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ふと疑問に思ったことがあります。
江戸時代の女性達(町人など)は、時代劇や大河で見ると皆同じような髪型をしていますよね。
確かに身分の違いや、その時の流行、年齢によって変化があり、島田髷や丸髷という種類も知っています。
しかし、はたから見たら髪がどのような構造になっているか分かりません。
毎日あのような髪型にしているとしたら、女性達は朝時間がかかってしょうがないとも思います。
現在の私達も、長い髪の方でしたら自毛で同じような髪型に出来るのでしょうか。

そこで、髪を垂らした状態から、島田髷やそういう髪型にできる詳しい手順を知っている方、またはそのようなサイト様があったら教えてください。
また、当時モテる髪型などという物もあるのでしょうか?
特に幕末の女性達の髪型について興味があります。
よろしくお願いします。

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A 回答 (3件)

テレビの時代劇の髪型のバリエーションは非常に少ないです。


実際には時代により、地方により、もっと変化に富んでいたようです。
京都の髪型とか、江戸の髪型とか。
昔、古語辞典で男性の鬢(びん)の細い結い方の絵図を見たことがあるので、男性も「あの髪型(テレビで見る)」でない髪形があったのでしょう。

>現在の私達も、長い髪の方でしたら自毛で同じような髪型に出来るのでしょうか。

結う技術のある人に結ってもらえば出来ます。
(自分は詳しく知りませんが)
江戸東京博物館のミュージアムショップで面白い本を売っていたので買いました。
髪型や服装など。
現代の女性が実際に結い髪にしている写真が出ていました。
この本かな?
「日本の髪型―伝統の美 櫛まつり作品集」京都美容文化クラブ
http://www.amazon.co.jp/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81 …
マンガを描く人にも参考になりそうだなと思いました。
古代の髪型も出ています。山岸涼子さんチックな。

こんなサイト発見。
http://www5.ocn.ne.jp/~ukiyo26/onna_3.html
検索してみると意外といろいろなサイトがあるようです・・・・
http://www.google.co.jp/search?hl=ja&client=fire …
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●化粧との関連の観点から→

http://www.geocities.co.jp/Playtown/6757/edokesy …
●版元ドットコム(文献の紹介)→http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-938547-57-8. …
●ちょんまげバックナンバー→   http://blog.dhmsl.jp/archives/2006/11/post_25.html
●日本髪・結髪(ギャラリー)→http://www.official-jbn.net/taba/gallery/
辺りでしょうが、大方NO2さんが挙げられた最下段のグーグルのURL内で早々とヒットするものばかりかも知れませんね(苦笑)

尚[教えて!goo]内の質問ではhttp://oshiete1.goo.ne.jp/qa2271850.html が参考になりそうな気がします。
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「江戸浮世風呂」というページで、江戸時代の風俗や女性の服装、髪型などが紹介されており、結い方もイラスト付きで掲載されています。

美人の傾向なども紹介されているので、参考になるかと思います。

「江戸浮世風呂」江戸の女
http://www5.ocn.ne.jp/~ukiyo26/onna_1.html

江戸浮世風呂

参考URL:http://www5.ocn.ne.jp/~ukiyo26/index.html
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Qもし現代人が江戸時代で1ヶ月生活するとしたら、何で困るでしょうか?

空想の話で恐縮です。

時代小説を読んでいて時々思うのですが、もし今の日本人がタイムマシンか何かで数百年前の江戸時代に戻り、そこで1ヶ月ほど当時の一般庶民の家に滞在するとしたら、何で困ると思われますか? あるいは何も困る事はないでしょうか?

例えば食事。 衛生状態は今ほど清潔ではなかったはず。 もしかして最初の食事で腹痛や下痢をおこし、ギブアップになるでしょうか? それとか味付け。 現代人の口に合うでしょうか? 我慢しないで1ヶ月食べ続ける事に何も問題ないでしょうか? それとか、今のように肉食はそんなにしなかったはず。 せいぜい鳥や兎の肉くらいでしょうか? あと、お酒もそうですね。 現代人に飲めますか?

