初歩的な質問で恐縮ですが……

人類はいつごろから言葉(文字ではなく、口頭)でコミュニケーションをするようになったのでしょうか?

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A 回答 (1件)

 


  これは、初歩的な質問などではないのです。たいへん難しい問題です。
 
  まず、「人類」とは何でしょうか? ホモ・サピエンスのことでしょうか? すると、ホモ・サピエンスのなかに、いわゆるネアンデルタール人も含まれます。ネンデルタール人は会話言語、知識伝達言語、思考言語を持っていたことは間違いないだろうとされています。ネンデルタール人は、ホモ・サピエンス・ネアンデルターレンシス(HSN)といい、ホモ・サピエンス種の亜種です。化石的に一番古いのは、40万年乃至50万年前で、アウストラロピテクスと時代が重なっていて、漸進的に展開しました。これは古いネアンデルタール人ですが、新しいネアンデルタール人は、15万年ほど前から、数万年前まで存続していました。
 
  古いネアンデルタール人が言語を持っていたかどうか分かりませんが、ネアンデルタール人よりも二段階古い、化石人類である、ホモ・ハビリス(300万年から160万年前ほど)が、その大脳の内部痕跡形状から、二つの言語領野をかなり発達させていたことから、原始言語を持っていたらしいことが推定されています。ホモ・ハビリスは、ホモ・エレクトゥスよりも古い化石人類です。
 
  ホモ・エレクトゥスは、180万年前から40万年前ほどに位置しますが、言語をおそらく持っていたはずです。ホモ・エレクトゥスは、古い言い方では、ジャワ原人、北京原人、ハイデルベルク原人などです。
 
  ホモ・ハビリスは確か、知識伝達言語を持たなかったことが、ある化石個体の死因と、その死亡状態から推定されていたと思います(もう少し古い原人類だったのかも知れません)。すると、ホモ・エレクトゥス、確実には、新しいタイプのネアンデルタール人だとすると、40万年から20万年ぐらいということになります。
 
  二番目に、「言語」とは何かという問題があります。鳥や群集性哺乳動物のシグナル言語は言語なのか、高等霊長類の社会的言語は、言語なのか。エックルスの紹介では、ポパーは、ビューラーの三段階の言語に、もう一つ「議論言語」というものを加えて、四段階の言語を提唱しましたが、この四段階が全部揃った場合が、言語を持つと云うのか、または三段階で言語を持つと云うのか。最初の二段階は、鳥類や哺乳類や高等霊長類は備えているのです。
 
  四段階の言語とは、四段階の言語機能に対応するもので:1)表出機能、2)信号機能、3)陳述機能、4)議論機能、です。知識伝達言語とわたしが勝手に呼んだものは、陳述機能に属します。信号機能の言語では、後天的獲得知識の文化的伝達は困難だからです。特に抽象知識のそれはそうです。先のホモ・ハビリスが知識伝達言語を持たなかったというのは、知識伝達文化があれば、当然伝わっていた、非常に一般的な毒性食物を食べて死亡した個体化石の発見と、その死亡時の状態が化石から復元されたからです。
 
  なお、以上に述べているのは、1980年代の知見を元に、1980年代末に著された人類進化に関する参考書に基づいています。ホモ・ハビリスの化石事実は、別のもっと新しい資料に依拠しています。
 
  ホモ・エレクトゥスは保留するとして、大脳容積や、大脳の二つの言語領野の発達、また高度な伝達知識文化・技術を持っていたことから、言語を持っていたことは間違いのない、新しいタイプのネアンデルタール人としても、15万年から10万年ほど前のことになります。
 
  とりあえず「何時頃から」ということで、以上を回答にします。もっと古い原人にまで遡ると云う説は新しく出ているかも知れませんが、ネアンデルタール人が言語を持っていたということは、何が見つかってもまず動かないと思います。
 
  参考:ジョン・C・エックルス『脳の進化』1989・東京大学出版会
 
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この回答へのお礼

丁寧かつ詳細な回答、恐れ入ります。
何気なく頭に浮かんだ疑問だったのですが、こんなに難しい問題だったとは。驚きです。
ネアンデルタール人が喋っていた言葉を聞いてみたいですね。
ありがとうございました!

