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昭和11年当時の「800円」は、現在の金額にしてどのくらいなのか調べています。また、「昭和11年」に限らず、「○○年の△△円」が、現在の金額にして、どのくらいかということは、どうやって考えればよいのでしょうか。

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A 回答 (2件)

一円が今の価値で2000~3000円だそうです。


と言うことは、2000*800=1600000円
おお、大金!
初任給が40円として
2000*40=80000円 妥当でしょう

ちなみにそのころの米1俵が11円80銭
http://www.vill.yamada.toyama.jp/~mttanaka/komek …
P.S.
昭和20年からの値段の上がり方が普通じゃないです
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10円あれば、歌舞伎を良い席で見れて、ご飯食べて帰ってこれますよ。


だそうです。

参考までにコーヒー(豆茶)が10銭です。
私のお婆ちゃんの初任給(昭和10年頃)が40円位だと聞きました。
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1俵」に関するQ&A: 一俵何kg?

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Q昭和17年頃でいう5円は今で言うとどの位の価値なのでしょうか?

昭和17年頃でいう5円は今で言うとどの位の価値なのでしょうか?

Aベストアンサー

昭和15年春に私の両親は見合い結婚をしました。
母親(90)に聞いた話ですが、当時の結納金は200円だったそうです。
嫁入り支度に用意した会津桐の柾目箪笥は現在は100万円くらいですが、当時は100円で買えたそうです。
また、母親が嫁ぐ前に鉄工所の事務員をしてたそうですが、月給35円だったそうです。
父親が用意した新居は東京浅草でしたが、2千円で3階建が建ったそうです。
当時の物価は父親が好きだったカレーライスが10銭(100銭=1円)、映画館の入場料が50銭だったそうですから、物にもよりますが、現在の貨幣価値に換算すると5千~1万倍になります。
翌年の昭和16年12月8日に真珠湾攻撃から太平洋戦争に突入した訳ですが、特にインフレになった話はしてませんから、昭和17年頃の5円は現在の2万5千円から5万円近い価値があったはずです。

Q昭和の初任給と年収

昭和31~32年頃の中卒者の初任給と年収
昭和40年頃の、23~27歳くらいの年収
昭和46年頃の、30歳の年収

いろいろ検索して探しているのですが
なにぶんかなり限定したものなので解決しません。
今回初めて質問する初心者で至らない点はありますが、
どうぞよろしくお願い致します。

Aベストアンサー

(昭和26年物価)はがき:5円、公務員初任給:6,500円、豆腐1丁:10円、入浴料:大人:12円

(昭和35年物価)白米10kg:870円、公務員初任給:12,900円、豆腐1丁:15円、日雇労賃:494円

(昭和40年物価)白米10kg:1,125円、公務員初任給:21,600円、日雇労賃:972円、週刊誌:50円

(昭和55年物価)白米10kg:3,235円、公務員初任給:101,600円、日雇労賃:6,550
円、週刊誌:200円

から推測しますと。

昭和31~32年頃の中卒者の初任給と年収 8千円、10万円くらい。

昭和40年頃の、23~27歳くらいの年収 40~70万円くらい。

昭和46年頃の、30歳の年収 70~100万円くらい。

根拠はありません。
 

Q昭和初期の貨幣価値を知りたいのです

芝居で、昭和初期の頃の作品を演るのですが。家一軒を抵当にして200円借りる場面があります。その借金が3年で10倍になるのです。
そのころの貨幣価値はどんなものだったのか、知りたいのです。
例えば、“どこそこの土地が現在~円なのに、そのころはいくらだった”とか、“公務員の初任給がいくらだった”とか、“米がいくらだった”など。

Aベストアンサー

昭和2,3,4年は恐慌でひどい時代で大学を出ても職のない時代だったようですが、大學出の初任給が70~80~90円程度

だったと聞いています。(かなりよい方?)

ここに普通の公務員ではないが、いろいろな年代の方の座談会で自分の初任給を話しているのがあったのでご紹介します。
    http://ssro.ee.uec.ac.jp/lab_tomi/uec/uec-80/uec-60/zenpen/zadankai.kousyujo.htm


貨幣価値で一番よく覚えているのは、親父が晩年まで【円タク】と言っていたように[タクシー]が1円、それもかなりの距離、、、

表参道の[同潤会アパート~銀座1丁目(京橋)]まで1円、なんと客がいないのでずいぶん値切ったらしいです・・・逆雲助?!