匂い。 どうでしょうか? 当時の家の中や、町全体、一体どんな匂いがしていたでしょうか? そして1ヶ月間、現代人に耐えられるでしょうか?

風呂。 現代人が躊躇なく当時の銭湯に入れますか? 当時は毎日入っていたんでしょうか?

トイレ。 現代人に当時のトイレで大・小できるでしょうか? 特に女性の場合。

人によって感じ方が違うと思いますが、上に挙げた以外で 「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?

空想の話で恐縮です。

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Aベストアンサー

 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
(1)最初にご新造が起床、用便を済ませます。汲み取り便所だから臭いですね。蛆が湧いています。ハエが便所に限らず、そこいらじゅうブンブン飛び回っています。しゃがんでウンコ・オシッコするのはきついですぞ。
(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
(3)朝食の準備にかかります。井戸端で味噌汁の実にする大根を洗い、米を研ぎます。台所の水がめに水を張ります。ブリキのバケツではなく、木の桶で運びますから重たい。道具は何でも重たくて大変。飯炊きの釜や薬缶もアルミ製のものはありません。みんな鉄か瀬戸物です。
(4)カマドに火を着けます。火打ち石でやります。なかなか火が着かず難しいです。火吹き竹で空気を送り込んでやっと景気よく燃え出しました。飯を炊きます。一人当たり三匹の目刺をあぶります。
(5)雨戸を開けます。障子はみな紙です。ガラスではありませんので、吹き降りの日だと雨戸を閉めないといけません。昼間でも暗いです。
(6)家族そろって朝食。
(7)食器などを洗います。油の着いた食器を洗うのは大変です。ママレモンはありませんのでギトギトがなかなか取れません。水道の水でジャージャーやるわけのもいきません。
(8)井戸端で盥で洗濯します。これも大変です。

・・・女性は大変でしょう。田舎の明治生まれの女は、以上のようなことをやっていました。江戸時代とそんなに変わりません。電気(裸電球)とマッチだけが江戸時代よりマシなだけです。

>「1ヶ月滞在するとしたら、おそらく大多数の現代人にはこれが苦痛だろう、あるいは無理だろう」 と考えられるのは、どんなものでしょうか?
・・・夏場の暑いときに一ヶ月滞在すれば、参るでしょう。
・網戸がないので蚊に食われる。
・ハエがブンブン飛び回る。食卓の食べ物にハエがたかる。
・冷房や扇風機がないので暑い。雨の日は雨戸を閉めるのでこれも暑い。
・便所が臭く、人の体も臭い。
 夏場でいいことは、行水などで女性の裸を見る機会が多いことくらいかな。

 下級武士のご新造さんの一日(朝のみ)。
(1)最初にご新造が起床、用便を済ませます。汲み取り便所だから臭いですね。蛆が湧いています。ハエが便所に限らず、そこいらじゅうブンブン飛び回っています。しゃがんでウンコ・オシッコするのはきついですぞ。
(2)次に井戸端で洗顔します。釣る瓶で水をくみ上げて、その水で洗顔、大体は外の吹きさらしですから、これからの季節は寒いですぞ。
(3)朝食の準備にかかります。井戸端で味噌汁の実にする大根を洗い、米を研ぎます。台所の水がめに水を張ります。ブリキ...続きを読む

Q江戸時代の武家の女性装束について

江戸時代の武家の女性の装束ですが、庶民とはTVなどで異なるようです。ネットで画像を検索しているのですが中々、ヒットしません。
髪型や衣などについて詳しく解説されているサイトがあったら教えてください。髪形も武家は違うのですね。

