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ミヒャエル・エンデの「鏡のなかの鏡」を読んでいる途中(もう少しで読み終わります)なのですが、短編の内容が理解できずに四苦八苦してます。
この作品が賞賛されるところはどこでしょうか?
所々にエドガー氏の絵がありますが、話とリンクしてないように見えます。何故でしょうか?
またある感想サイトで、微妙に短編同士がつながってると書かれていたのですが確かに同じ単語が使われている場面をちらほら見掛けはしますが)どこがどうつながっているのでしょうか?
自分の読解力が足りないせいだとはわかっているのですが…。
まずは読み終わってから質問しろ!という意見も出るかもしれませんが、「鏡のなかの鏡」についてどんなことでもいいので教えて下さい。また解説しているサイトがあれば是非教えて下さい。

A 回答 (3件)

  大好きな作品のことなので、参考になるかどうかわかりませんが、お返事を書こうと思います。



  わたしが読んだのは何年も前で、本はもう手元にありません。しかし、さっきまで Paulo Coelho の “The Alchemist” という物語を読みながら、『鏡のなかの鏡』の一場面を思い出していました。

  この作品のすばらしさは、読後にいつまでも残るイメージにあります。イメージは、理解するというよりは、そのまま受け入れればよいものです。

  『はてしない物語』は、たぶんお読みになったでしょう。そのなかで、記憶をなくした主人公バスチアンが「ヨルのミンロウド」で絵を採掘する場面がありました。『鏡のなかの鏡』のひとつひとつの話にしろ絵にしろ、同じようにして「採掘」されたのにちがいありません。

  夏目漱石の『夢十夜』は、『鏡のなかの鏡』と同じように楽しめる作品です。そのなかで、運慶だか快慶が仁王を彫るのを見物する夢がありました。見物人のひとりが、あれは仁王が木のなかに埋まっているのをそのまま彫り出しているんだといいますが、それも同じことについて語っているように思われます。

  ですから、『鏡のなかの鏡』は、絵や彫刻のように、あるいは雲の形や星座のように、そして夢のように、その不思議な美しさを味わおうと思えば味わうことができます。そんなものに意味がないといえば、意味はありません。

  もう一つは、おっしゃられる「つながり」のことです。読者は、「短編同士」のつながりよりというよりはむしろ、たとえば「ギリシア神話」を連想するはずです。「駅カテドラルは..」で、わたしは「銀河鉄道999」を連想せざるをえませんでした。ただし、そうした連想の多くは、読者が勝手におこなっているというより、作者の意図に沿っておこなわれているように思われます。そのような手法は、和歌や俳句の鑑賞の本質でもあったはずなのです。

  『鏡のなかの鏡』が難しいといわれることがあるのは、ひとつには、そういう連想がうまくはたらかないためではないでしょうか。「読解力」の問題ではないと思います。

  最後に、気に入った物語の挿絵や表紙や映画化したものが自分のイメージと合わなくてがっかりすることはありませんか。『鏡のなかの鏡』の挿絵については、その心配がありませんね! 「話とリンクしていない」のは、父親の絵を一義的に解釈してしまうような暴挙を息子がおこなわなかったからだと考えます。

参考URL:http://www3.plala.or.jp/mig/mirror-jp.html
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この回答へのお礼

この作品のすばらしさは、読後にいつまでも残るイメージにあります。

ということは、「鏡のなかの鏡」は理解するというより作品のイメージを受け入れることが重要なのでしょうか?理解するよりイメージを感じる作品なのでしょうか?

「つながり」について「全ての話が巧妙にリンクしている」「それが鏡の中に迷い込んで迷宮のよう」と書かれていました。
何度か読み返したりしているのですが、どこかリンクしているのかさっぱりわかりません…。
巧妙と書かれているので、読んでいるだけではわからないということでしょうか?
それともここでいう「リンクしている」というのは、shiremonoさんの言われている「連想」のことをさしているのでしょうか?
またshiremonoさんの言われる連想を感じやすくするにはどうすればいいでしょうか?

