こんにちは。
先日(といっても年始)、「千年の恋 ひかる源氏物語」を見に行った話を友人にしたら、彼は「源氏物語ってエロ小説だろ、あれのどこが素晴らしいのか、女の子が面白がる理由が理解できない。」と言われました。確かにそういわれると身も蓋もないのですが...
私は「女性が書いたはじめてのかな文学の長編小説である」という歴史的意味があると解釈している(この認識自体が間違ってたらどうしよう...)のですが、あの物語の凄さについて、友人を納得させられるよい回答がありましたら教えて下さい。

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A 回答 (6件)

たしかに、平安時代には、格調高い文学作品としてというより「長大な恋愛もの」、今でいえばハーレクインロマンスのような読まれ方をしていた面があると思います。

古典なので勉強して読まねば!という人はいなくて、「源氏と朧月夜はどうなるの!?どきどき」とか「薫大好き!」みたいな読み方が多かったのでは、と私は想像しております。

そんな長大な物語が、現代まで(つまり千年も)読み継がれていることに価値があるし、それだけの魅力ある作品であることは間違いないでしょう。
もちろん、女性が書いた初めての長編小説であることも歴史的意義があります。

純粋に物語としての魅力をあげると、
・膨大な登場人物一人ひとりの書き分けが出来ていて、魅力ある様々な
 人物を創造している。
 なんせ、源氏占い(クイズに答えると、「登場人物の誰か」という
 診断ができる)というのがあるほどですから。
 (最近となえられ始めた説ですが、それぞれの人物に合わせて
  和歌のうまい、へたのレベルも書き分けられてるらしいです)

・光源氏という人物(ヒーロー)の創造。
 (在原業平につぐアイドル?を女性の手でつくった)
 どんなに評判が悪くっても、日本人みんな「光の君」というと
 知ってる、というのはすごいこと。好き嫌いは別として。

・長い年代にわたる一大ロマン小説の構成
 桐壺から宇治十帖まで、親子3代にわたる長編ロマンというのが
 千年前に描かれていたことはすごい!
 付録の家系図なんか読むとくらくらしますね。人物多くて。

古典としての価値は
・当時の風俗・習慣・考え方(仏教の思想など)を垣間見る
 ことができる。
・膨大な数の和歌(登場人物が作ったとされている)が載っている。
・古文の味わい。
・当時の都(京都)の様子をしのぶことができる。
 (今でも嵯峨野・宇治に行き、源氏ツアーが楽しめます)

結局、ひとつの小説作品として考えると、好き・嫌いは分かれるでしょうし、
光源氏を良いと思うか否か、でも評価は分かれるでしょうね。

でも、女の子の面白がる理由の一つはやはり、光が好きか、または、やはり時代は違っても人の恋愛話は面白い、ということではないでしょうか・・・。
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源氏物語には、まず何といっても千年を超えて読み継がれてきた点だけを見ても、そこに極めて人間にとって洋の東西や文化の違い、時代をも凌駕する「普遍性」を宿しているという点だけでも素晴らしい価値があります。

ホメロスの叙事詩やギリシャ神話は、基本的には男女間のもつれが戦争に発展したものですし、ゼウスなんて人間といわず女神といわず手をだしまくっています。エロス・タナトスというギリシャ由来の哲学原理がありますが、性=生命の基本的で最も重要な活動であり、それを抜きにして人間の生涯や文化を語ることがそもそもナンセンスです。恋愛や性愛の描写は、それが匂わせる程度のものから露骨なものまで「無いものを探す方が困難」ですし、「エロ小説」と、少なくとも訳文すら読みもしないで、決め付けている態度の方に問題があるのではないでしょうか。
 もう一つは源氏物語に関して膨大な研究と視点が提示され、それだけ様々な観点から掘り下げられているという点に於いても、この女性の手になる物語が、光源氏という現実にはありえない一見完璧な存在を主人公としながら、非常に人間と人間同士がふれあい、共に生きていくうえでの苦悩や感情など、「生」そのものを奥深く、ある種非常に冷静に掘り下げ描いていて、それがかえって浮き彫りのリアリティで「人」とその奥深い精神世界・生命の姿を読者に伝えているからにでしょう。ユング・フロイト的観点からの分析も可能ですし、当時の最高レベルの知識・教養階層であった平安貴族たち、そして当時の日本人が持っていた仏教と神道をないまぜにした、宗教観や人生観の理解も重要です。人生50年以下の時代の話なのですから。
 加えて、この物語は当時の平安貴族の知的レベルで読むためには、まず当時までの中国文化・歴史・漢詩・漢文の知識が必要です。次に記紀・万葉等の上代からの文化教養と日本の歴史。歴史的事件や神話的故事。それから当時の仏教・神道・陰陽道といったものから派生する、時間・地理・色などあらゆる事物に対する現代との視点の違いや慣習の違い。全編に詠まれる和歌には、こうした教養の土台がないとその真の意味や深い裏の意味を理解し得ないものばかりです。和歌一つも単に現代の詩人のように、自分の感情を吐露しているだけではないのです。源氏の君が須磨に半ば流刑のような形で流れていくのも、それは須磨・西国でなければならないのです。当時の人々にとって、神戸以西というのは、出雲文化圏であり、出雲を支配する大国主大神は冥界の支配者であり、西国というのは一種の死後世界的なイメージがあったのです。また仏教の西方浄土にも通じます。罪穢れを犯した人間は、西国に赴くことで「死に」罪科を冥界に洗い流してきて、さらに成長・パワーアップして「蘇える(黄泉かえる)」のです。源氏の君も須磨以降、栄華を極めていきます。また源氏の君の六条院という住まいの作りや庭木の配置など細部に渡って、陰陽道的な知識やそこから派生するエピソードが描かれています。源氏物語は別名を「紫の物語」「ゆかりの物語」とも呼ばれますが、紫という色が、非常に高貴で神聖な色であると同時に、淫らさや性愛・官能といった意味合いを当時から持つ色であること、赤と蒼の混合色であり、非常に染色技術上も不安定な色であることから、「ゆらぎの色・狭間の色」とも呼ばれていて、常に仏教的な厭世観と恋愛や母への思慕と言った聖俗の感情の間でゆらぐ源氏や紫の上と言った人物達、ひいては「人間」そのものの象徴色でもあるのです。「ゆかり」は紫の字をあてることもあり、高貴な血縁・血筋をも意味しています。こうした、非常に高度な知的レベルと教養が基礎知識にないと、理解できない内容が作品の土台ともなっているのが源氏物語なのです。当時の平安人・日本人がいかに、高度な知的レベルを「一般常識」として備えていたかを考えると、現在の文化・芸術とは比較にならない程の価値を備えた作品であると言えます。
 こうした幾重にも重層的な内容と価値を持ち、また新たな読み方・観点をいまだに与え続ける作品は世界的に見ても極めて希少です。単純な善悪二元論的内容ではないからというのも大きな要因でしょう。
 価値などというものは、結局は後世の人間が勝手につけているものに過ぎませんが、少なくともきちんと代表的な訳文だけでも読んでから、エロ小説か否かを判断してもらう方が早いと思います。現代の歌謡曲の方が、文章内容だけならよっぽど「エロ」だと思いますよ。
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この回答へのお礼

