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明治国家は明治維新で近代化に成功したけど、結局は太平洋戦争に突き進んで77年で破綻してしまいました。国の寿命として77年は短いほうですよね。明治国家が100年も持たなかったのは、なぜですか?どこか根本的なところで間違っていたように思いますが、どうですか?

参考に日本の時代区分です
奈良 84年 710-794
平安 398年 794-1192
鎌倉 141年 1192-1333
室町 237年 1336-1573
安土桃山 30年 1573-1603
江戸 265年 1603-1868
明治・大正・昭和前期 77年 1868-1945
米軍占領 7年 1945-1952
昭和後期- 71年 1952-2023

A 回答 (11件中1~10件)

根本的なところで間違っていたわけではなく、異なる価値観・文化・思想・哲学が現れて、それが支配的になるからです。

そうやって進歩・発展するわけ。変化のないところに進歩はありません。
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自立、独立した国家ではなかったからですよ。

市民革命が起こったわけでもない。みずから学んだ近代化もない。民主主義の必然性も社会で体験していない。自分の国の代表を、民意で選んで、戦略を立て、死ぬ気でがんばらないと、国が滅びる・・・体験を、島国のラッキーさで、体験してこなかったことが大きい。明治維新は、竜馬がゆく、坂の上の雲の司馬遼太郎史観みたいなのが、まるで革命でも起きたかのような錯覚を起こしているけど、

実態は、

長州が、日本をイギリスに売った、単なる売国奴クーデター

です。イギリスは植民地にはしにくい国民とみて、長州を助けた見返りの利権で大儲けだけで済んだけどね。それは偶然のこと。

日本は、植民地化をおそれた危機ばねが真面目な国民性とマッチして、西洋ものまねながら近代化を成し遂げ、日清日露に勝利したがんばりはある。まさにそれが、坂の上の雲が描く高揚感なのでしょう。

でも、逆に勘違いしてしまった。天皇の統帥権を利用し、アジアに触手を伸ばし、大儀なく韓国を併合して・・・幕末に大政奉還でテロを成し遂げられなかった長州の残党が暴走しつづけ。勝てない戦争までつっこんで破綻した・・・それが明治であり大正です。

もちろん、戦争をやめて、大陸から撤退し、日本らしい戦略で行きていこうとした政治家も有識者もいたが、第一次世界大戦後急速に勢力を伸ばした、国際金融勢力が、アメリカなどをツールとして世界をあやつり、紛争を意図的に起こして、大儲けする構造ができあがる。

第2次世界大戦はまさにそれ。日本も餌食になって、アメリカ、中国、ロシアの食い物になったのが敗戦です。戦後はアメリカに占領され、本来はそれに耐えて、独立を目指すべきだったのに、またもや長州の残党が日本をアメリカに売って、日本人の管理権を得た。その売国奴組織が今の自民党です。

いまだに日本はアメリカの犬、植民地です。くさった戦闘機を押し付けられ、意味ないワクチンを買わされ、原発燃料をだれも使わないので日本に押し付け、外交も軍事戦略も命令され、ウクライナにも金を出し、反抗した政治家は消され、80年たっても植民地のままです。

維新と戦後。日本における長州の罪は大きい。現代の犯罪者政治家、犯罪者首相を出し続け、国際金融勢力やアメリカと組んで、日本を食い尽くす自民党、山口。それが、保守と自由の看板を掲げて、真の愛国者を左翼扱い。終わってますね。

いまこそ民意を反映し、自国のことは自国で決める政治にもどるべきです。でもそれを主張すると、ぷーちん、とらんぷみたいに、消されるんでしょうね。日本人は、だれが味方でだれが敵かを勘違いしていると思います。このままでは、明治・大正の政府と同じ破綻です。
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セクショナリズムです。


憲法からして間違っていました。

天皇主権といいつつ天皇に実権はなく、縦割り行政でした。
始めは元老が調整機能を果たしていましたが、彼らがいなくなってからはまともな国家の体をなしていません。
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戦争が続き戦費が嵩んだこと。

