出産前後の痔にはご注意!

源氏物語が好きな方たちにぜひぜひお聞きしたかったのですが一番好きなキャラクターは誰ですか?理由も教えてください。
もちろん原文の「源氏」に出てくるイメージ以外に、わかりやすく小説化されたものや「あさきゆめみし」などコミックに登場する姿に対してでも結構です。

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A 回答 (11件中1~10件)

 


「キャラクター」とかいうと困りますが、「登場人物」と言えば、これは、紫上以外にはないのではないかと思います。円地文子の現代語訳と大和和紀のコミック、更に、「六条のおばはん」とか書いていた田辺聖子の翻案小説(と言っても、ほぼ原作に近いですが)などが入り交じり、何か訳が分からないのです。

イメージ的には、どうしても、コミックの影響が強くなりますが、源氏が太政大臣になって権力を掌握して栄華栄耀を極めた時期には、円地文子の訳では、源氏は、でっぷり太った(とは言い過ぎですが)、堂々とした精力に満ちる「男」として出てくるので、これはコミックのイメージとはだいぶ違います。

源氏はロリコン趣味で、小柄な女性を愛したので、紫上も当然、小柄な女性なのです。明石君も小柄な女性のはずです。

紫上とはどういう人であったのか、はっきりしません。少女の頃に、源氏が笛を吹き、若紫が琴を弾くという情景がありますが、あれは、一条天皇と、その中宮(藤原道長の娘)彰子の様子を映したのだという説があります。

人物造形としては、もっとも複雑な人物というか、「物語」の登場人物の域を超えた造形だと思います。作者が自己投影していたのだと思います。六条御息所、葵上、朧月夜、明石君、玉鬘などは、いかにも、物語の登場人物として人物を設計したように見えるのですが、紫上は、かなり複雑だと思います。

単に、聡明であるとか、芸術的感性が豊かという以上に、「心の深さ」があるのです。花散里は、心が穏やかな、安らぎのある女性ですが、紫は、その深い心のなかに、情熱的な愛と、素直な優しい心と、不安定な自己の存在の悲しみを、同時に具現していた、備えていたとも思えます。

作者は、紫上に源氏の子供を産ませることをしません。紫上は、明石君の娘の姫を代わりに育てます。六条院の新年の衣装選びで、明石君は、雅やかさが強調され、紫上は、美人であることが強調されますが、よく考えると、紫上の衣装は、その六条院における立場を意味しているのであって、彼女の個性を表したのかどうか疑問です。

明石の姫君が母親から別れる時、藤式部の文章は、明石君に対し、中宮の母にささげる、最上級の敬語を使っているという指摘があります。まだ明石の姫君は童女で、将来はまったく不明であるにも拘わらずです。源氏が、明石君に雅やかな衣装を選んだのは、この延長上にあるとも思えます。

源氏物語の主要な女性のなかで、出自や、後見や、成長が不安定なのは、実は紫上なのです。兵部卿宮の脇腹の娘というのは、六条院で、三宮が出現するまでは、源氏の正室の立場にあるには、それぐらいの身分が最低必要だったからですが、「脇腹の女王」で、しかも身分に相応しい育ち方をしていません。

玉鬘の物語は、典型的な貴種流離譚で、数奇な運命に玉鬘は翻弄されますが、結局、ハッピー・エンドと一応なります。紫上は、玉鬘よりも数奇な運命だったとも言えるのですが、そういう風に見えません。それは、外面的な流離ではなく、内面の流離が紫上の人生だったからだと思います。

紫上は、源氏よりも年下ですが、姉か母親のようにも見えることがあります。源氏にとって、紫上は、娘で、妹で、恋人で、妻で、姉で、母であったことになり、紫上とは、一体、どういう人なのか、と驚くのです。

紫上は、絶望の心のなかで、それでもある平安の境地を得て、世を去ったのだと思います。紫上の心のなかに結ぼれた、愛や悲しみや、生きることの矛盾や不安は、死によって解消されなかったのであり、ここで、『宇治編』の大君や中君の物語、そして、薫の願いを断る浮舟の話のエンディングへと展開して行くのです。

これは、『源氏物語』を概説しているのではなく、結局、紫上を中心として、過去、未来のすべてのできごとが旋回しているということです。源氏を中心に置くか、紫上を中心に置くかで、『源氏物語』は違ったように見えて来るのです。源氏を中心に考えると、何故、『宇治編』が必要なのか、何故、浮舟のエピソードで、唐突に話が終わるのか、分からないのです。

数多くの女性登場人物たちは、紫上の存在に陰影を与えるために配置されたようにも思えるのです。『源氏物語』の主人公は、紫上ではないかと言えるのです。その心の深みに、星の輝く暗黒と、春の光に香る花花を持った女性でしょう。
 
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この回答へのお礼

おっしゃるとおり、必ずしも原文の人物イコール現代語訳の人物ではないので、あえてああいう質問の書き方をさせて頂きました。
  与謝野晶子訳、谷崎潤一郎訳、円地文子訳、瀬戸内寂静訳、橋本治、田辺聖子におけるパロディやビジュアル化されたコミックまでさまざまですが、原典では作中人物の思いが歌で書かれているのに、小説化されたものにはセリフになっていたり、意訳されて入っていたりで、後世の人が作ったイメージが一人歩きしている部分もあるかもしれませんね。(余談ですが、田辺先生のパロディは結構おもしろかった。まるで、「こっちの方が ほんまちゃうん」っていうくらいに)
 彰子が一条帝に入内したのは少女の頃(正確には何歳か失念)だったので一部モデルになっているという説は私も聞いた事があります。
 作中人物の体型は大塚ひかり氏も書いてらしたような・・・。
とにかく、深く掘り下げてくださりどうもありがとうございました。

