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「人はみんな平等」
聞こえは良いが、これが人間関係のストレスの原因だと思う。
身分制のように社会に階層を作って不平等を固定化する方が生きやすい社会になる。

ライオンも、猿も、熊も、犬も、シマウマも、サイも、鹿も、ハリネズミも、一つの檻に入れて平等に飼育したらそりゃあ問題が発生にするに決まってる。

能力に応じて権威と権利に差を設け、はっきりと社会階層を作った方が社会は良くなる。

そうすれば能力が高い人間が、知能も低く常識も無くマナーも無く生産性も低く厄介なゴミ共に頭を悩ませる事も無くなる。

ゴミ共に平等な権利を与えると社会にストレスをまき散らす。ゴミ共は群れるから数の論理で平等の立場からはどうにもできない。手に負えない。自分達が権威を持ち、自分達がルールであり、自分達が中心であると考えるような勘違いをさせないように、社会構造で縛るべきだ。

ゴミ共がどんなに群れても、どんなにゴミのようなことをしていても、上の階層の人間が制御できる社会構造にした方が良い。水戸黄門の印籠のようにゴミ共が「ははー」と平伏す権威と権利を高階層の人間に与えるべきだ。

人は「平等」という言葉のイメージで理由もなく肯定する。「不平等」と言えばネガティブな印象を受けるかもしれないが、人間はおろかな生き物なのだから理想を持ち込んでも上手くいくはずがない。上手くいっていないことに目を瞑って「平等」という理想に浸りたいだけだ。その結果のストレス社会なのだ。社会を属人的に不平等にしてこそバランスが良くなる。ストレスも少なくなる。

「人はみんな平等」は間違っているよね?
属人的に「不平等」な社会構造の方が良くなると思いませんか?

質問者からの補足コメント

  • みんな「平等」という言葉に引っ張られ過ぎです。

    この質問の主旨は、「ゴミ共が調子をこけないようにすべきだ」というものであり、その方法論として能力や実績に応じた権威と権利の格差を作る社会構造を提案しています。

    生産性も社会貢献度も低い人間が、世の中に負の影響をまき散らさないように、社会階層を作って制御出来るようにすれば、今より生きやすい世の中になると思いませんか?という質問です。

      補足日時:2024/03/23 17:53

A 回答 (50件中21~30件)

はい! 



北朝鮮がそーですから、あなたの憧れている北朝鮮へどうぞ

で・・

それが嫌なら、多少のゴミぐらい助けてあげては如何でしょう

それぐらい余裕がないと民たちはあたを受け入れませんよ。
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所で君は今、云う何処に位置するのでしょう。


自分を周囲と平等に扱ってほしいわけですか。
貴方はこの現実におぼれていませんか。


しかし、現実は何ともならないのがこの世界ですね。
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あなた自身がゴミである、という自覚を持って自論を読みなおかて下さい。

そしてどうぞ有能な人に支配されて悩みのない安楽な人生を送って下さい。
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ちょっと極論だけど言っている事は分かる気がする


昔はみんな不平等であるという前提があって その事に不満を感じていた
平等であったら良いと思っていた
だから不平等でも疑いもせずに受け入れていた
でも今の世の中 現実は不可能なのに、「平等にするべきが」が独り歩きしている
そのせいで若い人たちは「平等にしなければならない」「平等にしない奴が悪い」という流れの中で育って、「平等である事が当たり前」という認識の中で育ってしまっている
現実は社会はいまだ不平等だらけなのに
その結果 社会に出た若い人たちは現実を見てブラックだと感じる
周りと自分を見て平等かどうかをつい比べてしまうから
実は不平等が初めから現実だったのに
そして受け入れられずにストレスを貯める

そういう意味では質問者様の言う「初めから不平等であると言われて育った方が良い」という言葉にも一理あると感じてしまいますよね
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無駄だ!『能力が高い人間』だけを集めてもその中からゴミどもが生まれるんだよ。

262の法則、631の法則とか言う言葉があるからググりなよ。
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平等という概念は


