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No.23
- 回答日時:
あのぅ、私クリスチャンじゃないので恐縮なんですけど、それでもいいとおっしゃっていらっしゃる様なので、ご説明させて頂きます。
スピリチュアリズムを推進する高級霊団の一人、シルバーバーチは、神(大霊)とは世界のあらゆる事象の原因、自然法則と言います。あらゆる事象は、それによって動かされているのです。
また、人の心の中にある善の心の事も神と言います。我々の魂は、大霊の子供なのです。
即ち、善の動機で生活する事が自然法則に適った生活であると思われます。神は自らの心の中に、既に備わっているのです。その神を無視するのか、従うのか、それは自由意志に任されております。しかし、最終的には、全ての魂は大霊に近づくように進化して参ります。
イエスは、現世に現れた魂の中で史上最高の高級霊と言われております。その死後、現在もシルバーバーチ他を指導する霊です。ただ、霊格は無限にあり、イエスが行き止まりな訳ではありません。
現世に存命中は、高級霊界の言葉を伝えたすさまじい霊媒師だった様です。
現在の聖書は、政治的謀略の為、何度も何度も作為的に改ざんされ、イエスの言葉を正確に伝えるものではないそうです。

No.21
- 回答日時:
仏教の覚りへの道は
一人ひとりがイエスキリストであることである。
ああ
大きな決定的な違いがある。
生そのものが罪の意識の世界観と
生そのものが祝祭の意識の世界観の違い。
お釈迦様は覚りへの道として無常と欲に執着することからの離脱を説いた。
仏教でいう罪とは
この世を無常として観るのでなく決定論として観ること。
我欲に”執着”すること
ということになるだろうか。
人間の際限のない欲望から来る食物連鎖の崩壊傾向は
西洋の神の決定論から来るのではないでしょ?
No.17
- 回答日時:
生まれた赤ん坊がすべてを理解できるわけではないですよね
それと同じで疑いだしたらきりがありません。まずあなたが信じて良かった、または信じたい~というところがあると思います。そこで留まってください。
まだ理解できないから信仰がない?いいえ御子を信じているのが信仰です
聖書はこのように進めています
わたしはまことのぶどうの木、わたしの父は農夫である。
わたしにつながっていながら、実を結ばない枝はみな、父が取り除かれる。しかし、実を結ぶものはみな、いよいよ豊かに実を結ぶように手入れをなさる。
わたしの話した言葉によって、あなたがたは既に清くなっている。
わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。
わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである
さて聖書は何をすべきなのか?何もする必要はありません。ただ木につながっているだけでいのです。すべて主に任せる事これが信仰です
最初から理解する必要はありません。生まれた赤ん坊を考えてください
新しくなったならあなたが理解できなくても神様はあなたを知っており
もう孤児にはしません。もっともっと深く聖書を読んでください
理解できない場所はそのままでいいです。理解できるところに目をとめて感謝!です
最初から理解できるものではないですね。肉によって知るのではなく霊によって理解できるんだから、最初から理解しましょう。なんて聖書は書いていません
この回答への補足
僕はこの言葉を知ってます。
再度読んで涙が出そうでした。
ずっとつながっていきます。
これがひとつの答えなのかもしれないです。
感謝です。
No.16
- 回答日時:
>こんなこともちろん聞けるわけがないんですが
・・・。
もし疑問に思ったことを聞いて、「信仰心が無いから疑いを持つのだ」と言うだけでしたら、本当はその人自身もちっともわかってはいないんのに、「私は今のところわかっていません」と正直に言う勇気が無く、知らないのに知っている不利をして相手を騙そうとしていると思えるんですね。
知っていたら少なくともヒントというか、イエスのようにたとえ話をして、その意味を説明できるはずなので。
頭ごなしに「信仰心が足らない」だけ言うのでしたら、まずその人自身もわからないと見ていいと思います。
旧約聖書を知っていれば、旧約を使って説明できる箇所がいくつもあると思うし。
神父さん、牧師さんレベルなら説明できるはずなので、躊躇することなく聞くべきです。
神父さん、牧神さんレベルになれば、当然答えられるレベルなはずですから、信者は臆することなく、知ることにより理解を深める意味で、聞くべきでしょう。
聞かないほうが不勉強だし熱心じゃないと私は思います。
>聖書を書いている人、聖書の中でイエスと共にした人は
>だれなんでしょうか??