お礼日時:2003/03/09 23:12

こんばんは。

やはり、源氏物語は女性が魅力的なようですね。
「あさきゆめみし」と田辺聖子訳のものを読みました。
私が好きな登場人物は、浮舟かなあ・・・・・・匂宮と薫、2人の男性に愛されたといわれていますが、私は、男性に真実愛されたことのない気の毒な女性だと思います。
それに、2人の間にはさまれて真剣に悩んでしまう初心なところが好感が持てます。
2人とも自分を真剣に愛していないことがわかっていたから、どちらも選べなかったのじゃないかと勝手に想像しています。
身分は低かったけれど、実は結構賢くて素敵な女性だったんじゃないかな、っていう気がします。ちゃんとした教育を受けていたら、もっと貴婦人になれたかも。
私が作者なら、彼女に素敵な恋人を作ってあげたいです。匂宮でも薫でもなく、浮舟のことを本当に愛してくれる人。
物語は浮舟が薫を拒絶するところで終わっていますが、その後の彼女が幸福であればいいなと思います。

この回答への補足

NO.11のunmaさんの補足らんをおかりして・・・・
このような「正解」の出ない質問に御付き合い下さりありがとうございました。
あらためて皆様にお礼申し上げます。
私の好きなキャラは 雲居の雁 です。昔は紫の上が好きだったのですが、
雲居の雁の、夕霧の文をとってしまうところや、実家に帰ってしまうところなんかが、なんだか現代のわたしたちと変わらないなあと思えて好きになりました。
「宇治十帖」はゆっくり読んでみたいと思っております。


 

補足日時:2003/03/21 22:39
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この回答へのお礼

こんにちは、お礼が遅くなってしまい申し訳ございません。
宇治十帖が好きな方が多くてびっくりしました。
 高校の時、古典の先生が、「浮舟は、当時にはいなかった女性像」と話して下さった事があります。入水したり、物語最後に薫をきっぱりと拒絶するなど 自らの意思で思い切った行動をする女性はいなかったとのこと。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/15 16:58

こんにちは(^-^)


楽しそうなので混じりに来ました。
みなさん女性を上げて下さってるので、私は男性で…。
頭の中将とかスキですねv
源氏と、若い頃は一番の親友だったのに、歳を取っていくといつの間にか政権争いの関係になっていってしまう…そこにふと気付いたシーンとか、結構泣かせます。
「あさきゆめみし」を見てると、源氏に女遊びを教えたのは、どー見ても彼ですよねぇ…(笑)。

ちょっと話題が逸れるのですが。「源氏物語占い」って御存知ですか?生年月日を入力するだけで、源氏物語の登場人物に当てはめてくれます。
私は宇治の大君でした(^-^;
参考URLに入れておきます。

参考URL:http://www.genji-daigaku.com/uranai/index.asp
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この回答へのお礼

なるほど、頭の中将ですね。
「源氏物語占い」本屋で立ち読みでやった時には末摘花になってしまったので
「がーん・・・」と思ったのですが、どうやらやり方が間違っていたらしく
先程試した時は空蝉になりました
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/09 23:20

私も「あさきゆめみし」全部揃えましたー。


以前は朧月夜が好きでした。順当に行けば中宮にもなれたのに、源氏との恋に落ちて、女として素敵だなーって。出家もして。でも、結局、本当に幸せだったのかと思えば、そうじゃないような気がして。帝にも光源氏にも愛されたけれど、どちらとも彼女を満たすことはできなかったような。
それで今は、明石の姫君が好きです。これを言うとすごく意外というか驚かれますが(笑)光源氏の娘で、中宮になって、コドモも沢山(匂宮とか)産んで、その子等は必ず天皇になるでしょう。そうなれば国母です。源氏物語に出てくる女性の中で、一番恵まれていて、一番幸せな人生で、栄華を極めた人かと。波乱はないし、面白みがないとも言えるけど。
雲居の雁と夕霧の幼馴染の恋も好きです。
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この回答へのお礼

明石の姫君、いいですねぇ~。パパは光源氏だし。ちい姫が紫の上に引き取られるところは泣きながら読んでしまいました。そのあと何日がすると紫の上を「おかあちゃま」って呼んでたから子供って環境にすぐ慣れるもんなんかな~と思いながら読んでましたが。関係ないけど明石の姫君と結婚した今上、あまり出番はないけどぼんぼんって気が・・・(^^;)明石の姫君は、中宮になってからはさらにしっかりものになってきますね。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/08 16:51

明石の品格の高さと謙虚と高雅は私にとって理想です。


見習いたいと思います。
私も筆跡と仕草から気をつけようと思います。
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この回答へのお礼

 そうですね!筆跡! 子供の頃習字を習ってましたがイヤイヤやってたので全然身につきませんでした。当時母が「大人になったら字きれい方がいいねんで!」と言っていたのに、今更「やっぱり努力すればよかった」と言うと「ほれ みてみい」と言われるに決まってるので黙ってますが。  話がずれました。
 琵琶の名手というところがまたいい!源氏と知り合った頃、年上かな~と思ったのですが、結構若かったのですね。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/08 12:09

