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源氏物語で、主人公の源氏の君が生涯愛した女性が(たくさん)いますが、
本当はマザコン(桐壺の更衣)から藤壺を思慕するようになったという考え方もあると読んだことがあります。
誰々に似ている、ということで読みますと、源氏本人も、更には紫の上まで、
間接的には桐壺の更衣に似ているということにはなりませんか?

そこで疑問なのですが、源氏の理想の女性というのは、藤壺なのか、
理想の女性になるように美少女を引き取って育てあげた結果の紫の上なのか、
もしかしてよく覚えてもいない母、桐壺の更衣なのでしょうか?

紫の上を紹介する文で、「源氏の理想の女性」とか
「理想的な女性(だけど正式には結婚はしていない正妻格で子どももいない、これをずっと気にしている)」
とか書かれているものを読んだことがあります。
もし、一番理想の女性に紫の上を挙げるのなら、男性が自分好みに子どもの頃から育てる女性というのが
一番理想に近い女性ということになるのかな?と思いました。

A 回答 (4件)

全くの素人意見ですが、女三の宮の降嫁の時も藤壺の血縁になるから


受け入れたって話もありましたよね。
なので、その時点で正妻格であった紫の上は本当の理想の女性では
なかったのでは?
まぁ、後で悔やんでもいましたが。。。

と言うことで、あくまでも藤壷だったに1票

ただ藤壷って理由も理想の女性と言うわけではなく、宮として幸せ
だった幼少期の思い出の人だからって話もどこかで聞いたような?
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この回答へのお礼

何だか純粋に人を愛するというより、誰かに似ているからとか、単に美人だからとか、
単純であんまり運命的でない理由で好きになっているような気がします。
ありがとうございました。

お礼日時:2007/01/20 19:07

若い頃の光源氏は、確固たる理想像というものをあらかじめ持っていて、それに当てはまる女性を探していたというわけではなく、その理想像自体が何かわからず、暗中模索していたような状態だったのではないでしょうか。


雨夜の品定めで上流以外の女性の話を聞いたことから、夕顔や空蝉に思いをかけていく帚木系の巻にその志向がよく出ているように思います。

確かに源氏のハイティーン時代は、理想探しの主要動機が「母」という存在の欠落感にあったようです。しかし、やがてその動機は薄れていきました。女をたくさん知ったことで母離れしていったのだと思います。
物語には、紫の上が源氏の理想であったかのように書かれていますが、それは中年以降になってはじめて「理想に一番近い」のが紫の上だったと源氏が気づいただけのことであって、あくまでも理想に合致していたから誰それを選択しようとしたというわけではないと思います。実際は、紫の上でさえ、最後まで「いつもそばにいてほしい女性ナンバー1」もしくは「帰っていくところナンバー1」ということに限定されているような気がします。満たされている感じを受けないのです。

案外、理想の女性は夕顔の君だったのかもしれません。光源氏が一番夢中になったのは、紫の上でも朧月夜尚侍でもなく彼女ではなかったのかという気がします。言い方をかえれば、源氏にとっては藤壺中宮も花散里もみんな理想の女性なのです。しかし、それはあくまでも一人ひとりが理想の一つずつに過ぎないのだと思います。
おそらく、源氏のようなタイプは、それぞれの女性の前で「あなたが一番好き」と言うに違いありません。ですがそれは決して軽い口説き文句なのではなく、本気でそう思っているのです。その場その場では、目の前にいる女性が一番の理想的な女性なのです。そもそも「色好み」というのはそんな人物タイプなのではないでしょうか。
その点、結果がわからないものの、夕顔は個別ではない全人的な理想像があるように感じられます。本当の意味で、最後まで「自分のもの(と源氏が感じられる)」だったのは夕顔だけだったのではないでしょうか。

余談ですが、作者の理想は朝顔斎院と玉鬘、空蝉だと思います。きっと作者は少なくともこのタイプの女性ではなかったに違いありません。
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この回答へのお礼