>小さなことまでもその方はイエス
>のことを観ていたのでしょうね
4福音書を書いた人が誰なのか、わかっていません。
少なくとも使徒じゃないということは、聖書研究家の共通の見解です。
研究では3福音書の元となる資料があり、それを元に書かれたとされています。
イエスに後継者と使命されたとするペトロ。
ペトロ側とパウロ側とに分裂し、競争相手だった東方の諸教会側に優先権を示すため、3世紀頃挿入されたという疑いがある。
でもペトロは実在なのだから。
いえ 実在の人物かどうか怪しいんです。
ミトラ教から来ている可能性がある。
逆さ十字架もシンボル的な意味が含まれている。
(女神関連)
エジプトの宗教的意味合いも含んだ語彙。
魔術的意味も含む。
ある書物を読むと「ペトロは実在しなかったことは疑う余地も無い」と書いてある。
(その理由は長いので省きます。)
ローマの処刑方法は確かに十字架ですが、形は十字じゃなくてTでした。
処刑されるものは、T字型の処刑道具を担いでなどいなかった。
横木だけ担がされていた。
裁判でピラトはイエスを助けようとしたと聖書ではなっているが、史実のピラトは、裁判すら開くことなく処刑していた冷酷な人物だった。
最大のクライマックスの場面すら、創作の可能性が高いわけです。
しかし、それでも信仰の明かりは消えません。
ユダヤ人というか、ヘブライ人というかイスラエル人というか、彼らは弱小であり、何度も他の勢力に絶滅させられそうになるという運命だったのに、今も絶滅さずに信仰の明かりをともし続けている。
奇跡と言えると思います。
彼らは宗教を奪われそうにならないと、反撃しない。
イスラエルのユダヤ教の中の急進派が、イスラム勢力と戦っているだけで、穏健派は穏やかなのだそうです。
ユダヤ教では慣習として、思想をかつて栄華を極めた人とされる人を登場させて物語にして、思想を後世に伝えていった。
だから、思想を書く時、ダビデとかソロモンとかモーセとか彼らを主人公にして物語を書いていたわけです。
だから、ダビデがこうした とか書いてあっても、実際にダビデが行った史実だとは限らない。
イエスにしてもそう。
ヨシュア(イエシュア)が登場する物語が旧約聖書にありますよね。
他民族を絶滅させたと後半部分に書いてありますが、この部分は後世の加筆なのだそうです。
とにかくこの弱小民族を救ったのがイエス(ヨシア)。
再度窮地に陥った民族が、誰を主人公の名前として持ってきて、思想(哲学)を書くか。
イエス(ヨシア)が救世主として一番象徴的な名前だとなったのかもしれません。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC% …
この人の思想も福音書と後になる書物に影響を与えたのではないかと。
エジプト、ヘレニズム文化を持っている。
当然 ユダヤ教と相違する思想になるわけです。
だからといって、イエスのモデルがフィロンだとは思いませんが、イエスの思想となったものは、フィロンが関係しているのではないかと思えます。
では、その思想を誰が書物にして、後の福音書となる元の文書を作ったか。
わかりません。
No.15
- 回答日時:
質問者さんの「私は何も神も聖書も疑っているわけではないです。
真実を理解したいのです。」という姿勢が本当だとすれば、神とイエスとの関係も理解していないのに「私はクリスチャンです。」と宣言してしまう態度は、まったく理解に苦しみます。神を、聖書を、信じる立場を堅持するのであれば、あなたのいう「真実」は聖書の中にあるはずで、いわゆる原理主義者になるしかないです。現代では、世の中で真に原理主義の立場を守ろうとするクリスチャンは多くないでしょう(...というか、圧倒的少数派ですよね)。
歴史学的な意味で真実を理解したいのであれば、一度クリスチャンとか聖書の枠をはずれて自由に考えるほかないでしょう。
結局、質問者さんの姿勢は、主観的にはとても真摯なものと思いますが、客観的には 中途半端なものとしか映りません。
私の個人的な回答は、
イエスが生まれる前から(この世界が存在する前から)神は存在していたのですから、「イエスは神である」という命題は、普通の理性からすれば、どんな理屈を付けようとも、理解できるものではありません。