もう一つ【円本】というのがあって、46版の3cm程度の本...漱石全集くらいの大きさの本が1円だったと言うことです。

もう少し聞いて覚えておけばよかったのですが、学歴の差による収入の格差はいまの10倍から100倍、三井物産や東京銀行の

ロンドン支店長となると、今の同じ会社の社長・頭取などよりもっと高収入で、毎年家が10軒以上買えるくらいの生活を

していたといいます・・・但し家は今の貨幣価値でも安く、今の半値以下だった。(3000万円相当が1000円位から~)

昭和初期のサラリーマンと言うのは、全国の大学生が【3万人】しかいない時代ですから、初任給は安く見えても一般から見ると

考えられない高給取りで、30前の若者がタクシー出勤なんですから恐れ入ります。

序でに昭和30年ころの大学生総数は【30万人位】と記憶してますが、進学する人がまだ少なかったのです。

私の知っているのはこの程度ですが番外編で【大東亜戦争】の貯蓄ポスターには戦費に充てるため【275億円】という数字が

踊っていたのをはっきりと記憶しています。。。だいぶあとの昭和17年ころの事でスミマセン!!

昭和2,3,4年は恐慌でひどい時代で大学を出ても職のない時代だったようですが、大學出の初任給が70~80~90円程度

だったと聞いています。(かなりよい方?)

ここに普通の公務員ではないが、いろいろな年代の方の座談会で自分の初任給を話しているのがあったのでご紹介します。
    http://ssro.ee.uec.ac.jp/lab_tomi/uec/uec-80/uec-60/zenpen/zadankai.kousyujo.htm


貨幣価値で一番よく覚えているのは、親父が晩年まで【円タク】と言っていたように[タクシー]が1円、それもかなりの距...続きを読む

Q70年、75年、80年の1万円の価値

1970年(昭和45年)1975年、1980年の
1万円は現在ではいくらぐらいの価値になるでしょうか?
そのお札のプレミアム価格というわけではなく
当時1万円のスピーカーがあったとすれば
それを1万円で買った人は現在の人で言えば
いくらぐらいのお金を出して買ったのだろうか?ということを
知りたいのです。

また、そういう価値の推移をまとめているサイトが
あるのでしたら教えていただきたいです。

Aベストアンサー

ANo.2さんに一票。お金の価値ということでは、収入との比較ですね。
1970年 5万3千円
1975年 2万4千円
1980年 1万7千円

ANo.3さんの計算は企業物価指数のようです。
消費者物価指数では、
1970年 3万1千円
1975年 1万8千円
1980年 1万3千円

物価よりも給料が上がったということですね。

Q1954年の100万円は、今だといくらくらいの価値

になりますか?
何円くらいになるでしょうか? だいだいでもいいので教えてください。
よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

大卒初任給で比較すると、
 1954年は5,600円
 2012年は20万1,800円
約36倍の差があります。

この比率をそのまま使うと、1954年当時の100万円は、
現代の貨幣価値に換算すると、その36倍の3,600万円程度と言えるでしょう。

Q明治20年代の100円の価値は 現代ではいくら?

昨夜、NHK で宮崎あおいちゃん主演の オペラ蝶々夫人の「蝶々さん」を

みてたのですが、100円で 娼妓に売られる、、という内容でしたが、

明治20年代の100円って 現在でのいくらくらいになるのでしょうか?

Aベストアンサー

たとえば『長崎県統計書 明治20・21年/長崎県』によれば、
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/807980/164
「精米(1石)…(明治19年)6円47銭1厘(明治20年)5円98銭3厘(明治21年)5円73銭1厘」、
一方『東京府統計書 明治21年/東京府』では、
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806568/116
「精米(1石)…(明治19年)6円39銭(明治20年)5円37銭(明治21年)4円98銭」と
若干地域差があります…