たくさんご回答いただいておりましてありがとうございます。
この場をお借りしてご回答くださった皆さんにお礼申し上げます。大変参考になりました。m(__)m

お礼日時:2002/03/25 15:45

 


  藤式部の『源氏物語』が、今日伝わるようなまとまった形の作品として、ほぼ欠落なく残っているのは、12世紀から13世紀にかけての歌人で、『新古今和歌集』の選者でもある藤原定家が、世に流布する『源氏物語』の手稿本の乱れを嘆いて、自分がここで「正しい版」をまとめておかなければ、この傑作大作が、素人や無知な者や教養のない人々の手で、本来の素晴らしさが歪められて、やがて価値が下落し、湮滅する惧れもあると考え、多数の写本を収集して、編集したので、現在、かなり綺麗な形で残っているのだとも云えます。
  
  (その代わり、定家解釈の『源氏物語』が成立し、原作は大分違う可能性があるという指摘があります。定家は、原作の「再現」ではなく、自己の美意識に従って、「編集」を行ったので、写本系統が、ここで「定家本=青表紙ヴァージョン」に決められてしまったのです。定家が編集のため集めた古写本が、全部そっくり残ってくれれば、よかったのですが、一個人の蒐集ですから、彼の死後、散逸し、定家本以前の古写本は、定家ヴァージョンによって、駆逐される結果になったということもあります)。
 
  定家が何故そこまで高く評価したのか、そもそもこのような歴史的経緯も知らないで、エロ小説も何もないでしょう。原作を少しでも読んでみたら、「エロ小説」どころか、現代人の文章感覚だと、何が何か分からないということになるでしょう。光源氏が紫上と最初に契ったときのエピソードは、原文では、どこにも具体的に書かれていません。話の場面が切り替わると、突然、「ある朝、《女君》は」という風に、これまで、紫上を呼んでいたのと違う呼び方で、紫上を呼び、源氏自身は「男君は」という風に出てきます。その後、何かすねてているとか、餅がどうしたとか、そういうことが書いてあるだけで、どこにも、源氏が紫上と最初に交わったとは書いてありません(二人が読んだ歌を読めば、何があったかは、明白この上ありませんが。しかし、歌も多義的で、婉曲に述べています)。ただ、「女君」と紫上が呼ばれた時点で、それまでの源氏との関係が変化して、具体的な「男女の関係」になったということが分かるのです。
 
  こういう感じなので、当時の「文体」や「表現法」を知らないと、エロも何も、そもそも何が起こって何がどうなっているのかもさっぱり分からないはずです。現代語訳でも、よほど意訳した場合は、分かりますが、原文に忠実に訳している、円地文子の訳では、すでに知っていないと、何が起こったかよく分からないようになっています。また、原作中では、男の主要登場人物は、その官位で呼び、女の場合は、通り名で呼ぶので、話の進行を敏感に把握していないと、誰と誰が何をどうしているのか、原作では、さっぱり分かりません。確か、明治時代に、明治政府が、さる教養ある有名な閨秀文学者に、『源氏物語』の現代語訳を依頼した所、「あのようなけがらわしい話は見るもいやです」とはねつけられたという話がありますが、これは、平安最高級貴族階級の生活習慣の常識が、その後の儒教的な「貞節」とか、そういう時代や社会背景を異にする文化慣習のなかで、誤解されたのだということでしょう。
 
  と前置きが長いですが、『源氏物語』は、「小説」ではなく、あくまで「物語」なのですが、世界的な文学史上の金字塔でしょう。ホメーロスの『イーリアス』などにも比肩できるでしょうし、ローマ古典詩人たちの作品にも負けないでしょう。
 
  >「女性が書いたはじめてのかな文学の長編小説である」という歴史的意味
 
  というのは、最低限の評価で、日本文学史上の傑作というだけでなく、世界的スケールの文化遺産なのです。
 
  あの作品は膨大な長さがある訳で、全体構成から言うと、三つぐらいに分かれ、調和していない面が幾らかあるのですが、敢えて調和させていない可能性があり(最終ヴァージョンつまり、第三ヴァージョンは、藤式部は十分推敲する余裕があったはずだからです)、また、大長編として、入れ子構造で、色々な物語が入っていて、バランスを考えていると、それが幾らか気になりますが、そういう構成もまた、大長編の結構というか、作り方の技法とも言え、これは、藤式部に先行する物語文学などで、すでに類例があるのですが、『源氏物語』ほどに完成した形で提示されたものは皆無なのです。世界的に見ても、あの時代において、あそこまで完成度の高い、近代小説にも近い構想と展望を持つ大長編物語文学が成立したというのは、たいへんなことだとも云えます。ダンテ・アリギエリの『神曲』に匹敵するでしょうし、それを越えている可能性があります。
 