全部♪……って、回答になってないやん!(*^_^*)。



登場人物はとりどり美しくて、みんな魅力的ですよねー。わたしにとって源氏物語の魅力は「絢爛豪華さ」でありますので、ジグソーパズルの1ピースだけを取り出すことが難しいように、一人を選ぶのは難しいです。
でも、あえて選べば紫の上かなあ。
やはり彼女に対する愛着は他の人より強いですね。多分一番大きな要因は、小さい頃から死ぬ時までが描かれている源氏以外の唯一の人であること。(たしかそうですよね?)
そして話の描かれ方がやっぱり紫の上にシンクロしている傾向があるのではないですかねー。彼女が女主人公がどうか、というのはまあ色々な意見もあるかと思いますが、源氏と言う華やかなメロディに寄り添う、安定した伴奏の立場にある人のような気がします。

紫の上は、可愛くてきれいで頭も良くて手蹟も美しく、奏楽にも巧みだというトンデモナイ人ですが、わたしの中ではやはりかわいそうな人です。
死ぬ時に、彼女にあったのは「あきらめと慈しみ」だったと思います。んーんー、うまく言えないけど、藤壺さんのように「悲しいながらも満足して」死んでゆけない人だったように思うのです。あきらめの部分を慈しみで埋めて、という意味では満足そうに見えたかもしれないけど。
死の直前の梅のエピソードでは滂沱の涙を流しました(T_T)。後年、あんな女たらしになる匂宮が、この頃は可愛いですね~。

うん、やっぱり紫の上が一番!
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この回答へのお礼

  
<後年、あんな女たらしになる匂宮が、この頃は可愛いですね~。
→わはは!!ほんとほんと かわいいですよねーこの頃は!
「おばあちゃまー」とか言ってるけど、後年「美しい祖母」として思いだしてるのにはすごいなーと思います。おばあちゃんが「美しい」んですよ~!!実の祖母ではないとはいえ、私もそう思われるようになりたいが・・・絶対ムリムリ。
ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/08 11:51

好きというのとは違うかも知れませんが、最近は「宇治十帖」の登場人物に興味を持っています。

宇治十帖と言えば女性だと前半は大君、後半は浮舟に注目されがちですが、目立たない分、中の君に注目してみると結構面白いかも、と思い始めました。後は、薫のいまいちどういう人物なのかつかめないようなところが面白いかなあ、なんて思っています。身体から芳香を発するなんてところも興味深い。

sirotibikoさんはいかかですか?
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この回答へのお礼

うっ・・・宇治十帖ですか。すみません!!読んだのですが、あまりピンとこなかった。ごめんなさいっ!!しゅ・・・修行が足りぬのかも。でも 個人的には薫よりは匂の宮の方が好きです。
 与謝野晶子の訳で読んだのですが、ちょこっとだけ出てくる宮の御方っていましたよね?あの人って何者なのでしょうか?もし気がむいたら補足をいただければうれしいです。

お礼日時:2003/03/08 11:38

 私は葵上が好きです。


 生霊に殺されてしまうというかわいそうな設定ではありますが、、、。

 気品高く、光源氏に甘えられずにいて、でも最後には心を開くことを知って、、、。
なんだか、すごく切なくてはかなくてとても心に残る登場人物です。
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この回答へのお礼

葵上、なるほどそうですね~。両親に大切にされて后がねとして育てられてたから
源氏と結婚させられた時、「えーこんな歳下と~?」と思ったのかな?(あれ?左大臣の子供って二人兄妹だったけ?)美しくて 気品のあるところが私も好きです。ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/08 11:29

朧月夜が好きですねー。


かなり強い女性ですよね。男性的というか。
父親の政敵である源氏と浮気して、夫は時の帝で。
しかも最後まで、完全に源氏のものにはならないですよね?
ああいう自由奔放なところに憧れちゃいます(笑)

それから、対極にあるようで実は朧月夜並みに強いな、
と感じる女性は明石の上でしょうか。
源氏の庇護のもとにありながら、晩年は
娘である中宮の母として、知らぬ間に基盤を築いていますよね(笑)
「源氏がいなくても平気だぞ」みたいな。
常に「セカンド」としての立場をわきまえていながらも
その(表面上の)奥ゆかしさから源氏にはいつまでも大切にされて。
かなり現代的な感覚を持った女性だな、という印象を受けます。
この明石の上ってある意味紫式部の理想のような気がします。
受領階級の出身で、国母の母にまで上り詰めて
なおかつ夫に大切にされて。
源氏物語で実は一番幸せな女性は彼女のような気がします。
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この回答へのお礼

朧月夜、名前(もちろん本名じゃないけど)までかっこいいですよね。彼女の登場の仕方とかってまるでフランスの小説か映画みたい。
 私も明石の上が一番幸せそうと思います。当時の女性の出世の仕方の理想的なモデルケースみたい。(実際にはそうはいかんが。両親の身分も良くないとだめだし)ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2003/03/08 11:15

あさきゆめみし  大好きで全部あります


前は紫の上がいいなって思ってたけど
実は一番不幸かも? と今は思いますね
少女時代はおてんばさんだったのに源氏の妻にされて
かごの鳥状態になってしまって数々の裏切りに耐えなくては
いけないだけなかったんだもん
見事に源氏をふった 朝顔の姫君 が今は好きかな
本当は惹かれているけど高貴な血がそうはさせないぞってのも
ステキなところです  もしかしたら一番幸せな人かも
源氏をふったのは  空蝉の君もそうなんだけど
人妻だからしょうがないよねって感じです  
男性で好きなキャラは 明石の入道 かな
最後は全部夢が叶ったとかって修行に行ってしまう
いさぎよさがいいですね
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この回答へのお礼

