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結局どうなんですか?一ヶ月前あたりにビートたけしさんとYOUさんが出ていた番組の中で、「木から下りたサルは二足歩行を始めさまざまな環境に行き進化を遂げ、今のヒトになっていった」(すごく略しました)というようなこと言っていたのですが、ということはヒトの祖先はサルだったということでよろしいのですか?

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A 回答 (11件中1~10件)

進化論も、完璧ではなく穴だらけの理論ですが、地球上に生命が発生して人類になったという、人類が行き着いた唯一の科学的理論です。

そのバリエーションはいくつかありますけど、どれも、決定的な理論確立には至ってません。

一方、創造論は「神が創った」で片つけてしまう、宗教上の理論というよりは、話であって、進化論の弱点や未完成な部分をつつくだけで、創造論として科学者を納得させる理論はその中には含まれてないといえます。

アメリカ(合衆国)のいくつかの州で、進化論と創造論の双方を教えるようになったのは、単にアメリカが、当時からのキリスト教的文化背景だけでなく、それ以上にそれだけ進化論自体も完成されていないとい発展途上の理論だということです。

それ以外の科学的理論は、ローマ法王庁のいう折衷理論以外ないということです。それすら、反対するガチガチのキリスト教徒もいます。

よって、日本では、特定の宗教の教義を教えることはできませんから、進化論だけを教えるという事になってしまいます。

特に日本の学生などからは、進化論にしてもビッグバンにしても、完璧な科学理論のような発言が随所に見られますが、科学を学べば学ぶほど、分からないことが出てきます。まして、人類がこの期間で森羅万象全てを極めたなんてのは、それこそ科学信仰です。それを謙虚に受け止め、さらに科学的姿勢を崩さずに追求するという姿勢は必要です。

蛇足ながら、宇宙人が人類を作った云々は、SFの世界で問題外です。
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   科学雑誌「ディスカバー」  : 「進化論は……根本主義のクリスチャンから攻撃されているだけでなく,名の通った科学者たちからも異論を唱えられている。

化石の記録を研究する古生物学者の間では,ダーウィン説に対する一般的な見方とは異なる見解が次第に広がっている」。

   著名な進化論者でもある,古生物学者のナイルズ・エルドリッジ  :  「進化論的生物学の,それまで20年間の独善的確信に浸透していた疑念は激しい感情となって燃え立った」。「戦い合っているそれぞれの陣営の内部でも全く一致が見られていない」「最近はまさに騒乱状態で……時には,[進化論にかかわる]論題一つ一つについて生物学者の数と同じほどさまざまな意見があるかとさえ思える」

   英国のニュー・サイエンティスト誌  :  「ダーウィンの進化説は純粋に科学的な理論とはほど遠い,と論ずる……科学者たちが増えており,とりわけ[そのような見方をする]進化論者が多くなっている。……そのような批判者の中には,最高の知性を持つと認められた人々が多い」。


   これらの意見も勘案するなら、進化論を科学上の真理として据えるには、あまりにもお粗末と言わざる得ません。

   
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進化論も創造論も現段階では1論説にすぎません。


確立されたなら進化学とかいう分野になるでしょう。

物事の証明には実際に実験してその現象を再現しなければなりませんが、進化という分野のスパンは長すぎて人間には証明しようがありません。
…だったのだろう という想像でしかありません。

個人的には親から子へ顔が似る程、遺伝子のコピーは完全になされるのに、何百世代過ぎようと他の生物に代わっていくのはありえないと思ってます。
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決着はつかないというか、創造論の側は何を言われても、誤りを認めることはないって事です。

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創造論が正しいと思います。

今の日本人の常識でそう認識するのは、自分で納得いくまで考える必要があるようです。
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>ヒトの祖先はサルだったということでよろしいのですか?