お礼日時:2002/01/09 09:35

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Q人類が言葉を持つようになったのはいつごろですか?

人類が言葉を持つようになったのはいつごろですか?
鳥や動物も,鳴き声などで言葉らしいものを持つとされていますが,
もう少しレベルの高い合図の域を越えた言葉(会話など)を持つようなったのはいつごろとされているのでしょうか。

Aベストアンサー

言葉とは辞書には、「人の音声のまとまりで、その社会に
認められた意味を持っているもの。  感情や思想が音声
によって表現されたもの。   言語。」
とありますが、ここでは少し原始的な意味で言語で表現
します。
人類の言語能力の発達については、化石の研究からかなり
解ってきました。

馬場悠男著 「ホモサピエンスはどこから来たか」河出書房
によると
イスラエルで見つかった約6万年前のネアンデルタール人の
舌の骨で現代人と全く変わらず、言語発声能力ありと判断
された。(ケバラ舌骨)
ネアンデルタール人は約20~3万年前に生息したあと絶滅
したが、現代人の祖先のクロマニョン人もほぼ同じ時代に生き
同様と推定される。
その前の後期原人(約100~30万年前)は化石の咽頭の
スペースから本当の意味の言語はしゃべれなかったと解る。

発声と言語の違い。  動物でも発声で合図や指令は出来る。
これが進歩し、簡単な単語を発声してもそれだけでは言語
とは言えない。  単語と単語をつないで簡単な文法が
でき、語彙もある程度ふえないと言語とは言えない。
単語発声能力を得ても、言語能力に達するには、脳の発達と
学習が不可避である。
脳では化石からその大きさがわかり、以上を勘案し原人では
言語能力はなかったと判断される。

クロマニョン人は3~5万年時代は、装飾品を作り、葬儀も
行っていたので、好き、嫌い、嬉しい、悲しいといった
感情表現を、態度や行動で示していたと思われる原人と違い
音声で表現したと思われ、これが言語能力である。

ただその時代は長く、いつ頃の年代に言語能力を得たかは
不明で特定は難しい。  脳力だけでなく、学習が必要。

私は大移動が始まった10万年前代に初期言語能力を得たと
思います。  個人意見で定説はありません。

人類の情報伝達。
「初めに言葉ありき」 由来は違いますが真理でしょう。
言葉、文字、マスコミ(印刷、ネット)と進みましたがこの
先どうなるか。  個人の脳から直接他人の脳へ情報伝達。
これは逆行ですね。
最近脳の小さい小人族の化石が見つかり、彼らが言語能力を
持っていたとすると、経験、学習を積むことで可能になった
との考えも出来ます。

言葉とは辞書には、「人の音声のまとまりで、その社会に
認められた意味を持っているもの。  感情や思想が音声
によって表現されたもの。   言語。」
とありますが、ここでは少し原始的な意味で言語で表現
します。
人類の言語能力の発達については、化石の研究からかなり
解ってきました。

馬場悠男著 「ホモサピエンスはどこから来たか」河出書房
によると
イスラエルで見つかった約6万年前のネアンデルタール人の
舌の骨で現代人と全く変わらず、言語発声能力ありと判断
された。(ケバラ舌骨)
ネアン...続きを読む

Q言葉はなぜ生まれたんでしょうね

え~。まあタイトルの通りなのですが、ふと思ったのです。
言葉とはなぜ生まれたのか。
どのような過程で生まれたのか。
哲学とは違うかもしれませんが、人はなぜ言葉を発明したんでしょう。
まあ便利だからといってしまえばそれまでですが、、。
原始人の方々は複雑な言葉を使用しておらず簡単なジェスチャーでコミュニケーションをとっていたんでしょうかね。
言葉は不思議です。起源とかあるんでしょうかね?
なにか興味深いお話知っていたら、もしくはこんな考え方はどう?みたいなのがありましたらぜひとも教えてくださいm(__)m