エドガー氏の絵については、ちゃんと短編とリンクしていたのですね。
短編の途中に挿絵として入ってるのを見て、どこが話しと繋がってるんだ!?とわけがわからなかったので。
私がエドガー氏の絵を一義的に解釈しているからかもしれませんね。(それがわかったからと言って、絵を理解するのは難しそうですが)

参考URLありがとうございました。
1話1話を解説していてとても参考になります。
残念なのはまだ製作途中で最後まで書かれてないことですが(苦笑)

なにやら、質問ばかりですみませんでした。ミヒャエル・エンデの本は大好きなので、もっと深く読みたいと思っていたので。もっと勉強しようと思います。
ありがとうございました。

お礼日時:2006/03/24 13:02

No.1 で「短編同士」のつながりについて書けなくて、すみませんでした。

(具体的な場面が参照できないので)

ちらほらと「同じ単語が使われている」以上のつながりがわからないとおっしゃるのは、ごもっともです。
意味ありげな断片でしかない「短編同士」を象徴的に結びつける作業は、その作業をおこなうかどうかもふくめて、読者にゆだねられています。
まるでそんな読者の困惑を先取りしているかのように、変な美術館の話が出てきますよね。
そういう手がかりをたどっていくと、いくつかのモチーフが、形をかえて、繰り返しあらわれていることに気づくのではないでしょうか。
どんなモチーフがみつかるかは、読者によって、あるいは同じ読者でも読んだときによって、少しずつちがってくるはずです。

ただし、モチーフや象徴が読み取れなければこの作品が楽しめないということでは、けっしてないと思うのです。

楽しそうな読者の掲示板をみつけました。

参考URL:http://72.14.203.104/search?q=cache:p1w0JjbYkNMJ …
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この回答へのお礼

お礼が遅くなってしまって申し訳ありません。
「鏡のなかの鏡」読み終わりました。
やはり難しいですね。理解不能なまま終わったところが結構あります。繋がっている部分もいくつか発見しましたが。

掲示板のURLありがとうございます。読んでみましたがとても面白いです。

読み終わった後、「わからないなぁ」と「わからないけれど、印象深かった」という2つの気持ちになりました。

お礼日時:2006/03/30 21:40

この本は「ネバーエンディングストーリー」の作者なのですね。


とても難しいという事があちこちに記載されていました。
あなたの読解力の問題なのでしょうか?
以下に記載された一文をご紹介します。
何にもならないかもしれませんが・・・・・・・。

それは『鏡の中の鏡―迷宮』という作品についてです。

これはエンデが連作短編という形でまとめてある本なのですが、一言で言うなら抽象的な作品。
好きとか嫌いとかを論じる前に、わからない……(汗)
抽象的で寓意に満ちていて、読むたびによくわからない思いにとらわれるのです。
大人のための童話といわれているので、忘れた頃に読んでみるのですが、やはり理解が出来ない。
私の脳みそでは許容できないのです(涙)
感性がみがかれていないのか…?
そもそも私にはこの作品を理解できるまでに成熟していないのか?

エンデが好きなだけに、実はちょっとショックです。
こんなこと暴露しちゃって良かったのかな(汗)
『星の王子様』は年とともに理解できるようになったのですが、これだけは……。

でも、どうしても気になるので、忘れた頃にもう一度読んでみて迷宮の中に入り込もうかと思います。
もしかしたら、そうやって何度も何度も迷宮に入り込むことこそが、この作品の狙いなのでしょうか?
大人のための童話。だけど大人になっても理解できないなんて;;
本当に迷宮です(汗)

それでは~。
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この回答へのお礼

お礼が遅くなってしまって申し訳ありません。
「鏡のなかの鏡」読み終わりました。
やはり難しいですね。理解不能なまま終わったところが結構あります。繋がっている部分もいくつか発見しましたが。

私もエンデは好きですが、正直わからないなぁと思いました(苦笑)この本を読みこなすにはもっと知識が必要そうです。
ありがとうございました。

お礼日時:2006/03/30 21:38

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