アプリ版:「スタンプのみでお礼する」機能のリリースについて

いつも相談に乗っていただき、ありがとうございます!
タイトルにもある通り、すぐに自分を卑下する癖を直したいと思い、
質問させていただきました。
どのようなときに自分を卑下するのかというと、以下の通りです。

①不安を避けようとして起こした行動が上手くいかなかったとき。

②車の運転が上手なわけではないが、車間距離の近い後続車がいると、
「自分の運転が下手だから、後続車の人はイライラしているのか?」と
思ってしまう。

③会社での電話応対の時に、「さっきの発言だが、このように言ったほうが
良かったのではないか?」と反省してしまう。

④仕事でミスをしてしまったときに、
「自分は、なんて無能なんだろう…自分自身が情けない…」と思ってしまう。

⑤過去の失敗やミスを度々思い出してしまい、
「どうして、あの時あんな行動をしたんだろう」と後悔し続けてしまう。

⑥悩み事があっても、このようなサイトでしか相談できる場所がない。
両親のどちらかに相談して、
「お父さん(または、お母さん)には言わないで」と言ったのに、
必ずばらされる。
友達とは勤務形態が違うので、遠慮して相談することが出来ない。
会社の上司や先輩には、プライベートな内容をどこまで話して良いのか
分からないため、相談できない。

長文になってしまい、申し訳ございません。
しかし、自分を卑下することで更に自信を失くしたり、
自分の行動が全て間違っているのではと思ったりしてしまうので、
本当に直したいと考えています。

ぜひ皆さんの力を貸していただけないでしょうか?
何卒よろしくお願いいたしますm(__)m

A 回答 (2件)

出来なかった事の中から少しでも出来た部分を探してみて下さい。

    • good
    • 0
この回答へのお礼

回答していただき、ありがとうございます!
参考にさせていただきます!

お礼日時:2023/02/18 13:44

心についた思考の癖みたいなのは反射で出てきちゃいますから厄介ですよ。

いつの間にかそうなっていたというモノであれば、意識して別の思考を上書きする様にしないと収まりません。落ち込みそうになったら、別の事を考えるという事です。これが条件反射として定着すればOKです。

自分を卑下する癖と全く同様に困った癖は「怒る」です。
不安に成ると「怒る」人がいるという事です。

また攻撃対象は自分を助けてくれそうな人。そして怒るネタはだいたいに置いて「相手の失点やミス」です。それらを持ち出し相手をやり込めた後に助けて貰おうとする。これは逆効果ですよね。ですが癖ですのでなかなか治りません。そういう癖が付いた人は気の毒です。

それに比べると自己卑下というのはかなりマシだと思いましょう。

例えば、

「自分の将来が心配に成り、
 日本の首相やお年寄り(守ってくれそうだから)を攻撃し続ける」

この様に成ってしまうとお仕舞ですからね。

という事で一番最初に意識しないと行けないのは、

「不安であるのに誰かを攻撃する人は現存しており、その人よりは
 大分マシ。このままでも大丈夫なんだ」

とすることです。一生懸命日本の体制や年配の方を攻撃して不安を消し去ろうとしている人がいますでしょ。そういう人を見て「これよりマシか」と優越感を感じる事です。この優越感が自己卑下を妨げると思います。

一般の人は「八つ当たり」をする人を見て優越感を感じる。そうする事で自分の不安が消える事を知っています。

次に一歩進んで不安が生じるメカニズムについて説明します。脳の状態が良くないためそうなります。体調不良ですね。天気でも変わります。なので前日は不安を感じていなくても、次の日は不安が大きくなるなど良くあります。

「事前に準備をしないでも大丈夫だと思ってのんびりしていた。
 だけど現地についてみたら雰囲気が全然ちがう。
 段々と不安に成って来た。ああ・・・こんなことになったのも
 ・・・そうだあの人の責任だ。あの人の責任を追及しよう」

みんなが緊張している中で突然関係ない人を攻撃しだす面白い人が出来上がります。これはまずいですよね。八つ当たりを習慣にしてはいけないという話は述べました。次のポイントは「事前に準備をしないでも大丈夫だと思って」のあたりですね。

まずそんなことありません。

「くよくよする人は、準備が足りないのでは? と考えるのが苦手。
 ここから逃げるために楽観的な考えを持ち出し逃げようとする。
 そして失敗したとき自分を痛めつける事で心を楽にしようとする」

つまり根本から治すためには、

「自分の物臭と狡さを自覚する」

のが早道です。罪を自覚しないと治りませんよ。

ではどういう罪なのか?