Aベストアンサー

>人はなぜ言葉を発明したんでしょう。
現在の言語学(特にチョムスキー)では、言語は、人間に先天的に備わっている性質である、というのが定説です。
定説、というのは、まだこれから覆る可能性がある、ということです。実際、そういう風に仮定したほうが合理的であると言われているだけで、人間がなぜ言葉を話すことができるのか説明できる段階にまで至っていません。言語学・哲学における非常に重要なテーマですが、この問題を解明するには、人間がいかに言語処理をしているのか、という話になります。理論があっても、実験するためには、コンピューターが必要になります。
今は、理論を作っては、コンピューターに組み込んで、結果を反映して理論を作り直して・・・とこの繰り返しです。チョムスキーの言語学は、人間の言語の文法のみに注目すればに、ほぼコンピューターでも処理できることが、分かっています。
文法のみに注目する、というのは、たとえば、「この椅子はとてもおいしい」というような、意味をなさない文も、文法的にはあっているから、OKとする、ということです。現在のコンピューターの多くは、人間の言語を文法的には理解しても、意味は理解していません。意味を処理する研究は、目下行われていて、ここ数十年で進歩するか?という話になっています。

まぁ、平たく言うと、
「鳥が空を飛べるように、人は言語を話せる」
ということで、人が言葉を発明したのではなく、言葉を話せる種が人間であるということです。
人間の言語は、意味・文法構造の上で、他の動物の話す言語よりも桁違いに進化しています。
たとえば、「危険だ!」とか「餌だ!」とか、そういう仲間への伝達は他の動物にもあります。
しかし、時間・可能性・仮定・義務などの概念を入れると、とたんに他の動物の伝達では表現できなくなります。「危険だった」とか、「雨がふったら、危険かもしれない」とか、「明日、餌がここにありそうだ」などです。
時間・可能性・仮定・義務などの基本的概念は、ほぼ総ての言語に何らかの形で備わっていて、これらの概念を言語で表現できることが、人間の先天的性質であると考えてもよいといえると思います。

別に、これは音声言語に限ったことではなく、手話などの身体的言語にしても、とにかく、人間という種は、知能さえ正常であれば、適切な教育さえ受ければどのような手法でも言語を獲得することができるようになるらしいです。

>人はなぜ言葉を発明したんでしょう。
現在の言語学(特にチョムスキー)では、言語は、人間に先天的に備わっている性質である、というのが定説です。
定説、というのは、まだこれから覆る可能性がある、ということです。実際、そういう風に仮定したほうが合理的であると言われているだけで、人間がなぜ言葉を話すことができるのか説明できる段階にまで至っていません。言語学・哲学における非常に重要なテーマですが、この問題を解明するには、人間がいかに言語処理をしているのか、という話になります。理論...続きを読む

Q最初の天皇はなぜ誕生したのか?

初代天皇は、どういう経緯で出来たのですか?
神武天皇は、国王(日本で一番偉い人)みたいなものだったのですか?

Aベストアンサー

実はそのことについてわからないので困っているんです。
というのも3世紀に活躍したとされる邪馬台国の卑弥呼という女王の解釈により、最近では神武天皇でさえ紀元前660年前の人物とすることには異論がありながらも、その存在自体はありえて、だからこそ正史である『日本書紀』に記載されているのでは?といった論調もあります。
神武天皇そのものというより、神武の伝承として伝わる物語の核になる史実が存在した。それは現存はしていませんが『日本書紀』編纂の主な材料となりえた『帝紀』などに書かれていたのであろう。と予測する立場があるんですね。
ですから国家や天皇の成り立ち自体はよくわかっていない中で、神話などの古伝承から国家や天皇の成り立ちを整合性を以って説明できるのでは?と目下奮闘中といった人々もいる。とのあり方が現況では一番進歩が見られるスタンスであり、逆にそのような暗中模索な状況こそが、現在の学界における日本国家成立の研究、ないし天皇支配の淵源の研究などの現状だと思います。

