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蚕子って何でしょう?
蚕子が流れ着いた丘の名前が日女道丘になったという由来があるらしいのですが、全く意味が分かりません。

A 回答 (5件)

> 日女道丘は当て字なんでしょうか・・・



播磨国風土記に登場してくる話に、
「大汝少日子命(おおなむちすくなひこのみこと)が、
日女道丘の神と会う約束をしたときに・・・・・・」と有るように、
既に風土記が書かれた時にはその漢字の名前が会った訳でして、
「神代の昔、大汝命(おおなむちのみこと)は、
その子火明命(ほあかりのみこと)があまりに乱暴者なので、・・・・・中略・・・・・など14丘の名が付けられましたが、
その一つ、蚕子(ひめこ)の流れ着いたところが『日女道丘(ひめじおか)』と
名づけられた」とあります。

つまり、神代の昔に、難しい読み方をする神の名前と同様に付けられた地名で、
更にその「丘」は姫山の事で女の神様なのだそうです。
山が神様という擬人(神?)化された時代の話なので、
「当て字」と言うより、その文字をそう読んだのでしょうね。
何しろ昔は、ひらがなもカタカナも無くて、
漢字と発音だけの口語しかなかったわけでして、漢字が先にあって、それをどう読むか・・・
中国で「美国」と書いてアメリカと読ませる捉え方と似てるような気がします。
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この回答へのお礼

何度も回答ありがとうございました。

良く分かりました。

お礼日時:2007/03/03 23:47

何度もすみません。


蚕子(さんし・さいし・ひめこ・ひめじ)=蚕糸(さんし)でした。カイコの繭から紡いだ絹糸の事でした。m(_ _)m
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追記です。


もしかしたら、「なんでカイコが流れ着くの?」の事でしょうか?
私も、書いてからふと思いついたのですが、
これは、カイコの繭で作った衣の反物か、絹の着物の事かもしれないと思いました。

読みと由来には自信あったのですが、他がいい加減ですみません。m(_ _)m
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お礼をありがとうございます。

詳しく説明しなくてごめんなさい。

蚕子(さんし→さいし)=蚕(かいこ)の事です。
私の推測ですが、蟻(あり)の事をアリンコ(蟻んこ)というように
愛着を持ってそう呼んでいたのかな?と勝手に思っています。

「蚕子」を神代の昔の物語では「ひめこ」と言い、
古語では「ひめじ」と読ませていたことが、サイト内にも書かれていますね。
のちに「ひめこ」は「姫子」と充て、「ひめじ」を「姫路」と充てています。

ちなみに、  
「蚕子(さいし・ひめじ)」が漂着して名づけた「日女道丘(ひめじおか)」は
今の、姫路城大天守のある姫山でした。
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
大体分かった気がします。

日女道丘は当て字なんでしょうか・・・

お礼日時:2007/03/03 20:12

このサイトの「蚕子」の事でしょうか。


http://www.city.himeji.hyogo.jp/guide/castle/leg …

蚕は「カイコ」の事です。
絹糸を紡ぐ繭(まゆ)を作る成虫の事です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%82%A4% …

姫子、すなわち蚕が落ちた丘を日女道丘と名づけた。
(姫路の地名の起こりを伝える「風土記シアター」のナレ―ションから)
http://www.aurora.dti.ne.jp/~atorasu/p05/essey10 …
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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
その蚕子です。

蚕=蚕子という事でしょうか?
読みも同じですか?

また、蚕と日女道の繋がりが全く分かりません。

お礼日時:2007/03/03 14:19

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Q人間は考える葦である とは?