紫の上、はたから見たら幸せそうだけど、本人は体を悪くするほど心労が絶えなかったですもんね。(紫の上の裳着直前の髪型が 個人的に好きです。かわい~)
 明石の入道がすべてを手紙に残して(だったかな?本が手元にないので)修行に出るとこは泣きながら読んでしまいました。
朝顔の姫君、賢い人ですよね。ご回答ありがとうございました。(^^)

お礼日時:2003/03/08 11:08

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Aベストアンサー

明石の上かもしれない……

明石の上は前半こそ、身分の差や物理的に離れてしまったことなどで苦悩の日々を送りますが、やはり源氏の子供をもうけたのは大きいでしょう。夕霧のお母さんはすぐ亡くなっているし、冷泉帝も薫もわけありの子ですから「源氏の子の母としての幸せ」をまっすぐに享けることが出来たのは、明石の上……のみですね。
しかもその子が中宮になり、東宮を生む。明石の上は東宮のおばあちゃんですよ。他のだれよりもしっかり、子や孫の幸せを見ることが出来た明石の上は、最終的に地に足のついた幸せを得ることが出来たと思う。
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Q源氏物語で好きな登場人物は誰ですか?

源氏物語(あさきゆめみし)で好きな登場人物は誰ですか?
もし、よかったら男女共にお答え下さると嬉しいです。
宜しくお願いします。

ちなみに質問者は…。
(男性)頭の中将(男らしくてかっこいい。)
桐壺帝(ナイスミドル(笑))
朱雀院(気弱な所が痛々しく気の毒で…。優しい性格なのに。)

(女性)紫の上(全てが完璧。)
朧月夜(華やかで自由奔放な部分に強く惹かれる。)
花散里(心が綺麗な性格美人。)
六条の御息所(物の怪にならなければ、才色兼備。)
葵の上(好きな相手に素直になれない性格に共感。(笑))
夕顔(はかなげ…。)以上です。

Aベストアンサー

私も「あさきゆめみし」の影響が大きいのですが・・・

男性:夕霧
真面目で不器用なところに好感を持ちます。
ニの宮に恋心を抱きながらも、どうも上手く行かなくて・・・というあたり、なんでも自分の思うままに手に入れていた光源氏とあまりにも対照的で微笑ましかったです。

光源氏にしてやられてばかりなのにどこまでも人が好い朱雀帝も結構好きですね。

女性:雲居の雁
少女の頃の健気ではかない印象から一転、夕霧と結婚してから、所帯じみて現実的になってしまったところがなんとも・・・好きです(笑)
夕霧の浮気に怒って実家に帰ってしまうあたりとかも、耐え忍ぶ女性が多い中で好感度大でした。
「あさきゆめみし」では、気が強いけれどとてもかわいいキャラクターになっていて、とても嬉しいですね。大好きです。

芯が強い女性という点では、朧月夜や玉鬘も好きですね。光源氏を振った人には好感度大かもしれません(笑)

Q紫の上は、なぜ子どもを産まなかったか?

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あるいはどのように考えられますか?お教えください。

Aベストアンサー

No.3です。
>子が生まれなかったのは、ハッピーエンドにしないためだったということですか?以下のご回答はなぜ、紫上が子どもを作者に生ませてもらえなかったのかの回答にはなっていないと思いますが。

権勢を極め、好きな女性を身の回りに集めて自分に悦に言っている色男にハッピーエンドを与えたら、話になりません。最愛の女性に子供が産ませないのは作者の因果応報の仏教的思想から、ある意味当然のストリーではないでしょうか?さらに念を入れて、正妻である三の宮は不義の子を身ごもらせるのは、自分が不義を犯し藤壺の宮を孕ませたことを光源氏に過去の罪を再認識させています。
 この因果応報のストーリーの底に流れるのが無常でしょう。

 >真に紫の上の愛情に源氏が気づいたのは、紫上死後だと思うのです。死後の源氏の乱れようが如実に示しています。

 光源氏が紫の上への自分の愛情に気付くのは正妻の三ノ宮をもらってからで、正妻に近づかなくなります。紫に上にしてみれば、本当に自分を愛してくれているのなら、三ノ宮を娶らないでほしいと強く望んでいたと思います。それが通じなかったことで、紫の上は死へ傾斜していくのだと解釈します。
 源氏物語の主人公は光源氏ですが、本当は光源氏を取り巻く女たちの群像を描くことが作者の目的であったと解釈しています。

No.3です。
>子が生まれなかったのは、ハッピーエンドにしないためだったということですか?以下のご回答はなぜ、紫上が子どもを作者に生ませてもらえなかったのかの回答にはなっていないと思いますが。

権勢を極め、好きな女性を身の回りに集めて自分に悦に言っている色男にハッピーエンドを与えたら、話になりません。最愛の女性に子供が産ませないのは作者の因果応報の仏教的思想から、ある意味当然のストリーではないでしょうか?さらに念を入れて、正妻である三の宮は不義の子を身ごもらせるのは、自分...続きを読む

Q何故紫の上は?

いつも思うのですが、何故紫の上が野分の帖で夕顔に姿を見られても非難されないのですか?

これって彼女が聡明でいつもしっかりしているから責められてないけど、れっきとした過失ですよね?