1石=10斗=100升=1000合=約180.39リットル、1合=約0.15kg、
0.15kg×1000合=150kgに基づいて一応単純換算してみますと、
「明治20年・長崎精米価格」…5.983円÷150=0.03988≒約0.04円/1kg、
当時長崎では100円で購入出来る精米が、100円÷0.04=約2500kg、
これを現在の精米価格400~500円/1kgに当て嵌めてみますと、
400~500円×2500=1,000,000~1,250,000円相当。

同様に「明治20年・東京精米価格」…5.37円÷150=0.0358≒約0.036円/1kg、
当時東京では100円で購入出来る精米が、100円÷0.036=約2777kg、
これを現在の精米価格400~500円/1kgに当て嵌めてみますと、
400~500円×2777=1,110,800~1,388,500円相当となって

精米換算では既回答者の皆様と同じく、概ね百万円余りの勘定にはなりますが、
現在の百万円と同等の価値と捉えるには無理があるようにも思います。

別な観点で捉えると、たとえば明治23年の長崎市での賃銭(賃銀)では、
『長崎県統計書 明治22・23年/長崎県』<163~165/322>
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/807981/163
「農作年雇・女・一ヶ月給料/<明治23年>(上)2円50銭(中)2円00銭(下)1円75銭」
「農作日雇・女・一日賃銭/<明治23年>(上)8銭(中)7銭(下)5銭」
「機織年雇・女・一ヶ月給料<明治23年>(上)5円00銭(中)4円00銭(下)3円50銭」
「下女・一ヶ月給料/<明治23年>(上)1円50銭(中)1円00銭(下)70銭」などから、
明治23年当時の100円は、長崎市での場合、
農作年雇女性(中)の50ヵ月分給料相当、機織年雇女性(中)の25ヵ月分給料相当、
下女(中)の100ヵ月分給料相当の価値があったとも言えます。

上記を単純に現在に当て嵌めてみますと、
農作業1ヵ月2万円、機織1ヵ月4万円、三食部屋付下女1ヵ月1万円、
果たして現在このギャラで働く女性はいるでしょうか?
現在なら日当でもおかしくない金額ですよね^^

以上のとおり 社会・経済構造や価値観に相当ひらきのある時代同士の比較は
結構難しいようです。

たとえば『長崎県統計書 明治20・21年/長崎県』によれば、
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/807980/164
「精米(1石)…(明治19年)6円47銭1厘(明治20年)5円98銭3厘(明治21年)5円73銭1厘」、
一方『東京府統計書 明治21年/東京府』では、
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806568/116
「精米(1石)…(明治19年)6円39銭(明治20年)5円37銭(明治21年)4円98銭」と
若干地域差があります…

1石=10斗=100升=1000合=約180.39リットル、1合=約0.15kg、
0.15kg×1000合=150kgに基づいて一応単...続きを読む

Q昭和22年~23年の貨幣価値

作家の太宰治が支払えないで悩んだといわれる昭和22年分の所得税は、「所得額21万円、税額11万7千余円」とのことですが、この金額は現在に換算すると、どのくらいの金額ですか。

Aベストアンサー

なにを指標にして貨幣価値を決めるかは問題
ですが、日本銀行の「東京小売物価指数」を
選んで見ます。

            東京小売物価指数
1946年(昭和21年)  18.9
1947          51
1948         156
1949         243
 物価上昇の激しい時代を過ぎ
1992年以降安定しほぼ1800 です。
 (昨今は又上昇?)
昭和21年基準で 大雑把に 100倍
昭和22年 〃   〃    40倍

細かい数字を出しても無意味です。

所得額2100万円、税額1170万円
 〃  840万円  〃 470万円

昭和22年度分といっても実際は前年度分も
含まれる作家家業ですから、この中間位と
考がえられます。
上なら税を拂ってもやれますが、下だと
苦しいです。

Q石高について

石高が具体的に想像できません。時代ごとで石盛がことなることは理解できるのですが、例えば加賀百万石や慶長年間の30万石とは、玄米にして何表にあたるのか、米にしたら何表になるのか、金額にしてどれくらいなのか、などの具体的なものを教えていただけませんか。時代ごと、地方ごとでその意味は異なるとは思うのですが、概略だけでも掴みたいと思います。

Aベストアンサー

 
江戸時代と現代では、ものの価値がまったく違うのだということを理解しなければなりません。現代は物品・商品が驚くほど豊富で、食品にしても種類などは無数にあり、その料理法も多数あります。

