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トルコ語は、デュルク語族ですね。
ところが、周辺はインドヨーロッパ語族です。
以前何かを読んだのでしょうか、次のようなストーリーの記憶がぼんやりとあります。

「突厥の一部が西へ進出してアナトリア高原に達し(後続集団は消滅したのか)彼らがトルコ民族になった。この経緯で、トルコ語は、周辺と異なったデュルク語族なのである。」

質問は、上のストーリーはもっともらしいですか?

A 回答 (5件)

紀元前、秦始皇帝や漢に追われた、蒙古の人たちは、ロシア、カザフスタン、中国、モンゴルに挟まれた山脈アルタイ山脈に逃げ込みました。



その後、390年の頃からは、中央アジアに進出。のちに、ゲルマン民族を侵略して、ゲルマンの大移動を起こしました。

後に、モンゴルの部族は、突厥(発音はチュルク、デュルク)トルコです。

デュルク族の多くは、イラク付近の国の傭兵として力をつけ、その後は、セルヂュク族長が、乗っ取りセルヂュク朝を開き、十字軍派遣の原因になった。

その後、セルヂュクは滅亡するが、族長オスマンによって、オスマントルコ朝が開かれる。

オスマン・トルコが滅びてから、トルコ共和国に。

現在でも、トルコ人の80%の赤ちゃんは、蒙古斑があると言われる。

ちなみに、白人との混血児たちが作ったのが、ブルガリアと言われる。

質問は合っていると思います。
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この回答へのお礼

早速の御回答ありがとうございました。
<蒙古の人たち>は、追われたり繁栄したり滅亡に近くなりながらも、はるばるトルコに達したのですね。他民族との抗争がない日本に安住している私には、なかなか想像がつきませんが、トルコのご先祖様はご苦労をされたのですね。

お礼日時:2022/07/20 16:36

テュルク語族の分布は Wikipedia によるとおよそ


ロシア南部 (モンゴルの北西)~トルコ
でそのふきんに連続して存在するので, 周囲は「カスピ海のあたりを除いて」インドヨーロッパ語族, だね. この言語の分布はまさに「人の移動」で説明されてたはず.

とはいえ, 「分布がばらばら」という点ではウラル語族の方がおもしろそう. ハンガリー語やフィンランド・エストニア語とか. もしくはロマンス諸語で唯一 (政治的には 2つ?) 離れたところにあるルーマニア語.
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この回答へのお礼

早速の御回答ありがとうございました。
フィンランド語はフン族の影響があることは知っていましたが、ハンガリー・エストニア・ルーマニアなどは、孤島の漂流者のように健気に生き延びているのですね。

お礼日時:2022/07/20 17:34

テュルクまたはチュルクですね。

トルコと同じ単語の、表記違いだったりします。インドとヒンドゥーといえば分かるかな?
テュルクというよりモンゴル系と言ったほうが分かりやすいというかなじみがあるかもしれません。つまりモンゴル系の遊牧民が昔っから西へ西へと波状攻撃wのように行っているので、その系統の言葉になったのです。

テュルクーモンゴルー ツングースー韓国日本、というつながりで、アルタイ語族を形成しているのではないかという考えも根強いです。
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この回答へのお礼

早速の御回答ありがとうご会います。
<モンゴル系の遊牧民が昔っから西へ西へと波状攻撃>ですね。
ところで、テュルクは、ウラルアルタイ系なのかインドヨーロパ系なのか判別つかない、ということもきいています。テュルクと日本語とは、遠い遠い親戚なのですね。

お礼日時:2022/07/20 17:29

訂正。


日本が戦ったのはチンギスハンではなく、孫のフビライハンです。
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この回答へのお礼

ご丁寧にありがとうございました。

お礼日時:2022/07/19 17:21

トルコ民族はモンゴル高原、中央アジア出身です。



というか、突厥はモンゴル高原のトルコ系遊牧民のことです、というのが正しいです。
トルコの人は、自分たちはモンゴル高原出身といいます。

トルコの人が親日なのは、突厥の後のモンゴル帝国のチンギスハンをやっつけたのが日本だからかどうかは分かりませんが。
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この回答へのお礼

早速の御回答ありがとうございました。
<突厥はモンゴル高原のトルコ系遊牧民>ですね。

突厥は多数の民族を含めた混成集団ですね。モンゴルにいたある集団が、はるばるアナトリア高原まで進出してきた、ということですね。

お礼日時:2022/07/19 17:21

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