そして天皇(大王)を中心とした国家といった概念が表れたであろうとされるのが、いわゆる4世紀の古墳時代と呼ばれる時代であったことは、考古史料から、特に前方後円墳などの規格性の強い墓制の出現で見当がつきつつあるのですが、そこの詳しい実態は、日本はもとより、3世紀段階における日本の国情を伝えた古代中国の史書などが4世紀時点ではないためよくわからないんです。いわゆる「謎の4世紀問題」ですね。

いずれにせよ『魏志』倭人伝などの記述から、卑弥呼が活躍する前後(3世紀)にあっては「倭国大乱」と評価できる内戦状態が、その規模は別として事実あったのでしょうね。もちろんその戦闘状態は天皇の出現と無関係であるとも思えないんです。その様な中、詳しい経緯はわかりませんが、倭国大乱と呼ばれる混沌とした戦乱の世にあって、統一的国家としてのヤマト政権を樹立するだけの武力ないし交渉力が、4世紀段階における天皇(大王)の祖先にあったことは疑う余地はないのかな?と思いますし、考古史料などが語る結果から帰納法的に糸を手繰りつつ明らかにしようと試みている、3世紀から4世紀にどのような経緯で歴史がつながるのか?といった問題は、識者はもとより僕に限らず古代史に興味を持つ者が一番知りたい部分なのです。

ですから率直に申し上げれば「初代天皇は、どういう経緯で出来たのですか?」という質問については「こっちが知りたい部分です」といった頼りない回答になり、せっかくのご質問に明確にお答えできないことを心苦しく思いながらも、現状をご理解いただければありがたいと思う次第です。

実はそのことについてわからないので困っているんです。
というのも3世紀に活躍したとされる邪馬台国の卑弥呼という女王の解釈により、最近では神武天皇でさえ紀元前660年前の人物とすることには異論がありながらも、その存在自体はありえて、だからこそ正史である『日本書紀』に記載されているのでは?といった論調もあります。
神武天皇そのものというより、神武の伝承として伝わる物語の核になる史実が存在した。それは現存はしていませんが『日本書紀』編纂の主な材料となりえた『帝紀』などに書かれていたの...続きを読む

Q言葉が誕生した時期

現代では、日本語や英語など何らかの言語でコミュニケーションを取ったりしますが、その言葉はいつ誕生したのでしょうか?

Aベストアンサー

FOXP2という遺伝子が言葉能力と関わりがあることが突き止められていますが、その遺伝子を持った時期が即言葉ができた時期というわけでもありません。
言葉は化石化しないだけにその時期を特定できる証拠がありませんから、これからも特定はできないでしょう。
それと言葉なるものをどう定義するかにもよります。それ以前(人類以外の動物)のコミュニケーションは主にメロデイパターンに依っています。
ヒトが生まれてから言葉を獲得していく過程を観察すれば、初めは何を言われているかはわからないのに、親が話しかける言葉のメロデイパターンにはちゃんと反応します。この段階は他の動物と同じ反応です。
これが言葉の内容を理解しそれを真似ようと喃語を発するようになる時が言葉の第一歩を踏み出したときでしょう。
とすると単語を一つでも使えるようになった時が言葉始めでしょうね。

動物のコミュニケーションの基本は求愛行動です。これは種の保存という生き物が持つ生きるための力ですから、ヒトの場合も何語であれ最初に発した言葉は「love」を意味する単語だったろうといわれています。
ご先祖さまがこれを口にした時が言葉の始まり(^_^)

ちなみにヒトは言葉を発する専用の器官は持っていません。すべてそれ以前からあった器官を言葉のために流用しています。

FOXP2という遺伝子が言葉能力と関わりがあることが突き止められていますが、その遺伝子を持った時期が即言葉ができた時期というわけでもありません。
言葉は化石化しないだけにその時期を特定できる証拠がありませんから、これからも特定はできないでしょう。
それと言葉なるものをどう定義するかにもよります。それ以前(人類以外の動物)のコミュニケーションは主にメロデイパターンに依っています。
ヒトが生まれてから言葉を獲得していく過程を観察すれば、初めは何を言われているかはわからないのに、親が...続きを読む

Q洞窟の壁画とかはどうして描いたのでしょうか?

