とっておきの手土産を教えて

真珠湾攻撃で大成功をおさめた日本。その勢いでハワイを占領してしまえば、その後の戦いはかなり有利に進められたのではないかと思うのですが、何故それをしなかったのでしょうか。

単純に戦力不足で不可能だったということでしょうか。ハワイを占領することさえ出来ないのであれば、太平洋戦争を勝ち抜くことなど不可能だということになると思います。

A 回答 (23件中1~10件)

ご回答ありがとうございます。

他人任せで教えてくれと言ってるのではありません。なぜ戦争を始めたかの答がアメリカのせいと聞いてとても情けない気持ちになります。
● アメリカのせいと言うより日本全体・世界全体が対日戦争に向かっていました
日本は当時暴走というかやりたい放題でしたから朝鮮併合や中国侵略など・・
もし本気で戦争を回避するなら中国撤退なら戦争回避可能だったでしょうが、当時の日本にそんな気さらさらないですから・・日中戦争も日本がこじつけて開戦しつたのです 正直いって日中戦争に関しての開戦理由は日本汚いです

1.なぜ占領を予定しなかったのか
>精神的ダメージと 敵艦隊撃破により太平洋作戦行動のラクにするためです
そうではなくて、それで本当に求めている成果が得られると考えますかということを聞いています。
■ 精神的ダメージを与えられると本当に思っていたと思います
それが逆の目に出たのは当時の分析不足といえるかも知れませんが
歴史上の出来事であとで あの時とかタラ、レバを言っていればきりがありません
当時の作戦の表向きの目標も主力艦(空母)撃破でしたから

2.なぜ空母を撃沈することを考えなかったのか
>当時はまだ戦艦が重要だと思われてたからです
本当にそうでしょうか。またそれが正しい答でしょうか。
■開戦当時は戦艦主力がまだ多くを占めていました山本・南雲など一部を除いて・・本当に空母・航空機の重要性が世界的に認知されたのはマレー沖開戦で当時 不沈艦といわれたプリンスオブウェールズとキングジョージが日本の航空機によってあっさり撃沈されたことからです

3.なぜ空母撃沈が実行できなかったのか
>●空母は港に出向中でタマタマいなかったからですしもともと攻撃目標は戦艦でした(以下略)
確かにうまい具合に事は運びませんし、あの1回の攻撃で危険を冒してそこまで行動していれば全く違った結果になった可能性もあります。私が聞きたいのは、実行の責任者南雲さんが、それを実行しない方がよいと考えた真の理由は何だと思いますか?ということです。
■ この作戦は軍本部からリスクが高くかなり反対もありましたし
もし、真珠湾空襲時で航空機の出払っているときに逆にアメリカ空母や艦隊と遭遇しなかったことやアメリカ戦艦隊がほとんど港にいたのは逆にラッキーだと考えられます
たしか当時  空母は3隻いてバラバラに行動していたはずです
当時空母を攻撃しなかったのでなく出来なかったが正しいです 南雲も空母の重要性は理解していましたが空母を発見できなかったからです
それと反対を押し切っての作戦だっただけに損害をだしたくなかった
もしあの状況で敵艦隊と遭遇していたら帰りの燃料もぎりぎりですし もし補給艦をやられていたら全滅の可能性もあります

4.なぜ真珠湾で決定的なダメージを与えることなく相手に精神的打撃を与えられ
ると考えたのか
>戦艦4隻撃沈したら 十分なダメージですよ
そうでしょうか?これからアメリカ相手に戦争を始めるのですよ。まともに考えてみてください。
■ 当時をそう考えられていたとしか考えられません 前述しましたがあとからではなんとでもいえます