Aベストアンサー

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>江戸時代の武家の女性の装束

まず、髪型ですが、武家の女性は「島田髷(まげ)」でした。
しかし、島田髷といっても時代とともに数十種類にも及び、いつの時代でも女性の流行に余念がなかったようですね。
次のサイトの一番左上(島田髷の由来は)が、武家の女性の一般的な髪形です。
http://images.google.co.jp/images?sourceid=navclient&hl=ja&rlz=1T4GGLL_jaJP332JP332&q=%E5%B3%B6%E7%94%B0%E9%AB%B7&um=1&ie=UTF-8&ei=s0f6SoSRH8-PkQWJuMSuCw&sa=X&oi=image_result_group&ct=title&resnum=1&ved=0CBMQsAQwAA
島田髷の由来は、東海道島田宿の遊女が結ったのが名の起こりです。

衣服について。
武家も大商人たちもそうでしたが、女の元服19歳までは「振袖」で、結婚したり、元服を過ぎると「留袖」を着ました。
現代は、「留袖」と言うと「冠婚葬祭用」を言いますが、昔は、「振袖」に対して、袖が短い・・・という意味でした。
http://www.weblio.jp/content/%E7%95%99%E8%A2%96

また、一般的には「小袖(こそで)」といって、「留袖」よりは気軽な服装でした。
http://images.google.co.jp/images?sourceid=navclient&hl=ja&rlz=1T4GGLL_jaJP332JP332&q=%E5%B0%8F%E8%A2%96&um=1&ie=UTF-8&ei=cE76SoXGOMuSkAW4vojDCw&sa=X&oi=image_result_group&ct=title&resnum=1&ved=0CBwQsAQwAA

また、高貴な武家の奥方になると、その上に「打掛」を着ていました。
http://wedding-gyao.usen.com/glossary/word/006044002

この「打掛」も今では、結婚式の花嫁の衣装と思われがちですが、江戸時代は、身分の高い武家などでは一般的に羽織っていました。

写真を添付します。
解説には、
上流の女の装い
中央の武家の奥方は「打掛」(小袖の上に着る小袖)姿。
左右にいる祐筆と御側女中は半模様の小袖。
とあります。

こんにちは。
私は、自称「歴史作家」です。

>>江戸時代の武家の女性の装束

まず、髪型ですが、武家の女性は「島田髷(まげ)」でした。
しかし、島田髷といっても時代とともに数十種類にも及び、いつの時代でも女性の流行に余念がなかったようですね。
次のサイトの一番左上(島田髷の由来は)が、武家の女性の一般的な髪形です。
http://images.google.co.jp/images?sourceid=navclient&hl=ja&rlz=1T4GGLL_jaJP332JP332&q=%E5%B3%B6%E7%94%B0%E9%AB%B7&um=1&ie=UTF-8&ei=s0f6SoSRH8-PkQWJuMSuCw&sa=...続きを読む

Q江戸時代の人はどうやって頭を洗ったんでしょうか?

ふと疑問に思ったんですが、実際どうしていたんでしょう?
ちょんまげほどかないと洗えませんよね? 女の人も何か髪型決まってましたよね?
毎日毎日ほどいて洗ってたんでしょうか?
すごく面倒臭い感じがするんですが、実際どうだっのか分かる人いますか?

Aベストアンサー

こんにちは。
補足を読みました。

そうですね。
解くのでしょうかね。

まだわかっていません。
とりあえず、かみゆい職人が居たことはわかっているのですが。
http://pws.prserv.net/jpinet.otani19/pole-history02/pole.html

http://www.riyo.or.jp/library/riyo_history.html

それから、
髪結い職人の店のようす。
http://sugi.pobox.ne.jp/saq/saq6.html

それから、
http://hiden.cup.com/jdi3html/edo.html
女性は自分で髪を結うことができたそうです。
(というか、髪を結うことができないと一人前じゃないらしいです。)

しばらくすると、女性も髪結いを頼むようになったようですが。
http://www.osakanews.com/maido/uki/shige6.html

あ、ちょっとありましたね。
男性の方に対して、女性がついて、
体を洗ったり髪を結うということもあったようです。
http://homepage1.nifty.com/shincoo/m124-2furo-nihon.html
銭湯に行くと、なまめかしい湯女といわれる人たちがいて、
はべってくれるわけですね。。。
もちろん髪結いとかだけではすまないようですが。。。

