自分は日本文化学科に転入しようとしているのですが、日本文化に関する知識が乏しいので、それを補うための勉強法、及び参考書の情報を提供して下さる方いましたらお願います。
 自分が転入を志す動機としては、比較文化に興味があり、それを日本の歴史においてこれまで、そしてこれからどの様な影響を与えていくのかをテーマにして学びたいからです。
 日本文化に関する情報なら、どんな些細なことでも結構です。宜しくお願いします。
 試験には、論文があるので、是非、どのように関連させて書いたらいいかも教えて下さい。では。
 

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A 回答 (2件)

 


  まず、「日本文化」についての展望ということでしたら、その前に、世界の文化あるいは歴史を知らなければなりません。高校生には、こういうことは言いませんが、大学生の方だと思いますので記します。世界の歴史的展開のヴィジョンを持ち、そのなかに日本という国や文化があったのだという視点がいります。「日本文化学科」というと、普通、日本の文化の研究と考えがちですが、実は、非日本文化を知らないと、そもそも日本文化をどうやって把握するのか、「支点」また「視点」がないのです。世界の歴史や文化を知っていてこそ、日本文化が、それらとの違いで把握できるのです。転学科された後のアドヴァイスかとも思いますが、こういう意気込みで、編入論文を書けば、割と良いものができるのではないかとも思います。
  
  一体、あとどれぐらいの時間があるのかが分かりませんが、このような本を読むのがよいという推奨本を以下述べてみます。
  
  まず、世界の歴史についての「枠理論」あるいは「枠把握」が必要です。そのためには、実証性の点で批判がありますが、わたしは非常に優れた歴史理論だと考えている、アーノルド・トインビーの『歴史の研究』を読まれることです。中央公論社の「世界の名著」シリーズに入っていて、1000円ぐらいだったと思います。ここで、文明の誕生、発展、開花、そして衰退への歩み、内部動乱と文明の荒廃、世界帝国の成立と世界宗教の成立。こう言った、後の実証研究で多く否定されたトインビーの図式は、世界の歴史や文明を有機的に構造的に全体として把握しようとする時、非常に役に立つ展望です。これは、比較文明論の基本的な仮説理論とも言えるのです。このような動的な世界文明の展開の中で、日本の文化も位置を持っているということを理解されることです。
  
  次に、日本の文化や社会を外からの視点でも見えるようにするため、いまは最低限として、中国の文化、歴史を少し本で確認されることです。歴史は小説で読むと、よく分かって面白いのですが(年代を記憶したり、何がどの事件よりも、その時代に生きた人の思想や生活を知るには、小説が一番よいのです。文化は、生活や、人の心・感情が分からないと見えてきません)。中国については膨大なので、歴史書は、陳舜臣(こういう字だったはずです)の三巻本の『中国の歴史』がよいです。十数巻ある『中国の歴史』も彼は書いていますが、三巻で十分密度があり、しかも面白くて生き生きしています。もう一つ小説を読むのがよいのですが、これは、司馬遼太郎の『項羽と劉邦』を推奨します。中国の歴史で唯一、農民出身で皇帝になった劉邦と、秦・漢の動乱の時代を活写していて、古代中国の文化も分かり、司馬氏の解釈がかなり入っていますが、中国の社会の一つの構成原理「遊侠道」というものが分かります。中国は、大家族制度と、大(任侠道)結社で成り立っています。劉邦は、任侠道で、皇帝まで成り上がり、他方、名門の子弟項羽の背後には、常に大家族制度があったのだということが、この小説で分かります。
  
  比較として、中国の歴史や文化を知り、次に、日本の歴史や文化を知る訳ですが、すでに色々ご存じなら言うこともないのですが、大体、日本は、「古代」「中世平安」「鎌倉」「室町」「戦国」「江戸時代」がユニットです。当たり前すぎますが、全部は無理なので選ばないと行けないということです。やはり、日本文化の源流というか、一番最初、どういう風であったのか、から出発して理解されるのがよいと思います。
  