  物語文学、歴史物語、縁起譚などの様式を持ちつつ、しかし、登場人物の心理洞察において、近代小説の心理描写を先取りしているのですし、何よりも、「人間の生き方」という「実存の課題」を中心主題に据えて描かれているというか、構成されているのが、時代的にみると、想像を絶して、素晴らしいことなのです。
 
  光源氏という大金持ちで尊い身分の大プレイボーイが、一生涯プレイボーイで、大ハーレムを造って、遊びまくり、その息子の世代も、また色事に狂って遊び回った話などではないのです。
 
  まだ、「教養小説(Bildungroman)」などという概念のなかった時代です。西欧にも中国にも、世界中のどこにもそういうスタイルの文学はなかった中で、ああいう壮大な規模で、ビルドゥングロマンを構成したというのは、素晴らしいとしか云えないということです。「物語」は、普通、登場人物の経験による「成長」というものを主題にしていません。結果的に「成長」が描かれている場合でも、それは付随的に現れているものだと云えるでしょう。しかし、『源氏物語』の場合、長い期間に渡り、作者の人生の歩みと共に描かれたことも理由の一つでしょうが、登場人物がそれぞれ近代的な心理的成長を行い、「教養小説」になっているのです。
 
  主人公光源氏は、年齢と経験により成長して行き、人生の課題や困難に直面して行きますし、紫上の生涯などは、その心理の深みからいうと、千年以上、時代を先取りしているのではないかとも云えるのです。紫上は、絶望して死んで行ったのか、または何かに救済を見いだして死んでいったのか、ということが、今日でも問題になるのは、藤(紫)式部が造形した紫上という人物が、作品のなかから抜け出てるというか、それ独自の存在を感じさせるからです。また、「実存」の問題を正面から扱っているとも云えるのです。
 
  それは、「宇治編」でも、もっと洗練された形で出てくる訳で、絢爛豪華な王朝物語・伝奇小説という感もある本編に比し、光源氏没後二十年ほどの宇治を軸とした物語では、紫上の実存的苦悩というものが、もっと先鋭に、鮮明に、大君、中君、あるいは浮舟などによって描かれているとも云えるのです。
 
  登場人物の多彩さであるとか、物語の複雑さとか、総合性とか完成度とか、当時の王朝文化を伝えているとか、そういうことは、当然のことで、このような物語構成者としての壮大な力量を持つ藤式部が、自己の文学的能力を結集して、実存的主題を、現実の政治や、社会のありようを背景に構築したからこそ、世界文学史上の傑作ともなったのです。
 
  それぞれの登場人物の心理の綾の深さ、それについての作者の洞察の深さと描写の見事さは、もう何とも言いようがないでしょう。代表的な女性登場人物を考えても、それぞれに経験を通じて成長して行き、それぞれの人生の苦悩や喜びを、生き生きと作品のなかで表出していると云えるのです。あるいは男性の登場人物には、かなりな類型性があるとはいえ、それでも男性主要登場人物は、生き生きした実在の人間であるようにも思えるリアリティがあるのです。何より、彼らの心理の綾の錯綜や、経験による成長の物語が素晴らしいのです。
 
  (また、藤式部は、宮廷政治や、権力と地位、勢力と経済的力量、政治力をめぐる、「男達の闘争世界」の実態を知っていたので、それが作品に反映されており、単なる架空の恋愛小説とか、そういう次元を越えているのです。「安和の変」で、政治的実権を藤原氏に奪われた源氏一族が、藤原一族を凌駕して繁栄するという話を、安和の変の陰の策謀者の直系の子孫に当たる、藤原の氏の長者・藤原道長に仕える藤式部が書いたというのも、「昔物語」と道長や、他の多くの人は受け取ったのかも知れませんが、どうも違う可能性があるように思います)。
 
  なお、当時の人が、この長編物語をどう受け取ったかということは、この作品の価値とはまた別にあります。歴史物語・意外なことが次々に起こる伝奇物語、高級貴族の豪華絢爛な生活や恋愛を描いた王朝物語、あるいは、胸ときめかせるスリルとサスペンスに満ちた恋愛物語というか、……読者は色々な受け止め方をしたのですし、色々に評価したのでしょうが、そのことと、作品の価値は別問題です。
 
  >あの物語の凄さについて、友人を納得させられるよい回答がありましたら教えて下さい。
 
  実際に翻訳であっても読んでみていない人に、どうも納得させようがないと思います。映画では、(見ていませんが)、おそらく原作の持つ主題の10%も表現できないでしょう。現代語訳で読んでみて、原作も一応眺めてみて(というのは、文体の流麗さは、現代語訳できないのです。イメージを忠実に現代語訳すると、極彩色のような晦渋な文体、イメージになるのですが、原文は、流れるように軽快に美しく進んで行くからです)、また、『源氏物語』について色々な人が書いていること、指摘していること、あの長編をどれだけ多数の視点から眺め評価することができるのか、また、何が卓越しているのか、こう言った経験をしなければ、分からないことだと思います。
 
  >「女性が書いたはじめてのかな文学の長編小説である」
 
  こういう評価そのものが、申し訳ありませんが、紋切り型だと思います。
 
  芸術作品が素晴らしいというのは、そういう「体験」であって、体験していない人に、訴える言葉が、この場合ないと思います。(とはいえ、以上に色々書きましたが)。
 
  「宇治編」の最後のシーンは、浮舟が、手紙を持ってきた弟を、そのまま帰らす情景ですが、何か唐突に終わっているような気が昔しました。まだ話は続いているはずだが、と思ったのですが、どうも、あそこでやはり終わりらしいのです。これについて、二十年近く前、国文学の研究をしていた人と話したことがありますが、その人は、あれで終わっているのだ、と断言しました。全体の構成がどうなっていて、とか色々話した記憶がありますが、しかし、どうも、終わっているように思えなかったのです。しかし、時間が経過して行き、訳などを読み返すと、段々、確かに、あそこで終わっているのだという実感が湧いてきました。
 
  「物語」だとすれば、いささか不自然な終わり方なのですが、壮大な「教養小説物語」だと考えると、あそこで藤式部が、筆を擱いたのも自然であると思えてきたということです。
 
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エロといっちゃぁナンですが、実際それって立派な文学の


テーマだったりするわけです。

そもそも、(見方によっては)
人間って、生まれてエロって死ぬものなんです。
(まぁ、一般的には、ね)

言葉悪いから変な感じですが、
どれだけ壮大で素晴らしいエロができるか、というのは、
人間の一大テーマとして(しかも切実なテーマとして)
認めてもいいんじゃないでしょうか?