日清戦争、日露戦争。第一次世界大戦。辛亥革命。結果としての軍部の台頭や協調外交の失敗:朝鮮・満州・中国出兵。
米国に発した世界恐慌、関東大震災。植民地政策の失敗:国連脱退。日英同盟の破綻。
富の偏り:富裕な貴族・農民階級と貧しい農民・庶民。
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高杉晋作等が、上海に出かけ


そこで奴隷化されている中国人を目にして
危機感を覚え、明治維新になったわけです。

その後は、なんとしても独立を守る
列強の植民地にはならないぞ
ということでの、戦いの連続でした。

日清日露戦争に、第一次大戦までは
上手く乗り切ったのですが、
大東亜戦争で、力尽きた。



どこか根本的なところで間違っていたように思いますが、
どうですか?
 ↑
戦って負けるか、戦わないで負けるか
ですね。

韓国は戦わないで負け続けました。
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>国の寿命として77年は短いほうですよね。



国の寿命ではなく「政体の寿命」ならそんなもんです。ソ連も70年で崩壊したし、フランスの第3共和政も70年で変革したし、アメリカは南北戦争が独立の85年後、公民権法で市民権が完全平等になったのがその99年後ですから、同じ国家でも「政体」は70年から100年で変わっていくものです。

なんでこのように「政体が持たなくなる」かというと、国内外の制度疲労が起きるからです。

ソ連は共産主義でしたが、資本主義国との差が大きくなりすぎて崩壊しましたし、中国もそれみて資本主義化に大きく舵を転換しました。
 今の中国は、純粋な「共産主義」とは言えませんが、習近平はそれが不満で毛沢東路線に戻そうとしている、とも言われます。

日本の明治政体が終わったのは、日本の領域が拡張しすぎたから、です。朝鮮半島や台湾を日本領土に組み込み、さらに満州国を作り《日本の安全保障の領域拡大》を続けた結果、西洋列強の安全保障とぶつかって戦争になったのです。

これを防ぐ手立てはほぼなく、ifで言うなら日清戦争か日露戦争で一度負けていれば、少しは慎重になっていたかもしれませんが、それが無かった日本は領域拡大が明治政体のメカニズムに入っていた、としか言えません。

ちなみに、日本の戦後の政治政体、つまり「日本国憲法の政治体制」ももうすぐ終わるでしょう。今年は戦後78年、明らかに憲法を変えて、自衛隊を国軍に位置づける必要がでていますので、そうなると次の政体に移行することになります。

これは国内問題よりも、周辺国の変化による都合の方が大きく、政体の変化は、周辺の国際的事情と国内事情のどちらか、または両方の変化によって生じるのです。
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44+14+20=78


あなたのいう明治から第2次世界大戦終了までですか。
まあ、それで日本は自由と民主主義・戦争放棄に成れたかな。徴兵制もないし、女性も選挙権得たか。
でも日本は負けてよかったのかなあ。
領土は竹島・樺太・千島還らず。
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明治国家とは「大日本帝国」の事ですよね。


欧州に負けじと覇権主義を行ったからです、第二次世界大戦後は
植民地経営は割に合わないので欧州は植民地を手放しました。
この結果、アジア・アフリカ・南米・中米に独立国が多く誕生しました。
覇権主義が終焉したのです。
ロシアと中国人民共和国は未だに覇権主義を行っていますが、何れ
世界から孤立して経済的に立ち行かなくなると思っているのですが。

ロシア・ソビエト社会主義連邦は69年で解体しました、大日本帝国は
77年で滅んで日本国となりました。
この事を踏まえて、国家滅亡の70年の因果関係を研究している、
学者がいる様です(氏名を失念しました)。
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軍の指揮権が内閣ではなく天皇にあったこと。


それ自体は必ずしも欠陥とは言えないかもしれないが、天皇は事実上政治からは距離を置くお飾り的存在であったことから、陸軍が暴走し始めた時にそれを止める手段が極めて限定され、陸軍テロもあって、それを止める為という名目から文民首相から陸軍軍人首相へと舵を切ってしまった。

つまり、明治政府は軍部独裁政権と化してしまった。それが滅亡した最大の理由。
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憲法に欠陥があって、政府と軍が並立していたので、政府が軍を抑えることができなくなったからです。

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