タイトル通りなのですが古代人というか原始時代というかそのくらい昔に
洞窟に壁画が描かれていますよね。
どうして壁画を描いたのでしょうか?
調べたのですがわからなかったもので。
どなたかわかる方いましたら教えて下さい。
ふっと疑問に思っただけなんですけどね。

Aベストアンサー

 
まず、尋ねておられるのは、ラスコーなどの数万年前に描かれた洞窟壁画の「描かれた目的」だと考えます。

中国の墳墓やエジプトのピラミッドのなかや王家の谷の王墓の壁画や、あるいは中南米のマヤやアステカにも、壁画があるとか、北アフリカの現在は砂漠となってる場所に、数千年以上前の岩石絵があるなどは、目的の点で、分かっているものもあり、色々違った目的の場合もありえるので、一括で論じるのはどうかと思います。

ラスコーなどの壁画は、クロマニヨン人が描いたものと考えられます。「目的」は何かは、彼らは当然、無言語文化で、記録などもないので、現在から、絵を眺めて、推測するしかありません。その場合、「現代人の心理」では、了解できない目的なども当然考えられます。

基本的に、これらの洞窟絵画は、洞窟の奥深いところに描かれていて、彩色が非常に鮮明で、かつ絵が写実的で躍動性があり、更に、モチーフとして、野牛を初めとして、狩りの獲物になるような動物が「多数」描かれているというのが特徴です。

「狩りの成功」を祈り、「絵に描いた動物が手に入るように、呪術的行為」として、狩りの獲物の絵を描いたのだという説が、有力な説として古くからあります。この場合、いまでいう「宗教的目的」で描いたのだということになります。

記憶ですが、描かれているものには色々なものがあるが、そのなかに、鹿の皮をかぶった、明らかに人間と思える像の絵も描かれていたはずです。(違っていたかも知れません)。

こういう絵があった場合、これは、何かの儀式を行っているときの絵だとも、儀式の目的のために描いたのだと言えます。では、その儀式の「目的」はということになります。

クロマニヨン人だと、狩猟生活をしていたと考えられますが、しかし、食料は、植物性のものもあったはずです。魚もあったと思えますが、そういうものは描かれていないようです。少なくとも、主なるモチーフ絵としてはないようです。

そうすると、単に、狩りの獲物の大量を願うというより、牛や鹿や、その他の動物の持つ「力・生命力」に何かの意味で敬意を表し、それらの偉大な動物の「力」などが、部族や住民に助力することを願って描いたという可能性が高くなります。

絵に生き生きと描いた野牛などの「肉」が欲しいのか、「その象徴的生命力」が欲しいのか、いずれにせよ、「欲しいもの」を絵や像などで表して、象徴的呪術的に手に入れ、これが、現実的な肉や生命力の入手につながるという考えが呪術では一般です。

「ヴィーナス像」という、女性の特徴を誇張した像や、妊娠している女性の像が、やはり、クロマニヨン人が作ったと考えられる時代で出土します。これらも、子孫繁栄と「豊穣」を呪術的に操作しようとしたとも言えます。

洞窟の奥深く、人が入って来られないような場所に描いていること、また、現在でこそ、電気の照明で、全体の絵がはっきり見えるのですが、昔は、そんな明るい照明は持ち込めず、煤や二酸化炭素で窒息してくるはずなので、ごくごく弱い光でしか絵は見ていなかったことなどを考えると、これは、「見るための絵」ではないということになります。

隠された場所、または神聖な、いわば「神殿最奥の至聖所」に描かれた絵だとも言えます。先に述べたように、食料の植物や魚や貝などは出てこないところからすると、「狩猟の成功」を呪術で操作しようという目的と、力があり、生命力に満ちる野牛などの「生命力・力」を、部族などのために確保しようという目的だと思えます。

この場合、「人間の立場」は、一方的に狩りをする「万物の霊長」ではなく、野牛などの方が、高次存在で、野牛を、神などのように崇めていて、その力の分与を願ったのが目的かも知れません。動物が、力強い、生き生きした写実的表現で、躍動感に満ちて描かれているのは、まさに、そのような「力・生命力」を崇拝し、助力を願ったためだと思えます。