まことにもって、
エロについての認識を新たにして欲しいと切に願います(?)

っていうか、エロって言うからいけないんですけど。

ところで、源氏物語は単なるエロではありません。
江戸の黄表紙とかと比べてもらえば、スケールの違いってものが
すぐに分かると思います。
これだけ立派な大法螺が吹けるというのは、やはりそれだけでも
文学的に凄いことだと思います。
それから、もちろん、根本的な品(ヒン)の違いというのもあります。

ある人たちは、源氏物語を日本の最高の文学だといいます。
これを超えたものはない、と。
本当にそうかどうかは、もちろん私の知るところではありませんが。

どうでしょうか?
けっこう凄いんじゃないかなって気になったでしょう?
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源氏物語というのは,当時のトレンディー小説といったものでしょうネ。


では,それに価値があるのか?という点については‥
歌舞伎は当時の時事劇ですよネ。
徒然草なんかも当時の噂話集といったものですし‥
それと同じで,古典というのは当時の生活や風習を窺い知ることができるという点で大きく評価できるのではないでしょうか?
源氏物語については,当時の風習からすれば,別に「エロ小説」というわけではありませんネ。
古事記なんかにしても,生々しいことが沢山書かれています。
万葉集などの古典和歌集にも,性生活などを詠ったものが多数のこされています。
こういったものも全て「エロ」物になってしまうのでしょうか?
源氏物語は,その登場人物の複雑さにもかかわらず,きちんと矛盾無くストーリーが展開していますネ。その一点だけを捉えても素晴らしいものであると思いますヨ。
以上kawakawaでした
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私も源氏物語大好きです。



世の中がどういう風に、あの物語を認めているのかは知りませんが
私は「王侯貴族の豪華な雅やかな恋愛物語」だと思っています。

あれの価値は当時の風俗を今に伝えているというところもあるんじゃないかなーとも思いますよ。
彼氏の「エロ小説」って評価はどこから出てきたんでしょうね。
(何か変なエロ小説でも読んだのでせうか(^^;問い詰めといてください)
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Q源氏物語!

源氏物語高校のときに少し読みました。
ま光源氏がいろいろな女性とお付き合いする恋物語だったような気がしますが。
皆さんは源氏物語読んでどう思いましたか?お友達とどのような会話しましたか?
あと、源氏物語の名場面、源氏物語から学べることを教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

今日は。文学に関しては作家たちの精神病理(パトグラフィー)を調べながら日英文学をつまみ読みしている暇人です。

私はアーサー・ウェイリーが英語に翻訳したものを、さらに日本語に翻訳したものを読みました。今まで長編小説など根気が続かず読まなかったのですが、現代語翻訳本とは言え、一気に(とは言ってもかなり日数はかかりましたが)読めました。

私も最初は光源氏が主役で、様々な女性に手を出し、あちこちで問題を引き起こすわがままイケメン皇子の1人だと思いました。しかしある時、紫式部の生きていた時代、紫式部の生い立ち、さらに対抗馬として清少納言とう存在、当時の時代を牛耳っていた藤原道長の存在などに関する書籍も平行して読み始めました。

すると最初の考え方が少しずつ変わってきました。主役は本当に光源氏なのか?後半は「夕霧」終盤は「薫」と「匂宮」の話し、そして「浮舟」の入水自殺未遂。そして「薫」が「浮舟」と「匂宮」を『疑い』ながら物語が終わってしまう。なんと切ない終わり方なんでしょう。

すこし前に戻って、光源氏の死もわずかに言及されたまま、「夕霧」「薫」の話しに移っていった点。言い尽くせない人間の心理の微妙な動き。すべてに魅了されてしまいました。そして本当の主役は光源氏・薫の周りにいる「女性たち」ではなかったかと思うようになりました。当時の女性たちは、少しでも地位・権力のある男性に身を委ね、自分たちの人生を託すしか生きていくすべのない生き方しか出来なかったのではないかと思うようになりました。そしてたとえそのような幸運に巡り会えたとしても、そののち宮中などでの他の女性たち(貴族は一夫多妻制度)とのつきあい。そしてすぐに出家してしまう女性・男性たち。

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最初に申し上げました源氏物語に関連した書籍の名前を挙げます。
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・「紫式部の欲望」
・「紫式部日記」(参考)
・「源氏物語の端役たち」
・「平安の祈り」源氏物語にみる人生観・死生観
・「源氏物語」英訳についての研究(参考)
・「アーサー・ウェイリー」源氏物語の翻訳者(参考)

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いづれの御時にか、女御・更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに

うんぬんかんぬん

Q平家物語と源氏物語の違いは

平家物語と源氏物語の違いはなんですか?

源氏物語はだいたいわかるのですが
平家物語はおもしろいんですか

古典むずかしくって
ねむくなるけど
がんばってよんでみようかなあと
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全然違いますよ。時代も平家物語の方が全然後ですし。
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一方平家物語は鎌倉幕府ができる少し前の源氏と平氏の戦いについて書いてある「軍記」です。
つまり源氏物語はフィクションですが平家物語はノンフィクションです。おもしろさは人それぞれでしょう。

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長くなりましたが「全然違う」ということです。

Q源氏物語と平家物語比較

こんばんは。社会人になって古典に目覚めだしたものです。
私は恥ずかしいことに、中学校くらいまで、源氏物語は源平の戦い、
の源側を書き綴ったものと思い込んでいました。作品を知ったら、
拍子抜けしました。一方は小説、一方は軍記、、。

ところで、上記二大作品について中国人にどちらが日本では評価されているか、と聞かれました。私と同じように考えていたそうです。読者層では前者のような気がしますが、
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そこで、人格形成、という点ではどちらがより影響の度合いが高いか、という観点で比較してみたらどうかと思いました、ちょっと強引な基準設定ですが、、そう仮定すると、「平家」を選んでしまいます。