コレに対し、源氏の正妻、女三宮が柏木に姿を見られて、不義の子を宿してしまったら、「それみたことか」と非難されています。かわいそすぎます。あんまりですよね?相手が悪くて結果(不義の子懐妊)が出ただけで、紫の上の過失も同じ事だと思います。実際源氏が「夕顔に顔を見られたのでは?」と懸念もしていますし。

夕霧が紫の上の姿を見て、恋焦がれたものの持ち前の真面目さと理性で、行動には出ずに済んだだけで、台風だったとはいえ、端近にいたのは女三宮と同じだと思うんです。あれだけ女房がいながら。。。

結局紫式部が紫の上を理想の女性として描いているから、誰も彼女を非難できないようになっている気がしますが、皆様どう思われますか?
私は欠点がなさすぎる紫の上が嫌いだからかもしれません。

Aベストアンサー

女三宮と紫の上、同じように姿をさらしたのに、なぜ片方だけが非難されてしまうのか?との事ですが、これはやはり二人の人格設定が大きく関係しているのではないでしょうか。

想像するに、あるとき作者は夕霧に紫の上を垣間見させる、という状況を思いつきました。
しかし若紫のいたいけな頃ならともかく、今や六条院の女主人の地位についた聡明でたしなみ深い彼女が、やすやすと姿をあらわにするのはキャラクタのイメージダウンになりかねません。
そこで思案の末、季節は秋、近年稀に見る野分が襲来し、常日頃愛でている前栽の草花を心配するあまり、つい何時もより端近に出てしまった。
有能なはずの女房達も 吹き上げられる御簾の方に集中し、頼みの源氏はおびえる明石の姫君の方へ・・・といういわゆる非常事態を作り上げたのでしょう。
可能な限り悪条件をそろえておいて「このような日だったら、さすがの紫の上に隙が出来たとしても仕方が無い。それに花の様子を気遣われるとは、なんとまあ、お心の優しいことよ!」と夕霧に(そしておそらくは読者にも)思わせても違和感が無いように。
方や女三宮の場合ですが、どうやら身分の割にはあまり優れたお人柄ではないようだ、と感じていた夕霧は、垣間見の一件で更に幻滅する事になってしまいます。
夕暮れ時とはいえ、外部からはっきり見られる程の場所に立ち、蹴鞠見物にかまけて御簾が上がっても微動だにせず(御簾が上がった事に気づかないのではなく、本来は速やかに隠れるべき事に思い至らないという事ですね)夕霧の必死の合図でようやく奥に下がるという鈍さ・・・。

petite_mtlさんがおっしゃる通り、事実だけを見れば、確かにどちらも過失の類いに入るのだろうと、私も思います。
ではその過失にも関わらず、紫の上ばかりが非難の対象にならぬよう設定されたのか、と言えば、そこには<重要なのは、垣間見されぬ事よりも、いつ垣間見されても恥ずかしくないような嗜みを身につけておく事だ>という作者独自の価値観にあるのではないかと思うのです。
(話はそれますが『空蝉』の巻で、空蝉の君と軒端の荻の君が碁を打つのを源氏が覗くシーンがありますね。あまり美人ではないが慎み深い空蝉に好意を抱き、可愛らしい容姿にも関わらずだらしのない軒端荻に軽薄さを感じます。結局、その後肉体関係を結ぶのは軒端荻なのですが、不美人なはずの空蝉の方にずっと強く未練を残し、最終的には出家した彼女を引き取ってやるのです)
作者にとって紫の上が理想の女性、というよりも、<物語の典型的な女主人公>として紫の上のキャラクタ設定をしている、かと思いますので、<本来は過失であるはずの垣間見が問題にならないくらい、花を欺くばかりに美しく気品漂う女主人公>を読者に再確認させる事、そこに『野分』を書いた目的の一つでは、と想像します。
そしてその逆の意味を込めて書いたのが、『若菜上』の蹴鞠のシーンではないでしょうか。
源氏は密通がばれて、ひたすら子供のように縮こまる彼女を見て「女の頼りなく子供っぽい様子が、男の恋心に更に煽ってしまい、行き着く所に行ってしまうのだろう。その点、玉葛は自分に言い寄られても上手くあしらっていたし、髭黒とあんな形で結婚することになっても人から見て見苦しくないような態度をとっていたなあ」と嘆息しています。

人目に着かぬよう気をつけるのはマナーの基本だけれど、かといって一日中格子を降ろしている訳に行かないし、薄暗い母屋の中ばかりで過ごすのも味気ない。何よりも巡る季節の移ろいを肌で感じ心をふるわせる事も、歌を詠み琴をかき鳴らすといった自己表現の礎になるもの・・・花や月を愛でる為に端近に出る事も、時によっては必要でしょう、但し、あくまで気品のある振る舞いを身につけた上で。
垣間見されてもその際の態度によって、また最悪夜這されてしまったとしてもその後の対処の仕方によって、その女性の人間的価値が察せられるのだ、といった紫式部の心の声が聞こえてくる気がするのですが、極論でしょうか。

作者は藤壷との密通の因果応報として、紫の上と夕霧の密通を予定していたが、何らかの理由でそれを取りやめた、という見識もあるようです。
その場合、源氏の苦悩たるや女三宮と柏木のバージョンの比では無いでしょうね。

女三宮と紫の上、同じように姿をさらしたのに、なぜ片方だけが非難されてしまうのか?との事ですが、これはやはり二人の人格設定が大きく関係しているのではないでしょうか。

想像するに、あるとき作者は夕霧に紫の上を垣間見させる、という状況を思いつきました。
しかし若紫のいたいけな頃ならともかく、今や六条院の女主人の地位についた聡明でたしなみ深い彼女が、やすやすと姿をあらわにするのはキャラクタのイメージダウンになりかねません。
そこで思案の末、季節は秋、近年稀に見る野分が襲来し、常...続きを読む

Q源氏物語の紫の上

源氏物語の紫の上

高校生のとき古典の勉強として源氏物語を少し読みましたが、今は趣味として源氏物語を
読んでいます。
高校生の時は紫の上は源氏の最愛の女性で幸せだったんだと思っていたのですが、ちゃんと読んでみると、紫の上は源氏物語の中で可哀想な女性だっと感じました。

