人々は相手が自分に近いか遠いかについて鋭い感覚、区別をいつも内心で保っています。
( だから )、これが敬語の基礎の一つです。

b. 日本語社会では、人々は相手が自分に近いか遠いかについて鋭い感覚、区別をいつも内心で保っています。
( すなわち )、これが敬語の基礎の一つです。

といった文が自然な日本語だと考えるのはあまりにも短絡的と言わざるを得ない。
かといって何を入れるかは難しいところ。
当方が、

c. 日本語社会では、人々は相手が自分に近いか遠いかについて鋭い感覚、区別をいつも内心で保っています。
( 言わば)、これが敬語の基礎の一つです。

と回答したのは、「これが敬語の基礎の一つです」というフレーズは全体の文意の中で補足的な役割より果たしていない、と判断したため。
「ちょっと言っておけば」という程度のニュアンスが適切であり、順接などではあり得ない。

( B )が逆接だと考える向きもいくつかあるようだが、これは読解力の不足。

「相手が自分に近いか遠いかについて鋭い感覚、区別をいつも内心で保っていること」という前件が、
「近しい扱いでは、しばしば親密さから、時によると相手を粗略に扱うことになること」
に対して逆接的要素であると断定している構文ではないからだ。
前件がたとえば

d. 日本語社会では、人々は相手が自分に近いか遠いかについて鋭い感覚、区別をいつも内心で保っています。
このようにして日本語社会では相手に対する敬意が適切に示される基礎ができています。

などのように「相手を粗略に扱っていない」前件が示されていてこそ、「だが」「しかし」などの逆接が違和感なく使えることになる。
たしかに、原文の「人々は相手が自分に近いか遠いかについて鋭い感覚、区別をいつも内心で保っています」という場合も、「これが敬語の基礎の一つです」という文と総合して「相手を粗略に扱っていない」要素が皆無とは言えないのだが、そのことが構文上で明記されていない、という点が逆接を使うには弱いわけだ。
あからさまな逆接ではなく、「そうは言っても」といった意味を適用して、

e. 日本語社会では、人々は相手が自分に近いか遠いかについて鋭い感覚、区別をいつも内心で保っています。
( 言わば )、これが敬語の基礎の一つです。
( とはいえ)、近しい扱いでは、しばしば親密さから、時によると相手を粗略に扱うことになります。

といった表現にしないと文章全体に違和感が生じることになる。
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この回答へのお礼

天才やな

素晴らしい回答ありがとうございます。

お礼日時:2022/07/01 21:06

佐藤優氏の文章は次のサイトに掲載されています。


https://gendai.ismedia.jp/articles/-/48547
「目からウロコの『論理学入門』の最初の方です。お確かめください。
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この回答へのお礼

OK

ありがとうございました。

お礼日時:2022/07/01 21:04

あのー。


 No.9のかたの引用が正しいのなら、( A )の位置が違うのでは。
 しかも原文は〈保っています(これが敬語の基礎の一つです)。〉?

 やはり( A )には接続詞ナシが正解ですね。
 ( B )には順接の「だから」?
 原文は逆接にしか見えません(泣)。
 うーん。その気になって読み直すと順接の気もする?
 ある意味メイ文かも。
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この回答へのお礼

つらい・・・

誤解しないで下さい。
原文を復元するという話ではありません。

文章が論理的にどう繋がっているか、その論理的な関係は接続詞でどう表されるかということを考えるのであって、元の文章を復元するわけではありません。

お礼日時:2021/10/10 22:16

この文章は「大野晋氏」文章です。

「ウチ」と「ソト」の話です。

「近畿地方を中心に西日本では、女性や子供が一人称としてウチを使う。ウチは内であり、家であり、自分である(中略)相手をウチの人だと思うと急に親しくなり、特別の便宜をはかり、相手をソト者と思うとはっきり別扱いします。
 それは古い体制の名残なのです。つまり、日本語社会では、人々は相手が自分に近いか遠いかについて鋭い感覚、区別をいつも内心で保っています(これが敬語の基礎の一つです)。だから、近しい扱いでは、しばしば親密さから、時によると相手を粗略に扱うことになります」