多くの弱者の総意みたいなもので
宗教が弱者に蔓延するのと一緒

強者は不平等を好みます
あと平等は理想ですが、決して実限はしません。不平等があるから経済が回るんですからね。
例えば、コーヒー1杯をUberで頼むセレブ、これを運ぶUberの方、格差がないとビジネスにならないです。
平等とは、永遠に実現しない理想(宗教観)です。
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そもそも生まれてから人間には「差」があるわけで、完全フラットな条件を用意しても勝ち負けが決まります。


これが「平等」な社会です。

あなたが言っているのは「公平」な社会です。
つまり、生まれついてある差に対して、全員が同じゴールに至れるよう「ハンデを与える」社会を意味しています。

いわゆる「差別」という行為は、本来フラットであるべき所に、特定の人間に対して「マイナスを与える」行為を言います。つまり不当に差をつけることを差別と言います。

それに対して、「フラットに戻す」というのが平等な社会のやるべき事で、逆に「優遇する」という行為は「公平な社会」の考えです。

今の日本は平等ではなく公平な社会を目指していると言えます。
つまりマイノリティ(少数派)にハンデを与え、マジョリティ(多数派)を冷遇する社会です。

そんな社会にマジョリティが不満を言うのは当然だし、平等とは異なるものです。
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「階層内は平等」としてしまうと階層内でも同じことが起きませんかね?「平等」には問題が多いとは思いますが「悪用される」解決策は意味がないでしょう。



「高階層の人間の中に能力の低い人間が紛れ込み、
 無理して頑張ってしまう。そのとばっちりを同階層
 の人が受けて信用を無くす。これをジミン現象と名
 付けよう」

以下は長いので興味があればお読みください。

仮に今現在の日本の中に「経済的な階層」が出来上がっているとしてみましょう。それを「上級国民」「下級国民」と分けても「その仲間同士でも諍い」は起きていますよね。

「僕ら平民の階層は一枚岩ですよ?」

「嘘つくんじゃねえ! クズばかりだろ?」

「何だと、君とは意見があわないな?」

こういうやり取りは一種のギャグですよ。同じように「上級国民」が一枚岩だと思えません。これは何故か? その階層では「僕らは平等」と思っているからですよ。つまり「平等」は「権力による不条理」が「争いや諍い」に変換されただけでしょう。原因は消えていません。

「他人との相違を自分に活かそう思う人は争わない。
 そのつもりが無いのに意見を述べようとすると諍い
 が起きる。喧嘩に成るのだ。そして喧嘩に負ける側
 は『権力』か『平等』のどちらかの論法を使って助
 けを呼ぼうとする。当人の問題であるのに自力では
 闘えない。ここで公平という概念が必要になる」

次は「公平」について考えていきましょう。

公に定めるべきことは(つまり社会構造が決まってしまうオオモトの原理)「物理的な資源をどの様に分配すべきか」となります。資源を共有財産とした時の個人への配分方法ですね。ネットの様な物理的な資源ではないものは興味の対象外に成ります。

つまりネットで権勢を誇っていても「いざ物理的なメリットに変換しよう」と当人が考えたとき「それはそれ(笑)だめですよ」とお断りをするわけです。

「僕の生活を改善したくて政治家を叩いてみました。
 政治家は反省して賃上げを行いました。やったあ
 と思ったんですが僕は無職なので何のメリットも
 ありませんでした。タダ働きでした」

「現代の理想的な労働組合だな。無償奉仕の鏡だ」

こんな事が起きるわけです。なので「物理的な資源へのアクセス」が肝です。ネットの様な「霊界」は無視してかまいません。「優しい言葉」とか「威張り散らす権限」みたいなものは意外とショボい(気持ちは昂るけど現実の貧困や不和に遭遇してすぐに萎える)ので追いかけても(寿命の)無駄なんです。

「物理的な資源へアクセスしようと欲を出した人が
 出てきたら、その瞬間にシャットアウトする」

頂き女子などが良い例ですね。

次に構成員が「平等に負うべき最低限のマナー」が(暗黙の裡にかも知れませんが)決まります。

「どういう人を仲間と認めるべき?」

つまり仲間でないのなら平等も公平もあったものじゃないわけです。「他でやってください」と成りますよね。本人がどんなに仲間だと訴えてもです。

その基本的な考え方は、

「選民思想」

を持つ人を排除することです。

「仲間の為には不必要な仲間を排除すべきだ」

仲間と言う単語に対して矛盾する対応が出てきていますよね。こういうものを偽善と言います。どの様な人を仲間とし、どの様な人を不必要とするのか、本人の都合で変えられる様に出来ていますよね。こういう悪用は良くないですね。