江戸時代は、初期の頃から後期へと、段段と商品・物品の種類は増え、食品やその調理形態も,時代と共に豊富になって行きましたが、とても現代の比ではありません。

間接的に呼んだ話では、例えば、うなぎの蒲焼などは江戸時代にはなかったと考えてよいのです。江戸後期には出てきますが、中期に、丸焼きのうなぎを食べていたというのが実情で、しかも、精力がつくというので、人足などの肉体労働従事者が食べていたもので、一般的ではありません。

食品としては、海から取れるものは、各種の魚、貝、たこやいか、海草などで、池や川や田などでは、魚や貝が取れました。これらを調理して料理にしたのです。また陸では、米、麦、豆、粟・稗などの雑穀、大根、芋などを含む各種野菜、そして兎やかもの肉などがあり、例外的に、猪の肉などもありました。

しかし副食はそんなに多くなく、庶民だと、米に雑穀、豆から作った味噌や豆腐、それに野菜、魚、貝などが食物でした。やはり、米と雑穀、麦が多く、それに味噌、野菜を少し加えて、これで大体食事です。宮沢賢治の「雨にも負けず」にあるようなのが、江戸時代の食事です。

生活費は大体、食べるのに使ったのだと考えるのがよいでしょう。衣類や調度、その他、多少の道具も必要だったでしょうが、やはり食べることが主で、食べられることが、生活の条件だということになります。

だから、食べるための米の量で計算するのが、江戸時代の価値観では合理性があるのです。

一日に米五合というのは、そんなに食べないと思えますが、昔は、副食がないので結構食べたのです。米だけ食べたのでないので、雑穀も米に勘定して、副食もこれに入れます。すると、大まかに、1石は、200日分の米だと出てきます。

1石=10斗=100升=1000合 でした。それゆえ、1石半で、一人の食料一年はまかなえたことになります。5人家族で7石か8石です。もう少し多く必要だとして、庶民は、一年間に一家で10石あればよかったということになります。

最下級の武士で、禄高30石とかがありますが、30石でも、食べるだけなら、十分余裕があったということになります。

米10石が庶民の年間の収入だったと考えると、現代の庶民の年間収入を仮に300万円とすると、1石は30万円になります。米1升は、1.5kgほどで、1石は150kgだとすると、現代の安い米だと、1kgは500円かそれ以下です。1石は7万5千円になり、10石は75万円になって、先の300万円と合いませんが、江戸時代の方が米の価値は高かったのだと云えます。

中級武士は、禄高100石ぐらいありました。これは3000万円になり、非常に高給のように思えます。しかし、江戸時代は、人件費が無茶苦茶に安かったという事情があります。商家の手代や丁稚が一年、働きに働いても、大した給金はなかったのです。食べさせてもらうことが、給金の主たる部分だったとも云えます。

また武士は、人口の一割にも満たない、エリート階層だったのだということも重要です。中級武士だと、少なくとも4,5人の下男・下女などを専属で使っていたのであり、現代の日本で、4,5人の成人を丸抱えで雇うとなると、年間1000万円の収入では無理でしょう。一人300万円出すとしても、1200万円とか1500万円必要になり、これを考えると、100石の中級武士が年収3000万円というのは、それほど多い金額ではなくなります。

1000石の旗本というと、殿様であって、裕福ということになりますが、これは年収3億円ということになります。

1万石の大名は、石高30億円です。しかし、1万石の大名になると、相応の数の武士の家来を持たねばならず、小者や使用人など、抱える家来や使用人は100人は軽く超えたはずです(また収入は、以下の前田家と同様、15億円と半分になります)。

加賀100万石の前田家は、石高3000億円ということになりますが、これは大土地所有者でもあるのであり、日本の面積の50分1ぐらいを所有する大金持ちだとも云えます。(また、これは、加賀の総生産高で、課税がその半分とすると、1500億円が収入です。領地を持つ大名などは、領地からの税収が収入であったのです)。

徳川の直轄領を仮に1000万石とすると、徳川宗家は年収1.5兆円だとなりますが、これはむしろ、少ないのではないかという気がします。

1石30万円というのは、江戸初期の米の価値で、米の価値は段段落ちてきます。江戸末期には、1石10万円に、もしなっていたとすると、幕府収入は3750億円になります。