  以下、小説と漫画の紹介になりますが、漫画は、当時の生活のありさまを、服装や衣食住で活写してくれるので、正確な考証を行って描かれた漫画は価値があるのです。見れば、分かりますから。「古代」については、黒岩重吾(こんな字だったと思う)の『天の川のなかの太陽』というのか、そういう題の小説があります。これは、「壬申の乱」を扱った傑作で、天智・天武の相克や、当時の庶民・貴族の生き方が活写されています。この作者は、この作品以降、古代シリーズの小説をたくさん書いています。また、時代が大体重なりますが、全巻揃えると高いですが、里中満智子という漫画家の『天上の虹』というのは、持統天皇を主人公に置き、およそ六十年間の日本の歴史が活写されて出てきます。彼女は綿密に時代考証や生活考証、文化考証をしていますから、この本は素晴らしい本だと言えます。未だ完成していませんが、もはや持統は天皇となって6年で、文武となる孫を皇太子にした処ですから、あと、多分2巻で終わるはずです。里中氏の作品は、彼女の歴史解釈で、人物造形も彼女が行っています。里中氏は、この作品の後の時代も漫画で書いており、『長屋王残照記』だったと思いますが、これが藤原四兄弟と長屋王の争いの時代が描かれ、これに続き、『女帝の手記』で、藤原光明子を皇后にした文武の子聖武天皇と、その内親王で皇太子、後の称徳(孝謙)女帝の物語が描かれます。『天上の虹』と読み合わせると、大体、1世紀余りの古代史が、連続して分かります。或る意味、記録的な力作だと思います。
  
  中世平安は、小説は、田辺聖子の『むかしあけぼの』という、清少納言の物語が傑作です。『枕草紙』と読み合わせると対応関係が分かるのですが、ここでは、平安貴族や庶民の具体的生活感覚が分かります。漫画は、大和和紀『あさきゆめみし』が傑作だと思います。少し登場人物が、西欧的美人美女過ぎておかしいですが、平安貴族の生活の華麗さを具体的な絵で再現しています。そして、『有職故実』を見られることです。この本は、後半部は、具体的イメージがないので、読むのが難しいですが、前半は、平安貴族の官位制の実体などが細かく記されています。これを読んで、田辺聖子の作品を考えると、ちゃんと、この程度のことは踏まえていることが分かりますが、『源氏物語』を読むにしても、官位制とか平安貴族の習慣とか、実は分からないことが一杯あるので、そういうことに疑問を感じない人はそれでいいのですが、わたしは一杯疑問が出てきて、『有職故実』を読むと、かなり氷解しました。これは、講談社学術文庫に入っていたと思います。
  
  あと、鎌倉、室町、戦国、江戸時代がたりませんが、あまりカバーしようがありません。江戸時代だと、池波正太郎の三シリーズ、『剣客商売』『鬼平犯科帖』『必殺仕掛け人』を読むと、風俗が実によく分かりますし、丁寧に読むと、時代の変化も描いているのですが、いかんせん、エンターテインメント過ぎて、リアリティある「作り話」が多いので、どうかと思います。
 
  「試験の論文」とは、何を主題とした論文なのかが分からなければ、何も言えないのではないでしょうか。
 
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この回答へのお礼

大変役に立ちました。
流れを理解するのは、少々手間がかかりそうですが・・・
やるだけやってみます。
手短ですが、助言有難うございました。

お礼日時:2002/02/01 09:29

論文はsky-blueさんの知識と関連させるとできるのではないかと思います。


比較文化論で好きなのは「菊と刀」です。あのような立派な研究を待ち望みます。頑張ってください。

参考URL:http://www.portnet.ne.jp/~nice/works.html
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[日本国語大辞典]
ズボン  解説・用例
〔名〕
({フランス}jupon )
洋服で腰から下につける、脚部を二またにした外衣の総称。長さは種々あるが、足首までの長ズボンが多い。→スラックス。
*西洋道中膝栗毛〔1870〜76〕〈仮名垣魯文〉九・上「『チョッキ』『マンテル』沓(くつ)『ズボン』」
*藪の鶯〔1888〕〈三宅花圃〉八「縞フランネルの薄きをもて仕立てしジャケットに同じき色のヅボンをはき」
*不言不語〔1895〕〈尾崎紅葉〉七「薄納戸地の棒縞の窄袴(ズボン)をいと華車に穿做し給ひ」
*吾輩は猫である〔1905〜06〕〈夏目漱石〉一〇「鼠色の尻につぎの中(あた)ったづぼんを穿いて居るが」

[補注]
(1)漢字は「洋袴」「細袴」「股袴」「下袴」「袴服」「穿袴」など、いろいろあてた。
(2)フランス語から来たものとされるが、jupon はペチコートの意で、それがなぜ現在のズボンの意味に用いられるようになったかははっきりしない。

 なお、江戸末期には兵士の訓練の段階で、袴は走るのに都合が悪いため、西洋の衣服に習って現在のズボンに近いものが用いられており、戊辰戦争(主に薩長を中心にした官軍側の兵士)はズボン姿で戦っていました。(OKAT自注)

[日本国語大辞典]
ズボン  解説・用例
〔名〕
({フランス}jupon )
洋服で腰から下につける、脚部を二またにした外衣の総称。長さは種々あるが、足首までの長ズボンが多い。→スラックス。
*西洋道中膝栗毛〔1870〜76〕〈仮名垣魯文〉九・上「『チョッキ』『マンテル』沓(くつ)『ズボン』」
*藪の鶯〔1888〕〈三宅花圃〉八「縞フランネルの薄きをもて仕立てしジャケットに同じき色のヅボンをはき」
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Q日本文化と西洋文化

日本はアメリカやヨーロッパなどの影響を受けすぎていると思います。もともとのあった日本の伝統や文化が失われつつあるのを感じるのです。例えば何でも横文字にしたがったり、大切なものはもっと他にある気がします。皆さんが日本が(人などを含め)西洋に流されつつあると感じるのはどんなときですか?