私もほとんど読んでいませんが、、「平家」に惹かれています。
平家琵琶の演奏を聴くとなおさら没頭しそうです。

Aベストアンサー

基本的にはどちらも修養の書とは言えない性格を持っていると思いますし、NO.2の方がおっしゃるように結論は好みの問題に帰するほかはないとも思われます。また「人格形成」という言葉から、いかに若年層に益するかということがテーマのような印象を受けたりもするのですが、敢てそれらのことを棚上げしてお題目にお答えすれば、私の軍配は平家に上がります。

「平家物語ほど運命という問題をとりあげた古典も少ないだろう」(石母田正『平家物語』)

大きな歴史のうねりの中に活写される人物群像を眺めるだけで謙虚な気持ちになるということもありますが、何よりもまず頻出する「死の語り」が平家を推す最大の理由です。

「常々、彼(司馬遷)は、人間にはそれぞれその人間にふさわしい事件しか起らないのだという一種の確信のようなものを有っていた。これは長い間史実を扱っている中(うち)に自然に養われた考えであった。同じ逆境にしても、慷慨の士には激しい痛烈な苦しみが、軟弱の徒には緩慢なじめじめした醜い苦しみが、という風にである。」(中島敦『李陵』)

これと同じことは「死」についても言えると思います。(ちょっと断っておきますが、ここでいう「死」とは、間近に迫まる避けられない死を意識したときの人間の態度や身の処し方のことです。ぽっくり死ぬとか苦しんで死ぬとかいう死に方の意味ではありません)
よく「死に様(ざま)にはその人の生き様が容赦なく現れる」などと言いますよね。確かにガンの闘病記や終末期医療に携わる人たちの本から、死を間近にひかえた患者さんたちのありようを窺うと、なるほどと実感される言葉なのですが、平家を読んでいてもやはり同様の印象を受けることができます。

もちろん平家は史書ではなく叙事詩に分類される古典ですから、「作者」が(死を記録するのではなく)死に様を描くことによって人物を色付けているとも言えるでしょう。また作者が此岸や彼岸にうるさい中世の人間であってみれば、そう考えるほうが自然だとも言えそうです。
しかしそれならばなおのこと、侍や悪僧の死に際にみられる人間模様がこの古典の読みどころとして際立ってくるのではないかと思います。
言うまでもなく、作者は死に様にその人物像を集約しようと努めるはず、だからです。

「人間は刻々に死につつあるので、別に、死という特定のものがあるわけではない。刻々の死を終える時があるだけだ。従って、刻々の死を意義あらしめるためには、刻々の生を、最善を尽くして生きねばならない。それを全うした者にのみ、よき“終わり”がめぐまれる」(新潮45・編『生きるための死に方』・野口晴哉という整体の先生の言葉)

もともと生き様が反映されやすい死に様、そして作者(小林秀雄風に言えば「個人を越えた名手」)が健筆にいっそう力を込めたであろう死に際、それが頻出する古典が平家物語である、というのがお題目を念頭に置いた上での私の見方です。
この観点から結論を述べますと、様々な死のあり方(文学的に気取れば「運命のうねり」とでも言いましょうか)を通して、その対極でもあり背中合わせでもある自己の生き様に目を向ける習慣を獲得することが、おしゃるところの「人格形成」に通じるといえば通じるのかなあと考えます。
そのようなわけで平家かなと。


ちなみに私が真っ先に思い浮かべる死に際は「先帝御入水」における平知盛の次の振舞いです。

さる程に、源氏の兵(つわもの)ども、平家の船に乗り移りければ、水手楫取(すゐしゆかんどり・=船頭水夫)ども、或いは射殺され、或いは斬り殺されて、船を直すに及ばず、船底に皆倒れ臥しにけり。新中納言知盛の卿、小船に乗つて、急ぎ御所の御船へ参らせ給ひて、「世の中は今はかうと覚え候。見苦しきものどもをば、皆海へ入れて、船の掃除召され候へ」とて、掃いたり、拭(のご)うたり、塵拾ひ、艫舳(ともへ)に走り廻つて、手づから掃除し給ひけり。女房たち、「やや、中納言殿、軍(いくさ)の様はいかにやいかに」と問ひ給へば、「ただ今、珍しき東男をこそ、御覧ぜられ候はんずらめ」とて、からからと笑はれければ、「何でふただ今の戯(たはぶれ)ぞや」とて、声々に喚(おめ)き叫び給ひけり。【角川文庫版より】

文字通り修羅場なわけですが、このぎりぎりの場面での船内清掃とは妙な行動ではあります。しかし一方で、遺体の清めや死装束・死化粧の施し、あるいはまた、末期ガンを告知された人がするであろう身辺整理、そういったことを想起させる行動ではないでしょうか。
清めた船が「御所の御船」ですから、そんな寓意が込められているのかもしれませんね。
ともかくも、死を、一族の滅亡を目の前にした男が、修羅場でとっさにみせた「死に支度」に武将としての品格を感じさせ、印象的です。

この場面、頼山陽の『日本外史』では漢文らしい簡潔さでこう記されています。

義経、乗輿の在る所を知り、軍を合せて疾(と)く攻む。知盛及ち帝船に赴く。諸嬪迎へて状を問ふ。知盛大に笑つて答へて曰く、「卿(けい)ら当(まさ)に東国男児を睹(み)るべきのみ」と。一船皆哭す。知盛手づから船中を掃除し、尽く汚穢物を棄つ。時子及ち帝を抱(いだ)き、相ひ約するに帯(おび)を以てし、剣璽(けんじ)を挟(さしはさ)み、出でて船首に立つ。帝時に八歳、時子に問うて曰く、「安(いづ)くに之(ゆ)くか」と。時子曰く、「虜(りよ)、矢を御船に集む。故に将(まさ)に他に徙(うつ)らんとするなり」と。遂に与(とも)に倶(とも)に海に投じて死す。【岩波文庫版より】