これによれば、「つまり」と「だから」が接続詞になります。

 これを引用したのは、論理学者の、佐勝優氏で次のような感想を述べています。
「この文章の結論は、接続詞「だから」の後の「日本語社会では時に、親密な相手を粗略に扱う」ですね。確かに、現実にはそうかもしれません。しかし、論理学で扱うのはそういう常識論ではなくて、「この文章の中に矛盾があるかないか」です。
 全体を要約すると、こうなります。「日本人は、相手が自分に近いかどうか常に鋭い感覚で区別している。だから、親しい人を粗略に扱う」。少し不自然ですよね。無関係な2つの命題が「だから」で結ばれているので、あたかも論理的な文章のように見えているわけです。」

たしかに論理的ですが、それによって、大野氏の文章が無意味になるとは、思えません。
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この回答へのお礼

助かりました

ありがとうございました。

お礼日時:2022/07/01 21:03

ご質問の原文は〈日本を代表する碩学の書物から取られたもの〉ですか。


 あまりわかりやすい文章とは思えません。
 一般に、「接続詞」の穴埋めは、選択問題でないと答えるのは困難です。
 まして、こういう文章では……。
 おそらく、実際の文章に使われている接続詞が正解でしょうが、それを論理的に説明することはできないでしょうし、それが〈最も適切な接続詞〉と考える根拠はないはずです。
 先行コメントの意見が分かれているのもそのせいでしょう。

 まず、接続詞の分類のサイトを確認します。
【接続詞(っぽい言葉)の役割──順接/逆接/並列・追加/対比・選択/説明・補足/転換】 【20130314改定版】
http://1311racco.blog75.fc2.com/blog-entry-2727. …

( A )は「言いかえ」の類いではないかと。
 ↑の分類だと、〈5)説明・補足〉でしょうね。
 文体から考えると、「すなわち」あたりがふさわしい気がします。
「言わば」も意味としてはOKでしょうが、辞書の例文などを読むと、接続詞として使われる例は少ない気がします。
「いうなれば」「つまり」あたりもOKでしょうが、個人的には接続詞は使わないのが一番スンナリ読めます。

( B )もわかりにくいのですが、〈2)逆接〉を入れるべきでしょう。
〈2)逆接〉の接続詞は多数あります。↓参照。ほかにもいろいろあるはずです。
 文体を加味すると、「けれど」「でも」のような話し言葉的なものを除けばなんでもよいのでは。
「しかし」「だが」あたりが一般的でしょうか。
「ただし」あたりもアリでしょう。

いっぽう

かえって
ぎゃくに/逆に  ※4)対比・選択か?
けど
けども
けれど
けれども
しかし
そうはいうものの
そうはいっても
そのかわり
そのかわりに
そのくせ
その反面
それが
それでいて
それでも
それどころか
それなのに
それにしては
それにしても
それにもかかわらず
だが
だからといって
だけど
だけども
だけども
だけれど
だけれども
だけれども
ただ ※「5)説明・補足 」のほうが一般的かも
ただし ※「5)説明・補足 」のほうが一般的かも
だのに
ですが
ですけれど
ですけれども
でも
ところが
とはいうものの
とはいえ
なのに
にもかかわらず
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この回答へのお礼

ありがとう

ありがとうございます。

お礼日時:2022/07/01 21:02

>、回答はもう結構です。


逐一ハンドルネーム記憶していませんので、回答ブロック願います。
無意味な回答書き込む手間が省けますので
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この回答へのお礼

がんばります

はい。

お礼日時:2022/07/01 21:01

( A )言わば


「別の言葉で言うならば」といった意味。

《相手が自分に近いか遠いかについて鋭い感覚、区別をいつも内心で保って》いるような状態について、別の言葉で言うならば(まさにこれこそが)「敬語の基礎」の一つです。

( B )とはいえ
「そうは言っても」といった意味。

相手が自分に近いか遠いかについて鋭い感覚、区別をいつも内心で保っていることが敬語の基礎の一つだとは言っても、それらの「鋭い感覚、区別」が敬語として常に妥当に機能するかと言えば必ずしもそうではない。
《しばしば親密さから、時によると相手を粗略に扱う》という事態が生じる場合もある。
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この回答へのお礼

Thank you

ありがとうございます。

お礼日時:2022/07/01 21:02

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