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質問です。

大化の改新後から始まった東北地方蝦夷の征討が、日本海側から始まった理由を、論述問題に対応できる形で答えてくださいお願いします。(150文字までが理想です。)

かなり勝手な質問ですがお答えよろしくお願いします。

明日日本史のテストなのですが、先生に質問し忘れてかなり困ってます。キーワードは、最上川、奥羽山脈、愛発関だったような気がするのですが、説得力のある解答が作れません。どうかお願いします。

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A 回答 (7件)

海道の蝦夷辺りを調べて下さい。

(太平洋側のえみし)

最上川、奥羽山脈、愛発関
反乱が強く、100年制圧が遅れてますね。
策の年代は要注意です。
(制圧目標が分かります。)

理由は戦争が目的ではありません。
制圧、領土拡大です。
これが出来る部分から着手するのが妥当です。

また、百済への援軍を送り込み、
唐・新羅の連合軍に敗北しています。
その後、大陸からの脅威に怯え、防衛網を作成します。

何が何でも「えみし」との連絡手段を建つ為、陥落させる必要はあったようです。

大陸から東北に防衛の目を向けた。
こう言う必要に迫られた部分もあり、手はず通りではなかったようです。

遅れてしまいましたが、
理解は、積み重ねが最も大事です。
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>>5


間に合いましたか・・・
最近脚光を浴びつつある
環日本海文化圏ですね
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大陸との日本海交易の関係で


蝦夷の中心勢力、拠点が日本海側の
港湾を中心とした地域に主として存在した、
そういう事情であったのかも知れません
農業・農耕社会と言うより狩猟・漁業採集中心文化で
そうすると特に日本海経由での大陸との物資交易関係に
比重があったでしょうから
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秋田県付近の住民は大陸白人系の遺伝子が混じっている


そうです
血液関係の鑑定調査によると。
まあそれは蝦夷の側の陣営の話ですか・・・・
あと青森北部の半島の2つのうちいずれかの最北には
大陸とも交易した貿易港が古くからあった模様です(港湾遺跡発掘)
それが縄文期位から存在したようだと、確かに海上交通が
日本海側の方が活発であった、
その港湾関係から攻略するのが蝦夷と、それを援助可能であった
大陸勢力との武器・食糧・武装人員での連絡関係を絶つという
戦略的判断の上で重要であった
そうも推測できます
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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E6%B4%A5% …

上記のうち 7つが日本海。
646年 ヌタリの柵が 信濃川・阿賀野川河口部=潟湖
647年 現在の村上市あたりで 三面川河口部
秋田も雄物川の河口部で すべて 船舶で優位な部分。
『日本書紀』によれば、658年水軍180隻を率いて蝦夷を討ち、ですので、すべて舟であります
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日本海側が早かった理由



兵員を運びやすかったから。
先生の指示しているキーワードは関係ないと思います。

兵員を連れて行くには、兵站も含めて交通路が必要ですが、支配していない地域に道路はありません。対して、舟では、白村江で朝鮮に数万の軍勢を送ったようにノウハウがある。
日本海は対馬海流+ちょうどいい間隔で潟湖があり、輸送しやすい。
太平洋側は、江戸時代においても遠州灘が海難事故の名所であるように、途中に休む潟湖が無かったし、黒潮は強すぎた。
※ 黒潮が本州から離れる銚子のあたりに中臣氏の拠点 鹿島神宮があるってのも示唆的です。
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そういう理由はほとんど全く、聞いたこともありませんが


あえてポイントを言えば 太平洋側の福島白河の関所あたりの蝦夷側の
防御が固かったと推測されることくらいでしょうか・・・
日本海側の関所の軍事防御が攻略し易かったとか?
日本海側に注目すべき鉱物資源は・・・?特に無かったと思いますが・・・・
あえて言うなら最上川の水産資源に注目した???
蝦夷の主力軍事勢力が太平洋側にあった?
日本海側の蝦夷勢力が大和朝廷と早期に講和した??
思い当たりません 申し訳ないですが・・・
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Q坂上田村麻呂の蝦夷征討について教えてください。

このほど坂上田村麻呂公の墓所とされる場所が京都の山科区で特定されましたが、この記事を踏まえて学生の頃の教科書を読み返していたところ、素朴な疑問が浮かんできました。

それは、「坂上田村麻呂はどうしてわざわざ蝦夷くんだりに武装して、しかも征夷大将軍などと国家の威信をかけて出撃したんだろう。。。」と。

予想1:防人制度に反対する東国民が騒ぎを起こし、租税を里長に納めなくなり、さらに反政府運動まで起こし、そのデモを鎮圧するため?(阿弓流為はデモの先導者?)

