幕末の志士たちはどうやって生計を立てていたんですか.藩のお金を流用(?)していたのかなとも思うけど重役クラスの人間じゃないと無理ですよね.まして坂本竜馬みたいに脱藩したら・・・まさか親からの仕送りで生活していたんでしょうか?

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A 回答 (6件)

No3です。


歴史を端的に見ないようにしてください。
鳥羽伏見の戦い前後から、勢力は幕府よりも新政府軍に傾いてます。
「錦の御旗」が薩長に立った瞬間に一気に商人たちは幕府軍を見放します。
昔からそうですが、商人は負ける方に加担しません。
当然、三井も流れに乗るわけです。それが商人の生き方ですからね。

また、この質問の意味は強き思想を持って生き抜いた志士に対しての質問ですよね。
なので、食い詰め浪人とかを取り上げていたらキリがありません。
確かに、生活に困った浪人が、食い凌ぐために新撰組に参加したり、
強盗まがいなことをしていたと思いますが、自らの思想のために生きた志士は
それなりの自分達の正義の下、恐喝をしたと思いますが、それが全てでは無いです。

末端の志士は、桂や久坂、竜馬などの大物について生活を凌いでいたはずです。
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トーマス・ブレーク・グラバー


1859年、上海に渡りジャーディン・マセソン商会に入社。その後、開港後まもない長崎に移り、2年後にジャーディン・マセソン商会の長崎代理店としてグラバー商会を設立。貿易業を営むことに。
薩摩、長州、土佐ら討幕派を支援し、武器や弾薬を販売。薩摩藩の五代友厚・森有礼・寺島宗則、長沢鼎らの海外留学の手引きもしている。彼が幕末の倒幕の志士の経済的なサポーターであったのは有名である。

トーマス・グラバー ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%BC% …
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よほど有能だったり、太い人脈を持っていたりすれば、薩摩や長州に養ってもらえるでしょうが、基本的にはゆすりたかり、あるいは強盗などで食べるしかないでしょう。


志士と自称していても、やることはテロリストです。ただ、金持ちの様々な思惑が絡み、スポンサーが付く可能性もありました。

以下に事実関係の整理を

・長州:馬関攘夷戦争を仕掛け、四ヶ国連合艦隊に叩かれた前科があり、欧米からの武器輸入ができませんでした。この苦境を坂本竜馬が助けようと動いた結果、薩長同盟が結ばれました。
・薩摩:薩英戦争後、イギリスと結ぶ。イギリスに対抗しようとしたフランスが、幕府を全面支援することにもなります。
・越後屋(三井):幕府からの無茶苦茶な上納金要求に苦しめられ、倒幕派を密かに支援する。鳥羽伏見以降は公式スポンサーに。
・鴻池:大坂が本拠であるため、京の治安悪化を食い止めようと、新撰組などを支援。
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仕送りをもらえるほど、裕福なら脱藩もしませんし、


現行の幕藩体制に不満を感じることも少ないかと…
確かに明治維新直前になれば、時代の動きを察知した裕福な家の若者も
参加してますが、幕府の勢力があった頃にそんなことは無いと思います。

長州藩などは当初より倒幕運動を掲げてましたので、
藩が志士に援助してましたが、ほんの僅かです。
ほとんどが、桂派・高杉派ってなれば、そのボスが部下に渡してたってことです。
例えば、土佐の武市派も半平太から部下に金が渡されていました。
岡田以蔵の資金源も半平太ですし。

そうやって金を部下に渡す事で、自分の活動を皆、行ってきたわけです。
要は桂小五郎も西郷隆盛も歴史に名を残した人物の下には、無名の志士たちの
名前が一杯あるわけです。

では桂や高杉、西郷、坂本などの資金源になっているのは、
バックアップする有力商人や、富山藩、会津藩などの対立している諸藩です。

坂本竜馬は越前藩主・松平春嶽から資金を借り、神戸に海軍訓練所を作り、
それを元に亀山社中を作りました。
芹沢鴨、近藤勇も会津藩の援助の元、新撰組を結成。

記憶が定かではありませんが、薩摩藩士にはイギリス商人、
長州藩士にはフランス商人が援助していました。
※薩英戦争後、イギリスは薩摩に接近した。イギリスが薩摩ならフランスは長州についたはず。
佐幕派の志士には、三井が投資していたとも言われている。