また、イエスが「神よ、なぜ見捨てる!」と叫んだのはイエスが人間だったからであり、当たり前です。
イエスが尊敬されたのは、イエスが民衆の側に立った人間で民の声を代弁する存在だったからであり、もし、超人的(神的)存在であれば、あのような生涯をおくるはずはないではありませんか。
従来の神学は、イエスを尊ぶあまり、神と同格の存在にしたり、奇跡を起こしたり、三位一体などという奇妙な理屈を発明したり、とにかく、やたら 人間としてのイエスの価値を認めないで、イエスを超人として価値を認めようとするわけです。
これは、すばらしい人間イエスの価値を冒涜するもので、いわゆる「贔屓の引き倒し」の論理になっています。
イエスの真実を理解したいのであれば、従来の神学理論とは決別して、人間としてのイエスを知るように努力しましょう。そうすれば、従来流布していたような超人イエス像(理解)が何と俗っぽくて薄っぺらい理解だったか分ってくるのではないでしょうか?
イエスの本当の偉大さ、存在価値をあなた自身の眼で正しく見抜いてくださるよう切望いたします。
この回答への補足
今から信仰とともに生きる僕にとってはたまたまその宗教だった
のかも知りません。
なったばかりのときは教派の違いすらわからなかったので
その後だんだんとなんとなくわかってきましたが。
No.14
- 回答日時:
No.8です。
聖書は物語なのか。事実を書いているのか。
聖書の本質を突いていると思います。
わたしは、一人の信仰者として、聖書は事実を記していないと思います。そうではなくて、真実が記されているものだと信じています。
なんだか、言葉の遊びのようですが、No.13の回答者の回答を踏まえて読んでください。
No.13さんは、共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)に限っての議論になりますが、「史実のイエス」と「宗教のイエス」という、分類をされています。前者は神学用語で「史的イエス」と言われています。その問題を考えるようになってから、まだ1世紀あまりしか経過していませんが、既に数十年前に結果が出ています。「史的イエス」の再構築は不可能だと。つまり、イエスが歴史的にどのようなことを語られ、どのようなことを行ったのか、正確にはわからないということです。ガリラヤで伝道を始め、十字架で殺された程度のことしか、確かなことはわからないということなのです(現在では、「イエスの問い直し」という新たな方向性が打ち出されていますが、詳しくはふれません)。
どうして、正確な「史的イエス」がわからないのか。それは、聖書は事実を記したものではないからです。
こういいますと、聖書はフィクションで後代の創作だと考えられるかもしれません。「物語的に読んでいた」とringomsさんは、補則されていましたが、ある意味では間違えでは無いと思います。ただ、その物語的な読み方の背景に、信仰があるかどうかが問題です。
No.13さんの「宗教のイエス」というコンセプトも確かに誤りではありませんが、キリスト教の信仰を持たないものが、聖書に記された「宗教のイエス」について考えることは、学問的には意味があるのかもしれませんが、信仰的には無意味だと思います。
聖書は真実を記していると申しました。聖書は紛れもなく初代教会、原始教会の信仰者の信仰の真実によって記されたものです。「わたしはイエスはこのような方だったと信じている」「聖霊はこのように働いたので、信仰者が助けられたと信じている」「神は人間を救うためにこのようなことをしてくださったと信じている」それが聖書なのです。
ですから、聖書の中には論理的には、矛盾した記事がたくさんあります。それは、聖書が真実を語っているからです。違った時代、違った場所、そこで信仰者として歩んでいる人たちの信仰がまったく同じはずがありません。真実を記しているから、事実として矛盾した記事が一つの聖書になっているのです。
そう考えないと、聖書は奴隷制も、性差別もすべて事実として容認していることになってしまうのではありませんか。
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