いや、猿と人間のDNAはわずかしか違わないとされてきましたが、最近では科学が進化して、随分違うとわかりだしてきたようです。

猿から人間の遺伝子への移行段階において、どうしても繋がらない空白の間があるのだそうです。

「ほら やっぱり猿からじゃないじゃないか」というのは早合点で、さらに進化すれば、やっぱり猿からってなるかもしれません。

進化論が正しいとするためには その空白をどう説明するかになりますが、突然変異ということで片づけようとしている人もいます。

わたしはそれでは納得しないです。
突然変異にも起こる理由があったはずです。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%80%B2%E5%8C%96% …
宗教において、進化論は教義と反することから、今でも欧米の授業では進化論のシの字も授業では触れないところもあるそうです。
そういう社会では親も進化論のシの字も知らないので、例え家族で2001年宇宙の旅の冒頭を見たとしても、一体これが何を意味しているのかチンプンカンプンだと思います。

『猿同士が喧嘩して、縄張り争いで敵対するグループの猿を殺した』という認識にしかならず、これが人間は人間を殺す理由 という場面を現していると気づかないと思います。
戦争をする理由と理解できないと思います。
そうなると、2010年宇宙の旅のソ連とアメリカの核爆弾の打ち合い寸前から和平という場面を描いていることが理解できないと思います。
神がついに姿を表し喧嘩している人間を仲裁した映画としか捕らえることができないと思います。
キューブリックはそんな事を言いたいため映画を作ったんじゃないはずです。
神が人間を救済する映画とするなら、映画の冒頭の長いシーンは要らないはずです。
『人間は猿程度なのか 人間とは何だ 他の動物と決定的に違う何かが人間にはあるはずではないのか それとも猿か』というメッセージ性のある映画のように思います。

おっと、進化論が正しいのか、神が人間を作ったのが正しいのか からズレちゃいました。
DNAの設計図をもうちょっと調べてみないと、まだわからないと思います。
神は宇宙の偶発的なもの とするならDNAはその偶発によって起こったと考えられるので、DNAの起源を辿れば神が創った ということもできると思います。
しかし それは個々の宗教が定義する神ではないです。

って思います。
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回答No.3の方は、



バチカンでは科学者を集めて議論を戦わせているアカデミーが開かれているらしい。
科学の情報を元に宗教活動に利用しようとしている。

と述べておられますが、
バチカンがそうしているのは、宣伝のためではなく、
バチカンは中世に地動説を否定した苦い経験があり、
その反省から、同じ間違いを繰り返さないために、
進化論にも理解を示そうとしているのだと思います。
頭から否定するという態度をとらず、科学的問題の評価に慎重になっているのは良いことだと思います。
とはいっても、聖書を否定しない範囲内のことなので、それがバチカンの限界ですが。
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たとえば「擬態」という現象は、創造説にとっても、進化論にとっても痛いところです。


擬態という現象を見ると、とても「偶然」の突然変異の積み重ねなどで説明できるとは思えませんが、一方、擬態は弱肉強食を前提としたものであり、愛を説く神がこんな残酷なシステムを創ったとも思えません。
ギリシャ神話などに登場する残酷で人間的な神々が創ったのなら別ですが。
基本的には進化論の方が有利かも知れませんが、偶然的要因だけでは擬態は説明できず、擬態を説明するためには、進化の歴史の中で、能動的な進化の仕組みが生じてきたと考える必要があるような気がします。
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番組自体は見ていませんが面白そうですね。


科学者vs宗教家 みたいな感じですか?

科学者は進化論が正しいと思っています。長い歴史のごく一部しか見ていないのに地球の歴史を知っているかのように・・・
ここに科学者の思い上がりが見られます。
本当にサルから人間が進化したのでしょうか?
人間の脳は5%くらいしか利用されていないと言われています。ではそんな利用しない脳が必要なのでしょうか?進化論が正しいならもっと使っているのではないでしょうか?
科学者という生き物は無から有を創りたがる生き物です。だからサルから人を創ろうとしてつじつまを合わせるのです。
(個人的な意見ではもともと人間はいたと考えています)

一方の創造論は神様の登場です。各宗教によって神様が違うのでよく分かりません。
ただ、今話題のバチカンは「科学と宗教の境界線」を探しているという話を聞いたことがあります。
バチカンでは科学者を集めて議論を戦わせているアカデミーが開かれているらしい。
科学の情報を元に宗教活動に利用しようとしている。