で、志士でも親玉を持たずに単独で動いていた志士は強盗や
用心棒まがいなことで収入を得ていたのが現状です。
それを竜馬がかつての仲間が苦しんでいるのを見て集めて、作ったのが海援隊です。

戦国時代もそうですが、「金」の動くところに商人がやはり絡んでいます。
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 志士とは、多くが脱藩浪士なので、藩が援助することはありません。


 もちろん親のスネもかじれません。竜馬の姉も、伝家の宝刀を渡した
疑いで詮議され、自害したという、誤まった伝説があるほどです。
 
 一方、幕府方の私設軍隊も、もっぱら自己調達していたようです。
── 新撰組隊士の服装が大丸を通して調達されたという話が伝わって
いる。 ── 《朝日日本歴史人物事典 19941130 朝日新聞社》P0817
 
 現代史におきかえると、市民運動や学生運動が、すべて街頭カンパで
支えられているとは、誰も信じないでしょう。松本清張によれば、安保
闘争の資金が、日経連あたりから出ていた可能性があるそうです。
 
 二・二六事件で処刑された北 一輝などは、大邸宅に女中数人、お抱え
人力車で妾宅に通い、食客たちも連日連夜、芸者屋に入りびたっていて、
これらの資金は、仇敵のはずの三井財閥からまきあげたのだそうです。
 
 いわゆる右翼の街宣車も、軍歌や演説を通行人に聞かせるのが目的で
なくて、資金源は大企業や官庁、地方自治体であり、定期刊行物などの
購読契約や、広告費の名目に偽装された“ヤミ供与”を得ています。
 
 その他の“ヤミ献金”は、株主や県民・市民にバレないよう、脱税に
よって捻出された“ウラ金”であり、二重三重のトリックで隠蔽されて
います。一般に(賄賂は)受けとる者より出す者が悪いとみなされます。
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長州が京都を追われるまでの


いわゆる志士運動の最盛期には
”志士”の数が爆発的に増加しましたが
彼らの多くは強盗・脅迫まがいの行為を
収入源としていたことは有名です。
商人などから活動資金を強訴していたのです。
だからこそ新撰組などの治安機関が
京都に新設されたのです。
志士の多くはただのゴロツキで
こういった犯罪者を取り締まる必要があったわけです。
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Q政治資金規正法で与党側の言う「「敵対的な請求」などは非公開」はどういう意味ですか。

いつもお世話になっています。

政治資金規正法で与党側の言う「「敵対的な請求」などは非公開」はどういう意味ですか。

政治資金規正法が大筋与野党で合意したようです。今後細部をつめて法案化していくのでしょう。与党側の言う「「いたずらに政治団体を混乱させるための請求や、敵対的な請求」などは非公開とする」の意味が分かりません。

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今まで全てを公開されているわけでは無かったのが不思議な位です。この期に及んで政権与党は公開に関して渋っています。

そこで上記質問です。公開することはそれ程混乱を引き起こすのでしょうか?

Aベストアンサー

なにか不都合があるときに公開しないための「逃げ道」づくりだと思います。その他に「人件費については、個人情報なので非公開」なんてのもあるようです。アメリカでは、税金からの支出に関しては、人件費も個人情報で保護すべきものじゃあないとして公開されているそうです。
たぶん、雇ってない架空職員とかをでっちあげて、自由な資金を確保したいということなんでしょうね。

>>そこで上記質問です。公開することはそれ程混乱を引き起こすのでしょうか?

