No.2ベストアンサー
- 回答日時:
ナポレオン戦争と一口で言いっても
実際的にはそれぞれ別の戦争で
別の目的をもっています。
基本的な対立構図は、フランス対イギリス、
フランス対オーストリア(or ドイツ)、
フランス革命対旧社会、ナポレオン対その他
というもので、
その時々の時代背景に合わせて
これが複雑に込み合って戦争になっているわけです。
基本的には、英仏間の第二次百年戦争といわれるほど
英仏間の敵対関係は絶対的で、
ナポレオンが登場しなくてもこの両国は
戦争があるたびに敵味方に分かれて戦っていたという
事実があります。
また新興するドイツとフランスは潜在的な敵対関係にあり
オーストリアとフランスは縁戚を交えた宿怨関係にあります。
またフランス革命は当然のことながら
ヨーロッパ全体の君主国に対して警笛を鳴らし、
ヨーロッパはこれを鎮圧あるは封じ込めようと動きます。
そしてナポレオンの登場とその征服によって
支配と被支配の関係になったところで
支配を脱しようとする国とナポレオンとの戦いが加わります。
そういうわけで経過を知ってから
個別の戦争をみていくべきでしょう。
だいたいは第7次まである対仏大同盟の結成と瓦解を
戦争の切れ目と考えるのが普通です。
第一次対仏大同盟(1793-97)は
革命フランス側(ジロンド派主導の立法議会)からの
宣戦布告で始まっており、
相手はイギリス、プロシア、
オーストリア(+神聖ローマ帝国の加盟国の一部)、
スペイン、オランダ、ピエモンテ、およびイタリア小邦。(ロシアも加わったが戦闘には不参加)
その目的は
始めは国内の反革命勢力を外国勢力が支援しているという防衛的なものでしたが、
次いで自然国境の確保や革命の輸出という風に侵略的な性格に変わり、
オランダ、イタリア、ベルギー、ライン諸国を侵略して
最終的にはカンポ=フォルミオの和約で終結。
ただしイギリスとは和平は結びません。
もちろんこのときにイタリアを征服したのがボナパルト将軍で
リヴォリ会戦等の勝利の結果、イタリアを制して
ウィーンを脅かしたためにオーストリアが和平に応じたという展開。
第二次対仏大同盟(1799-1802)は
ボナパルトが東方遠征に出た隙にヨーロッパ諸国が
巻き返しを図ったことから始まった戦争で、
彼らの目的は端的に言えば失地回復。
参加国は、イギリス、オーストリア、ロシア、トルコ、ポルトガルなど。
中東ではトルコとも戦ったのですが、結局は
ボナパルトはエジプト・シリアをあきらめて帰国し
クーデタで政権をとった後で
マレンゴ会戦、モローのホーエンリンデン会戦の勝利で
大陸の戦争は決着したことから、リュネヴィル条約で終戦し
翌年にはイギリスともアミアンの和約を結んで
ヨーロッパには久しぶりに平和が訪れます。
ちなみにヨーロッパはナポレオン以前も
定期的かつ断続的に小さな戦争を繰り返していて
ナポレオンが登場して戦争が急に生まれたわけではありません。
さて、ここら辺、つまり1800年以後からが一般に
ナポレオン戦争と呼ばれるのですが
第三次対仏大同盟(1805)は、
フランスの覇権を嫌うイギリスの策動によって始まった戦争で
これにナポレオンの戴冠に反対する君主国
オーストリア、ロシア、スウェーデンなどが加わります。
トラファルガー海戦の敗戦でイギリス上陸をあきらめた
ナポレオンは、一転してドナウ渓谷を東進して
ウルム、アウステルリッツ等の戦勝によって完勝。
プレスブルク条約を締結して戦争は終結します。
第四次対仏大同盟(1806-1807)は、
前回の戦争にくわわりそこなったプロシアが中心となって
ハノーバーなどの領有をめぐってフランスとプロシアが外交的に対立。
特にライン同盟の結成とフランス軍の
ドイツ駐留が問題となり、最終的には感情的な対立となって
プロシア側から宣戦布告。
ナポレオンは迅速に各軍団を進撃させ、イエナ・アウウェルシュタットで勝利。
わずかな時間でプロシア領内を蹂躙して
ポーランドへと戦場は移り、冬季で苦しむものの