「理想的な仲間像」をイメージしてみましょう。そうじゃない人を排除して「僅かな人数」を持って「理想の完成」とする案もあります。この論法が蔓延すると組織自体が痩せていきます。

しかし(他の)「未完成な大人数の組織」に負けて餌となる事もあります。その様な脅威を招いてしまうため「選民思想」は内乱と変わらないんです。ですので「選民思想」を持つ人を仲間じゃないとし「排除しても罪ではない」と言う文化や教育を定着させることが「公平」の要に成ります。

「意見は平等に述べて良いと思って『死ぬべき奴』み
 たいなことを言ってネットで暴れていたら捕まりま
 した。そういう人向けの罰則があったなんてしりま
 せんでした。僕の人生返してください」

平等は仲間に対して与えられるのであって「仲間を傷つける人」は仲間じゃないという論法ですね。他でやってくださいと言っても良いわけです。

「じゃあ。そういう仲間じゃない悪い奴は懲らしめて
 もいいんだよね?」

「その粗暴さが仲間の不安感をあおるので他でやって
 ください。貴方も仲間じゃないです」

これも仲間じゃないと言われます。つまり「残虐性」や「倫理観の欠如」「報復や私刑の実行」「反社会的な犯罪や扇動」などは排除の対象となります(つまり裁判でも量刑が重く成る)。

「未成年は死刑に成らないと思ってやるだけやりまし
 た。そしたら死刑って言われました」

「平等」を逆手に取る人は仲間じゃないと言われてしまい「平等」が適用されないという事です。

ここまでが「仲間論」みたいな基本的なものとなります。

次に「物理的な資源の配分方法」について考えて見ます。ここでは有効活用というキーワードが重要になります。分け与えられた資源を無駄にしてしまう人もいますよね。それを見逃していると資源が活用されずになくなっていきます。これは全体の寿命を縮めてしまうので「集団としてベストを尽くした」事に成りません。

「貯め込んで使わなかったり、その辺に投げ捨てて使わ
 なかったりする人には資源を分け与えない」

こういう発想が自然でしょう。前者は必要以上に持っている事に成り、後者は資源を捨てているのと同義です。

「しかし、やらせてみないと判断できない。やる前に決
 めつける行為を差別と言う」

差別を防ぐには「分け与えた後に状態を見て回収する」という仕組みが必要になります。そのため「無駄遣い」を許容します。他の人にお金を渡して「本人には何も残らない」という状況に成れば「社会に返金した」のと同義に成りますよね。本人の資質により資源の返却が為されたという事です。

そして資産の贈与や相続に高い税率をかけることで一定期間を超える「恒久貯蓄」を防ぐのです。国が回収します。その後で政府が「信頼する人物」へ仕事を頼むことで有効に活用されるようになります。

「優秀な個人が使いきれない位に収入を得ても同様であ
 る。使いきれない分を税として返却して頂く」

私たち個人は貯蓄する事を目的としてしまいますが、これは「公平な世界」には反する行為であるという事です。生きている間は「お金は貯め込まず」に「自分の為に有効活用すべき」なんです。

「個人が貯蓄しないと不安になるというのであればそれ
 を社会の問題とすべきである」

日本の高齢者の貯蓄率が高いという事は「高齢者が不安になっている」現われです(社会構造の問題)。そこで高齢者向けのビジネスを増やし(政府が税金を使って補助をし)産業を育てます。すると高齢者もお金を使う様に成ります。「老人から貯蓄を回収」して「若い世代の収入を増やす」という改善が為されるのです。逆に若者向けのビジネスを増やすと「若者から貯蓄を回収」し(働き盛りの中年が回収。その後老齢化)「高齢者の貯蓄」に転換されます。

