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No.7
- 回答日時:
> 代々名乗っていた氏が消されるとしたら、その子孫はどうなってしまうのかなど、、
氏などなくても、名乗らなくても、別段困らないです。
江戸時代中期~後期ならば、総人口の8割くらいは氏を名乗っていません。
住む地域によっては屋号を名乗っている人も多かったです。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%8B%E5%8F%B7 …
> お家断絶の刑に処されたら、その家系は完全に途切れ、子孫を残すことも許されないということになりますか? たとえ子孫を残せても、またそこから新たな家系を一から作り直すということになるのでしょうか?
全国一律で長期に不変の方法などありえないので、なんとも言いようがないでしょう。
名字の佐藤、鈴木、渡辺、後藤、村山、牛島、千綿、中村のような文字列はむやみとあるし、同じ人が家名を変えることもあるし、そもそも名乗らないのも多いのです。でも、「歴史のある名跡」としての家名を継ぎたいということもあるようです。
この下の佐賀藩例では、「千綿家当主武右衛門の無調法」が原因で「断絶した千綿家」の家名再興を願い出て、「千綿武右衛門の又甥にあたる村山甚兵衛の二男村山甚九郎」を「千綿家当主」にしています。 村山甚九郎を千綿家の当主にしたということは、村山甚兵衛としては村山の家は長男に継がせたかったのでしょうし、千綿家の類である牛島五左衛門にしても千綿家の再興は願っても損得勘定が働いたことは間違いないでしょう。
http://www.chiikigaku.saga-u.ac.jp/kiyo_no4/no.4 …
上記PDFのP9~10には、家老多久茂澄が密通を理由に家名断絶の処分が決まり、翌日には多久茂澄は牢人、多久茂澄の子多久茂族が減知となり、何と1月半の後には、多久茂澄は恩赦で、知行も復したという例も書かれています。
「お家断絶の刑」というものはないのでしょうし、改易、減封、減知、身分・剥奪・格下・牢人・追放などにしても、多種多様でしょう。

No.5
- 回答日時:
江戸時代のことでしたら、江戸時代を通じてどこの藩でも幕領でも通じる刑罰はないです。
時期、藩によって刑罰が異なりますが、おそらく「お家断絶の刑」という刑はないです。 イメージ的に似ているのは改易です。ですが、改易も、内容はハッキリしません。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%B9%E6%98%93
幕臣の改易
江戸時代の法制において「改易」の語が初めて用いられるのは1622年2月15日の「付番士当直勤務令」である。『諸例類纂』においては「改易」は「改易者住居御構等ハ無之、御暇被下、平民二相成迄、此名目者當主井嫡子二限り候事」とあり、士分の所領・家禄・屋敷の没収の意味とされた。士籍の剥奪は長期だが一定期間で許されることも多かった。これに対して遠島や流刑となった場合には許されることは稀であった。『諸例類纂』においては改易の対象は当主と嫡子に限定適用されるとされているが、実際には庶子に対しても改易が行われることは多かった。改易は蟄居より重く、追放刑・遠島・切腹より軽い。
『御定書百箇条』には運用について書かれており、その末尾に以下のようにある。 (刀の大刀小刀を棄て、家屋敷は明け渡すが、家財の所有は続く)
(従二前々之例一)
一 改易 大小渡、宿え相帰し、夫より為二立退一申候
但家屋敷取上、家財無レ構
通常、家族、子孫は、続いて行きます。 何しろ、普通でも10家あれば1~2家は直系の血筋の子が途絶する時代ですから、皆が皆子孫が続くことはないです。
> 代々名乗っていた氏が消されるとしたら
氏を名乗ることが公に許されなくても、生きていることに変わりはないです。
自分の祖先というか家名に強い執着をする人はいつの時代のどのような場所のどのような境遇の人にもいるものですから、改易になっても、子がいなくても、兄弟や伯父などから養子をもらった形態をとって家名を継いで行く人はいました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%A0%80 …
No.4
- 回答日時:
そんな皆殺しの刑ではありません。
基本的に家を継ぐことを禁止されただけです。それの原因になったことに対して、打ち首や獄門などの刑が別に付いてきます。別々の刑です。「切腹の上、御家断絶」とかは時代劇でも良く聞くと思いますが、切腹と御家断絶の二つの刑を課されただけです。
切腹を免れた一族の人は、家を継げなくなる、お家が無くなるだけで殺されるわけでは無いのが御家断絶です。
「遠島・島流し、御家断絶」でしたら、誰も死にません。
No.2
- 回答日時:
お家断絶といっても、その家の人も縁座で処罰された場合とされない場合でも異なります。
縁座が適応されなければ、その人の子孫は生き残るわけで、藩士としての資格を失って屋敷地などを没収されても、家族や親類は残るので実質的な「家」は存続します。「御家復興」が叶えば、また藩士として復帰できます。
縁座が適応されると、その人の子や孫も処罰の対象なので、下手したら一家皆殺しで物理的にも「断絶」になる可能性が高いです。
しかし、そういう家でも、藩内で家格が高ければ、軽輩から取り立てられた全くの赤の他人が、家格と地位のバランスを取るために「名跡」を継いで復活するということも行われています。
No.1
- 回答日時:
忠臣蔵で有名な赤穂の浅野家も、内匠頭は切腹、御家断絶ですが、内匠頭の弟が家を再興し、明治後まで続いています。
御家断絶は内部の出来事です。
戦争などによる敵方殲滅ではありません。
もちろん、末代まで抹殺するといった事例もあったでしょうが、家の名は消しても一族は他家預かり、養子縁組などで生き残った例も多いでしょう。
血脈は続いても家の名は絶えてしまった例も当然あると思います。
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