丁寧なご回答、ありがとうございました。

お礼日時:2007/01/21 12:30

そもそも桐壺帝が更衣亡き後藤壺を入内させたのも、面影が更衣に似ていたからだとか・・・。


それを父親に刷り込まれていれば、当然母の面影を藤壺に見ることになるでしょう。

源氏と母更衣が似ていたのかどうかまではわかりませんが、紫も女三宮も藤壺の姪に当たりますから、その血縁で「似てるかも」ということで婚姻関係を結んだと思いますよ。
昔は男性と女性がまじまじと見つめ合うということは、その行為に及ぶまではなかったことですから、源氏がどのあたりで似てると踏んだのかわかりませんけど。

面影は母更衣を追ったのだと思いますが、物心ついたときには実体がなかったわけですから、実際理想としていたのは藤壺ということになろうかと推測されますが、元が文学だし作者も千年前の方なので、これ以上確証に迫ることは難しいかな・・・と思います。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2007/01/20 19:11

桐壺の更衣説に1票です。


亡くなっていることで、美化のみが膨らみ、人間らしい瑕疵を一切見ないですみます。
理想の女を自らが作るという行為は、偽源氏ですら、気づくのですから、愚かしいと気づくと思います。
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この回答へのお礼

元々才気煥発な美少女を引き取っていますので、かなりの可能性(理想の女性となる)を持っていたでしょうね。
ありがとうございました。

お礼日時:2007/01/20 19:08

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『源氏物語』に登場する紫の上は、最期まで子供を産むことがありませんでした。光源氏がもっとも愛していたのは、紫の上と考えらているのにです。作者の紫式部は、なぜ紫の上に子を授けなかったのでしょうか?
紫の上に永遠の若さを与えるためとか、紫の上に苦しみを与えるためとか正反対の意見とも取れるものがあります。他にどのような説がありますか?
あるいはどのように考えられますか?お教えください。

Aベストアンサー

No.3です。
>子が生まれなかったのは、ハッピーエンドにしないためだったということですか?以下のご回答はなぜ、紫上が子どもを作者に生ませてもらえなかったのかの回答にはなっていないと思いますが。

権勢を極め、好きな女性を身の回りに集めて自分に悦に言っている色男にハッピーエンドを与えたら、話になりません。最愛の女性に子供が産ませないのは作者の因果応報の仏教的思想から、ある意味当然のストリーではないでしょうか?さらに念を入れて、正妻である三の宮は不義の子を身ごもらせるのは、自分が不義を犯し藤壺の宮を孕ませたことを光源氏に過去の罪を再認識させています。
 この因果応報のストーリーの底に流れるのが無常でしょう。

 >真に紫の上の愛情に源氏が気づいたのは、紫上死後だと思うのです。死後の源氏の乱れようが如実に示しています。

 光源氏が紫の上への自分の愛情に気付くのは正妻の三ノ宮をもらってからで、正妻に近づかなくなります。紫に上にしてみれば、本当に自分を愛してくれているのなら、三ノ宮を娶らないでほしいと強く望んでいたと思います。それが通じなかったことで、紫の上は死へ傾斜していくのだと解釈します。
 源氏物語の主人公は光源氏ですが、本当は光源氏を取り巻く女たちの群像を描くことが作者の目的であったと解釈しています。

No.3です。
>子が生まれなかったのは、ハッピーエンドにしないためだったということですか?以下のご回答はなぜ、紫上が子どもを作者に生ませてもらえなかったのかの回答にはなっていないと思いますが。

権勢を極め、好きな女性を身の回りに集めて自分に悦に言っている色男にハッピーエンドを与えたら、話になりません。最愛の女性に子供が産ませないのは作者の因果応報の仏教的思想から、ある意味当然のストリーではないでしょうか?さらに念を入れて、正妻である三の宮は不義の子を身ごもらせるのは、自分...続きを読む

Q桐壺帝は藤壺の浮気に気付いていたのですか?

