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昭和史の本を読むとよく出てくるのが統帥権の問題です。
「当時の憲法では天皇の下に陸海軍と政府が並立していた。そのため陸軍の暴走を政府は止められなかった」とよく言われています。
それなら昭和天皇が「陸軍は暴走をやめろ」と言ってくれれば済むことなのに、なぜしなかったんですか?
天皇の命令なら従うんですよね?

A 回答 (24件中1~10件)

君臨すれども統治せず、が建前だったからとは思うけど、じゃあ2.26はなんで鎮圧命令を出せたのかって疑問はあるよね。

重臣からの講和の働きかけについても、「もう一度戦果を挙げてから」って拒否した例もそう。建前上はダメだけどやろうと思えばできたって可能性が一番強いはず。なぜしなかったかは謎。
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この回答へのお礼

仰るとおり。同感です。日清日露戦争のとき、明治天皇も最初こそ反対してましたが、日本軍が勝ってると分かるとウキウキで作戦指導に口出してましたし・・・
「天皇は実権のないお飾り」論は間違ってると思います。

お礼日時:2023/12/05 23:37

私は歴史を勉強し、史実を調べ、神話に封印された日本建国の歴史から、現在までの、天皇のこともいろいろ理解しています。

日本が大好きで、愛国者だと思っています。歴史の流れで見ると、明治の天皇制って異常なんですよね。

天皇はもともと八百万の神の、多神教の象徴です。日本の曖昧さを飲み込みながら、日本の文化と伝統とともに、お米が実って日本が幸せになるように、宗教行事を粛々と続けてきた実態です。

万世一系は、医学的にも、考古学的にも、まともな歴史検証的にも非現実的だけど、時代によって立場を変えてきた中、2000年近くスキームがつづいいていることは素晴らしい。でも、中世以降の特に江戸時代では、一般庶民にとっては、まったく存在感はなかったのです。

維新は、イギリスに国を売って幕府を倒したので、明治政府を欧米に追いつけ追い越せを目指した。キリスト教のような一神教の神にに見立て、それがすべてを方向づけるという、多神教をを否定した価値観こそ大切だと思ったんでしょうね。強烈な欧米コンプレックスです。

でも一人のリーダーシップにもとづく指示命令・・・なんて、日本の文化では、メジャーじゃないし、天皇だって近代は政治に関わってこなかったのだから無理筋です。だから全ては神(天皇)の言葉という形を取りながら、実態は、日本風の神輿を担いで権威をもたせ錦の御旗で勝手なことをするという形式がまかり通った。それが、統帥権という、軍が持った公式の暴走権限であり、近代国家といいながら、古代中世の曖昧さをとりこんだわけです。

そうやって都合よく国を運営し、日清、日露の勝利は、ギリギリだがよかった。国民は歓喜、暴走は止まらず、最後はその乱用で破滅まで行った。天皇は、そもそも、それを止める力なんてないし、情報も統制されていたと考えるのが自然です。

では、軍が悪いのか?といえば、そんなこともない。国民は勝利に歓喜し、どんどん突き進めと煽った。つまり、残念ながら日本人には情報にもとづき、正しいことを見極め、政策の是非を、感情的にならずに判断する力が、国民にも政治にもなかったってことです。

戦後は、象徴天皇として統帥権はなくなり、当然ながら、シビリアンコントロールの配下に自衛隊がいる。むしろこれは、古代からの天皇制に近いかもしれません。一方で、情報にもとづき、正しいことを見極め、政策の是非を、感情的にならずに判断する力が、依然として国民にも政治にもない状況です。
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謎ですよね。


他の回答者の回答を読むと矛盾しています。
「天皇には執行権が無かった」という一方で、「御前会議で終戦を軍部に言った」という回答もあり何が本当か判りません。
自分が想像する限り彼が強く終戦を望めばもっと早く、つまり多くの犠牲者が出る前に敗北宣言となったと思います。
つまり、結局は彼は優柔不断な人間だったと思います。
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この回答へのお礼

仰るとおり矛盾してるんですよね。
226事件の時も、「天皇は実権のないお飾り」論では説明できません。

お礼日時:2023/12/05 23:35

御前会議で陛下は何度も「もう止めましょう」と申し上げております。

阿南陸軍大臣が強固に反対してましたが、中座して宿舎で割腹それで終戦やで「一死をもってこの大罪に謝す」陛下に逆らった事にけじめを付けた。血に染まった軍服が靖国神社に保存されてます。
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昭和天皇は「立憲君主制の君主は政治に介入しない」と信じていたからです。


国が破滅の方向に向かうのを理解しながらも、昭和天皇は自分の「矜持」を変えなかったので、軍が暴走するのを傍観していたのです。
まあ、日本では天皇が政治に一切介入できないというのが500年以上の伝統でしたからね。
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天皇は政治には干渉できないルールがあるからです。

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超簡単にいうと、当時の昭和天皇は「現人神(あらびとがみ)」、つまり人間の形をした神様という位置付けでした


だから、政治や軍事に口出しできる立場ではありませんでした


以上ですが、このあたりはさまざまな言論が飛び交ってますので、興味があれば、ここでの超雑な議論ではなく、学者が書いた本を読んで知識を深めることをお勧めします
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当時の天皇は主権者といえども、専制政治を行えない立場でした。



日本の歴史をひもといても、天皇が自ら政務を行った時代の方が短く、その大半は豪族や貴族による政治、武士による幕府が実際の政治を行っている時代の方が長いです。

天皇は国家元首、君主と言うよりも、疫病などから予防、守るために任された巫(かんなぎ)、シャーマンのような存在です。
後々になって天皇を神とする現人神の考えが広がりましたが、そういう立場が元になっています。

明治維新以降においても、内閣が作られ、国会が作られることによって、天皇が直接政治に関与することはほとんどありませんでした。
統帥権も、実際にはお飾りに近いもので、意見をすることができても暴走を止める権限はありませんでした。

天皇が専制政治を行えると思い込んでいるのは、結局のところ英米らの「思い込み」でしかなく、それを誤って教育してきたことも一因です。
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当時の軍令部と新聞社を誰も止めれなかったのが原因です。



今の岸田政権と同じで、誰も官僚のバラマキを止めれない。これが日本の弱点なのです。
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そりゃ日本のためにしかたなくですよ。



高度情報化した今だから海外の人もだいたいどんな考え方をしてるか理解しようもあるけど、当時は虎と大差ないですよ。
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