あなたは大変勉強なさっていると思います。しかし勉強された結果、あなたは何を学びとられたでしょうか。私はあなたに比べれば全然不勉強です。それでも少しばかり本を読むと、本当に日本はなぜあんな戦争を始めてしまったのかと、考えてしまうのです。当時の戦争指導者の無責任な体質ばかり浮かび上がってきます。犠牲になった若くて尊い命を思うと、無念でなりません。(以下略)
■失礼いたしました無礼なこといいました。すいません 質問者サンの真意がわかりました
当時は日本には変な不敗神話があり(元寇以来不敗 神の国だからピンチになったら神風が吹くなど元寇が台風で撤退したのも神風扱いです)
ロシアの世界最強といわれたバルチック艦隊の撃破などから・・・
日中戦争から太平洋戦争までの経緯をみると日本は戦争がしたくてしたくてしょうがないように私個人は思えます 国民感情も対米戦争大賛成 日本は神の国だから負けないなど変に洗脳されていましたから 悲しい歴史だと思いますが
敗戦により 結果的に軍国主義が崩壊したことは良かったことだと思います
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この回答へのお礼

こちらこそ非礼な言い方をしてしまい申し訳ありません。私もp_pさんの考えが分かり嬉しく思います。

お礼日時:2006/03/27 20:10

戦後に出版された戦記物の記述より判断しますと、大日本帝国海軍は砲術科(戦艦の主砲操作)の連中が権力を握っていたため山本五十六のような戦艦より空母を重視する者たち主流でなかったらしい、従って大艦巨砲の大和を建造するが、航空戦力の重要性も充分認識されていたのは事実です、真珠湾に空母が停泊しているかいないかが当時最大の関心事


であったようです、南雲指令長官は空母攻撃の重要性の認識もなく二波3波の攻撃を航空参謀よりの申請を却下して、空母の探索も行わず逃げるようにハワイより帰還している、他の回答者が言われているように戦艦を重視する勢力と航空戦力を重視する勢力がミッドウエイ海戦まで拮抗していたようですが、この海戦の敗戦で決着したようです、すなわち
この海戦で日本海軍は先頭に空母郡を配置してその2,3百海里うしろに戦艦を配置したため空母の大半を失い戦艦は無傷で帰還とゆうぶざまなことになった、もしこの展開が逆で戦艦のうしろ2,3百海里に空母郡の配置なら戦艦が少々の空爆で撃沈されないので勝敗は逆転していただろう。他の回答者が指摘されている反共とゆう云々でアメリカは日本との戦争中は共産主義の脅威どころかソ連に武器援助までしてヤルタ会談にてソ連の力を借りようとしていました、共産主義の脅威を知るのは
1950年に始まる朝鮮戦争までアメリカは共産主義には無防備でマッカーサーがこの戦争で初めて日本は自衛戦争をしていたと認識するわけです。
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まともに当たっても勝ち目のない戦いなのになぜ真珠湾を攻撃し、フィリピンを占領したか?


1年半ぐらいの間、アメリカが蒋介石率いる国民党軍を支援している「援蒋ルート」を絶ち、国民党との戦いに決着をつけたかった。
国民党という基盤を失えば、アメリカ側との交渉で有利な立場を日本が作ることができ、後は「反共」という共通の目的をもった同盟国として石油資源の供給などを受けることができる。
だから、ハワイは占領せず叩くだけで、フィリピンは直接の供給基地だから占領した。
しかし、占領地を広げたことに酔ってしまい、「援蒋ルート」も叩かず、国民党との戦闘に力をいれず、アメリカとの交渉もせず、相手の分析を怠り、そのことについて誰も思考することをやめてしまった。
本来ならば順番として「援蒋ルート」を完全に絶ち国民党軍との戦闘に力を割き、はやく中国との戦闘を日本勝利に導くか、アメリカとすばやい交渉で日本の占領地などの拡大を認めさせるかをするべきなのです。
しかし、天皇を中心とする御前会議など司令部が全くそれを怠って、アメリカ軍の強力な反撃が、1年もたたずに行われて、後は「大本営発表」の出鱈目な情報や作戦により多くの人命が失われ、原爆投下、ソ連参
戦、敗戦へ続くのです。
参考になれば。
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この回答へのお礼