部族の秘密の儀式=呪術である訳で、「日常と聖」という二分では、「聖」であり、多様な意味で、「守護の神」の絵として、洞窟の深奥に描いて、近づけないようにしていたのだとも思えます。「力・生命力の分与・幸運の分与・神である野牛等自身が肉や毛皮を分けてくれること」への祈願と、呪術的操作のために描いたのが、目的でしょう。
 
クロマニヨン人の心理など分からないので、「自信なし」にします。
 

 
まず、尋ねておられるのは、ラスコーなどの数万年前に描かれた洞窟壁画の「描かれた目的」だと考えます。

中国の墳墓やエジプトのピラミッドのなかや王家の谷の王墓の壁画や、あるいは中南米のマヤやアステカにも、壁画があるとか、北アフリカの現在は砂漠となってる場所に、数千年以上前の岩石絵があるなどは、目的の点で、分かっているものもあり、色々違った目的の場合もありえるので、一括で論じるのはどうかと思います。

ラスコーなどの壁画は、クロマニヨン人が描いたものと考えられます。「目的...続きを読む

Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む

Q原爆・長崎・広島の被害者数は一体どれくらいなんでしょうか。

鳥インフルエンザ、新型(鳥)インフルエンザが流行してしまった場合、最悪の事態の予想を、新型インフルエンザ対策検討小委員会が明らかにしたという数値をみて、死者、患者共にその数の多さに驚きました。あくまで最悪の場合の予想とはいえ、ものすごい惨事であると思いました。そこで、生物兵器という言葉を思い出しました。兵器には核兵器もあると。そこで気になりました。原爆・長崎広島の被害者数はどれくらいなんでしょうか。よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

広島は当時人口42万人、死者、行方不明合わせて
12万2338人、長崎は、人口24万人、
死者、行方不明合わせて7万3884人と言われています。

被爆後5年間の間に広島で20万人、長崎で14万人
です。

Q紀元前と紀元後をなぜ分けるの?

タイトル通りの疑問なのです。当たり前すぎなことなのかもしれませんが、教えてくださいお願いします。どういういきさつで分ける必要になったのでしょうか?
またいつから分ける様になったのですか?

Aベストアンサー

つまりは、西暦に関するご質問ですね?

いま現在、我々が使っている西暦は、イエス・キリストが生まれた年を紀元(はじまり。すなわち西暦1年)としています。(ところが後日、実際には何年か違うらしいことがわかった。)
この西暦を考え出したのは、数学と天文学に通じていたローマの修道院長、ディオニシウスで、6世紀半ばのことです。
それまでは、日本の元号のように、何皇帝の何年というような呼び方をしていました。
しかし、それでは年数の計算が不便なので、ディオニシウスは、キリストが生まれた年を紀元とすることにしました。
これが、現在我々が使っている西暦の始まりです。
何故西暦0年が存在しないかと言うと、西暦が作られた6世紀半ばのヨーロッパは、まだ数学が発達していなかったためか、「0」の概念が無かったのです。
そのため、「西暦0年」ではなく、「西暦1年」から始まったのです。これは平成0年がないのと同じですね。
だから、紀元1年より前の年をあらわすには、0がないので当然ながらマイナスを使えず、「紀元前」とするしかないわけです。
この西暦は、まず教会で用いられ、それがヨーロッパの一般人に定着するのはそれから数世紀経ってからで、 実際に世界的に使われるようになったのは、18世紀になってからです。
日本に至っては、明治以降、つまり19世紀に入ってから、やっと使い始めました。

つまりは、西暦に関するご質問ですね?

いま現在、我々が使っている西暦は、イエス・キリストが生まれた年を紀元(はじまり。すなわち西暦1年)としています。(ところが後日、実際には何年か違うらしいことがわかった。)
この西暦を考え出したのは、数学と天文学に通じていたローマの修道院長、ディオニシウスで、6世紀半ばのことです。
それまでは、日本の元号のように、何皇帝の何年というような呼び方をしていました。
しかし、それでは年数の計算が不便なので、ディオニシウスは、キリストが生まれ...続きを読む

QWould you like~?とWould you~?の違いは

相手に何かをお願いするときに、
Would you like~?
Would you~?
と両方の言い方があると思うのですが、likeをつけるかつけないかはどのように判断するのでしょうか?
また意味はどう変わるのでしょうか?