恐るべし、宗教家たちの野望。
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リンクを読破すればそのへんは徹底的に検証されてるはずですが、例えば


http://www.meken.med.kyushu-u.ac.jp/~tosakai/car …
「創造論者の論法は誠実とはほど遠いところにあります。議論に必要な科学的知識を持ち合わせていないがゆえでしょうが、論敵の主張を過度に単純化し(進化論者はなんの保証もなく炭素14の量が一定という前提を使用している、など)、その上で否定しています。擬似科学に共通する論法です。 」
創造論者の主張はある面を説明できても
別の側面から見ると破綻していることが多いのです。
(と主張するほど創造論を知ってるわけでもないですが。)
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Q創造論って正しいんですか!?

創造論って正しいんですか!?
創造論が正しい根拠は?間違っている根拠は?
進化論が正しい根拠は?間違っている根拠は?

Aベストアンサー

この世界の生命は空飛ぶスパゲッティモンスターが作ったんです。

というのは置いといて、

創造論は、ある意味では正しいのです。ただし、信奉者の中においてのみの正しさですが。そもそもとして、創造論と進化生物学では、根拠の置き所が違います。

前者はその信奉者の絶対的な宗教的背景に基づきます。つまり、彼、彼女らのなかでは、「神(あるいはデザイナー)が生命を創造した」という、「絶対的な前提であり、揺るがない結論」が存在し、神がかり的な屁理屈で、目の前の観察事実を結論へと強引に結び付けます。なので、間違いようがないのです。信奉者の中では。

では進化生物学はどうかと言いますと、こちらは科学ですので、膨大な観察事実に基づきます。同じ観察事実を前にしても、こちらは、観察結果に基づいた推論をし、結果でてきたものを事実として扱います。そして、創造論との明確な違いは、進化生物学には間違いがありうる、という点です。どういうことかと言いますと、進化生物学は事実をもとに推論を重ねるわけですから、その推論を否定する事実が現れた場合、その推論が間違っている可能性が出てくる、ということです。

そして、膨大な観察事実に基づいた進化生物学の根底部分は、もはやゆるぎない事実として存在します。誰かが言うような、「無神論者の信仰背景に基づく考え」なんかではないってことですね。実際に、進化生物学を専門とするキリスト教徒もいらっしゃいますしね。

創造論は正しい、というよりは、間違いようがない、というべきかもしれません。

この世界の生命は空飛ぶスパゲッティモンスターが作ったんです。

というのは置いといて、

創造論は、ある意味では正しいのです。ただし、信奉者の中においてのみの正しさですが。そもそもとして、創造論と進化生物学では、根拠の置き所が違います。

前者はその信奉者の絶対的な宗教的背景に基づきます。つまり、彼、彼女らのなかでは、「神(あるいはデザイナー)が生命を創造した」という、「絶対的な前提であり、揺るがない結論」が存在し、神がかり的な屁理屈で、目の前の観察事実を結論へと強引に結び付け...続きを読む

Q進化論はなぜ「正しい」のか

現在でも進化論を否定してる人はいて、そういう人に対して我々は無知蒙昧であるように思ったり、
狂信的であるみたいに思ってしまっていますが、実際のところその我々にしても進化論を自明のものとして受け入れてるだけで、
どういう意味で進化論が「正しい」のかちゃんと理解してる人は少ないのではないでしょうか?
まあ「正しい」という言葉を安易に使うべきではないので、「進化論は他のアイデアに比べて様々な事をより矛盾なく説明できる」といえばいいでしょうか?
ではそういう意味で言って進化論は何に関してどの程度すぐれた説明をできるアイデアなのでしょうか?
また逆に他のアイデアでは説明できない、もしくは矛盾をはらむ事象は何なのでしょうか?