ふと頭をよぎったのですが、、
「人間は考える葦である」とはどういう意味なのでしょう? また誰の言葉なのでしょう? 簡単な質問ですみません。 よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去しました。
  
  残された膨大なメモを元に、パスカルが計画していた著作に似たものを編集することも考えられたのですが、とても、それは無理なので、断片集として、計画のまとまりや、内容の関連性などから、おおまかに断片メモを整理してまとめて、一冊の本に編集したのが、『パンセー』です。当然、パスカルの死後出版されましたし、内容は、緩やかなつながりで、長短の断片文章が並んでいる構成です。従って、本のなかの文章はパスカルのものですが、本は、パスカルの「著作」とはちょっと云えないでしょう。ほとんどできあがっていて、足りない部分などを、他の文章で補ったりして、計画通りかそれに近い本を作ったのならともかく、当初の計画とは違う、「箴言集」か「随想集」のような本になってしまっていますから。
  
  それはとまれ、「葦」が弱いものの代表として人間の比喩に取り上げられているのは事実ですが、何故「葦」だったのか、という疑問が起こります。例えば、「人間は考える蟻である」とか、「人間は考える蝶である」とか、また「人間は考えるクローヴァーである」とか、幾らでも考えられます。
  
  これは、誰かの説明であったのか、わたしが勝手に考えたのか記憶がはっきりしないのですが(おそらく誰かの説明です)、人間が「葦」であるということの比喩は、ナイルの河畔に生える葦は、強い風が吹くと、弱いために、すぐしなって曲がってします。風に抵抗できない。いや抵抗せずに、しなって敗北するのである。しかし、その他方で、偉大な樫の樹などは、風が吹くと、しなることはせず、抵抗するので風に勝利するが、しかし、繰り返し風が襲って来た時、何時か強い風に倒され、根元から折れてしまうのです。しかし、賢明に自らの分を知る「葦」は、風が吹くとそれに身をまかせてしなり、逆境のなかで、一見屈服したように見えるが、しかし、風がやむと、徐々に身を起こして行き、再びもとのなにごともない姿に戻って微風に揺れているということが、人間への「比喩」の意味だったはずです。
  
  少しの風が吹くとしなり、風の前屈して曲がるが、風が去ると、また元のように立ち上がる。人間とはこのように、自然や運命の暴威に対し無力であるが、それに従順に従い、そして暴威をくぐり抜けて、また元のように、みずからの姿で立ち上がる。自然界のなかでたいへん弱く、簡単に風にしなるが、柔軟性があり、運命にも暴威にも屈しない。そして何よりも、「考えることができる」すなわち「精神を持つ」ことで、ただ、自然の力、暴威として、力を無自覚に揮う風に較べて、遙かに賢明で、優れた存在である。……このような意味の比喩ではなかったかと思います。
  
  この葦の比喩は、パスカルという人がどういう人だったかを知ると、パスカル自身のことのようにも思えて来ます。パスカルは、四十に満たないで亡くなっています。彼は、少年の頃から神童と言われたのですが、病弱で、一生、病気や身体の苦痛とたたかいながら、思索し実験し、研究し、晩年は、修道院に入って信仰生活を送ることを決意して、自分自身でも、そのことについて、悩み考えつつ、世を去りました。パスカルは、自分に襲いかかる不条理な病や、身体の不調などと、「たたかう」というより、それを受けて耐え、病の苦しみのなかで思索や研究を続け、「精神」において、自然が与えた病の暴威などを、乗り越えて生涯を送った人だとも云えるのです。
  
  暖めた流動食でないと、喉を通らないというようなこともしばしばあったということは、解説書などには必ず記されているはずです。弱々しい「葦」のように、襲って来る風に身をまかせつつ、思索した精神、それがパスカルなのでしょう。パスカルは「人間とは、運命に従順であるが、しかし、精神で、運命に抵抗し、不屈の意志で、思索することで、運命や自然の暴威を乗り越える自由の存在なのだ」という意味で、この言葉を記したのではないかとも、思えるのです。
  

 
  「人間は考える葦である」というのは、フランスの17世紀の思想家・数学者であったブレーズ・パスカルの手稿にあった言葉の翻訳です。普通、『パンセー Pensee(思索)』という著作のなかの言葉だとされますが、『パンセー』はパスカルの著作ではありません。パスカルは、もっと系統的に、人間、世界、神の秩序や矛盾などを考察した、体系的な浩瀚な著作を著すことを計画していて、そのメモを多数書いたのですが、構想が難しかったのか、または若くしてなくなった為か、計画した著作を完成させずに死去し...続きを読む


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