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You can't be too careful when you cross the road.と言う文は日本語で、あなたが道路を渡るときは注意しても注意しすぎることはありません。ですが、どうしてcan't ...too...で~しても~しすぎることはありませんと言う解釈になるのかが分かりません。それと、直訳すれば、あなたは道路を渡るとき注意しすぎることはできません。ですが、注意しすぎたほうが良いのではないでしょうか?また、なぜこれが注意しても注意しすぎることはありませんとなるのか、全く理解不能です。どなたか英語が堪能、また、文法事項に詳しい方、力を貸して下さい。宜しくお願いいたします。

A 回答 (6件)

 「あなたは道路を渡るとき注意しすぎることはできません」という訳がよくないと思います。

can'tはこの場合「できない」ではなく、どなたかも書かれていましたが、可能性を否定するわけですから、「あり得ない」と訳す必要があります。つまり「注意しすぎるなどということはあり得ない」→「注意しすぎる限界がない」→「いくら注意してもしすぎるということはない」と考えます。
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Gです。

 こんにちは!! お久しぶりですね。 お元気でしたか?

まず、根本的なフィーリングから説明しなくてはなりません。

canは、出来る、と言う訳がついていますが、フィーリングは「出来ると判断する・している」と言う事なのです。

I can do it.は、出来ると自分では思っている、と言う事なのです。 He can do it.は彼には出来ると私は判断している、と言う事なのです。 She can read Chineseは、彼女は中国語が出来ると私は判断している・評価している、と言う事なのですね。 まずこの理解・フィーリングを感じておいてください。

You can be careful.は、注意深くしていることをあなたには出来ると思う。つまり、あなたにはできるはず、と言っているわけです。

You can not do it.という表現が、あなたにはできるとは思わない、と言うフィーリングを理解すれば、you can not be carefulは、注意深くしていることをあなたには出来るとは思わない、と言うフィーリングは分かりますね。 (I don't thinkと言う表現をわざわざ書く必要なないのです)

too carefulはtoo much, too big, too hard, too tall, too fastと言う表現と全く同じように、「~過ぎて(出来ない、いやだ、嫌いだ、悪いと判断する、など)」と言うフィーリングを出せる表現のtooを使って、注意深すぎる(から悪いとする)、と言う意味なのです。

日本語でも本当はこの「過ぎる」と言う表現は「悪いとする」と言うフィーリングが入っていると私は感じますが、~過ぎると言うことは事はない、と言う文化的・社会的理解が定着している為に今回の問題がでてきたのだと思います。

あくまでも、過ぎる、のは悪い、という事を前提にしているのです。

ですから、You can't be too carefulと言う事は、注意深すぎて悪いと感じることをあなたにはできるとは私は思わない、となるわけです。 (もう少し私のせつめいのしかたにがまんしてよんでください)

A: You can't do it! お前に出来るわけないだろう!
B: Oh, Yes, I can! いいや、できるさ。
A: Ok, then show me! じゃ、見せてくれよ。
B: All right, I will do it. 分かったよ、やりゃいいんだろう?
A: Good, do it. それでいいんだよ。 やれよ。

と言うせりふ(フィーリングの交換)が在りますね。

A: You can't be too careful!
B: Oh, yes, I can!
A: Ok, then show me!
B: All right. I will do it.
C: Good, do it.

と同じフィーリングの交換で、結局、c:とわざと書いた部分がこのYou can't beの隠れたフィーリングとなるわけです。 過ぎると言うことはないからやれよ、と言うアドバイスなわけです。

これでいかがでしょうか。 分かりにくい点がありましたら、補足質問してください。 
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You can't be too careful when you cross the road



意訳で考えるより、直訳でイメージできればいいと思います。

あなたはもうこれで十分だというくらい注意深くはできませんよ  道路を横断する時は→この訳でイメージがつかめれば意訳の必要はありません。言いたいことは、いくら注意深くしてもいいのよ ということでしょう。無理に日本語らしく訳すからそういう疑問もでてくると思います

たとえば、I was too tired to walk. も私はあまりにも疲れていたので歩けなかった と訳しますが、、これも直訳で、 私はあまりにも疲れていた 歩くには  という直訳で十分だと思います。英語を日本語らしい日本語に直す必要はありません。英語のイメージがつかめればそれでOKです。
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よい質問です。


もしも>>1の方の解説のようにtooが more than is acceptable or possible だ
としても、そういう訳にはなりません。
つまり、「許容を超えて」は「ありえない」といっているわけで
すから、許容範囲内ということです。「し過ぎてもしすぎることはな
い」という意味にはなりません。せいぜい、許容は超え得べからざる
ことだと認定している文にしかならないはずです。
実はこの構文は、文法学者や意味論者の間では解釈を巡って厄介な
文として有名なものです。学者のあいでは、合理的な説明を与えるた
めに、cannot tooは皮肉めいた語法として捕らえるべきだという意見
があります。いずれにせよ、cannot tooで機械的に「いくら~しても
しすぎることはない」と覚えた方が早いです。
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too は「程度が過ぎて悪い」というニュアンスを持ちます。



You cannot =できない
be too careful =度を越して注意をしすぎる(ことが悪い)

「悪いと言われるほど注意をしすぎる(これが違和感のあるところです。現実には注意しすぎて非難されることはありません)、そんなことはできない」→「だからいくら注意をしても非難されることはない。それなら、いくらでも注意すればいい」

∴「いくら注意してもし過ぎではない」となります。

似たようなものに I can't thank you enough「この上なく感謝している」があります。これは enough「充分だからもう結構」がカギになります。

「これだけ感謝したからもういいでしょ、なんてことはありえない」→「いくら感謝しても感謝しきれない」となります。
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この回答へのお礼

なるほど、tooは悪いというニュアンスがあるんですね。単語帳で覚えただけだと駄目ですね。とても分かりやすいです。この回答を見て独自に考えたのは、tooだと、ある程度の限界が設定されていて、それを超えているイメージ。さらにそれは良いニュアンスを持っていない。だから、注意しすぎることは結構だけど、限界値が設定されていて、それを越すと悪いことになるよりも、それを取り除いてやったほうが良いと・・・あ~頭の中では理解できました。回答ありがとうございました。

お礼日時:2007/01/30 19:03

「~すぎる」の意味で使われる too は negative な言葉だからです。

日本語訳で「~すぎる」と覚えてしまうと、そのニュアンスがわからなくなりますね。
英英辞典でtooを引くと more than is acceptable or possible と説明されており、許容範囲を超えてしまう、可能な範囲を超えてしまう、の意味だということがわかります。
例えば、too good to be true といったら、本当であるには良過ぎる=嘘ということ。

can't be too careful は 注意深さの許容範囲を超えることはない、ですから、自然な日本語として、注意してもしすぎることはないと訳します。

この回答への補足

なるほど、tooは度を越しすぎているというネガティブな言葉なの訳ですね。あ~とても分かりやすかったです。回答ありがとうございました。

補足日時:2007/01/30 18:55
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