中国との戦いをどう決着つけるか、これは誰も触れなかったけれども、これを無視して太平洋戦争を考えることは出来ませんね。

なぜハワイを占領しなかったかの理由で、日中戦争の視点でフィリピンと対比させているのは興味深かったです。

ご回答有難うございました。

お礼日時:2006/03/27 20:25

こんにちは。


まだ締め切られていなかったのですね。議論が発散してきているようにも見えますが、おもしろそうなので私も仲間に入れてください。
ポイントは、「戦争の検討とは、結局は所要戦力の算出。その意味ではハワイ占領も検討されていた。それどころかサンフランシスコ上陸も検討されていたらしい。でもそもそも“検討”っていったい・・・?」

質問者さんがハワイ占領に興味を持った背景がわからず、ご質問の趣旨をきちんと理解している自信がなく、さらに資料として残されているものも少ないのですが、いくつかの記録・回想や新旧変わらぬお役所の仕事の流れから次のような推定はなりたちそうです。

○ ミッドウエー占領
明確な所要戦力を含め上級会議で提案・承認されて実行された。ハワイに比べて占領所要戦力が極端に小さい。失敗を予見する(我艦隊護衛航空機などもっと戦力を必要とする等)資料も若手により作らていた可能性もある。

○ ハワイ占領
 一部の記録や回想から、かなり労力を割いた所要戦力検討が行われた可能性がある。しかし上級会議に資料は付議されず、将来の実施可能性程度として上級会議での口頭議論や、下級会議(担当課内会議など)で使い捨ての簡単な資料が作られたにとどまり、結果としては、短期的実施には十分な所要戦力の準備・輸送・維持の一部又は全部を準備できない結果とされた模様

○ サンフランシスコ占領
 一部の回想から、所要戦力検討が行われた可能性がある。ただし、残される資料までは至らず、机をならべた同僚同士の勤務時間内での会話・・・程度で結了した模様。(戦域研究記録はある)

○ 米本土全面占領
 一部の回想から、所要戦力検討が行われた可能性がある。若手の軍人を中心に大いに議論され、相当の時間が費やされた。ただし、そのほとんどが虎ノ門の赤提灯で自然発生的に行われた・・・

 質問者さんのご質問の趣旨が、「ハワイを上陸占領するまでの戦力投入に自信がないのなら、なぜ中途半端の奇襲を行ったのか」とすれば、私も同感です。一方、「中途半端な奇襲ではあるがそれをもとに戦争を有利に短期で終了する見込み」もある程度の論理性をもって存在しており(それなりに良くできている)、時代のなかでは私も同じような分析を行ってしまった可能性も否定できないので、結局それが見込みハズレになったとはいえ結果をもって揶揄することはできにくいでしょう。

さてさて、ご参考になりますでしょうか

 一方、少々気になることが・・・。
 質問者さんは「正しい答え」、「本当のところ」、「まともな」という言葉を比較的単純に使っておられるところ、歴史議論においてこれらの用語(考え方)は避けるべきでしょう。
 ご自身でもお気づきかもしれませんが、国の大きな動きはとても複雑であり、流れを理解し議論を円滑にするために事態を単純化した表現は必要ながらも、「正しい」「本当」はぎりぎりまで口や文章に出しては言わないほうがよいです。
(何人かの回答者さんにも見受けられますが、自分が言葉に呑まれてしまい、多様な考え方の道を閉ざしてしまうほか、視野の狭さを予見させて専門家からの助言を受けにくくしてしまう。)

 「山本五十六は日米開戦には反対だった」のは多分「正しい」(多数の、あるいはその認識を持つことで次の議論が行いやすい)認識でしょうが、彼とても「開戦せずにアジア占領を維持する見込み」については迷っていた形跡があり、「軍人の分」の範囲の中でさえ十分な反論努力をしたとはいえない見方もありますので・・・。

