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実験では、前提はどうやっても確かめられないとして、実験で、帰結が正しければ前提は正しいということになりますか。

A 回答 (8件)

ダメですよ。

当たり前。(それができるんなら「神の存在証明」も簡単、ということになるでしょ。)
まずは、論理学のイロハをしっかり勉強なさるべきでしょう。その上で、科学哲学(科学研究の方法論。哲学サイドから見れば「認識論」ですが)の基本を少しやってみると、なお良いだろうなあ。
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「前提を『確かめる』」とはどういうことなのか, 「前提が『正しい』」とはどういうことなのか, そこを明確にしてほしい.



「確かめる」ことができないという前提では「正しい」かどうかは判定できない, という解釈は十分にできそうだ.
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ひとつだけ検証しても受け入れてもらえないでしょうね。



法則から導かれる様々な結果が実験で検証されること。
一つの検証だけではなくて、複数の研究者の追試に耐えること。
実験方法を公開して実験やモデルに問題ないか批判を受け
検証方法を改善してゆくこと。

そうした様々な人々の努力の結果、
ようやく定説と呼ばれるようになります。
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>実験では、前提はどうやっても確かめられないとして、実験で、帰結が正しければ前提は正しいということになりますか



前提(原理や仮説)を置いて、実験結果を予測し、そのとおりになったら、前提がもっとも確からしいと考えよう・・・ってだけです。

それは、仮説が正しいという意味とは違います。数学的な美しい論理関係があるわけでもありません。物理は、あくまで自然がどうなっているか?を記述するもので、正しいのは自然だけですね。

また、1度実験でたしかめても、偶然かもしれない、捏造かもしれない、観測ミスかも知れないなど、いろいろな課題もあります。

例えば、現在の素粒子実験だと、それが偶然に起こる確率と比較して、一定の値に収まらない限り実験結果を発見とは呼ばないようになっています。また、ミスや捏造を防ぐため、同じデータを、まったく別の組織で2重に検証するのが基本です。そのため、かつてのような結果が疑わしい実験は減っています。
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なりません。



偶然かもしれないし、他の要因が
入ったのかもしれないし。

ガスの上に、水を入れたやかんを置いて
点火したら、お湯が出来た。
千回繰り返してもお湯になった。

しかし、それだけでは、正しいとする
ことは出来ません。
1001回目は、お湯が出来ないかも
しれないからです。

理論化する必要があります。

理論化出来て、始めてそれが
正しい、ということになります。
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「実験では、前提はどうやっても確かめられない」という事案があったとします。

そして「ある前提で行った実験の帰結が正しかった」という具体的な例があったとします。これらは、いずれもそれを考えたり、行ったりした人の主観です。その人は、それらを文章や口頭で「正しい」と提起することは出来ます。しかしながら、それらに対する別の主観が常に存在し得ます。その上で、それらの提起が多数の人に認められて「物理学では正しい」ことになっていると、私は思います。
物理学や工学では、前提と結論を結ぶ「論理的な(あるいは数学的な)正しさ」は存在しますが、物理学上の基本命題には「論理矛盾のない正しさ」は無いと思います(数学と根本的に異なる点です)。客観的に「正しさ」が判定できないのだから、着目する対象(問題)が的確かどうかが肝要になります。その命題が的を外れていたのなら、後は闇の中の空しい作業になり兼ねませんよ。
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論理的に前提と結果が1対1に対応する場合には、その結果を確認することで間接的に前提が成立することを確認することができます。


「正しい」とか「間違っている」ということではなく、論理的に因果関係が成立するということです。
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「前提は正しい」と言う言葉のニュアンスが怪しいのですが・・。



正しい帰結を導ける前提、の集合の要素だとは言えます。
その前提で100%、とは限らないですが。
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