Aベストアンサー

 進化の定義は「遺伝的な変異によって形質などが変化すること」ですから、"子孫の繁栄に結びつくこと"ということは定義には含まれていません。それどころか進化論に関する(まともな)本を読めば、どの本にも"進化論の誤解されやすい点"として「進化は"進歩"を意味しない」と書かれています。
 中立進化論以来、形質に影響を与えない遺伝的変異も分子学的に「進化」として捉えられるようになっています。

 ウイルスの例だと、日本で分離されたウイルスとアメリカで分離されたウイルス、それにヨーロッパで分離されたウイルスの同じ遺伝子領域の塩基配列の変異を調べることによって、「アメリカで流行したウイルスが日本に侵入したが、ヨーロッパのウイルスは日本からではなくアメリカから渡った」というような疫学的な情報を得ることができます。
 こういうのを「進化系統樹」と言います。この時、それぞれの変異はウイルスの増殖性や感染性とは必ずしも関係ありません。それどころか非翻訳領域(機能していない領域)はしばしば好んで解析部位に選ばれます。自然淘汰の影響を受けていないので得られる情報が多いわけです。

 ヒトのミトコンドリアDNAの解析によって「全世界の人類は10万年前にアフリカにいた1人の女性の子孫である」という話は聞いたことがあると思いますが、これもそれぞれの変異は生存性とは無関係です。

 また、色覚の進化の歴史を辿ると、脊椎動物の祖先は4色視だったと考えられています。魚類や爬虫類、鳥類は4種類の色覚受容体を持っていますから。
 ところが哺乳類の多くは2つの色覚遺伝子しか持っていません。つまり2色視です。残り2つの色覚遺伝子は変異により失われているわけです。これは初期の哺乳類は夜行性だったため、色覚の重要性が低かったためと考えられています。
 それが霊長類では遺伝子重複により1つ色覚遺伝子が増え、3色視ができるようになっています。

 この色覚遺伝子の変異の歴史の中で、色覚遺伝子が増えることについては生存上有利に働いた"進歩"と言えるでしょうが、哺乳類が色覚遺伝子を2つ失ったことについては"進歩"ではないでしょう。このことによって何ら有利にはなっていないからです。「ほとんど使わない遺伝子がいつの間にかなくなっていただけ」という状況ですから。
 このような例はビタミンCの合成能とか乳糖の分解能など、いくらでも挙げることができます。
 つまり、子孫繁栄のためには無関係な進化、あるいは不利になる進化も、実例がいくらでもある、ということです。

 というわけで、"進歩"でなければ進化ではない、というのは非常に初歩的な生物学上の誤解です。

 ダーウィンが進化論を提出した時代は「遺伝」というものの正体すら判っていなかった時代ですから(遺伝子の存在もヒトは知らなかった)、現代でもそのままの形で信じられているわけではありません。
 グールドの断続並行説、木村の中立進化論などがダーウィニズムに反旗を翻すように世に出ては(特に断続並行説はグールドがわざわざそのような自己宣伝をした感がある)、最終的にはダーウィニズムを補強or補足する形で収まっていて、現代のダーウィニズムは非常に強固なものになっています。まだ今後も修正、補強、補足は際限なくされ続けるでしょうけども。

 ダーウィニズムを否定する人々を私達が無知蒙昧であるように思ってしまうのは、それらの人々がダーウィニズムをまともに理解しておらず、ダーウィン(ダーウィニズム論者)が言ってもいないことに対して「ここに現代進化論の限界がある」などというツッコミを入れ、それを説明しようとして荒唐無稽な論理展開を行うからです。これを書いている私は"ウイルス進化論"のことを指すつもりで書いていますが、他にも重力進化論など荒唐無稽な論はたくさんありますね。
 ウイルス進化論などは大学の学者が提唱している説("学説"としては認知されていませんが)なのですが、学者で専門家を名乗る人の中にもダーウィニズムや分子生物学がまともに理解できていない人はけっこう多く存在する、ということでしょう。

 創造説やインテリジェント・デザイン説は"動機"がまた別なのでここでは触れません。まあ宗教に言及してしまうとロクなことがありませんし。

 進化論の骨子は
1.地球上の全ての生物は極めて少数の種(現在ではただ1つと考えられています)から進化、分化を繰り返して現在の多様性を産み出した」
ということと、
2.現在の姿は"その場さえ良ければいい行き当たりばったり"の小さなマイナーチェンジを無数に繰り返した結果である」ということの2点です。