「自分以外の人も生きており、悩んでいる。
 その悩みを自分から知ろうとしなかった。
 『言われなければ分かりませんよ。
  自分は頼まれたら考えますから割といい人のはずです』
 と自己肯定している。
 実際は、率先して知ろうとしないといけない。
 わかっているが面倒なのでやらない。
 言い訳を用意して反論する方を選んでいる」

この率先して相手の悩みを知ろうとする行為を「思いやる」と言います。これは相手にアドバイスをし、自分も協力するという暗黙の意味を含みます。

ではどういう罰があるのか?

「自分が失敗しそうだ。失敗により誰かに責められそうだ。
 と言う時にどうすると助かるのかアイデアが思いつかない」

罰としては最悪ですよね。終わり確定でしょう。この不安感は恐怖に近いと思います。ですので死に物狂いで責任転嫁をする。他の人は解決のアイデアがすぐ思いつくので、その人の必死さに驚愕する。見苦しいと感じる。より異常に見えるという事です。

・自分は特に悪く無いんだから失敗しても悪くない
 だから自分より悪いという人を責めて逃げよう  

・これを失敗したら誰が困るのか考えておこう
 その人が困らないように次善の策を準備しておこう

この2種類の人に分かれてしまう訳です。これは思考の癖ですから常に同じに成ります。前者の人はずっとそのまま。後者の人はずっとそのまま。大概において前者の人は後者の人に助けて貰ってばかりに成り、自尊心が満たされません。これが長く続くと弱気に成るという事です。

「思いやりのない人は失敗を続けるし、失敗のリカバリーも出来ない。
 誰かに許され続ける事態が続き、最後は弱気な人に成る。
 その原因が自分の卑怯さあるという事は中々認めない」

誰であっても「頑張っているのに失敗している可哀そうな人」設定を自分にしがちです。しかし他の方が指摘したいのは、

「他の人も頑張っており、その方々も悩んでいるという情報を掴めば
 うまく立ち回れるのに・・・知らないんだもんね。
 普段気にしてないからね。あんたは」

という事です。

密やかに相手の気持ちに成る。相手が思う事が手に取る様に分かるようになる。心をシンクロさせ続ける。

「ああ、いまこういうところ不安になってるだろうなあ。
 だけど、プライドがあるので聞き出せない。
 難儀な人だなあ」

こんな感じです。ここまで分かる様に成れば、コミュニケーションも取り易いですよね。少なくとも自分が接する人に手を抜いては行けませんよね。

思いやりのある人は、

「こんな風に頼むといいよ」

とか、

「今頃心配しているだろうから一声かけたほうがいいよ」

と言う発言が目立ちます。思いやりのない人は山勘で言う訳にも行かないので、上の様な発言が少ないはずです。実は普段から「この人みたいに大人っぽく何か言いたい」と思っているはずです。しかし確証が無くて言葉をかけるか迷ってしまうんです。

思いやりのない人ほど、

「これであってますか?」

と聞きたくて仕方ないでしょう。

しかし、これの答えは常に同じ。

「自分が相手を知って、相手の心が手に取るように分かれば、
 そんなこと聞かなくても確信をもって答えがわかるはずだよ。
 すべてのことが想定通りに進むはず」

なんです。

冒頭に戻ります。

「『思いやり』を使い、相手の人がどう感じているかを
 常に考え続ける。その思考で頭を忙しくすることで不安
 を消す。これをやらない人は相手に怒られる事ばかりを
 妄想してしまう。結果、その妄想を真実だと思い込み、
 反撃の正当性まで担保しようとする。ここで初めて狂人
 が完成する」

私たちが覚えて置かないと行けないのは。思いやりのある人が不安を持つことは無く、自信を無くす事もなく、怒りを持つ事も無いのだという事です。それらが社会に広く知られているという事。これを前提に話をすると良いと思いますよ。

以上、ご参考になれば。
    • good
    • 0
この回答へのお礼

さっそく回答していただき、ありがとうございます!
参考にさせていただきます!

お礼日時:2023/02/18 13:44

お探しのQ&Aが見つからない時は、教えて!gooで質問しましょう!