逆に饒舌な『源平盛衰記』ではこん感じです。

さる程に源氏の兵共、いとど力を得て平家の船に漕ぎ寄せ漕ぎ寄せ、乱れ乗る。遠きをば射、近きをば斬る。竪横散々に攻む。水手(かこ)・かんどり、櫓を捨て、梶を捨て、船を直すに及ばず、射伏せられ、切り伏せられ、船底に倒れ、水の底に入る。中納言は、女院・二殿などの乗り給へる御船に参られたりければ、女房達、「こはいかになり侍りぬるぞ」と宣ひければ、「今はともかくも申すに詞足らず。かねて思ひ儲けし事なり。めずらしき東男共をこそ御覧ぜんずらめ」とて打笑ひ給ふ。手(てづか)ら自ら船の掃除して、見苦しき者共海に取入れ、「ここ拭(のご)へ。かしこ払へ」など宣ふ。「さほどの事になり侍るなるに、閑(のどか)なる戯言かな」とて、女房達声々をめき叫び給ふ。【新人物往来社】

ついでにハーンの『耳なし芳一』から。

More than seven hundred years ago, at Dan-no-ura, in the Straits of Shimonoseki, was fought the last battle of the long contest between the Heike, or Taira clan, and the Genji, or Minamoto clan. There the Heike perished utterly, with their women and children, and their infant emperor likewise―now remembered as Antoku Tenno.

何か長いんですけど、三人しか回答してなのでご勘弁を。

基本的にはどちらも修養の書とは言えない性格を持っていると思いますし、NO.2の方がおっしゃるように結論は好みの問題に帰するほかはないとも思われます。また「人格形成」という言葉から、いかに若年層に益するかということがテーマのような印象を受けたりもするのですが、敢てそれらのことを棚上げしてお題目にお答えすれば、私の軍配は平家に上がります。

「平家物語ほど運命という問題をとりあげた古典も少ないだろう」(石母田正『平家物語』)

大きな歴史のうねりの中に活写される人物群像を眺めるだ...続きを読む

Q源氏物語を読みたいのだ

突然ですが、偶然源氏物語を紹介したサイトに行き着き
そこでとても読んでみたい欲求に駆られました。

ただ、想像するに源氏物語を扱っている出版社は数多くあると思います。出版社によって原文の訳し方も違うのではないでしょうか。

そこで質問なのですが、源氏物語を読むならどこの出版社のものがお勧めでしょうか?

教えて下さい。お願いします。

Aベストアンサー

#2さんのおっしゃるコミック「あさきゆめみし」は入門用としては最適、というのは定評があります。まずこれでおおまかな流れを知っておこうということでしょうね。
>源氏物語を読むならどこの出版社のものがお勧めでしょうか?
というのは現代語訳を求めてらっしゃっるのだと思いますが、最初にもっとも忠実な訳として評判をとったのは谷崎潤一郎訳です。ただ、少々無味乾燥なので、その点与謝野晶子訳はなんか華やかでいいかんじ、という評判がありました。ただし訳文の忠実さは「?」がつく、という評価です。
その次に出たものでは、円地文子訳が忠実かつ美しい文章で、定評があります。
寂聴さんのものも同様かな?まあこの最後の二つあたりが現在だったら定番でしょう。
あと、一種翻案もので、原文に忠実とは全く言えないが、「原作に忠実」ではあるような気がするのが橋本治「窯変源氏物語」でしょうか。これは訳本ではありませんが。

Q栄花物語と源氏物語の万葉集について

栄花物語 月の宴には、
昔、高野の女帝の御代、天平勝宝五年には、左大臣橘卿、諸卿大夫等集りて、万葉集を撰ばせたまふ
と孝謙天皇の勅撰とありますが、

源氏物語 梅枝には、
嵯峨の帝の古万葉集を選び書かせたまへる四巻
と嵯峨天皇が撰んだとも読めるようにあります。

このほぼ同時期に書かれた二つの物語の相違はどう解釈されているのでしょうかお教え下さい。

Aベストアンサー

>栄花物語と源氏物語の万葉集について

「栄花物語」の記述については一昔前は妄説の類いとして無視されていたのですが、近年「万葉集」19巻の成立に関して橘諸兄(左大臣橘卿)以下が大伴家持に命じて、19巻のもとになる資料を提出させたのではないかとの説が出ており、再評価されているのが現状です。なお、「万葉集」の詞書に年が書かれている和歌の中の最後の歌は、天平勝宝五年(752)の7年後の天平宝字3年(759)の因幡国庁での大伴家持の歌ということも関連します。
「源氏物語」のほうは、嵯峨天皇が古万葉集から抄出(書き抜き)させ、4巻にまとめたものと考えられています。もともと万葉集の原型の巻数については15巻説から数十巻説まであり、現在の20巻になるまでに紆余曲折があったと考えられ、また、一度に完成したのではないとの説が有力ですが、4巻は少なすぎ、後代の勅撰集が20巻というのも万葉集に倣ったとされていますから、「源氏物語」の文を万葉集の成立を記述したものとは考えられていません。

以上、参考程度に。

Q源氏物語に興味のある方ぜひお願いします!

私は今月高校を卒業するので、それを記念して友達と京都旅行をする予定なのですが、友達は「新撰組」私は「源氏物語」が大好きで、その縁の地をまわりたいと考えています。
ツアーの自由時間にまわる程度なのであまり時間もないのですが、源氏物語ファンの方で京都にある源氏物語の縁の地で、オススメがあれば教えてくださいませんか??
あまり考える時間がなくて困っています。よろしくお願いします☆

Aベストアンサー

 こんばんは。私も大学時代、サークルで源氏物語絵巻を研究していたので、源氏物語の舞台を回ったことがあります♪

 やっぱり源氏物語に宇治は欠かせないですね。
 源氏物語ミュージアムもありますし、宇治上神社、宇治川等、見所満載です。
 平等院もあるので、お友達も楽しめると思います。