 1の方は遺伝学から強力に支持されていますし、2の方も比較解剖学や発生学にいくつも強力な証拠を見つけることができます。

 勉強すると進化論はとても面白いので、とりあえず入門的な本を何冊か読んでみることをお薦めします。
 もちろんダーウィンの「種の起源」も必ず一度は読むべき本なのですが、最初の本としては取っつきが悪いでしょう。
 最初に読む本としてはリチャード・ドーキンスの「盲目の時計職人」がベストだと思います。早川書房から出ています。

 あとは興味の向くままでけっこうですが、
・「利己的な遺伝子」リチャード・ドーキンス(紀伊國屋書店)
・「人類の足跡10万年全史」スティーブン・オッペンハイマー(草子社)
・「生命40億年全史」リチャード・フォーティー(草思社)
・「ゲノムが語る23の物語」マット・リドレー(紀伊國屋書店)
 あたりが読み物としても圧倒的に面白く、お薦めです。「利己的な遺伝子」以外は"進化論"の本ではありませんが、ダーウィニズムを理解していると内容がよく理解できて興味が増します。

 進化の定義は「遺伝的な変異によって形質などが変化すること」ですから、"子孫の繁栄に結びつくこと"ということは定義には含まれていません。それどころか進化論に関する(まともな)本を読めば、どの本にも"進化論の誤解されやすい点"として「進化は"進歩"を意味しない」と書かれています。
 中立進化論以来、形質に影響を与えない遺伝的変異も分子学的に「進化」として捉えられるようになっています。

 ウイルスの例だと、日本で分離されたウイルスとアメリカで分離されたウイルス、それにヨーロッパで分...続きを読む

Q進化論では人類の存在が矛盾していませんか?

 こんばんは。質問はタイトル通りです。以下、補足です。
 人間(現生人類ホモ・サピエンスのことです)の存在は進化論で考えるとおかしいと思いませんか? 以下にその理由を列挙します。
 1:人間が火を使うのはおかしい。動物は本能的に火を怖がるからである。火を怖がらない人間が突然変異などで生まれたら彼ら・彼女らは他の人間から異常扱いをされて滅びると思われる。
 2:2つの足で立つ過程において絶滅する。たとえば猿から人間に進化すると仮定した場合、猿と人間の間の存在は4つ足歩行と2つ足歩行の中間と思われる。その場合その移行期間中に絶滅すると思われる。
 3:ホモ・サピエンスの祖先はナウマン像など大型の動物を殺して生きていた。しかし大型の動物は皮膚が厚くて人間の力では倒せない。たとえ斧などを使ったとしても。
 皆様の力をお貸しください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

論理には例外がありうると言うことでしょう。

順序が乱雑になりますが、ご容赦下さい。
まず、ホモサピエンスの祖先は始めから大型動物を捕食していたわけではありません。古くは木の実であったり魚介類であったりという弱肉強食のピラミッドに組み込まれた食生活をしていました。

しかし、進化に例外が生じました。
それは、道具を使い始めたことです。この点において類人猿も同じかもしれませんが、そこは生活環境の差だと思います。
ミアキスから犬と猫が生まれました。森を捨て草原で群れを成し生きていくこと選んだ種は犬となり、森に残り群れずに生きていくことを選んだ種は猫になりました。
それと同様に、道具を使い始めたサルのうち、森で生きることを選んだ種は類人猿に留まり、森を離れたものがホモサピエンスへと進化を遂げたのではないでしょうか。森を捨てた祖先は森で生活する以上に、群れ道具を使わなければ生きていかれなかったのではないでしょうか。
その中で、手はますます歩行に向かなくなり道具を使うことに特化して行ったのではないでしょうか。また、二足歩行になるに従い頭は真下から安定的に支えられることで大きな脳みそを持つことができ、反対に首の骨は細くなり変わりに声帯が発達し複雑な声を操ることで、より複雑な”社会”を築いていけたのだと思います。
そしてその頭脳は、火の存在を知り恐れるのではなく使うという選択肢を選べるまでになったのではないでしょうか。