「若い時は娯楽が沢山あって嬉しいと思うが、先を考え
 ると不安になる」

こういう状態は国として宜しくないという事です。

公平の概念では、

「本人が活用しきれる量。その活用しきれる状態を本人
 が維持する義務がある」

が要となります。

つまり継続的に「個人を試し続ける」仕組みが必要になります。生まれや(単発の)試験に合格したら「永遠の幸せと権利を得る」見たいな発想は許されないんです。

「維持できなくなったら返してね?」

と言う発想が公平性の基本です。

「僕は会社のクソ野郎どもが許せなくてメンタル疾患に
 なりました。会社を辞めて家に引きこもっています」

「つまり社会人としての分け前を維持できなくなったと
 いう事だよね?」

「そういう事に成るのか~」

この様にして現代社会(日本なども)「ルールは平等に適用される」「ルールは公平(使い切れる事。維持できる事)の概念を用いる」と言う組み合わせで運用されています。

そのためルール内に差別(決めつけ)があったり、ルールの適用にムラがあったりしてはいけないんです(司法)。また技術進歩(退化も)や社会問題によって公平性が失われる場合がありますので、都度ルールを変更していく(立法と行政)わけです。

車の運転と同じですね。左に曲がるのが正しいとか、右に曲がるの正しいという物じゃないんです。決めつけをして運転する気が無い人には分け前が与えられない様に成っています。

ですので一番やってはいけない考え方は、

「社会の為に成らない人物はチャンスを与えるだけ無駄
 なので法律などで決めてしまって、活動を阻害しませ
 んか?」

という発想です。

この場合は仲間と認められません(選民思想)し、公平性(使い切れる事。維持できる事かを観察する)にも欠けます。そういう主張を排除(反社会性の排除)しても良いという暗黙の了解が社会にあります。しかし「決めつけてはいけない」と言う部分があるので(今は)見逃されているという分けです。

現代社会は精密に汲み上げられています。選民思想を持っていたり、平等ばかりを主張して、公平性の概念を持たない人は不幸に成ります。

「選民思想を持つ人と平等しか主張しない人の争いには
 公平の概念を持つ人は参加しないのだ」

以上、ご参考になれば。
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人はみんな平等とか言っているのは腐れゆとり世代だけだ


しかも自分が不利益を感じた時だけ言い出す
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お礼について。



「詭弁」というのは、論せずして相手を言いくるめようとすることです。つまりは、あなたのお礼文の全てのことです。それには論点すらないので、論点をズラしようもありません。

私は、あなたのそれが症状であることを、丁寧にこれを見る他回答者にも分かり易く解説しています。私の回答や解説に不備があるのなら、その回答や解説の不備を、まず指摘して下さい。

あなたは、あなたが自ら立てた問い「a」という仮定に対する回答を得て、その論に対して「a」は存在しないのだからその論はあり得ないと反訴している。それはもはやあなたの症状です。
そして「a」があると仮定する論は「a」が存在しないことよって反論されたのだから、自らが立てたが仮説「a」は肯定されたとしている。それも、あなたの進行する症状です。

これは私の回答だけでなく、他回答者へのお礼文を見ましても観測される傾向です。あなたがその自覚を持ち得ないのは、こちらも理解してます。

この回答は、あなたのためだけにあるのではないことは、あしからず。
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この回答へのお礼

>私の回答や解説に不備があるのなら、その回答や解説の不備を、まず指摘して下さい。

不備を指摘する形で返信しています。あなたはこちらの指摘を無視するように「症状」という言葉を用いて逃げ口上をしているだけに映ります。

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>その人の能力は「身分権威権利」以上ではないというだし、それ以下でなければ、それらを求める理由がないということです。

それらが平等だと謳われる社会において、求める理由があっても得られない社会なのに何を言っているのですか。

>身分というものや権威や権利というものは、その人が自ら獲得するものではなく、社会の観念がその人に付与するものなんです。

現在は付与されていないから社会制度で担保しようと言っているんですが。
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あなたの回答に対して指摘・反論していますよね。これに対してあなたの回答は論法の講義と「症状」「正気に戻れなくなる」などという言葉を用いた中傷です。

回答の指摘でやり取りの論点はその都度生まれています。あなたはそれに触れさえせずに抽象的な論法と中傷で返信している。それは詭弁以外の何物でもありません。その自覚が無い様なのでご自分の観測は苦手のようですね。まずはご自分の「症状」と向き合われてはいかがか。

この回答は、あなたのためだけにしています。あしからず。

お礼日時:2024/03/23 00:14

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