これでも多いように見えますが、幕府が何人の人間を養っていたのか、行政手順など、どれぐらい費用をかけていたか、こういうことを考えると、3750億円などでは、とても足りないということになります。

幕府1000万石1.5兆円は、純利益ではなく、粗利益で、ここから人件費その他諸費用を出さねばならないのです。それは大名家も同様で、武士の家も似たようなことになります。

なお、1石は2.5俵です。40石が100俵です。また玄米と白米は、昔は食用の米はほとんど精米していません。だから、そんなに差はないことになります。清酒用の米はかなり精米したようですが、分量的には、それほどではないでしょう(ただ、糠が出る程度には精米したはずです。糠も貴重な食料原料だったのです)。

(農家の次男・三男などが商家に丁稚などで働きに出ると、食事に、たくあん一切れ二切れとか、梅干が出たそうですが、これが何とも美味しく、魅力的であったという話があります)。

なお、参考2では、1石=5万円としていますが、これは話がおかしいのです。現代の米の価格をそのまま戦国時代や江戸時代に当てはめるというのが無理があるのです。一日5合が、一人の庶民の生活費で、1石=5万円だと、1合=50円で、一日5合は、一日250円となりますが、そんなはずはないのです。

1日250円なら、1年で9万円ですが、5人家族で45万円とは、現代日本では生活できません。米の価値が、江戸時代では、現代よりも遥かに高かったということを失念しているのです。

>参考1:石高とは
>http://homepage2.nifty.com/shinkei/yamashiro/kokudaka.htm
 
>参考2:関ヶ原
>http://www.ryusaku-kuroya.net/sekigahara.htm
 
>参考3:上田藩の支配組織
>http://www.odc.ueda.nagano.jp/hansei.htm
 

参考URL:http://homepage2.nifty.com/shinkei/yamashiro/kokudaka.htm,http://www.odc.ueda.nagano.jp/hansei.htm

 
江戸時代と現代では、ものの価値がまったく違うのだということを理解しなければなりません。現代は物品・商品が驚くほど豊富で、食品にしても種類などは無数にあり、その料理法も多数あります。

江戸時代は、初期の頃から後期へと、段段と商品・物品の種類は増え、食品やその調理形態も,時代と共に豊富になって行きましたが、とても現代の比ではありません。

間接的に呼んだ話では、例えば、うなぎの蒲焼などは江戸時代にはなかったと考えてよいのです。江戸後期には出てきますが、中期に、丸焼きのう...続きを読む

Q昔の50円硬貨(穴あき、穴無し)の価値をおしえて

おばあちゃんが集めていた昭和30年頃の、50円玉を、
ほしい方がいたら売りたいと言っているのですが、
どのくらいの価値があるのか、また、何処へ持っていけば
良いのか、わかりません。
詳しい方がおいででしたら、どうぞ教えてください。

Aベストアンサー

 「昔の50円」という事は昭和41年までの50円という事ですよね。

  昭和30年~昭和33年:穴無し
  昭和34年~昭和41年:穴有り

 となっていますが、一般の家庭にあった物として判断した場合、昭和35年
以外の50円にはプレミアは付かない、と思って間違いありません。
 (最近は収集家も少なくなっており、市場に大量に残っているのが実情です。)


※理由と現在の引取価格目安

 昭和35年:発行枚数が少なく、プレミア対象になっている。
       おおよそ500~2500円程度で引き取ってもらえる。
       (状態によって価格差有り)

 その他年号:プレミア無し(存在量が多く、どのお店にも大量の在庫有り)
       額面通りの価値


 その他に、一般年号でもプレミアが付く可能性があるのは、俗に言う
「エラーコイン」です。一般的なものは下記です。

・角度ズレ
 表裏の角度がずれているもの。
  通常は±10度以上ずれていないと、「角度ズレ」として評価してもらえない
 場合がある。

・穴ズレ(昭和34年~昭和41年)
  穴が中心になく、ずれているもの。
  穴の縁が切れる程ずれていれば確実。
  少々のズレでは評価してもらえない場合が多い。