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敢えて言うなら食文化じゃないでしょうか。

欧米の影響で畜肉を食らうようになりもしたし、米食も次第に食卓から遠ざかっているような気もしますし。
食べる物も柔らかくなりましたし。干し芋とか煮干しをおやつとして食べる時代じゃなくなりましたからね。
それによって日本人の体格もかわったんですがね。

明治時代の文明開化の頃は「和魂洋才」なんてスローガンがありました。
洋風の技術を取り入れつつも、日本人の魂をしっかり保っていこう、という意味合いの言葉です。

しかし、今ではそんなことは言ってられません。
国際化の時代ですから。
日本は小国として世界での重要な位置づけを持つ国です。
それゆえ日本独自の文化に固執していては、国際社会と軋轢を生じる可能性もあります。

日本文化の旧習にも悪い面はあると思いますし、西洋文化のいい面も流入してきていると思います。
日本人というのは、それをよりよいものに浄化していく能力があるように思います。
いわゆる柔軟性というヤツです。

そもそも、日本固有の文化というのは非常に少ないです。
中国や韓国からの影響を受け、漢字文化圏に属し、仏教の影響を持ち、箸で物を食べる。
舶来文化の吸収によって日本という国が成り立っている現状を見なくてはなりません。
固有文化というのは今思いつくところでは家では土足厳禁、くらいです。

戦後、主にアメリカによって、日本人のメンタリティーは骨抜きにされてきたということができるとは思います。
しかし、実は骨はまだ残っているのです。
上下関係、身分秩序というやつが。
会社などでも、組織をしっかりさせるために、緊密な上下関係が存在しているのは日本独特な部分かもしれません。
これにはいろいろと問題点があるでしょうし、反面、日本の経済成長を支えてきたといういい側面もあります。
それゆえ、最近始まった、組織力がアメリカ風になることで、解消される問題点と、従来のよい側面の毀損という葛藤を受けていたりもします。

しかし、日本人というのはバランス感覚をとるのが割と優れていると思います。
もちろんデジタルにここ、という決め方ではなく、このあたり、という緩い決め方をしますが、それによって日本人にとって居心地のいい状態というのをうまく調節することがうまくできるのです。

yy303さんが憂国の士であるなら、ただ憂えるだけでなく、改善案を提案するとよいと思います。
この質問では、「アメリカやヨーロッパなど」「西洋」という言葉の定義が少し曖昧模糊たるものに感じます(日本的な玉虫色の表現であることは承知の上ですが)し、yy303さんが「どんなとき」を求めている理由を考えると、共感仲間を探しているように思われます。
それは悪いことではないですが、例えば「横文字を濫用することがなぜ好ましくないのか」ということを論理的に説明して主張しているかというと、そうでもないような気がします。
悪いとは言いませんが、僕はこうした白濁した説得力の乏しい(これは言い過ぎなのかもしれませんが)主張には、若干食傷気味です。
論理性の部分では日本よりも欧米の方が理屈っぽく優れている面もあるかと思います。

大切なものはもっと他にある、というのは僕も同感です。
しかし、日本固有の伝統文化を守ること、というのは大切なことの片面であると思います。
もう片面として、日本固有の伝統文化を新しく産み出していくこと、というものがあることを指摘しておきます。
なぜなら、前者だけならば、人類は旧套墨守のまま、一向に進歩することがないからです。
むろん、後者ばかりに目を奪われていては何にもなりません。
古きよきものは大事にしていかなければならないと思いますから。
ですから、バランスをとって進まなくてはならないのです。

僕の意見を勝手に述べさせていただきましたが、こういう風に考える人もいるのだということをご理解いただければと思います。

敢えて言うなら食文化じゃないでしょうか。

欧米の影響で畜肉を食らうようになりもしたし、米食も次第に食卓から遠ざかっているような気もしますし。
食べる物も柔らかくなりましたし。干し芋とか煮干しをおやつとして食べる時代じゃなくなりましたからね。
それによって日本人の体格もかわったんですがね。

明治時代の文明開化の頃は「和魂洋才」なんてスローガンがありました。
洋風の技術を取り入れつつも、日本人の魂をしっかり保っていこう、という意味合いの言葉です。

しかし、今ではそ...続きを読む


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