 その意味では、今回の質疑をもとに、「ハワイ占領は、将来性まで否定されていないものの、少なくとも1941年実施事項としては所要戦力対効果比から日の目を見なかった」と単純理解し、次に「では戦力対効果比はどのような手段で議論されたのか」(尉官級止まり?それとも将官級会議まで?等)や、「詳細な算出がされたとしたら、却下要件はどんな順位だろうか」(いちばんは上陸部隊規模?輸送手段?兵站?・・・それとも防衛圏の定義範囲?)という方向に議論をしてみたいところですね。残念ながら私もそのような議論に足る記録発見や回想出版物に接していないのですが。

お役に立てれば幸いです。
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この回答へのお礼

joshua01さんには丁寧にご回答くださり感謝致します。

今回の質問によって私は、色々と教えてもらい、考えさせられました。そうでありながら失礼な言い方をしたことをこの場を借りてお詫びしたいと思います。

正直言って私のような不勉強な者にはテーマが大き過ぎたと感じています。出直してきます。

ここでこの質問を締め切りたいと思います。皆さんの回答を正しく評価するだけの知識が私には無いのですが、具体的で深い考察が為されていると私なりに感じるものにポイントを付けさせていただききました。

皆さん有難うございました。

お礼日時:2006/03/27 20:19

maruo_sueo さんに逆に質問です。



貴方ならハワイ占領をどのような戦略で行いますか?

ついでにもう一つ戦前の日本が国際社会の中で生き残る為にどのような外交をしますか?

ぜひ意見を お聞かせ願いたいのですが 宜しくお願いします。
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戦争にタラレバは通じません。

それを行った事実と、その結果があるだけです。
タラレバが通じるのは戦争が終わって、後世になってからです。当時はそれが事実です。

「このようにすればこういった結果が得られると考える」
「だからこのようにした」
「その結果、~~となった」
おおよそ事実と結果はこの3つで形が作られています。

そして、求める結果が得られたかどうかは問題ではありません。その時その時考えうる最善を尽くす。それが戦争です。
その時の行動が最善であったかどうかは、後世の判断であって、その時間に生きている人にとって、最善であったという事実のみです。
当時自国でできうる最上の技術力で作った兵器を持って、自国の最高クラスの頭脳をもちよって編み出した戦略をもってはじめるのが戦争です。それで負けたのならば、それが結果です。

歴史的評価はともかくとして、真珠湾を攻撃して戦艦5隻を大破させたがアメリカの反日感情をあおってしまった。それが事実であり、後世「それでは求めていた結果が得られない」と評価されようが、それは後世のことです。
一番間違ってはいけないのは、そのときのおこした行動の結果はその時間に生きている人(行動した人)とは無縁ということです。たとえその人が回想で「結果が得られなかった」と言っても、それは後世の自分が言ったことであり、その時間に生きている自分とは無縁です。

正直
>それで本当に求めている成果が得られると考えますかということを聞いています。
この質問は愚問であるとおもいます。その時は得られると考えていたから行動したのです(そう考えなければ行動できませんし、しません。行動原理というのは案外単純なものです)。後でどう考えようとその事実は覆りません。得られないという考えは、後世の歴史家の考えです。

>当時はまだ戦艦が重要だと思われてたからです
これも事実です。覆りません。当時生きていた人にとってその認識があったというのは、事実です。やはりすでに空母が重要だった、というのは、後世の歴史家の理論です。

>本当にそうでしょうか。またそれが正しい答でしょうか。
その時に生きている人にとっては、それが正しい答えです。それが間違っていたかどうかは、後世の人の判断であって、その人たちとは無縁です。
そして、どうしてその行動をとったのか・・・これはその人にしかわかりません。私たちは証言とかを元に「空想」するしかないのです。「損失を恐れたから」「十分とおもったから」などなど色々な見解がありますが・・・結局これらは後世の歴史家がそうと考えたからです。

失礼ながら質問者さんのほしい回答が読めません。あなたがほしいのは「当時その人たちはどう考えていたのか」なのでしょうか?それとも「後世の歴史家はどう考えているのか」なのでしょうか?