・穴なし(昭和34年~昭和41年)
  穴が無いもの
  前述の二つよりも評価が高い。

 エラーコインの場合、エラーの度合いにより評価が異なります。
 (価値もピンからキリまでです。)


 処分の方法ですが、下記の方法が考えられます。

1.古銭屋さん
  買取価格は何処でもほとんど同じと思って良い。
  当然プレミアも加味した金額となるので一番無難です。

2.骨董屋さん、リサイクルショップ屋さん
  古銭が弱いお店の場合は、全て額面という場合があるので注意。
  リサイクルショップ屋では引取らないお店もある。
  通常は高値の期待はしない方が良い。

3.インターネットオークション
  熱くなってくれる人が入札してくれると高値になる場合がある。
  (出品方法に一工夫が必要)
  自分だったらこの方法を選びます。

4.フリーマーケット
  安く買い叩かれる場合や、売れ残ってしまう場合の方が多く、
  値付けが難しい。
  手間を考えると個人的には絶対にしません。

5.銀行
  プレミア等一切関係なく、額面で引取ってもらえます。


 こんな所でしょうか。
  




 

 「昔の50円」という事は昭和41年までの50円という事ですよね。

  昭和30年~昭和33年:穴無し
  昭和34年~昭和41年:穴有り

 となっていますが、一般の家庭にあった物として判断した場合、昭和35年
以外の50円にはプレミアは付かない、と思って間違いありません。
 (最近は収集家も少なくなっており、市場に大量に残っているのが実情です。)


※理由と現在の引取価格目安

 昭和35年:発行枚数が少なく、プレミア対象になっている。
       おおよそ500...続きを読む

Q東大の理1と理2の違いは?

僕は次から高1になるのですが、大学は東大の理系を考えています。
理3が医学部だということは分かっている(し、行く気はない)のですが、
理1と理2の違いがあまりはっきりしません。
学部進学の際、どのように振り分けられるのですか?
できれば具体的な人数なんかのデータがあればいいのですが・・・。

Aベストアンサー

>工学が1、農学が2、理学部ではそんな変わんないって感じでしょうか。

理学部はひとくくりにできませんよ。
物理学科、数学科などは理1優勢ですし、化学科だと同じくらい、生物学科なら少し理2優勢といった感じです。
#2で示した集計表のとおりです。
細かいこと言い出すと、工学、農学も学科によって色合いがかなり異なりますよ。

大まかなことを言えば、#2の文中に示した進学振り分けについての資料にありますが、
理科一類 工学部・理学部・薬学部・農学部
理科二類 農学部・理学部・薬学部・医学部・工学部
↑は、それなりに人数比率も反映した順番になっていて、理1なら工・理が大部分を占めるし、理2なら農・理・薬が大部分を占めます。

ここまでいろいろ書きましたが、どちらかというと、momomoredさんには#2の集計表とにらめっこしてほしくありません。
むしろ、大学側からの「進学のためのガイダンス」(http://www.u-tokyo.ac.jp/stu03/guidance/H16_html/index.html)や、#2の進学振り分けの資料の中の各学部の紹介とか、あるいは、各学部のホームページ(学部ごとにホームページをもっています)を見て、できれば研究室のホームページまでチェックして、具体的に何がやりたいか、そしてそれをやるためには東京大学のあの研究室で学びたいんだ、ということをしっかりと意識することのほうが大切だと思います(それがなかなかできないわけですが…ハイ)。

あくまで#2の集計表とかは参考までにね。#2で書いたように、入ってから行きたくても行けない学部・学科なんてものはほとんどないですから(文転もありですよ)。
目標高く勉強のほうがんばってください。

>工学が1、農学が2、理学部ではそんな変わんないって感じでしょうか。

理学部はひとくくりにできませんよ。
物理学科、数学科などは理1優勢ですし、化学科だと同じくらい、生物学科なら少し理2優勢といった感じです。
#2で示した集計表のとおりです。
細かいこと言い出すと、工学、農学も学科によって色合いがかなり異なりますよ。

大まかなことを言えば、#2の文中に示した進学振り分けについての資料にありますが、
理科一類 工学部・理学部・薬学部・農学部
理科二類 農学部・理学部・薬学部・...続きを読む


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