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「昔の人は書物の黙読ができなかった」と聞きましたが本当でしょうか? もし、本当なら人類はいつごろから黙読ができるようになったのでしょうか?

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A 回答 (3件)

 出展はあいまいですが、確か鹿島茂だったように思います。



 聖書の活版印刷が行われるようになって印刷物が量産されはじめたのはグーテンベルグ以後ですが、それ以前は文書とは音読するものだったという説です。
 そもそも本が無かった(乏しかった)世界では、手紙レベルならともかく、多量の情報伝達は口承・口伝になりますから、節を付け耳から入れて流れとして取り入れるという手段になります。
 外部メモリ(本)が無いのだから内部メモリ(脳)に頼るしか無いわけですね。そのための入力デバイスとしては目よりも耳の方が正確さ、記憶効率、共に上だということでしょう。
 そのような世界では、本は脳の記憶のための補助装置になるので、基本デバイスである耳を使うための「楽譜」としての機能が主なものとなるのは自然な流れです。今でこそ「あの本に書いてある」ということだけ覚えていて内容を覚えていないような使い方ができますが、当時は無理だったということですね。
 結論として、本は音読されることになります。
 特に聖書の場合、それを覚える必要があるのは説教をする仕事の神父ですから、朗々と声を出す練習も兼ねていたはずです。

 別に、「できなかった」ではなく、本に接する人が「本とは音読するものだ」という常識を持っていたということでしょう。

 「いつごろから」という問いに対しては、グーテンベルク以後、ということになりますね。
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この回答へのお礼

印刷物が当たり前の現代とは、全く異なったグーテンベルク以前の知的環境があって、そこでは、読書=音読だったということですね。

ていねいな説明ありがとうございました。

お礼日時:2005/08/14 15:06

 「昔」というのがいつの時代を指すのかわかりませんが、黙読も音読もできたであろうと思われます。

なぜなら手紙や密書など、音読するのははばかられる文章というのが存在しますし、文字の認識や理解は音読の有無に由来しませんから、黙読はできたと考えて差し支えないでしょう。

 ただし、黙読よりも音読が推奨されていたのは事実です。#1さんのおっしゃる漢詩の影響はもちろんのこと、特に江戸時代は参勤交代で日本全国の武士が江戸に集まるようになります。しかし今のようにメディアが発達していないため、同じ日本でありながら方言が違うと会話が成立しません。そこで書物を音読することで、共通語を身につけるという目的があったようです。当時の文献を読むと、武士の言葉は話し言葉ではなく書き言葉を主体にした特殊な言語だったことがわかります。

この回答への補足

>「昔」というのがいつの時代を指すのかわかりませんが

済みません。私の記憶がはっきりしないのですが、古代と言うような古い時代ではなく、例えば、ゲーテの時代のような比較的新しい時代だったと思います。

おっしゃられるように、理屈で考えると変な気がしますが、まさに、変な気がしたので、記憶に残っているのですが、勘違いであったかも知れません。

補足日時:2005/08/13 13:11
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2005/08/14 15:02

江戸時代の人については分かりませんが明治生まれの人が音読をするのは実際に見たことがあります。

これは江戸時代の漢書の素読の習慣からきたものと思われます。素読とは難しい漢文を意味は分からなくても声に出して読むことです。江戸時代の武家の子供はこれを徹底的に教えられたようです。

昔の人は黙読が出来なかったのではなく、音読がよいと教えられていたのです。現代なら英語の本を黙読するより音読した方がよいと教えるようなものです。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2005/08/13 13:11

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Q音読から黙読へ

どこかで昔の日本では音読が当たり前だったが、明治五年に日本最初の官立図書館が、湯島聖堂内に開設されたのをきっかけに、音読の文化は衰退していった、ということを聞いたのですが、当時のことが詳しく語られている書籍はないでしょうか?

Aベストアンサー

総合解説 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=107043
 
書籍 
http://pub.maruzen.co.jp/videosoft/shop/1122430.html
http://cse.niaes.affrc.go.jp/minaka/files/ReadingPublic.html
http://cse.niaes.affrc.go.jp/minaka/files/ModernReaders.html

解説
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/1999news/04/406/0406.html
「明治五年に湯島聖堂内に開設された書籍館では、雑談と音読が禁止された。開設当初からの「書籍館書冊借覧人規則」には「館内ニ於テ高声雑談不相成者無論看書中発声誦読スルヲ禁ズ」とある。そして、その後に開館したすべての図書館に音読禁止の規則は受けつがれていった。しかし、音読に馴染んだ学生が黙読することは難しかったようで、音読の違反に対して、徹底した取締りを行う図書館もあった。実際、音読規制があるということは、逆に音読の文化がいかに大きかったかを示していると言えよう。図書館という黙読の空間は当時の人々には、珍奇な空間であった。明治ニ四年(一八九一)の『女学雑誌』ニ五ニ号の清水豊子の記述によれば「静としてさながら人なき境の如し」と書かれている。明治三六年の旅行雑誌『旅』に掲載された「新趣向の東京見物」という記事によれば、国への土産話として、都会の図書館にあつまる数百の人々の「無言の業」が紹介されている。」
 
その他
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/1999news/04/406/0406.html
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=107043
http://yomodado.blog46.fc2.com/blog-entry-335.html

総合解説 http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=107043
 
書籍 
http://pub.maruzen.co.jp/videosoft/shop/1122430.html
http://cse.niaes.affrc.go.jp/minaka/files/ReadingPublic.html
http://cse.niaes.affrc.go.jp/minaka/files/ModernReaders.html

解説
http://www.um.u-tokyo.ac.jp/publish_db/1999news/04/406/0406.html
「明治五年に湯島聖堂内に開設された書籍館では、雑談と音読が禁止された。開設当初からの「書籍館書冊借覧人規則」には「館内ニ於テ高声雑談不相成者無論看書中発声誦読ス...続きを読む


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