宜しくお願いします。

源氏物語において、
藤壺と源氏の二度目の逢瀬で藤壺が懐妊したと聞きました。
その後、その子供が冷泉帝となると聞いたのですが、桐壺帝はこの事実に気付いていたのでしょうか。
気付いていたとしたら源氏と藤壺にどういう感情を持っていたのか書かれているのでしょうか。
(普通なら怒り心頭だと思うのですが・・・)

ご存知の方宜しくお願いします。

Aベストアンサー

こんばんは。
私も源氏物語は愛読書のひとつで、よく読み返しています。

さて、ご質問の件ですが
物語の中には、桐壺帝が藤壺の浮気に気付いていたと記述されている箇所はなかったように記憶しています。
十帖の「賢木」では、桐壺帝が罪の子を抱き源氏と瓜二つだと喜ぶ件が書かれ、
三十四帖の「若菜」では、源氏が女三宮に宛てた柏木の手紙を見つけて、女三宮の懐妊が実は柏木の子だと気付いたときに
「父、桐壺帝は藤壺の宮とのことを何もかも承知で、知らぬふりをしていたのではないか。自分は何と罪深いことをしたのか」と書かれています。

桐壺帝は藤壺が子を生んだ時に、「源氏に似ている。兄弟とはこうも似るものか」という感想を持ったにとどまっていたと思います。
また、この言葉は疑心のない素直な言葉だったと記憶しております。
(私も、桐壺帝は真実を知っていたのかと、質問者様と同じ疑問を持ちながら読んだ事があったので・・)

源氏物語五十四帖の中に、桐壺帝が「不義の子と知っていたか」または「そのときの感情について」は、書かれていなかったと思います。
違っていたら、ごめんなさい。。

こんばんは。
私も源氏物語は愛読書のひとつで、よく読み返しています。

さて、ご質問の件ですが
物語の中には、桐壺帝が藤壺の浮気に気付いていたと記述されている箇所はなかったように記憶しています。
十帖の「賢木」では、桐壺帝が罪の子を抱き源氏と瓜二つだと喜ぶ件が書かれ、
三十四帖の「若菜」では、源氏が女三宮に宛てた柏木の手紙を見つけて、女三宮の懐妊が実は柏木の子だと気付いたときに
「父、桐壺帝は藤壺の宮とのことを何もかも承知で、知らぬふりをしていたのではないか。自分は何と罪...続きを読む

Q何故紫の上は?

いつも思うのですが、何故紫の上が野分の帖で夕顔に姿を見られても非難されないのですか?

これって彼女が聡明でいつもしっかりしているから責められてないけど、れっきとした過失ですよね?

コレに対し、源氏の正妻、女三宮が柏木に姿を見られて、不義の子を宿してしまったら、「それみたことか」と非難されています。かわいそすぎます。あんまりですよね?相手が悪くて結果(不義の子懐妊)が出ただけで、紫の上の過失も同じ事だと思います。実際源氏が「夕顔に顔を見られたのでは?」と懸念もしていますし。

夕霧が紫の上の姿を見て、恋焦がれたものの持ち前の真面目さと理性で、行動には出ずに済んだだけで、台風だったとはいえ、端近にいたのは女三宮と同じだと思うんです。あれだけ女房がいながら。。。

結局紫式部が紫の上を理想の女性として描いているから、誰も彼女を非難できないようになっている気がしますが、皆様どう思われますか?
私は欠点がなさすぎる紫の上が嫌いだからかもしれません。

Aベストアンサー

女三宮と紫の上、同じように姿をさらしたのに、なぜ片方だけが非難されてしまうのか?との事ですが、これはやはり二人の人格設定が大きく関係しているのではないでしょうか。

想像するに、あるとき作者は夕霧に紫の上を垣間見させる、という状況を思いつきました。
しかし若紫のいたいけな頃ならともかく、今や六条院の女主人の地位についた聡明でたしなみ深い彼女が、やすやすと姿をあらわにするのはキャラクタのイメージダウンになりかねません。
そこで思案の末、季節は秋、近年稀に見る野分が襲来し、常日頃愛でている前栽の草花を心配するあまり、つい何時もより端近に出てしまった。
有能なはずの女房達も 吹き上げられる御簾の方に集中し、頼みの源氏はおびえる明石の姫君の方へ・・・といういわゆる非常事態を作り上げたのでしょう。
可能な限り悪条件をそろえておいて「このような日だったら、さすがの紫の上に隙が出来たとしても仕方が無い。それに花の様子を気遣われるとは、なんとまあ、お心の優しいことよ!」と夕霧に(そしておそらくは読者にも)思わせても違和感が無いように。
方や女三宮の場合ですが、どうやら身分の割にはあまり優れたお人柄ではないようだ、と感じていた夕霧は、垣間見の一件で更に幻滅する事になってしまいます。
夕暮れ時とはいえ、外部からはっきり見られる程の場所に立ち、蹴鞠見物にかまけて御簾が上がっても微動だにせず(御簾が上がった事に気づかないのではなく、本来は速やかに隠れるべき事に思い至らないという事ですね)夕霧の必死の合図でようやく奥に下がるという鈍さ・・・。