 あとは、嵐山がおすすめです。
 嵐山の竹林内にある野々宮神社は、斎宮が俗世とのかかわりを絶つ時に訪れたところです。
 まわりには、祇王寺、滝口寺、天竜寺等の良い観光スポットもありますし、京都観光のゴールデンコースなので、お友達にも楽しめると思います。
 あと、足を伸ばせるようなら、仁和寺もどうぞ。朱雀帝が隠居したところです。確か建物も当時の寝殿造りのものだったはずです。こんな空間で源氏物語の登場人物達は生活していたんだなって想像すると楽しいですよ。

 あとは、上賀茂とかも舞台になっているはずですが、ちょっと遠いし、まわりに他の観光地が少ないので、ちょっとおすすめはしにくいかな?と思います。

 とりとめなくてすいません。旅行楽しんできてください。

 こんばんは。私も大学時代、サークルで源氏物語絵巻を研究していたので、源氏物語の舞台を回ったことがあります♪

 やっぱり源氏物語に宇治は欠かせないですね。
 源氏物語ミュージアムもありますし、宇治上神社、宇治川等、見所満載です。
 平等院もあるので、お友達も楽しめると思います。

 あとは、嵐山がおすすめです。
 嵐山の竹林内にある野々宮神社は、斎宮が俗世とのかかわりを絶つ時に訪れたところです。
 まわりには、祇王寺、滝口寺、天竜寺等の良い観光スポットもありますし、京都観...続きを読む

Q長編小説、短編小説…(ーー;)

課題として長編小説を読むことになったのですがどのくらいの量のものが長編小説なのか全然分かりません(≧。≦)「○ページ以上あるのが長編!!」とか決まっているのでしょうか?教えて下さい!お願いします。

Aベストアンサー

 
「長編小説」とか「短編小説」とは、どういう風に定義されるかというと、一般に合意された定義はありません。以下に述べますが、アメリカの大衆小説のマーケットでは、SFがそうなのですが、独特な「語数」による分類基準があります。しかし、ロシアの小説では、日本では「長編」と呼ぶものが、「中編」になり、日本で、「大河小説」とも云えるような、2000枚ぐらいを越える小説が、「長編」だという話もあります。

レフ・トルストイの「戦争と平和」は、翻訳で何枚あるのか知りませんが、2000枚は軽く越えています。(おそらく3千枚ぐらいだと思います。……もしかすると、4千枚越えているかも)。

アメリカのSFは、独特な定義があります(参考URL)。次のように、「語数」に応じて、小説の類を決めます。短いものから長い順に:

1)ショート・ストーリ(短編):7500語未満
2)ノヴェレット(中編):7500語―1万7500語
3)ノヴェラ(中長編):1万7500語―4万語
4)ノヴェル(長編):4万語以上

註)「語数」というのは、「単語の数」です。He looked at that cat. は、「5語」で構成されます。短いのは、a, in, at, on, I, me, ……なども一語で、extraordinally など長い単語も、一語と数えます。

アメリカでは、小説は、「何語」かで、大きさが決まります。ある意味、非常に合理的だとも云えます。日本の400字詰め原稿用紙だと、改行を多くするか、あまりしないかで、同じ原稿用紙100枚と云っても、含まれる字数に違いが出てきます。改行ばかりの小説……例えば、一つの文章で、読点で改行していると、原稿用紙400枚と云っても、ぎっしりと書かれている小説に比べ、実質文字数は4分の1というような場合があります(これは極端な場合です)。

しかし、4万語の小説(ノヴェラ)とは、一体どれぐらいの長さの作品かという疑問が起こるでしょう。

アメリカのペーパーバックで考えると、ページの組み方にもよりますが、普通、一行に、10語ぐらい入っています。1ページは30行もあると多い方です。1ページが300語の組版の場合、これは翻訳すると、大体、原稿用紙3枚前後になります。ただし、これは、ぎっしりと文字が詰まっている場合で、普通は、会話の部分で改行したり、読みやすくするため、多数改行するので、1ページ、300語というような詰まり方ではありません。

現代の大衆向け小説だと、会話や改行によって、大体、ページが1.5倍から2倍になります。ぎっしり詰まっている場合は、300語1ページで、100ページで3万語、翻訳して、大体、原稿用紙300枚ですが、改行による増加があり、これはページの組み方によっても違いが出てきますが、3万語の小説は、日本語だと、原稿用紙450枚から600枚に相当します。450枚ぐらいが妥当な数字です。

4万語のノヴェラは、原稿用紙400枚で、改行による増加で、600枚を越えます。ノヴェラ(中長編)の長い場合は、日本語では、400枚から600枚ぐらいになります。これが、ノヴェラが、「中長編」と訳される理由です。

つまり、日本の大衆小説の基準では、原稿用紙400から600枚が、「長編」になるのです。日本の文学賞の「長編部門」の応募規定は、大体、500枚ぐらいが上限の目安になり、400枚ぐらいを標準に考えています。応募規定で、200枚-400枚とあっても、400枚に近い作品が、大体選ばれます。

日本でいう「長編小説」は、アメリカでいうノヴェラ(中長編)の長いものだということになります。アメリカのノヴェル(長編)の4万語以上という基準は、日本だと、600枚以上ということになりますが、西欧語の小説だと、大体、この基準で合います。欧米の長編小説というと、大体、千枚ぐらいのものが想定されるのです。

この千枚ぐらいの欧米の長編を、日本で翻訳して文庫本にすると、普通、二巻本になります。欧米の長編は、日本の長編よりページ数が1.5倍ぐらい多い、一巻本か、または二巻本になるのが普通です。文庫本で、250から300ページぐらいのものは、欧米では、長編ではなく、中編の長いもので、アメリカでいうノヴェラの標準の長さです。

文庫本で、250ページから300ページぐらいのものが、日本では、標準的な長編小説です。ハードカバーの場合、組み方によって違いがあり、一段しかなく、文字が大きいと、ページ数が400ページあっても、案外、中身は少ないことがあります。

ある本が、原稿用紙にぎっしり詰めた場合、何枚かは、ページを見てみて、大体、1ページに何文字ぐらいか、原稿用紙換算で何枚ぐらいか勘定して、全体のページ数をかけると出てきます。