こんにちは。
補足を読みました。

そうですね。
解くのでしょうかね。

まだわかっていません。
とりあえず、かみゆい職人が居たことはわかっているのですが。
http://pws.prserv.net/jpinet.otani19/pole-history02/pole.html

http://www.riyo.or.jp/library/riyo_history.html

それから、
髪結い職人の店のようす。
http://sugi.pobox.ne.jp/saq/saq6.html

それから、
http://hiden.cup.com/jdi3html/edo.html
女性は自分で髪を結うことができたそうです。
(というか、髪を結うことがで...続きを読む

Q江戸時代の公家の女性

江戸時代の公家というのはあまりドラマなどでも題材に取り上げられないのですが、特に女性はどのような姿をしていたかが気になります。
以前テレビドラマ「大奥」では、和宮や和宮の侍女たちは平安時代のままの十二単のような服装でしたが、結髪が普通になった時代でも公家の女性は垂髪だったのでしょうか。
また、小袖は公家の女性には着られなかったのでしょうか。そして袴ははいていたのでしょうか。
ちなみに↓のようなサイトも見つけました。
http://www.iz2.or.jp/fukusyoku/kosode/21.htm
若い公家の女性の服装は、大名の姫君とあまり変わらなかったのでしょうかね?

Aベストアンサー

お礼をありがとうございます。

> 時代劇などで農民の女性が結髪しているのは間違いなんですね。
うーん。
「間違い」と言われてしまうと悩んでしまうのですが…。
自分が書いた回答を後から読み直して、「『農民』とひとくちに言っても、名字帯刀を許された大名主や庄屋みたいな農民もいれば、水呑百姓のような農民もいるなぁ。」と考えました。
裕福な、農民といっても小作人に農作業をさせて、自ら農作業をしない(現代の)経営者のような農民の奥方ならば、髪を結う余裕もあっただろうし、その日の食べ物にも困るような百姓ならば、髪を結うような余裕は、時間的にもなかったのではないかな-と。

いろいろ調べているうちに、
> 農民等は「束髪」が「普通」
とも言い切れないのかなぁ、と感じました。
私は、「労働の邪魔になる髪を1まとめにして束ねる」ことの意味で「束髪」と書きましたが、それを「結髪」と説明してある文献やサイトもあったものですから。
maddy-kz23さんがおっしゃっている「結髪」が、特に『江戸時代の中期から後期に一種の芸術の域にまで達した結髪』のことではなくて、『働く時に邪魔な髪の毛を束ねておくという自然な形での結髪(この中には束髪も含まれる)』のことを言われているのでしたら、確かに「結髪が普通」ということになりますが、これは江戸時代に始まったことではないし…。

調べれば調べるほど、資料の少なさに驚かされます。
江戸時代って、現代から近いので衣装等は現存していても、写真がない時代ですから「どんな格好をしていたか。」は見ることができないんですよね。
「絵」などは、特定の地域の特定の階層の人間しか描かれていませんし。

> 公家の女性はやはり江戸時代を通じて下げ髪だったんでしょうか。
> つぶいち頭などは特別な例だったのでしょうかね。

こちらも、普段は下げ髪にしていて、行事ごとの時に「つぶいち(葵髱島田)」に結った-という可能性もありますし…。
京でも町方ですと、若い女性は島田髷を結っていたようですしね。
私自身、次から次へと疑問が沸いてきてしまいました(今度まとめて質問を出してみようかしら)。

いろいろ調べている間に、またまた、こんなサイトも見つけましたので、ご参考までに。
http://kouseimir.s97.xrea.com/yokocho/mc358/mc358.html
http://hana.merseine.nu/j/kamigata/kami_frame.htm
http://www.geocities.co.jp/Playtown/6757/edokesyou03.html
http://www.geocities.co.jp/Playtown/6757/nendaikesyou.html

お礼をありがとうございます。

> 時代劇などで農民の女性が結髪しているのは間違いなんですね。
うーん。
「間違い」と言われてしまうと悩んでしまうのですが…。
自分が書いた回答を後から読み直して、「『農民』とひとくちに言っても、名字帯刀を許された大名主や庄屋みたいな農民もいれば、水呑百姓のような農民もいるなぁ。」と考えました。
裕福な、農民といっても小作人に農作業をさせて、自ら農作業をしない(現代の)経営者のような農民の奥方ならば、髪を結う余裕もあっただろうし、その日の食べ物...続きを読む

Q江戸時代までの家 : 留守にする時の鍵は?