予想2:律令制度を確立していくにつれて国家財政が貧窮したために、あらたな租税確保のため「税務署員」として蝦夷征討へ出かけていった?

予想3:663年の白村江以来警備が手薄になってきたので、東国で鼻息の荒い阿弓流為一団を大和朝廷に組み入れ、そのまま防人に据えようとした?



坂上田村麻呂公の蝦夷征討をさかのぼること約100数十年前、やはり阿倍比羅夫公という将軍が蝦夷を征伐しています。

その東征の理由は、その後の阿倍比羅夫公の政治的な立場をみれば、おそらく白村江の戦いの出兵要員やその敗戦による北九州防衛強化のため、傭兵を調達する目的で東征したと考えるのが自然な気がします。

しかしながら坂上田村麻呂公については、その相関関係がいまひとつわかりません。お詳しい方がおられましたら何卒ご教授賜れれば幸いでございます。

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Aベストアンサー

蝦夷の反乱を鎮める為です。

朝廷はそれまで服属してきた蝦夷に田地を与え定住させ支配・経営していましたが、反乱が起こります。これに、支配領域外のもともと服従していない蝦夷も合流し、反乱は拡大していきます。780年には行政官の紀広純が殺害されます。
朝廷は反乱を鎮めようと軍を送りますが、蝦夷の抵抗は激しくうまくいきません。
特に789年に派遣した征討軍は、蝦夷に大敗北と言っていいほどの敗北を喫しました。それに続く794年の征討軍も一応勝利はしますが、蝦夷の本拠地である胆沢を陥落させるところまではいきませんでした。
801年に坂上田村麻呂が派遣され、ようやく胆沢を落とし、蝦夷を平定するのです。
蝦夷の反乱は、坂上田村麻呂が平定するまでに十数年にも及ぶ、大規模で激しいものだったのです。

なお、阿部比羅夫が蝦夷征討を行ったのは、658年の事です。
新羅と唐が手を結び軍を起こして百済に攻め入ったのは660年です。百済が日本を頼り、朝廷が軍を出して起こった白村江の戦いが663年の事です。
阿部比羅夫の東征は、百済が滅亡の危機に陥る2年も前ですし、まだ百済から援軍の要請もきていません。傭兵調達が目的という考えは、無理があるように思われますが。

蝦夷の反乱を鎮める為です。

朝廷はそれまで服属してきた蝦夷に田地を与え定住させ支配・経営していましたが、反乱が起こります。これに、支配領域外のもともと服従していない蝦夷も合流し、反乱は拡大していきます。780年には行政官の紀広純が殺害されます。
朝廷は反乱を鎮めようと軍を送りますが、蝦夷の抵抗は激しくうまくいきません。
特に789年に派遣した征討軍は、蝦夷に大敗北と言っていいほどの敗北を喫しました。それに続く794年の征討軍も一応勝利はしますが、蝦夷の本拠地である胆沢を陥落させる...続きを読む

Q分子式と組成式の違い

えっと…初歩的なことで今更あれなんですが、分子式と組成式の違いがよく分かりません。
お分かりになる方、お教えください。

Aベストアンサー

分子式というのは分子が存在する物質に限って用いられ、その分子に含まれている原子をその数とともに示したものです。
たとえば、水:H2O、アンモニア:NH3といった感じです。


組成式というのは、その物質を構成している原子を最も簡単な整数比で表したものですが、それには2つの可能性があります。
(1)分子が存在する場合でも、種々の理由によって、分子式で表すのが困難な場合には組成式で表します。
たとえば、ダイヤモンドやイオウは高分子ですので、分子式で表そうとすれば構成している原子数を知る必要がありますが、それは個々のダイヤモンド等によって異なっており、正確な原子数を知ることは不可能です。したがって、ダイヤモンド:C、イオウ:Sのように表します。
また、高分子以外でも、種々の理由によって、たとえばベンゼン:C6H6などを、CHという組成式で表すこともあるでしょう。

(2)分子を形成しない物質の場合には、組成式で表します。たとえば、食塩をNaClと表しますが、これはNaClという分子があるのではなく、Na原子(あるいはNa+)とCl原子(あるいはCl-)が1:1で含まれていることを意味します。イオン結合を形成する物質の中には、このように組成式で表されるものが多いと言えるでしょう。

分子式というのは分子が存在する物質に限って用いられ、その分子に含まれている原子をその数とともに示したものです。
たとえば、水:H2O、アンモニア:NH3といった感じです。


組成式というのは、その物質を構成している原子を最も簡単な整数比で表したものですが、それには2つの可能性があります。
(1)分子が存在する場合でも、種々の理由によって、分子式で表すのが困難な場合には組成式で表します。
たとえば、ダイヤモンドやイオウは高分子ですので、分子式で表そうとすれば構成している原子数を知る...続きを読む


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