藤壺の姪であり、容姿が似ているからと奪い、育て、理想の女性となった紫の上ですが、やはり藤壺を愛している源氏。
私には紫の上が死んで初めて、源氏が紫の上自身への愛に気付いたように思いました。

源氏を愛している&大事に育ててきてくれたことから他の女性の子を育てたり、正妻により自身の立場に不安を抱くが、愛する源氏のために我慢しなければという葛藤で苦しむ紫の上。
源氏の身分を考えれば女三の宮を正妻にしたことは納得できるのですが、やはり源氏には紫の上のように藤壷の姪ということへの期待があったと思うと、紫の上が哀れでなりません。


私としては、なんらかの形で夕霧と紫の上の間に子供ができ、その子供を源氏が育てたほうが、
源氏はもっと苦しんだのではないかと思いました。



紫の上は源氏に振り回された人生で幸せだったのでしょうか・・・・・

源氏物語の紫の上

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藤壺の姪であり、容姿が似ているからと奪い、育て、理想の女性となった紫の上ですが、やはり藤壺を愛している源氏。
私には紫の上が死んで初めて、源氏が紫の上自身への愛に気付いたように思いました。

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Aベストアンサー

源氏物語って、読むたびに発見がありますよね。

> 私としては、なんらかの形で夕霧と紫の上の間に子供ができ、その子供を源氏が育てたほうが、源氏はもっと苦しんだのではないかと思いました。
ちょっと違いますが、それっぽい設定になっている「マンガ」を読んだことがあります。

その「マンガ」では、紫の上は、源氏が「自分」を見ていないと知っています。

「野分」で、夕霧が紫の上を垣間見してしまうシーンがありますよね。

原作では、紫の上は夕霧に「見られた」ことは気づいていませんが、源氏は「もしかしたら夕霧が紫の上の姿を見たのではないか」と思い、自分と同じ過ちを繰り返すのではないかと疑心暗鬼になっていますよね。

その「マンガ」では紫の上は夕霧に「見られた」ことに気づいて、夕霧に微笑みかけています。
関係を結んだり、子供ができたり…ということはありませんが、紫の上は、死の間際に、いかにも夕霧と関係があったかのように呟き、そのまま息を引き取ります。
それを聞いた源氏がとても苦悩する…という内容だったと記憶しています。

レディース系の「マンガ」だったような記憶がありますが、源氏物語関係の書籍には、いろいろと手を出しているので…。

私が初めて源氏物語に触れたのは、中学1年生の時に読んだ「少年少女古典全集」の現代語訳でした。本格的にハマっていたのが高校生の頃で、もはやその後の進学先では源氏物語を専門にしようとは思わず、その「背景」を専門にしました。

私は、最初のころからあまり紫の上が好きにはなれませんでした。
嫉妬深いこと以外に、殆ど『個』を感じられなかったから、興味を惹かれる人物でもありませんでした。

源氏物語の中で、紫の上が「自分は幸せだ」と思っている節は、見受けられないと思います。
ですから、
> 紫の上は源氏に振り回された人生で幸せだったのでしょうか・・・・・
幸せだったとは思えません。

> 私には紫の上が死んで初めて、源氏が紫の上自身への愛に気付いたように思いました。
私もそう思います。
いわゆる「無くして初めて価値を知る」パターンですね。
ただ、それが「紫の上」に向けられたものなのか、「自分が育て上げた自分にとっての理想の女性」に向けられたものなのかが、未だに理解できないんですよね。
源氏が、紫の上の「何」を価値と思ったかが、よく解らないんです。

同じ「藤壺の姪」であっても、朱雀院の女三宮は魅力がなく、紫の上には魅力がある…ということは、「元は同じでも、女は育て方で違ってくる」ってことを言いたいのかな?と思えるんです。
それは、ある意味、源氏の「自画自賛」じゃないのか?と思えるんですよね。
「こんな素晴しい女性を育てあげた自分って凄くない!?」というカンジで。
まるで、ショーでチャンピオンとなるような犬や猫を育てて、ブリーダーやトレーナーが自身を称賛しているような印象しか受けないんです。

源氏物語って、読むたびに発見がありますよね。

> 私としては、なんらかの形で夕霧と紫の上の間に子供ができ、その子供を源氏が育てたほうが、源氏はもっと苦しんだのではないかと思いました。
ちょっと違いますが、それっぽい設定になっている「マンガ」を読んだことがあります。

その「マンガ」では、紫の上は、源氏が「自分」を見ていないと知っています。

「野分」で、夕霧が紫の上を垣間見してしまうシーンがありますよね。

原作では、紫の上は夕霧に「見られた」ことは気づいていませんが、源氏は「もし...続きを読む

Q桐壺帝は藤壺の浮気に気付いていたのですか?