petite_mtlさんがおっしゃる通り、事実だけを見れば、確かにどちらも過失の類いに入るのだろうと、私も思います。
ではその過失にも関わらず、紫の上ばかりが非難の対象にならぬよう設定されたのか、と言えば、そこには<重要なのは、垣間見されぬ事よりも、いつ垣間見されても恥ずかしくないような嗜みを身につけておく事だ>という作者独自の価値観にあるのではないかと思うのです。
(話はそれますが『空蝉』の巻で、空蝉の君と軒端の荻の君が碁を打つのを源氏が覗くシーンがありますね。あまり美人ではないが慎み深い空蝉に好意を抱き、可愛らしい容姿にも関わらずだらしのない軒端荻に軽薄さを感じます。結局、その後肉体関係を結ぶのは軒端荻なのですが、不美人なはずの空蝉の方にずっと強く未練を残し、最終的には出家した彼女を引き取ってやるのです)
作者にとって紫の上が理想の女性、というよりも、<物語の典型的な女主人公>として紫の上のキャラクタ設定をしている、かと思いますので、<本来は過失であるはずの垣間見が問題にならないくらい、花を欺くばかりに美しく気品漂う女主人公>を読者に再確認させる事、そこに『野分』を書いた目的の一つでは、と想像します。
そしてその逆の意味を込めて書いたのが、『若菜上』の蹴鞠のシーンではないでしょうか。
源氏は密通がばれて、ひたすら子供のように縮こまる彼女を見て「女の頼りなく子供っぽい様子が、男の恋心に更に煽ってしまい、行き着く所に行ってしまうのだろう。その点、玉葛は自分に言い寄られても上手くあしらっていたし、髭黒とあんな形で結婚することになっても人から見て見苦しくないような態度をとっていたなあ」と嘆息しています。

人目に着かぬよう気をつけるのはマナーの基本だけれど、かといって一日中格子を降ろしている訳に行かないし、薄暗い母屋の中ばかりで過ごすのも味気ない。何よりも巡る季節の移ろいを肌で感じ心をふるわせる事も、歌を詠み琴をかき鳴らすといった自己表現の礎になるもの・・・花や月を愛でる為に端近に出る事も、時によっては必要でしょう、但し、あくまで気品のある振る舞いを身につけた上で。
垣間見されてもその際の態度によって、また最悪夜這されてしまったとしてもその後の対処の仕方によって、その女性の人間的価値が察せられるのだ、といった紫式部の心の声が聞こえてくる気がするのですが、極論でしょうか。

作者は藤壷との密通の因果応報として、紫の上と夕霧の密通を予定していたが、何らかの理由でそれを取りやめた、という見識もあるようです。
その場合、源氏の苦悩たるや女三宮と柏木のバージョンの比では無いでしょうね。

女三宮と紫の上、同じように姿をさらしたのに、なぜ片方だけが非難されてしまうのか?との事ですが、これはやはり二人の人格設定が大きく関係しているのではないでしょうか。

想像するに、あるとき作者は夕霧に紫の上を垣間見させる、という状況を思いつきました。
しかし若紫のいたいけな頃ならともかく、今や六条院の女主人の地位についた聡明でたしなみ深い彼女が、やすやすと姿をあらわにするのはキャラクタのイメージダウンになりかねません。
そこで思案の末、季節は秋、近年稀に見る野分が襲来し、常...続きを読む

Q源氏物語の紫の上

源氏物語の紫の上

高校生のとき古典の勉強として源氏物語を少し読みましたが、今は趣味として源氏物語を
読んでいます。
高校生の時は紫の上は源氏の最愛の女性で幸せだったんだと思っていたのですが、ちゃんと読んでみると、紫の上は源氏物語の中で可哀想な女性だっと感じました。

藤壺の姪であり、容姿が似ているからと奪い、育て、理想の女性となった紫の上ですが、やはり藤壺を愛している源氏。
私には紫の上が死んで初めて、源氏が紫の上自身への愛に気付いたように思いました。

