
はじめまして。
歴史を少し勉強するにあたって、どうしても理解できない部分がでてきたので、お詳しい方がいらっしゃいましたら、ぜひ教えてください。
当時のロシアは不凍港を狙って朝鮮半島に進出する気配をみせていたそうなのですが、日本にはどうしてそれが脅威になるのでしょうか?
朝鮮半島の次は日本が危なかったからということで認識していてよろしいんでしょうか?
その結果として日本は朝鮮半島や満州に進出したとのことなのですが、そこの部分も平和ボケした私の頭では良く呑み込めません。(^_^;)
海を挟んだ「対岸の火」という位にしか感じないのです。
分かりやすく教えていただけると非常に助かります。
なお、政治的思惑等は一切ありませんので、中立的な立場からのご回答を期待します。
よろしくお願いします。
No.1ベストアンサー
- 回答日時:
小生も専門家というわけでなく、いくつか書籍をを読みかじっただけなので、実際回答する資格があるか否か判然としませんが、自分で理解している範囲でコメントさせていただきます。
(当然批判的見解も多々あろうかと思います。)まず、当時と現代とでは、世界を支配していた価値観がまったく異なります。当時はヨーロッパ式の帝国主義が、ほぼ絶対的な支配観念でした。つまり、他国を植民地として支配するのは、まったく悪徳ではなく、むしろ支配されたほうが悪いというような考え方です。
このような考え方によって、西欧列強諸国はアジア、アフリカを次々とその支配下にいれ、やがて、その動きは極東の中国(当時の清国)、朝鮮、日本をもその標的としていったのです。
中でも、当時の日本人が脅威を抱いていたのは、国境を接するロシアでした。ロシアは、御指摘のごとく南下政策により、ウラジオストック以南に不凍港を獲得しようとします。そしてロシアが太平洋方面に擁していたのは、極東最強といわれたウラジオ艦隊でした。それでも、その軍港がウラジオに限局していれば、冬季は凍結のため、活動できないので、まだその脅威は少ないといえます。
ところが、朝鮮半島以南に、不凍港を獲得すれば、1年を通じて艦隊が出航できますので、日本海の制海権を完全に握られることになります。そうなれば、おそらく、ロシアは、武力を背景に日本列島を支配するか、日本にロシア傀儡政権が作られる可能性が高いと当時の日本政府は考えたようです。(これは決して、無理な想像ではないと思います。ヨーロッパに目を転じて、その後の、バルト三国や、東欧諸国の運命を見れば同様な道をたどる可能性が高いでしょう。)こうした脅威を背景に、朝鮮半島、南満州から、ロシア軍を駆逐する必要が生じてきたものと考えられます。
以上、雑駁な内容で恐縮ですが、ご参考になれば幸いです。
なお、当時の雰囲気を知るためには、司馬遼太郎の長編小説「坂の上の雲」が有益な示唆を与えてくれると思います。
最後に、冒頭で述べたとおり、上記は色々ある見解のひとつに過ぎませんので、他の方のご回答もよくご覧の上、熟慮くださいますよう、お願い申し上げます。
なるほど、当時の植民地支配主義が背景にあっって、
ロシアが朝鮮半島に艦隊の基地を作れば、その艦隊の力を背景に、日本をも支配される可能性があったという訳ですね!
その為に、朝鮮半島・満州からロシアを駆逐して、少しでも日本の安全を図る必要性があったと・・・。
>司馬遼太郎の長編小説「坂の上の雲」が有益な示唆
さっそく明日本屋に行って物色してみます。
TAHCHAN99さんの回答は大変参考になりました。
また何かあろましたら、色々教えてください。
ありがとうございました。
No.3
- 回答日時:
日清戦争の結果、朝鮮は日本の勢力範囲となり、大陸への前進基地になりました。
ところが大陸では、三国干渉によって、渋々、諦めさせられた遼東半島や鉄道をロシアが清から取得して、満州内に着実に勢力を増大させていきました。このままですと、50年前沿岸州を清から割譲された繰り返しです。このようなロシアの勢いを見た朝鮮政府が日本に黙って、色目を使い、基地用の土地をロシアに貸すなどを行為をするようになりました。このまま、放っていきますと、やがて朝鮮内にロシア派が生まれ、日清戦争の戦果が無になります。脅威というのは日本本土ではなく、日本の朝鮮や大陸への進出だとおもいます。「日露戦争」:児島 襄 文藝春秋社 が詳しいです。文庫本にもなっています。
ありがとうございました。
>脅威というのは日本本土ではなく、日本の朝鮮や大陸への進出だとおもいます
日本は朝鮮半島や大陸へ進出するのに脅威だと感じていたということですか。
なるほどです。
「日露戦争」:児島 襄 文藝春秋社をさっそく本屋にて探してみたいとおもいました。
また何かありましたら教えてください。
No.2
- 回答日時:
TAHCHAN99さんがおっしゃった日本海の制海権についてですが、アジア大陸との交流が途絶えた第二次大戦誤の冷戦時代より前は、小樽や新潟、敦賀など日本海側各都市とアジア大陸との交易は大変盛んでした.
また、明治時代は現代のように、鉄道や道路といった陸上交通機関が発達していなかったので、日本海側各都市間相互の交通も北前舟時代から続く内航海運に頼っていました.
ですから、日本海の制海権は現代ではとても考えられないくらい国家の存亡がかかった重要なものだったと思います.
ご回答ありがとうございました。
日本海は貿易の重要な地域だった訳なんですね!
確かにそのような当時の情勢であれば、朝鮮半島にロシアの艦隊が停泊し、活動を行えば脅威になり得ると思いました。
植民地支配主義の当時にあっては、国家の存亡を賭けた一大事だったんですね!
だんだん解かってきました。
また何かありましたら宜しくお願いします。
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