自分が遊ぶ金とか、愛人や暴力団など、意味不明な団体などに渡すお金の工面がつかなくなって、個人的に混乱するっていうことでは?
もし、「国民や日本の為に」って思っての行動による支出であるならば、最終的に公開されても気にすることはないはずですが、そうじゃないから非公開にしたいのでしょう。
また、ほんとうに非公開にしたい使途ならば、ポケットマネーでやればいいだけですからね。

守屋氏のように「自分のため」でなく、小池百合子氏のように「国の為」に仕事するような方であれば、なんら公開されても気にならないでしょうね。

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Q幕末の尊攘志士たちは・・

 先日飲み会に参加するため、大学から四条河原町まで歩きました。

 ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、同志社大学は薩摩藩邸の跡地にあります。ということは、西郷隆盛や大久保利通も四条に飲みに行く時はこの道を通ったのかな・・と思い歩いたものの、40分くらいかかりました(^^ゞ

 さすがに西郷や大久保なら駕籠や馬が出そうですが、下級武士ならそうはいきませんよね・・。彼らは四条で飲む時はがんばって歩いたのでしょうか?それとも、近場に飲み屋があったのでしょうか?単に現代人化している僕が徒歩40分を「遠い」と思うだけであって、当時の人にとっては普通だったのかもしれませんが・・。しょうぶない質問ではありますが、その辺りの事情をご存知の方お教えください。

 ルートは、烏丸今出川から今出川通を東に、河原町今出川から河原町通を南に歩きました。

Aベストアンサー

車が日本中に普及した今では日本人は健康に影響が出るほど歩かなくなりましたが、昭和時代まではみんなよく歩いたんですよ。
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ちなみに、当時は今から比べるとかなりの~んびりした一日です。武士であれば、おおよそ勤務時間は午前9時頃から午後2時頃まで。おおむね4時間程度の勤務時間でさらに一勤一休が原則。町人も大工なんかのガテン系は午前中のみの労働だったそうです。
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銀行に公的資金を注入しようとしているようですが、
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他の業種なら分かるのですが、なぜ中央銀行から
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いまいち仕組みがわかりません。

Aベストアンサー

それは、BIS規制のためです。
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参考URL:http://www.findai.com/yogo/0024.htm

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> 幕末のころには剣のたしなみが全くなくても武士はつとまったのでしょうか?

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Qマネーロンダリングってどういう意味ですか?

よく新聞とかにマネーロンダリング(資金洗浄)
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資金洗浄とあっても意味わかりません。
よろしく御願いします。

Aベストアンサー

ここに詳しく載ってました。参考までに。

参考URL:http://manabow.com/qa/laundering.html

Q幕末志士の少年時代のエピソード

以前、ラジオで幕末志士の少年時代(高杉晋作か桂小五郎だったと思うのですが)のエピソードとして、
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バチが当たれば、神様がいるし、バチが当たらなければ、神様なんていないと、実行して見て、
何も起こらなかったので、神様はいないことを確認したというようなことを聞いた覚えがあるのですが、
くわしくわかる方いませんか?

Aベストアンサー

エピソードとしては福沢諭吉のようです。

『福翁自伝』より:
---
…神様のお名のある御札を踏んだらどうだろうと思って、
人の見ぬ所で御札を踏んでみたところが何ともない。
「ウム何ともない、コリャ面白い、今度はこれを洗手場に
持って行って遣ろう」と、一歩を進めて便所に試みて、
その時はどうかあろうかと少し怖かったが、後で何ともない。
「ソリャ見たことか、兄さんが余計な、あんなことを言わん
でも宜いのじゃ」と独り発明したようなものだが、
こればかりは母にも言われず姉にも言われず、言えば
屹(きつ)と叱られるから、一人で窃(そつ)と黙っていました。
---

参考URL:http://www.eonet.ne.jp/~log-inn/fukuzawa/fukuou.htm

Q資金供給オペ 円高・株安

資金供給オペについて教えて下さい。
最近、アメリカのサブプライム問題により世界同時株安・長期金利低下・円高が進行していますが、その対応策として各主要国の金融当局が資金供給オペを行っています。
資金供給オペの意味とこれをすることにより、金融当局は何をしたいのかを教えて下さい。
因みに、自国通貨を買うことではないですよね。