言葉足らずの部分もありわかりにくいところもあるとおもいますが、私の考えはこんなところです

この回答への補足

あんまり制約を設けないで、自由に色んなこと考えるのは大事なことだと思いますよ。意味ないからといって考えないよりずっといい。特に歴史に関することは。つぎの教訓にするためでもね。

今の価値観だけで決めつけて歴史に評価を下すのは良くないことだけど、私が言ってるのはそれとは全然次元の違う話ですよ。

やる前とか、やってる間は分からなかったことも、終わった後では色々情報が出てきて、分かるようになる。個人的なことでも、そういうことってありますよね。後でこうしておけば良かったと言っても始まらないけど、だからと言って省みなかったら、何も学習してないことになるもんね。

太平洋戦争はするべきだったのか、別の方法を採るべきだったのか。どうせアメリカと戦争するんならどういう風にすれば良かったのか。こういうこと、考えても意味ないですか?

>当時自国でできうる最上の技術力で作った兵器を持って、自国の最高クラスの頭脳をもちよって編み出した戦略をもってはじめるのが戦争です。それで負けたのならば、それが結果です。

正直言ってこの辺の部分は読んでいてとても怖いものを感じました。お偉いさんが考えたことだから失敗しても仕方が無いという意見なのでしょうか?なんで自ら思考停止しようとするんだろうか。

当時の人たちがどのように考えていたのかも知りたいし、後世の人がどのように考えるかも知りたい。

多くの人々が制約を設けることなく自由に自分の頭で考えるべきだと思う。koon1600さんは思考停止するべきだと思いますか?

補足日時:2006/03/27 20:28
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>私は情報を与えてほしいということで聞いてるのではありません。

本当の知識と言いますか、本当のことは何なのかを考えたいし、人が考えたことを聞かせてほしいということで聞いているのです。
皆さんの言われていることは本当のことです。これがなぜ知識にならないんですか?
人が考えたことを聞かせて欲しいなら礼儀をもって接してください。偉そうな応対するなら誰も親身になって応対しません。偉そうなことを言う前に自分の態度を改めてください。
それに回答に対するお礼のところの日本語が意味不明な部分が多いです。偉そうにする前に日本語の勉強でもされては如何ですか?
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>私が聞きたいのは、なぜ占領が容易でないようなハワイを攻撃し戦争を始めたのかということです。



真珠湾攻撃は、開戦劈頭にアメリカ太平洋艦隊を壊滅さえるためでしょう。
そして、南方での作戦展開に集中するためです。

太平洋戦争は、一面では、南方の資源地帯を押さえるための戦いです。
ハワイを押さえたとしても日本必要とする天然資源は得られません。
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マレー作戦とフィリピンの占領をあきらめ


インドネシアの占領を諦めて
中国から全兵力を撤退させ
隠密裏にハワイを奇襲して占領しても
アメリカにとって、痛くないような気がする
どうせなら、西海岸に上陸してワシントンを目指して
攻め込んだ方が・・・

ミッドウェイで勝敗が逆転しても
日本が優勢なのは一時的だぞ
昭和17年末からエセックス級が竣工してくるから
真珠湾を急襲したのは、日本海軍がエセックス級を
恐れていたからでしょう
個人的意見ですが

昭和17年の日本の新聞では米国造船能力として
1万トン級の船を2週間で竣工させると書いてあるし
(ガダルカナルの補給戦当時)
この造船所、西海岸です
その頃の日本の造船事情は、木造船の会社を設立しています
凄い差です

真珠湾の石油タンクを攻撃しても
米国は100隻のタンカーを造るのは
簡単な事です
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この回答へのお礼

2週間で1万トン級と木造船ですか…、凄い差ですね。

石油タンクを破壊しておけば2年間は時間稼ぎが出来ただろう、というようなことをどこかで聞いたことがありますが、アメリカの反撃はもっと凄いものになったかも知れませんね。