源氏を愛している&大事に育ててきてくれたことから他の女性の子を育てたり、正妻により自身の立場に不安を抱くが、愛する源氏のために我慢しなければという葛藤で苦しむ紫の上。
源氏の身分を考えれば女三の宮を正妻にしたことは納得できるのですが、やはり源氏には紫の上のように藤壷の姪ということへの期待があったと思うと、紫の上が哀れでなりません。


私としては、なんらかの形で夕霧と紫の上の間に子供ができ、その子供を源氏が育てたほうが、
源氏はもっと苦しんだのではないかと思いました。



紫の上は源氏に振り回された人生で幸せだったのでしょうか・・・・・

源氏物語の紫の上

高校生のとき古典の勉強として源氏物語を少し読みましたが、今は趣味として源氏物語を
読んでいます。
高校生の時は紫の上は源氏の最愛の女性で幸せだったんだと思っていたのですが、ちゃんと読んでみると、紫の上は源氏物語の中で可哀想な女性だっと感じました。

藤壺の姪であり、容姿が似ているからと奪い、育て、理想の女性となった紫の上ですが、やはり藤壺を愛している源氏。
私には紫の上が死んで初めて、源氏が紫の上自身への愛に気付いたように思いました。

源氏を愛している&大事に...続きを読む

Aベストアンサー

源氏物語って、読むたびに発見がありますよね。

> 私としては、なんらかの形で夕霧と紫の上の間に子供ができ、その子供を源氏が育てたほうが、源氏はもっと苦しんだのではないかと思いました。
ちょっと違いますが、それっぽい設定になっている「マンガ」を読んだことがあります。

その「マンガ」では、紫の上は、源氏が「自分」を見ていないと知っています。

「野分」で、夕霧が紫の上を垣間見してしまうシーンがありますよね。

原作では、紫の上は夕霧に「見られた」ことは気づいていませんが、源氏は「もしかしたら夕霧が紫の上の姿を見たのではないか」と思い、自分と同じ過ちを繰り返すのではないかと疑心暗鬼になっていますよね。

その「マンガ」では紫の上は夕霧に「見られた」ことに気づいて、夕霧に微笑みかけています。
関係を結んだり、子供ができたり…ということはありませんが、紫の上は、死の間際に、いかにも夕霧と関係があったかのように呟き、そのまま息を引き取ります。
それを聞いた源氏がとても苦悩する…という内容だったと記憶しています。

レディース系の「マンガ」だったような記憶がありますが、源氏物語関係の書籍には、いろいろと手を出しているので…。

私が初めて源氏物語に触れたのは、中学1年生の時に読んだ「少年少女古典全集」の現代語訳でした。本格的にハマっていたのが高校生の頃で、もはやその後の進学先では源氏物語を専門にしようとは思わず、その「背景」を専門にしました。

私は、最初のころからあまり紫の上が好きにはなれませんでした。
嫉妬深いこと以外に、殆ど『個』を感じられなかったから、興味を惹かれる人物でもありませんでした。

源氏物語の中で、紫の上が「自分は幸せだ」と思っている節は、見受けられないと思います。
ですから、
> 紫の上は源氏に振り回された人生で幸せだったのでしょうか・・・・・
幸せだったとは思えません。

> 私には紫の上が死んで初めて、源氏が紫の上自身への愛に気付いたように思いました。
私もそう思います。
いわゆる「無くして初めて価値を知る」パターンですね。
ただ、それが「紫の上」に向けられたものなのか、「自分が育て上げた自分にとっての理想の女性」に向けられたものなのかが、未だに理解できないんですよね。
源氏が、紫の上の「何」を価値と思ったかが、よく解らないんです。

同じ「藤壺の姪」であっても、朱雀院の女三宮は魅力がなく、紫の上には魅力がある…ということは、「元は同じでも、女は育て方で違ってくる」ってことを言いたいのかな?と思えるんです。
それは、ある意味、源氏の「自画自賛」じゃないのか?と思えるんですよね。
「こんな素晴しい女性を育てあげた自分って凄くない!?」というカンジで。
まるで、ショーでチャンピオンとなるような犬や猫を育てて、ブリーダーやトレーナーが自身を称賛しているような印象しか受けないんです。