Aベストアンサー

資金供給オペとは、今回の信用不安になり、ファンドの解約など短期的な資金需要が増えています。そのために短期の資金が必要になっています。基本的に現金という実物のお金は、流通している資金の何十分の一しか存在せず、残りは信用で成り立っています。その信用の部分を信用ではなく、現金としてほしいというニーズが増えた為に、一時的に短期のお金が必要になることから、短期のお金の需要が増えます。そのために資金を供給するオペレーションが必要になっています。簡単に言うと短期の資金需要が増えたので、その需要に対して、金融当局が資金を供給したと言えます。もし、各国の金融当局が資金供給オペレーションをしないと、短期資金の需要が多いので、信用力のない会社等がお金を借りられなくなります。なぜならば、需要が多いので、貸す側はより安全な信用力のある企業にお金を貸し、信用力のないところには、進んでは貸さなくなります。短期の市場は、基本的にリスクが少ないので、極端な需要がない限りは、満遍なく資金の貸し借りが出来ますが、このような信用危機なると貸し借りが満遍なく回らなくなり、借りられないところが増え、倒産する企業が増える可能性が高くなり、今回のようにサブプライムに関係のない企業まで連鎖的に倒産する可能性が増えます。それを防ぐ為に、各国の金融当局が資金供給オペを行います。
以前と違い為替の介入による資金供給を日銀自体が行わなくなったので、自国通貨を買う事はないと思います。但し、ドル買い円売りの介入は、ドル高を誘発すると共に円を資金供給することが出来る手段でもあるので、急速な円高が進む場合、例えば今日・明日に100円を切るような場合には、介入が復活する可能性はあると思います。そのときは、日本一国ではなく、日・米・欧の3カ国(欧は国ではないですけど)の協調介入になると思います。

資金供給オペとは、今回の信用不安になり、ファンドの解約など短期的な資金需要が増えています。そのために短期の資金が必要になっています。基本的に現金という実物のお金は、流通している資金の何十分の一しか存在せず、残りは信用で成り立っています。その信用の部分を信用ではなく、現金としてほしいというニーズが増えた為に、一時的に短期のお金が必要になることから、短期のお金の需要が増えます。そのために資金を供給するオペレーションが必要になっています。簡単に言うと短期の資金需要が増えたので、...続きを読む

Q埼玉県の秩父地方の幕末の志士

東京の多摩地方では新撰組が有名ですが、埼玉県の秩父地方は、新選組のような歴史に名を遺した有名人はいますか?

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Qサブプライム問題での資金調達難

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Aベストアンサー

おっしゃるとおり直接聞いて損失を確認したいところですが、ファンドには様々な債権を束ねたものがあり、更にそのファンドらを何十にも束ねたものがあったりして当事者であるファンドですら価値が分からなくなっている可能性があります。また上場されている株式のように流動性が高い(取引参加者が多く値段がつきやすい)ものであれば市場価格は分かりますが、こういった金融商品は流動性が低く、一旦取引が下火になると値段がつかない(買い手がいなくなるので)評価額がすぐに把握できないという問題点もあります。またそもそもサブプライムローンは現時点というよりは、来年再来年と破綻が増えることが見込まれている商品ですので、現時点でどれだけ損失が発生するか見込むのが難しいという問題もあります。

Q幕末の薩摩藩について

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倒幕を決意し、また他の薩摩藩の人間達も彼に着いて行こうと
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元々、西郷隆盛は公武合体に反対しており薩英戦争
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理由が良く分かりません。

徳川慶喜も「家康の再来」とまで言われた聡明な人間ですし
異説もありますが篤姫を大奥に送り慶喜を将軍にする
為に働いた事もある西郷隆盛なので疑問に思いました

Aベストアンサー

薩摩は公武合体派というのは正しくありません。
島津斉彬は徳川幕府を助け富国強兵策を推進しこの間に薩摩の発言力を高めようとしていたのです。  列藩同盟派とでもいえるでしょう。
西郷はこの斉彬の思想の忠実な実行を推進する立場でした。

しかし斉彬の急死によりその役目を失い、さらに島流しにされその間の社会の変遷を見て独自の考えを持つようになったのです。

既に弱体化した幕府の体制では日本は保てないという考えから統幕維新に進んだと思います。
諸外国の強力な武力を見せつけられ富国強兵が急務と考えたのです。

徳川慶喜個人はまだ徳川幕府の存続を主体に考えていましたから西郷にとっては邪魔な存在だったのです。


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