江戸時代までの家の玄関なのですが、昼間など全く留守にする時、鍵はどうしていたのでしょうか?

夜、寝る時には 「つっかい棒」 で戸を固定して開かないようにしていたと思うのですが、昼間で家人がいない時は?

但し、貧乏長屋などで盗まれる物が全然ない家は除外するとします。  そもそも泥棒が入るわけはないですからね。

もう少し上の階層というか、そこそこの財産はあるが、大店のように昼間でもいつも人が多くいる事はない、家族しか住んでいない、といって多少の金目の物はある、映画で言えばそうですね、銭型平次などのように 「小金」 程度はある家の場合です。

昼間に家を空ける時があると思うのですが、そんな場合、玄関の鍵はどうしていたのでしょうか?

もしかして当時から既に今のように玄関の戸に鍵をかけていた?  でも時代劇なんかでそんなシーン、見た事がないんですよね。

あるいは鍵なんかかけなくても泥棒の心配がない時代だった?

それと、もっと昔の時代ならどうしていたか、あわせて教えて下さい。

Aベストアンサー

 江戸期のやや大きな邸宅の場合、たしかにまったく誰も居ないといった状況は少なかったものですが、それでも戸締りは大切なことでしたから、やはりいろいろな仕掛けや錠前が作り出され使われていました。もう皆さんからご回答が寄せられていますので、ここでは当時、戸締りとして使われていた防犯器具について書いてみましょう。

1.「落し」
 これは引き戸の下の方に取り付けて上下に上げ下げ出来る木片で、戸を閉じたあと「落し」を敷居に嵌まり込ませて戸を固定するものです。別名を「さる」とか「こっとり」などとも呼び、外からはLの字の形をした鉄製の「鉤」を戸の穴から中にさしいれて「落し」を引き上げて開錠できるものも作られました。

2.「かんぬき」
 おもに開き戸に使われたもので、戸のほぼ中央部に水平に取り付けられ、左右にスライドする堅牢な木製の角棒で、これをコの字型の受金にさし入れて戸を固定するもので、お寺の山門などに今でも見られますが、あの「忠臣蔵」で大石蔵之助率いる赤穂四十七士が吉良上野之介の屋敷に討ち入る際にゲンノウでこれを打ち壊すシーンはことに有名です。

3.「しんばり棒」
 引き戸を閉じたあと、戸が開かぬようにつっかえとして使う棒のことで、「つっかえ棒」とも呼ばれ、一般庶民からお屋敷まで広く使われていました。

4.「栓錠」
 1.の「落し」を鉄を素材に替えて作り上げたもので、中には美しい装飾を施したものもあるなど、ここまで来ると本格的な錠前の一種と言えるものです。施錠や開錠の原理はほぼ「落し」と同じです。

5.「蝦錠(えびじょう)」
 江戸期に入って、わが国独自の本格的な錠前が作られるようになり、同時に急速に普及し始めました。
 そのルーツは奈良朝の頃(7~8世紀頃)に唐から伝来した海老錠とされ、錠本体にコの字型になったカンヌキをさし込むと、本体の中でバネがパチンと広がって引っかかり、カンヌキが抜けなくなるという構造をしていました。
 これを開錠するには本体の反対側から棒のような姿の鍵をさし込んで、本体の中で広がったバネを縮めてカンヌキを抜き取るという仕組みになっています。
 使い方としては今の南京錠とまったく同じですが、後に、今日のように錠本体の正面から鍵をさし込んでグルリと回すと中のバネが縮められるという構造の物も作られています。