源氏物語って、読むたびに発見がありますよね。

> 私としては、なんらかの形で夕霧と紫の上の間に子供ができ、その子供を源氏が育てたほうが、源氏はもっと苦しんだのではないかと思いました。
ちょっと違いますが、それっぽい設定になっている「マンガ」を読んだことがあります。

その「マンガ」では、紫の上は、源氏が「自分」を見ていないと知っています。

「野分」で、夕霧が紫の上を垣間見してしまうシーンがありますよね。

原作では、紫の上は夕霧に「見られた」ことは気づいていませんが、源氏は「もし...続きを読む

Q源氏物語の雲居の雁についてくわしく!!!

おしえてください!!!
源氏物語の雲居の雁とよばれる人の、当時の
平安女性とのちがいや、心情を教えてください。
どんな性格か分析してます。 
とにかくとにかくおねがいします!!!!!

Aベストアンサー

私も卒論で源氏物語の女性についていろいろ調べました。雲居の雁の性格というか、源氏物語の他の女性達と違っていて面白い点というのはやはり、普通の姫だった彼女が、年をとるにつれて、所帯じみた女性になっていくという点だと思います。あの物語に出てくる女性達は現実感がない女性達ばかりですが、夕霧の一家というのはとても生活観にあふれていますよね。落葉の宮に嫉妬するところなどをみても、自分に正直な女性だったのだと思います。

Q「源氏物語」の中で好きなキャラクターは?

源氏物語が好きな方たちにぜひぜひお聞きしたかったのですが一番好きなキャラクターは誰ですか?理由も教えてください。
もちろん原文の「源氏」に出てくるイメージ以外に、わかりやすく小説化されたものや「あさきゆめみし」などコミックに登場する姿に対してでも結構です。

Aベストアンサー

 
「キャラクター」とかいうと困りますが、「登場人物」と言えば、これは、紫上以外にはないのではないかと思います。円地文子の現代語訳と大和和紀のコミック、更に、「六条のおばはん」とか書いていた田辺聖子の翻案小説(と言っても、ほぼ原作に近いですが)などが入り交じり、何か訳が分からないのです。

イメージ的には、どうしても、コミックの影響が強くなりますが、源氏が太政大臣になって権力を掌握して栄華栄耀を極めた時期には、円地文子の訳では、源氏は、でっぷり太った(とは言い過ぎですが)、堂々とした精力に満ちる「男」として出てくるので、これはコミックのイメージとはだいぶ違います。

源氏はロリコン趣味で、小柄な女性を愛したので、紫上も当然、小柄な女性なのです。明石君も小柄な女性のはずです。

紫上とはどういう人であったのか、はっきりしません。少女の頃に、源氏が笛を吹き、若紫が琴を弾くという情景がありますが、あれは、一条天皇と、その中宮(藤原道長の娘)彰子の様子を映したのだという説があります。

人物造形としては、もっとも複雑な人物というか、「物語」の登場人物の域を超えた造形だと思います。作者が自己投影していたのだと思います。六条御息所、葵上、朧月夜、明石君、玉鬘などは、いかにも、物語の登場人物として人物を設計したように見えるのですが、紫上は、かなり複雑だと思います。

単に、聡明であるとか、芸術的感性が豊かという以上に、「心の深さ」があるのです。花散里は、心が穏やかな、安らぎのある女性ですが、紫は、その深い心のなかに、情熱的な愛と、素直な優しい心と、不安定な自己の存在の悲しみを、同時に具現していた、備えていたとも思えます。

作者は、紫上に源氏の子供を産ませることをしません。紫上は、明石君の娘の姫を代わりに育てます。六条院の新年の衣装選びで、明石君は、雅やかさが強調され、紫上は、美人であることが強調されますが、よく考えると、紫上の衣装は、その六条院における立場を意味しているのであって、彼女の個性を表したのかどうか疑問です。

明石の姫君が母親から別れる時、藤式部の文章は、明石君に対し、中宮の母にささげる、最上級の敬語を使っているという指摘があります。まだ明石の姫君は童女で、将来はまったく不明であるにも拘わらずです。源氏が、明石君に雅やかな衣装を選んだのは、この延長上にあるとも思えます。