当方専門家ではなく、全くの推測ですが、
1で言えば、例えばコアラはユーカリを食べます。ユーカリは他の動物にとっては毒だそうなので、コアラは例外と言うことになります。例外=絶滅であれば、現在にコアラは存在しなくなります。
2で言えば、原則二足歩行は四足歩行に比べ身体能力が低く、絶滅の危険は大きいと思います。事実、絶滅したいたかもしれません。ただ、それを救ったのは知恵であり言葉であり火だったのではないでしょうか。

「出る杭は打たれる」というのは進化の過程でもありえることかもしれません。例外に流れると概ね絶滅するのでしょう。
しかし「出すぎた杭は打たれません」人間は知恵に特化し、火を使うことを覚え、打たれないまでに進化したのではないでしょうか。

論理には例外がありうると言うことでしょう。

順序が乱雑になりますが、ご容赦下さい。
まず、ホモサピエンスの祖先は始めから大型動物を捕食していたわけではありません。古くは木の実であったり魚介類であったりという弱肉強食のピラミッドに組み込まれた食生活をしていました。

しかし、進化に例外が生じました。
それは、道具を使い始めたことです。この点において類人猿も同じかもしれませんが、そこは生活環境の差だと思います。
ミアキスから犬と猫が生まれました。森を捨て草原で群れを成し生き...続きを読む

Qダーウィンの進化論が最近あやしくなってきているというのはどういうことですか?細かく教えてください。

こんにちは。

ダーウィンの進化論が最近あやしくなってきていると言うのは
本当でしょうか?どのようなところがどのようにあやしくなってきているのですか?(あやしいと言うより、記述しきれていないというべきか???)
具体的に教えてください。お願いします。

Aベストアンサー

キリンの首が長いのは
長い首を持っているほうが高い枝の木の葉を食べられて
生存に適しているので
だんだんと首が長い物が生き残っていった

というのがダーウィンかと思いますが、
ではなぜ首が延びている途中の
中くらい長さのキリンの化石が無いのか?

実は進化は突然変異(ウィルス感染の為)によっておこったのだ
というのが新説

という話を聞いたことが有ります。

Q聖書と科学の矛盾をキリスト教信者の方はどう捉えているのでしょうか

宗教というカテゴリーがなかったので、こちらにに質問させて頂きます。新年に神社でお参りし、教会で結婚式を挙げ、死んだら寺の墓に入る無宗教の日本人の素朴な疑問なのですが、キリスト教を信仰してるであろう国の科学者達は(科学者だけではないかもしれません)、聖書の中に書かれている内容と、人類学や科学などで考えられたり証明されたりしている事実との矛盾を、どうとらえているのでしょうか。
例えば、人間は猿から進化したものとされていますが、キリスト教では神が創ったとされています。(正確にいえば人間ではなくアダムですが)学問と宗教で真実が異なるわけですが、宗教を信仰している科学者は科学と相反する教えをどのように捉えているのか、無宗教の私にはずっと疑問であり謎でした。どなたかこの疑問にお答えいただけないでしょうか。よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

質問者さんがお書きの
>学問と宗教で真実が異なる
事を多くの人は理解しており、社会生活を営んでいます。
それは聖職者であっても科学者であっても同じ事です。
むしろ科学者のような高度な教育を施された人の方が、割り切り度合いは大きいでしょう。

『神のものは神に、カエサルのものはカエサルに』とは聖書の言葉ですが、
「人が何を信じどう生きるか」と「人がどんな栄養素を採れば生きられるのか」
は別の問題だと、認識しているので矛盾しないのです。
『人はパンのみに生きるに非ず』という聖書の名文句を聞いて
「人には肉体的な満足感だけでなく精神的な満足感が必要だ」という意味で引用する人はいても
「人にはパン以外に野菜や肉も食べないと栄養が偏るよ」という意味で栄養学の教科書に引用する人はいないのです。

以下余談
#5さんがご指摘のようにキリスト教にもイスラム教にも原理主義者はいます。
彼らは「学問と宗教で真実が異なる」事を同じ土俵で解決しようとしているから矛盾するのです。
そして、現実を捻じ曲げて解釈しています。(キリスト教原理主義者たちが『汝の敵を愛し』ているとは到底思えませんがね)
こう考えると、宗教を迷信として無視する科学万能主義者と原理主義者は精神構造が近いのかも知れませんね。
世の中の全ての事はたった一種類の法則で説明可能である、というのは理想でしかないからです。
その法則をE=mc2(二乗)とするか聖書に(あるいはコーランに)求めるのかだけの差という意味で。