宜しくお願いします。

源氏物語において、
藤壺と源氏の二度目の逢瀬で藤壺が懐妊したと聞きました。
その後、その子供が冷泉帝となると聞いたのですが、桐壺帝はこの事実に気付いていたのでしょうか。
気付いていたとしたら源氏と藤壺にどういう感情を持っていたのか書かれているのでしょうか。
(普通なら怒り心頭だと思うのですが・・・)

ご存知の方宜しくお願いします。

Aベストアンサー

こんばんは。
私も源氏物語は愛読書のひとつで、よく読み返しています。

さて、ご質問の件ですが
物語の中には、桐壺帝が藤壺の浮気に気付いていたと記述されている箇所はなかったように記憶しています。
十帖の「賢木」では、桐壺帝が罪の子を抱き源氏と瓜二つだと喜ぶ件が書かれ、
三十四帖の「若菜」では、源氏が女三宮に宛てた柏木の手紙を見つけて、女三宮の懐妊が実は柏木の子だと気付いたときに
「父、桐壺帝は藤壺の宮とのことを何もかも承知で、知らぬふりをしていたのではないか。自分は何と罪深いことをしたのか」と書かれています。

桐壺帝は藤壺が子を生んだ時に、「源氏に似ている。兄弟とはこうも似るものか」という感想を持ったにとどまっていたと思います。
また、この言葉は疑心のない素直な言葉だったと記憶しております。
(私も、桐壺帝は真実を知っていたのかと、質問者様と同じ疑問を持ちながら読んだ事があったので・・)

源氏物語五十四帖の中に、桐壺帝が「不義の子と知っていたか」または「そのときの感情について」は、書かれていなかったと思います。
違っていたら、ごめんなさい。。

こんばんは。
私も源氏物語は愛読書のひとつで、よく読み返しています。

さて、ご質問の件ですが
物語の中には、桐壺帝が藤壺の浮気に気付いていたと記述されている箇所はなかったように記憶しています。
十帖の「賢木」では、桐壺帝が罪の子を抱き源氏と瓜二つだと喜ぶ件が書かれ、
三十四帖の「若菜」では、源氏が女三宮に宛てた柏木の手紙を見つけて、女三宮の懐妊が実は柏木の子だと気付いたときに
「父、桐壺帝は藤壺の宮とのことを何もかも承知で、知らぬふりをしていたのではないか。自分は何と罪...続きを読む

Qイデオロギーって何ですか???

イデオロギーとはどんな意味なんですか。
広辞苑などで調べてみたのですが、意味が分かりません。
どなたか教えてください。

Aベストアンサー

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオロギ-には賛成・反対といった概念がないのです。

例えば、環境破壊は一般的に「やってはいけない事」という一定の考えに
組織されています。つまりみんなが根本的な共通の考え(やってはいけない事)として組織されているもの、これがイデオロギ-なんです。
しかし、社会的立場によってはその「やってはいけない事」を美化して
公共事業と称して環境破壊をする人達もいますけど。
ここでイデオロギ-という概念に対して色んな論説が出てくるわけです。
一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
イデオ...続きを読む

Q源氏物語の持つ意味ってなんでしょう?

こんにちは。
先日(といっても年始)、「千年の恋 ひかる源氏物語」を見に行った話を友人にしたら、彼は「源氏物語ってエロ小説だろ、あれのどこが素晴らしいのか、女の子が面白がる理由が理解できない。」と言われました。確かにそういわれると身も蓋もないのですが...
私は「女性が書いたはじめてのかな文学の長編小説である」という歴史的意味があると解釈している(この認識自体が間違ってたらどうしよう...)のですが、あの物語の凄さについて、友人を納得させられるよい回答がありましたら教えて下さい。

Aベストアンサー

たしかに、平安時代には、格調高い文学作品としてというより「長大な恋愛もの」、今でいえばハーレクインロマンスのような読まれ方をしていた面があると思います。古典なので勉強して読まねば!という人はいなくて、「源氏と朧月夜はどうなるの!?どきどき」とか「薫大好き!」みたいな読み方が多かったのでは、と私は想像しております。

そんな長大な物語が、現代まで(つまり千年も)読み継がれていることに価値があるし、それだけの魅力ある作品であることは間違いないでしょう。
もちろん、女性が書いた初めての長編小説であることも歴史的意義があります。

純粋に物語としての魅力をあげると、
・膨大な登場人物一人ひとりの書き分けが出来ていて、魅力ある様々な
 人物を創造している。
 なんせ、源氏占い(クイズに答えると、「登場人物の誰か」という
 診断ができる)というのがあるほどですから。
 (最近となえられ始めた説ですが、それぞれの人物に合わせて
  和歌のうまい、へたのレベルも書き分けられてるらしいです)

・光源氏という人物(ヒーロー)の創造。
 (在原業平につぐアイドル?を女性の手でつくった)
 どんなに評判が悪くっても、日本人みんな「光の君」というと
 知ってる、というのはすごいこと。好き嫌いは別として。

・長い年代にわたる一大ロマン小説の構成
 桐壺から宇治十帖まで、親子3代にわたる長編ロマンというのが
 千年前に描かれていたことはすごい!
 付録の家系図なんか読むとくらくらしますね。人物多くて。

古典としての価値は
・当時の風俗・習慣・考え方(仏教の思想など)を垣間見る
 ことができる。
・膨大な数の和歌(登場人物が作ったとされている)が載っている。
・古文の味わい。
・当時の都(京都)の様子をしのぶことができる。
 (今でも嵯峨野・宇治に行き、源氏ツアーが楽しめます)

結局、ひとつの小説作品として考えると、好き・嫌いは分かれるでしょうし、
光源氏を良いと思うか否か、でも評価は分かれるでしょうね。

でも、女の子の面白がる理由の一つはやはり、光が好きか、または、やはり時代は違っても人の恋愛話は面白い、ということではないでしょうか・・・。

たしかに、平安時代には、格調高い文学作品としてというより「長大な恋愛もの」、今でいえばハーレクインロマンスのような読まれ方をしていた面があると思います。古典なので勉強して読まねば!という人はいなくて、「源氏と朧月夜はどうなるの!?どきどき」とか「薫大好き!」みたいな読み方が多かったのでは、と私は想像しております。

そんな長大な物語が、現代まで(つまり千年も)読み継がれていることに価値があるし、それだけの魅力ある作品であることは間違いないでしょう。
もちろん、女性が書いた...続きを読む

Q和菓子「落雁(らくがん)」っておいしいと思いますか?