源氏物語の主要な女性のなかで、出自や、後見や、成長が不安定なのは、実は紫上なのです。兵部卿宮の脇腹の娘というのは、六条院で、三宮が出現するまでは、源氏の正室の立場にあるには、それぐらいの身分が最低必要だったからですが、「脇腹の女王」で、しかも身分に相応しい育ち方をしていません。

玉鬘の物語は、典型的な貴種流離譚で、数奇な運命に玉鬘は翻弄されますが、結局、ハッピー・エンドと一応なります。紫上は、玉鬘よりも数奇な運命だったとも言えるのですが、そういう風に見えません。それは、外面的な流離ではなく、内面の流離が紫上の人生だったからだと思います。

紫上は、源氏よりも年下ですが、姉か母親のようにも見えることがあります。源氏にとって、紫上は、娘で、妹で、恋人で、妻で、姉で、母であったことになり、紫上とは、一体、どういう人なのか、と驚くのです。

紫上は、絶望の心のなかで、それでもある平安の境地を得て、世を去ったのだと思います。紫上の心のなかに結ぼれた、愛や悲しみや、生きることの矛盾や不安は、死によって解消されなかったのであり、ここで、『宇治編』の大君や中君の物語、そして、薫の願いを断る浮舟の話のエンディングへと展開して行くのです。

これは、『源氏物語』を概説しているのではなく、結局、紫上を中心として、過去、未来のすべてのできごとが旋回しているということです。源氏を中心に置くか、紫上を中心に置くかで、『源氏物語』は違ったように見えて来るのです。源氏を中心に考えると、何故、『宇治編』が必要なのか、何故、浮舟のエピソードで、唐突に話が終わるのか、分からないのです。

数多くの女性登場人物たちは、紫上の存在に陰影を与えるために配置されたようにも思えるのです。『源氏物語』の主人公は、紫上ではないかと言えるのです。その心の深みに、星の輝く暗黒と、春の光に香る花花を持った女性でしょう。
 

 
「キャラクター」とかいうと困りますが、「登場人物」と言えば、これは、紫上以外にはないのではないかと思います。円地文子の現代語訳と大和和紀のコミック、更に、「六条のおばはん」とか書いていた田辺聖子の翻案小説(と言っても、ほぼ原作に近いですが)などが入り交じり、何か訳が分からないのです。

イメージ的には、どうしても、コミックの影響が強くなりますが、源氏が太政大臣になって権力を掌握して栄華栄耀を極めた時期には、円地文子の訳では、源氏は、でっぷり太った(とは言い過ぎですが)...続きを読む

Qチャールズがカミラさんにこれほど惚れたのは何故?

イギリス王室の世紀の結婚式を拝見してました。
もし、ダイアナさんが生きてらしたら何処の席で息子さんの結婚式を
ご覧になってたんでしょうか?
いつも疑問に思ってたのは何故美しいダイアナさんよりあの下品なカミラ
さんと長い間不倫を続け、愛を注いだのでしょうか?
男女間のミステリーを感じます。
不誠実な夫に耐えかねた妻の最後はあまりにも悲劇的、それなのに
カミラはちゃっかりとイギリス王室の一員となってしまった。
カミラの前の夫が彼女は凄い床上手だと発言したのを記事で読んだ
事があります。
"君のタンポンになりたい”という信じられない言葉を盗聴されてしまった
チャールズ。
そこまでカミラを愛し続けたのは何故?相性?同じ趣味?価値観?
真面目に答えて欲しいです。

Aベストアンサー

真面目に答えます・・・。

カミラの曾祖母はエドワード7世(イギリス国王)の長年の公妾にして最愛の女性であるそうです。
そして更に遡ればリッチモンド公爵チャールズ・レノックスの血筋だとも言われてます。

充分に王妃としての素質はあったように思います。

ダイアナと結婚以前からカミラとは関係があったようです。(すでに最愛の人だったみたいですね)
何故、カミラを最初に王妃にしなかったのかまでは王室の事ですので分かりません。
ただ、チャールズ皇太子は伝統に対して抵抗したがるところが見え隠れする方みたいですが、伝統を破るほどの革新的な王子ではないそうです。

ダイアナは正直、自分の言いたい事を言う、好きな時に好きなことを楽しみといった自由人で強く、暖かい人情のある方だったそうです。
しかし一般的な母性はあるとしても極端に甘えさせてくれるなどの懐の深さはなかったようです。