フリートラント等でロシア軍も破って
ティルジット条約で戦争は終結します。
この条約はプロシアにとって屈辱的な内容で
これが以後のプロシアの対フランス戦争参加の動機となります。
1808年はポルトガル遠征があるのですが、
これは1806年の大陸封鎖令をまもらない国に対する最初の懲罰でしたが
後のウェリントン卿であるウェズリー将軍に
ジュノーの軍団が敗れて阻まれます。
これに付随してフランスの同盟国だったスペインへの進駐が始まり
バイヨンヌ事件で王権を奪うと、スペインを併呑して
兄のジョセフを王位につけたので民衆が蜂起して
半島戦争(-1813)が始まります。
第五次対仏同盟(1809)は、ナポレオンがスペインに行った隙に
オーストリアがドイツで失った地位の回復を目指して
フランスの同盟国バイエルンへ侵攻。
ナポレオンが引き返してワグラム会戦等で勝利して終結。
オーストリアも屈辱的な内容を押し付けられ
ロシアのロマノフ家との結婚を諦めた
ナポレオンはハプスブルク家のマリールイーズを妻とすることにして
以後、敵対国同士が縁戚となることになります。
半島戦争は内乱という位置づけになるのですが
1812年にナポレオンのロシア遠征があります。
これは両方とも大陸封鎖令を貫徹させるための戦争で、
要するにイギリスとの経済戦争を目的としています。
しかしヨーロッパ大陸の端と端で戦争をするのは
無謀な試みで、マルモンがサマランカで大敗した数ヵ月後に
ナポレオンもモスクワを退き
両方とも失敗します。
その敗北を受けてヨーロッパの反ナポレオン陣営が再決起したのが
第六次対仏大同盟(1813-14)で、
プロシア、ロシア、イギリス、スウェーデン、
途中からはオーストリアも敵側につき、
最終的には中立だったデンマーク(とスイス)以外の
ほぼ全ての国が敵側に回ります。
ナポレオンは数度の勝利の後でライプチヒで包囲されて
ドイツからの撤退を決断して、戦争はフランス本土に移行。
この段階で同盟軍はナポレオン支配からの脱出という目的から
ナポレオン政権の打倒へと目的が変わり、
フランス側も祖国防衛という目的に変化します。
それで戦争は、結果的にはナポレオンが退位することで
フランスの領土は保全するという了解のもとで終了します。
最後の戦争は百日戦役と呼ばれるもので
第7次対仏大同盟(1815)は
エルバ島を脱出したナポレオンを打倒するための戦争でした。
これだけが唯一、ナポレオン個人を標的にした戦争です。
フランス側からすると、王政復古がありましたから、
革命と憲法を守るための戦争という意義があって、
革命対旧社会という構図がここで再びよみがえります。
結果は、ワーテルローでの敗北でナポレオンの二度目の退位となるのですが、
フランス国内の革命と旧社会との戦いはつづき
それが7月革命などにつながるわけです。
長く書きましたが、
要するに、その時々で目的は違い、
その都度の結果に影響されて次があるということです。
No.3
- 回答日時:
フランス産業のための市場を獲得するためです。
それでイギリスが邪魔だった…というわけです。
大陸封鎖令には、彼のその考えがよく表れていますよね。
イギリスの立場でいえば、自分たちの市場を確保しながら、ヨーロッパにおける勢力均衡絵を保つために、フランスを倒さねばならなかったということです。
他のヨーロッパ諸国にとっては、まさしく防衛戦争です。
No.1
- 回答日時:
下記URLにあるように、ナポレオンはフランス革命下で頭角を現した軍人でした。
フランス革命がおきた時、周りの王国は、自分の国に民主革命が及ぶのを恐れてフランスに対して戦争を始めました。
最初は、諸外国が始めた戦争だったわけです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%9D% …
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