Aベストアンサー

Would you~?「~していただけませんか?」は丁寧な依頼表現、Would you like~?「~は如何ですか?」は丁寧な勧誘表現です。

依頼表現で使われるwouldやcouldは、「条件節(if節)の内容を言外に含めた婉曲用法」なのです。つまり、「(もし~できるのであれば)~していただけるでしょうか」と丁寧で控え目な調子を出すことができます。Will you~?やCan you~?はただの助動詞の勧誘表現ですから、wouldやcouldのような婉曲用法はないのです。

Would you like~も同じ婉曲用法で、「(もし私が~を勧めたら)~をお気に召すでしょうか?」という丁寧で控え目な調子の出る勧誘表現なのです。I would like to~「~したい」(~することをできればしたい)という表現もこの用法からきているのです。

Would you like~のlikeは「~を好きである」という他動詞でlikeの後に名詞を目的語として持って来ることができます。例:
Would you like another cup of tea?「もう一杯紅茶如何ですか?」
Would you like going on a picnic?「ピクニックに出かけるというのは如何でしょう?」
Would you like to go on a picnic?「同上」(このto不定詞は名詞的用法)

ご参考になりましたでしょうか。

Would you~?「~していただけませんか?」は丁寧な依頼表現、Would you like~?「~は如何ですか?」は丁寧な勧誘表現です。

依頼表現で使われるwouldやcouldは、「条件節(if節)の内容を言外に含めた婉曲用法」なのです。つまり、「(もし~できるのであれば)~していただけるでしょうか」と丁寧で控え目な調子を出すことができます。Will you~?やCan you~?はただの助動詞の勧誘表現ですから、wouldやcouldのような婉曲用法はないのです。

Would you like~も同じ婉曲用法で、「(もし私が~を勧め...続きを読む

Q精神障害者手帳2級とはどのレベルのなのでしょうか

最近身内になった方が、精神障害者手帳2級を持っていることを知りました。

普通に遊んでいますし、喋れます。料理もしているし、ゲームもしています。
普通の生活はできていると思います。

仕事はできないそうです。
たまに頭が痛くなるとか。

なぜこのような質問をしているかと申しますと
子作りをしていると聞いたからです。

薬を飲んでいないなら妊娠してもいいと書いてあるサイトは見ましたが、子育ってって楽じゃないですよね。
私にも子供がいますが、やはり大変でした。
普通の人でも精神的に不安定になると思います。
ことあるごとに「鬱だから」と言ってひきこもる彼女が、このタイミングで子供を作っていいのか疑問なのです。
友人だったら応援するかもしれません。
しかし、身内となると、そうは言っていられません。
何かあった時に産まれてきた子供がかわいそうです。

※鬱病の方を批判しているわけではありません。

中立なご意見をお願いします。

Aベストアンサー

あなたの身内がどんな精神障害かは解らないですが薬で症状が和らぎ普通に生活できる人もいます。
理解あるパートナーが本人の調子の悪い時に100%面倒(家事、子育てなど)を見てくれるならまだ良いですがなかなかそういう訳にもいかないのが結婚生活だと思います。
そんな状況下で育てられたこどもは不安ですよね

2級ともなると年金が支給されるほどのかなりの重度なので一人では生活できない程度です。
自己の判断もできない状況が多々あると思われます。
そんな人が子育てはちょっと無理かな、子育てが出来るなら仕事もできるんじゃない?と思うのは当然ですよね。
私もそんな状況で子育てには賛成できません

ですががやはり決めるのは本人です
あなた自身がいろいろと調べた結果それを踏まえてアドバイスするのは良いでしょうがそこまでにしておいた方が良いのかもしれません。
強要すると症状が悪化するかもしれないのでなるべくその方の両親を通した方が良いかもしれない。


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