チャールズの母であるエリザベスは王女だった為にチャールズに対して母として接する機会があまりなく愛情不足だったと思われます。
チャールズは気難しく理屈っぽい。正直さ、率直な振る舞いが特徴です。
伝統や格式を担う公人としては適役と思われます。

そして問題なのが、公人としてダイアナを妃にした事としかしダイアナは公人としてでは無く私人として愛して欲しかった事です。
ダイアナは彼を変えられると幻想を抱いてたのかもしれません。
ダイアナは言いたい事を言う性格ですので、キレて文句を言う日々が続いたのかもしれません。
しかし、チャールズはグッと考え込んで大事な事だけ発言するタイプです。
ですから元々の性格は真逆だったと思われます。
その為チャールズはダイアナに寄りつかなくなったのかもしれません。

もちろんダイアナは理屈を理解しようと努力をした事は伺えるのですが・・・理解は出来ても許容する事が出来なかったと思われます。

そしてカミラの場合は難しい理屈などは置いておきたい人のようです。
カミラにとって重要な事は自分を求め愛してくれる人がいること。
ドロドロとした三角関係にあってもチャールズの事を理解しそして許容する事が出来る方のようです。

気難しい彼に対してデリケートな部分を刺激したりしない、とても尊重してくれる方だと言われてます。
そして最大の彼女の魅力は強い母性愛です。
愛する男性を子の様に慈しみ、命を捧げて生涯を守るほどの古典的な母たる姿勢を崩さなかった事と周りから何を言われても誇り高く、強い女性であった為にチャールズにとっては不可欠な女性だったのだと思います。

長くなりましたが、カミラとダイアナでは性格が真逆であることは一番の原因だったのではないでしょうか?
ただ、誰が悪いとかでは無いと思います。

私も最初は否定派でしたが、現在はお二人の関係を暖かく見守って差し上げたい様な心情です。

真面目に答えます・・・。

カミラの曾祖母はエドワード7世(イギリス国王)の長年の公妾にして最愛の女性であるそうです。
そして更に遡ればリッチモンド公爵チャールズ・レノックスの血筋だとも言われてます。

充分に王妃としての素質はあったように思います。

ダイアナと結婚以前からカミラとは関係があったようです。(すでに最愛の人だったみたいですね)
何故、カミラを最初に王妃にしなかったのかまでは王室の事ですので分かりません。
ただ、チャールズ皇太子は伝統に対して抵抗したがるところが見え隠...続きを読む

Q何回で脱毛終了しましたか?教えてください。

何回で脱毛終了しましたか?教えてください。
個人差あると思いますが…

先日ミュゼで契約してきましたが、
脱毛終了には12~18回かかると言われました。
周りの脱毛経験者には多くない!?と言われましたが、
他のサロンでも(医療レーザー以外)、
6回や8回で終了するってかいてあるけど、
実際終わらないってきいて、じゃあ何回なんだ!?と
よくわからなくなってきました。。。
今ミュゼで契約し続けるか悩んでますので
実体験教えていただければ幸いです!

1回の単価は多分他のリーズナブルなお店と大差ないんですが、
うたってる回数が違うので、金額が比較できなくて困ってます。

Aベストアンサー

脱毛する箇所(ワキとか足とか)や満足度によっても終了までの
回数が違ってしまうと思います。
私は腕や足は6回~7回で終了しました、5回で見えないくらいの
薄い毛になったので人によっては5回で満足な人もいるかも・・
って感じでした。

ワキとビキニラインは腕・足のように7回で細い毛にはなりましたが
ツルツルを目指しているので12回くらいかかりました。
それでも、たまに気がつくと1、2本ヒョロ~と生えている事があります。

あとは定期的に通う事も大切だと思います。
私が通ったエステの説明だと2~3ヶ月おきに通わないと毛の根元が
古くなって(白くなって)光脱毛の効果がおちてしまうと言う事でした。
予約がなかなか取れないサロンだと1回1回の効果落ちるので、一概に
回数が多いから→毛が無くなるということはないみたいですよ。

ミュゼは予約が取りにくい、とよく聞きますのでトピ主さんは
お店に無理を言ってでもがんばって定期的に通って下さいね!


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