では我々日本人は?臆病な科学信奉者とでも言えますでしょうか。多くの日本人が「バチが当たる」という言葉を
忘れて久しいですが、それでも多くの人は結婚式に仏滅の日を選ぶ勇気はないのです。
以上余談。

よって、聖書などに書かれているのは神の言葉であって科学法則ではない、から矛盾しないのです。
もう少し哲学風に言えば、形而上の話と形而下の話を一緒にすれば矛盾するのは当然であるから、です。
お釈迦さんが生まれた時甘茶の雨が降ったとか、産まれた直後に「天上天下唯我独尊」と言ったとかをマジメに研究して甘茶の雨は降る事ができない!とか産まれた直後に直立して自然言語を操る新生児はいない!と否定する日本人はいませんよね?それと同じ事ですよ。

質問者さんがお書きの
>学問と宗教で真実が異なる
事を多くの人は理解しており、社会生活を営んでいます。
それは聖職者であっても科学者であっても同じ事です。
むしろ科学者のような高度な教育を施された人の方が、割り切り度合いは大きいでしょう。

『神のものは神に、カエサルのものはカエサルに』とは聖書の言葉ですが、
「人が何を信じどう生きるか」と「人がどんな栄養素を採れば生きられるのか」
は別の問題だと、認識しているので矛盾しないのです。
『人はパンのみに生きるに非ず』という聖書...続きを読む

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む

Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む

Qキリスト教では進化論は受け入れられてしますか?

キリスト教では、猿から人類に進化したという進化論は
受け入れられているのでしょうか?
アダムやイブの話などと矛盾します。

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

ローマ教皇は1996年にダーウィンを認めていますので、公式的にはとっくに認めているということになります。ただし「肉体の進化論は認めるが、われわれの精神は神からもらったものであり人間の精神は進化論と関係ない」という注釈つきですが。
いまだ古典的な原理主義観を持つ人らはまだ受け入れていないようですが、現実的というか科学的というか宗教観を持つ人らの見解から生まれたのがID(インテリジェント・デザイン)論での認識の方が主流じゃないんでしょうかね。例えば最近のアメリカでは進化論とID論の両論併記を教科書に載せようという運動が活発です(というか実際に載っている州もあるようです)。まぁ大統領がそっちの人なんでねぇ・・・。

でID論は一見科学的なようには見えますが、実際のところは疑似科学でしかありません。その内容は大筋は進化論を認めているのですが、根本的には「神」ではなく「偉大な知性」が宇宙や生命をデザインし創造したという見解です。
確かにダーウィン進化論にも抜けや穴、矛盾点が多く、さまざまな反論を受けてはいるのですが(その結果進化論もダーウィン時代よりははるかに進化しています)、たとえば未だこれというような仮説や証拠がない部分をウィルスやそういったもので解説・説明しようとするのが科学で、そこであきらめてやっぱり神様改め「偉大な知性」に頼るのがID論ですw
中途半端に科学的で、一般受けしやすいように工夫もされていますから、支持者も多いようですよ。少なくとも古典的な見解でダーウィンを頭ごなしに否定するよりは、ID論の立場で否定している方が合理的っぽく見えるからでしょう。

ローマ教皇は1996年にダーウィンを認めていますので、公式的にはとっくに認めているということになります。ただし「肉体の進化論は認めるが、われわれの精神は神からもらったものであり人間の精神は進化論と関係ない」という注釈つきですが。
いまだ古典的な原理主義観を持つ人らはまだ受け入れていないようですが、現実的というか科学的というか宗教観を持つ人らの見解から生まれたのがID(インテリジェント・デザイン)論での認識の方が主流じゃないんでしょうかね。例えば最近のアメリカでは進化論とID論の両論...続きを読む

Q日本の全長

日本の全長は北海道から沖縄まで何kmくらいですか?
また、一番全長が長い国はどれくらいなのでしょうか?

Aベストアンサー

どうもこんにちは!