私(27歳)は、大嫌いです。
姑(72歳)がよくおみやげなどで買ってくれます。
昨日も袋いっぱいのをもらいました。
姑はおいしいと思っているのでしょうが、
これは世代のせいでしょうか?
正直、まずくて全く食べられないので
そのままほったらかし、仕方なく最後には捨てるといった感じです。
夫も子供も食べません。

お若い方で、らくがんが好きという方いますか?

私は、子供の頃から、こんなものを好き好んで食べる人が
いるのだろか?と思っていましたが、
世間一般では、みなさん普通においしく食べているのでしょうか?
それとも私が今まで食べた落雁がたまたま、まずいものなのでしょうか?
まだ中に餡子が入っているものなら、なんとか食べることができるのですが・・・。
(らくがん産業者の方申し訳ありません)

Aベストアンサー

私も抹茶に添えられる和三盆で作られた落雁は大好きですが、袋にどっさり入っているような落雁は大っ嫌いです。においをかぐのもおぞましいくらい。

落雁はもともと、お茶会で使う高級なお菓子だったのですが、庶民が食べられるように、材料を安価にした廉価版が多く出回ったようです。私がまずいと思うのはこちらの廉価版。入っている粉(寒梅粉?小麦粉?小豆粉?)がおいしくないんですよね。

嫌いだから、誰も食べないから買ってこないで、と言いにくいのであれば、アレルギーが出た、なんて言ったら、信じてくださいますかね。どんなにまずかろうと、食べ物を捨てるのは嫌ですものね。

本当は、質問者さんにも、おいしい落雁の世界を知って欲しいんですけどね。デパートに入っている京菓子の店にでも行けば、おいしいものが見つかるとは思うのですが。

Q源氏物語に描かれている世界が嫌で、なじめない人いますか。

文学も国語も大好きで、友人からは「暇さえあれば本を読んでいたね」と言われるくらいなのですが、いまだに源氏物語だけは、その描かれている世界が嫌で、なじめないでいます。
テストのためにしか近づく気になれないままにきてしまい、源氏ブームなどもあって「ちょっとまずいかも」と、ちらっと思うのですが、内容のすべてが受け入れられません。
大雑把なあらすじ程度しか知りませんから、このようなことを言うのもどうかとは思うのですが、同じように感じている人っていませんでしょうか。
偉大すぎる作品のことですので、いまさら身近な人にも聞けず、気になっています。

Aベストアンサー

 徳川時代は儒教道徳の観点から、「不倫の書」として卑しまれていたそうです。どの程度一般的な見方かは知りませんが、武士の道徳からは許せないでしょう。天皇崇拝者にも我慢ならない内容でしょうねぇ。

 内容は、金妻ですね。個人的にはイヤですね。道徳的にというより、色々めんどくさそうですし、悩みの種も増えて結局苦労してそうなので、あこがれはしません。でも、たくさん恋愛してることに、たくさんの愛を経験したとか言いつつ美を感じる人には、ドロドロした駆け引きもまた優雅に思えるかもしれません。私自身には、狂気の沙汰です・・。

 でも服装とか綺麗だし、お姫様や王子様、公卿たちが華麗に登場するし、とにかく美しいというのは引きつけられるんでしょう。同じ内容を、社員と団地妻がやっても綺麗でも華麗でもありませんね。衣擦れの音や香で人を偲ぶのは、王朝貴族の雅を思わせます。

 ブームに載っている多くの人は、話自体というより、そういう風景の美しさが引きつけるのだと思います。十二単の好きな女性は多いはず。言ってる内容は同じでも、女子高生が「できちゃった」とか言われると笑えない現実が突きつけられますが、平安時代の貴族なので、現実味もなくなんとなく美しく感じます。
衣擦れの音は、庶民には出せません・・・。

 所詮は作り物として楽しむということですね。それは平安時代も同じかもしれません。帝への不敬罪を適用せずに、楽しんでしまっていますね。源氏物語の世界を地でいった和泉式部などは、「不倫女(浮かれ女)」と藤原道長に嫌われております。現在の私たちがトレンディドラマを見るのと同じで、フィクションとして見ていると思います。それと、現代人が王朝の美を感じるように、あちこちに和歌なども書いてありますし、そういう和漢の教養や文学的才能を、物語を通して見せる場でもあったのでしょう。
半面、武家の時代とは違って、こういう物語を、作り物として楽しむ文化的な余裕もあったということは言えるかもしれませんね。

 服装や貴族趣味からではなくて、もちろん、源氏以前の歌物語程度の書き物を、いきなりあそこまでの長編小説に持っていたその能力や人物描写の力や、文化的な意味を評価している人もたくさんいるでしょうけどね。 

 徳川時代は儒教道徳の観点から、「不倫の書」として卑しまれていたそうです。どの程度一般的な見方かは知りませんが、武士の道徳からは許せないでしょう。天皇崇拝者にも我慢ならない内容でしょうねぇ。

 内容は、金妻ですね。個人的にはイヤですね。道徳的にというより、色々めんどくさそうですし、悩みの種も増えて結局苦労してそうなので、あこがれはしません。でも、たくさん恋愛してることに、たくさんの愛を経験したとか言いつつ美を感じる人には、ドロドロした駆け引きもまた優雅に思えるかもしれま...続きを読む


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