ご回答有難うございました。

お礼日時:2006/03/27 20:59

1.なぜ占領を予定しなかったのか


初めから 精神的ダメージと 敵艦隊撃破により太平洋作戦行動のラクにするためです

2.なぜ空母を撃沈することを考えなかったのか
当時はまだ戦艦が重要だと思われてたからです

3.なぜ空母撃沈が実行できなかったのか
●空母は港に出向中でタマタマいなかったからですし
もともと攻撃目標は戦艦でした そんなにうまい具合にことは運ぶことはありません 相手がいることですから この時空母を1隻でも撃沈していれば 
採点でいうなら 100点満点の150点答案になります

4.なぜ真珠湾で決定的なダメージを与えることなく相手に精神的打撃を与えられ
ると考えたのか

● 戦艦4隻撃沈したら 十分なダメージですよ
野球でレギュラー4人一度にけがしたら大変でしょ?
精神的ダメージが大きかったから アメリカ国民の反発も大きかったんでしょう・・
たいしたことないなら国中が反日感情にならないでしょう・・
ちなみに 反日感情をあおる為 アメリカ政府は国内発表を宣戦布告まえに攻撃されたと発表して より日本が姑息なやつらと意識付けしています
●野球で変化球連発してる日本野球を馬鹿にする国柄ですから
奇襲なんて卑怯と考える国民性です
もともと国力が歴然としていましたから まっこう勝負ではハナから勝ち目はありませんでした
●日本はアメリカと開戦したくてしたのではありません
政府間では直前まで開戦回避の交渉はされていましたが、
国民感情や 中国侵攻からの貿易閉鎖などで 当時はアメリカから開戦せざるえない状況になっていました
●説明不足があればすいません
この4つの質問は少し考えたり本を読めばわかります

厳しいいいかたですが
上記でなっとくいかないようであれば あなたの学習不測です
教えて教えての他人まかせでなく本を読んだり、自ら学習する努力をしましょう
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。他人任せで教えてくれと言ってるのではありません。なぜ戦争を始めたかの答がアメリカのせいと聞いてとても情けない気持ちになります。

1.なぜ占領を予定しなかったのか
>精神的ダメージと 敵艦隊撃破により太平洋作戦行動のラクにするためです

そうではなくて、それで本当に求めている成果が得られると考えますかということを聞いています。

2.なぜ空母を撃沈することを考えなかったのか
>当時はまだ戦艦が重要だと思われてたからです

本当にそうでしょうか。またそれが正しい答でしょうか。

3.なぜ空母撃沈が実行できなかったのか
>●空母は港に出向中でタマタマいなかったからですしもともと攻撃目標は戦艦でした(以下略)

確かにうまい具合に事は運びませんし、あの1回の攻撃で危険を冒してそこまで行動していれば全く違った結果になった可能性もあります。私が聞きたいのは、実行の責任者南雲さんが、それを実行しない方がよいと考えた真の理由は何だと思いますか?ということです。

4.なぜ真珠湾で決定的なダメージを与えることなく相手に精神的打撃を与えられ
ると考えたのか
>戦艦4隻撃沈したら 十分なダメージですよ

そうでしょうか?これからアメリカ相手に戦争を始めるのですよ。まともに考えてみてください。

>●野球で変化球連発してる日本野球を馬鹿にする国柄ですから
>●日本はアメリカと開戦したくてしたのではありません

この辺はなんとも言いがたいものがあります。WBCだけでなくBSEやその他もろもろのアメリカの態度は私も恥ずべきものだと思います。

あなたは大変勉強なさっていると思います。しかし勉強された結果、あなたは何を学びとられたでしょうか。私はあなたに比べれば全然不勉強です。それでも少しばかり本を読むと、本当に日本はなぜあんな戦争を始めてしまったのかと、考えてしまうのです。当時の戦争指導者の無責任な体質ばかり浮かび上がってきます。犠牲になった若くて尊い命を思うと、無念でなりません。

私は情報を与えてほしいということで聞いてるのではありません。本当の知識と言いますか、本当のことは何なのかを考えたいし、人が考えたことを聞かせてほしいということで聞いているのです。

お礼日時:2006/03/25 11:28

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