日本の国土の長さは北東から南北に約3000kmです。
http://www.env.go.jp/earth/coop/coop/materials/07-ttmncj/07-ttmncj-1.pdf
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC#.E6.97.A5.E6.9C.AC.E3.81.AE.E7.AF.84.E5.9B.B2

世界では、国土面積も1番広いロシアが東西に約1万km、南北に約4000kmで最も長いと思います。
http://jp.encarta.msn.com/encyclopedia_761569000/content.html

因みに、日本の海岸線の長さは2位のイギリス(54.1m/km²)を大きく上回る91.3m/km²で世界1位だそうです。


ご参考まで

Q年代測定の方法、精度について

何でもwikipediaで調べるぐらいしかないほど、考古学などについての知識は皆無なのですが、素朴に疑問に思ったことがあり投稿させていただきます。

例えば先史時代について調べていると、旧石器時代は約250万年前頃から、中石器時代は2万年前ごろから、猿人は600万年前ごろに登場し、130万年前ごろまで存在していた。などの目もくらむほど大昔のことが詳細に書かれているのを見ることがあります。一方で年代測定によく使われる放射性炭素年代測定は1万年程度前までしか計測できない上に地域環境によってかなり誤差が出るというのも見たことがあります。

何十万年前や何百万年前といった年代の計算はいったいどのようになされているのでしょうか?また、その精度はどの程度のものなんでしょうか?

あまりに無知なため、子供のような質問で申し訳ありませんが、分かりやすく教えていただければと思います。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

一般的には放射性炭素年代測定法は、年輪年代測定法という調査方式とセットで運用して、誤差を埋めてくるんです。

御承知のようにカーボン14(C14)は植物などにとりこまれたC14が死滅すると、空気中の炭素の取り込みが停止され、それらは法則性にのっとって減少してゆくという特性を生かした測定法です。具体的には5730年で半減するという原則から、出土遺物がたとえば柱だったとしたら、その柱が材料として切り倒された時点などを残留カーボンの量で推定するんです。
簡単に言ってしまえば統計確率的年代ですから、質問者様がご指摘のように、誤差は覚悟なんですね。

そこで先ほど申し上げた年輪年代測定法をも利用するわけです。この測定法は活用できる地域や時期は限られますが、暦のように使用できるんですね。
では、この年輪年代測定法の簡単な調査方法を示します。

御承知のように木の年輪は一年に一つ生まれますよね。そしてその年輪を注意深く観察すれば、特定地域内における気候変動のパターンもわかってきます。今年のように熱い夏と冷夏では、刻まれる年輪の厚さなどは当然変わりますから。
いずれにせよ、この法則を利用して現在生えている木を基本に、地域ごとにみられる樹種ごとに選定した上でパターン化し、同じパターンで年輪が刻まれる樹木は他の遺物から出ていないか?を探るんですね。
このような年代の在り方は”絶対年代”といわれます。

ですから、カーボン14で大まかな年代を推定し、年輪年代を利用し、さらに細かく年代を推定するという方法がとられていますね。

もちろん伐採された時期に直ちに材料として使う事はありませんし(乾燥)、また以前に使っていた柱を他の場所に移築するなどもありますから、これとて誤差は出てくるんですね。
ですから、近年話題となっている「箸墓古墳=卑弥呼の墓」といった論説は、根拠が上記2種の測定法ですから、新聞報道で言われるほど大騒ぎできる考古学成果ではないんです。
むしろ、長年の研究蓄積の中から導き出された土器の編年(土器の年代順のならび)の導き出す年代論も無視しては、本当の歴史を見失う可能性はありますよね。

一般的には放射性炭素年代測定法は、年輪年代測定法という調査方式とセットで運用して、誤差を埋めてくるんです。

御承知のようにカーボン14(C14)は植物などにとりこまれたC14が死滅すると、空気中の炭素の取り込みが停止され、それらは法則性にのっとって減少してゆくという特性を生かした測定法です。具体的には5730年で半減するという原則から、出土遺物がたとえば柱だったとしたら、その柱が材料として切り倒された時点などを残留カーボンの量で推定するんです。
簡単に言ってしまえば統計確率的年代です...続きを読む


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