とはいえ、よほど文字が大きく、組版がゆとりのある児童向け図書等でない限り、250ページから300ページあれば、「日本の長編小説」です。(この長さは、欧米の「長い中編小説」になります)。

なお、長さが2千枚を越えていても、一人の主人公を中心にした話は、「(非常に)長い長編小説」ですが、主人公が特定人物とは限らず、複数の焦点があって、並行して話が展開し、何十年というような時間の経過が描かれるものは、「大河小説」と云います。

トルストイの「戦争と平和」がその典型で、この小説は、ロストフ伯爵家、ボルコンスキー公爵家、ベズーホフ伯爵家という三つのロシアの貴族の家庭内の話や人間関係を一つの軸に、もう一つの軸に、ナポレオンのロシア侵攻という大政治・軍事ドラマがあり、両者が絡み合って、膨大な数の登場人物と、エピソードで構成される「大河小説」の典型です(三つの家から、ナターシャ・ロストワ、アンドレイ・ボルコンスキー、ピエール・ベズーホフという三人の主要人物が描かれ、戦争の軸では、ロシア軍総司令官クトゥーゾフ公爵対フランス皇帝ナポレオンという対比になります)。

>参考URL>WSFS規約
>http://www.nippon2007.org/jpn/nani/j_kiyaku.html
 

参考URL:http://www.nippon2007.org/jpn/nani/j_kiyaku.html

 
「長編小説」とか「短編小説」とは、どういう風に定義されるかというと、一般に合意された定義はありません。以下に述べますが、アメリカの大衆小説のマーケットでは、SFがそうなのですが、独特な「語数」による分類基準があります。しかし、ロシアの小説では、日本では「長編」と呼ぶものが、「中編」になり、日本で、「大河小説」とも云えるような、2000枚ぐらいを越える小説が、「長編」だという話もあります。

レフ・トルストイの「戦争と平和」は、翻訳で何枚あるのか知りませんが、2000枚...続きを読む

Q源氏物語のきわどい描写というのはあるのか?

高校時代は古典が嫌いでしかた有りませんでした。源氏物語も学びましたが、面白くありませんでした。今、源氏1000年記念でいわれているのを聞けば、なんと源氏物語はダブル不倫の物語であるということではありませんか!。高校の時にこっそりとでもそういうエピソードを教えていただいていたら勉強にも熱が入ったかもしれません。(笑い)
 ところで 源氏物語にはそういう点のきわどい場面や具体的な描写はあるのでしょうか? あるのならば具体的にはここに書くのがまずければ 章と 何段落目かでも教えていただきたく存じます。

Aベストアンサー

無いです(笑。

国文学者の大野晋先生と作家兼評論家の丸谷才一センセが源氏物語について論じ合った「光る源氏の物語」という無茶苦茶面白い本がありますが、その中で二人の老碩学が真剣に論じ合っていたタームの一つが、

 この場面、やってる?

です(大笑い。

 やってます。
 いや、これはこの場面の前にやってますね。
 これはねぇ、レイプなんでよ。

実際のところ、これが読み取れないと源氏物語という作品を正確に解釈できないわけで、お二人が真剣に論じ合うのは妥当なんです。

しかし、ご質問の趣旨に則して言えば、この二人ほど古典文学の造詣深く読解力に恵まれた人間でも把握するのに苦労するくらいあいまいな描写しかないんです。

でも面白いですよ。やはり大傑作です。
きっかけはどうあれ興味をもたれたのなら是非お読みください。

Qひかるげんじorひかるのげんじ?

「源氏物語」の主人公、光源氏の読み方は、「ひかるげんじ」ですか。それとも「ひかるのげんじ」ですか?
今までずっと「ひかるげんじ」だと思っていたのですが、最近、ある大学教授が「ひかるのげんじ」と言っているのを聞きました。えっ?と思っていろいろ調べてみたのですが、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』でも、手持ちの辞典でも「ひかるげんじ」となっています。本当のところはどうなんでしょう。
ご存知の方、教えてください!
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

「源氏物語」大好きのオバサンです(でも短大での専門は日本史。「源氏」は高校生までにかなり読み込んでいたので、改めて専門としようとは思いませんでした。でも生涯の研究材料です)。

う~ん…。
あくまでも「光源氏」について、ですか…。
私は、この表記自体、現存する源氏物語(原文)で見かけたことはありません。
現存する「源氏物語五十四帖」の中で、「光源氏」ないしはこれに類する名称が出てくるのは、「帚木」、「若紫」、「玉鬘」の三帖に各1箇所ずつのみ。
ご存知の通り、現存する「源氏物語」自体が後世の写本しかないので、実際に作者(藤原為時の娘=紫式部か?)がどのように書いたのかすら分かりません。
ですから「光源氏」という表記ならば、「ひかるげんじ」だろうが「ひかるのげんじ」だろうが、どのように読もうが自由ということになります。
実在する「源・光」は「みなもとのひかる」と読むのが一般的ですけれどね。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BA%90%E5%85%89_%28%E5%85%AC%E5%8D%BF%29

ちなみに、
「帚木」における表記は、写本によって「ひかる源氏」、「光る源し」。
「若紫」における表記は、「ひかる源氏」。
「玉鬘」における表記は、「光くゑんし」、「ひかる源氏」
となっているものを見たことがあります。
細かいことを言えば「光源氏」という表記はないんです。
現存する源氏物語の表記から考えれば、「光源氏」は「ひかるげんじ」と読んだ方がいいような気がしてしまいます。

「源氏物語」大好きのオバサンです(でも短大での専門は日本史。「源氏」は高校生までにかなり読み込んでいたので、改めて専門としようとは思いませんでした。でも生涯の研究材料です)。

う~ん…。
あくまでも「光源氏」について、ですか…。
私は、この表記自体、現存する源氏物語(原文)で見かけたことはありません。
現存する「源氏物語五十四帖」の中で、「光源氏」ないしはこれに類する名称が出てくるのは、「帚木」、「若紫」、「玉鬘」の三帖に各1箇所ずつのみ。
ご存知の通り、現存する「源氏物...続きを読む


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