 これらの「蝦錠」は江戸錠、阿波錠、土佐錠、などと全国で大小沢山作られ、大は蔵の戸から小は仏壇の逗子の扉などへと大変普及したものでした。ちなみに唐から伝わった「海老錠」は今も正倉院の御物として保存されています。

 ついでに言いますと、このような錠前、テレビドラマではカンザシなどでいとも簡単に開けてしまいますが、あれはウソ。本物はドッコイそんなに簡単に開くものではありません。今でもコレクターの手で沢山収集されて実際に見ることが出来ますが、大変精密でしかもほとんど錆びることすらなく、当時の錠前師の腕と材料の良さは世界一だと言っても過言ではありません。

6.「からくり錠」
 このように優れた錠前製造技術を持っていた当時の錠前師ですが、なかでも国産の錠として世界に誇れるのが「からくり錠」です。見えている鍵穴は実はニセモノで、本当の鍵穴は装飾の中に隠されていたり、動かせる部分を正しく順に動かさないと鍵穴が露出しないとか、下手にいじると空砲が鳴るとか、アイデア一杯のものが見られます。

 そのほか、盗難防止の方法として「隠す」という手段もありました。床の間の掛け軸を外すと、その裏に秘密の隠し場所があるなんてよくドラマにも出て来ますよね。

 それではそれ以前の時代はどうかと言えば、農耕や狩猟、漁業などによって財産というものが出来だしたと同時にセキュリティの感覚が当然生まれたであろうし、もちろんそのための仕掛けもあったと考えられます。
 ひとつの例として封印とかヒモで縛るとか、また立ち入り禁止をアピールするしめ縄なども挙げられますが、落しやカンヌキ、しんばり棒などはかなり古代から使われて来たとされています。
 ただ、当時とて大きな屋敷などでは屈強な門番や見回り人、用心棒などといった人を置くことはもちろん、塀には尖った金物を埋め込むこと、こうしたことは当然行われていたようです。

 こうした締り装置や金具、錠前について書かれた書籍は大変少なく、日本のものではせいぜい3冊ぐらいしかありませんが、中でも錠前全般にいて書かれた書籍として「錠と鍵の世界(赤松征夫著・彰国社発行)」をお読みになると、世界の、そして日本の、錠前の歴史をはじめ、種類や構造などがよくわかりますので、良い参考資料としてお勧めします。

 江戸期のやや大きな邸宅の場合、たしかにまったく誰も居ないといった状況は少なかったものですが、それでも戸締りは大切なことでしたから、やはりいろいろな仕掛けや錠前が作り出され使われていました。もう皆さんからご回答が寄せられていますので、ここでは当時、戸締りとして使われていた防犯器具について書いてみましょう。

1.「落し」
 これは引き戸の下の方に取り付けて上下に上げ下げ出来る木片で、戸を閉じたあと「落し」を敷居に嵌まり込ませて戸を固定するものです。別名を「さる」とか「こっ...続きを読む

Q土日眠りっぱなし、これは病気なんでしょうか?

 週休2日制(土日休み)の仕事をしており、金曜日が来ると「よし、この2日はこんなことしよう!」と色々計画を立てるのですが、何一つ実行できません。
 まず、朝、起きることができません。昼、なんとか起きて食事を作るものの食べたら、次の行動を起こせないんです。例えば、友達と約束をしていても外出することができません。着替えたり、髪型を整えるのが“大きなハードル”となり、『もう10分ゴロゴロしたら着替えよう。休みなんだから無理しない』と考えて、ベットに横たわると、夜になっています。
 つまり、土日はまるまる2日、ほとんど寝ているんです。熱はないし、食欲がない、いくらでも眠れる・・・という感じで、とにかく衰弱してるんです。今日も20時間ほど、トイレもいかずに寝ていました。
 月曜日になると、朝6時に起きて、始業時刻の1時間前には出勤し、12時間以上働いて帰宅します。平日はこの調子で金曜まで元気いっぱいです。でも、この土日になると、とたんに無気力になり何にもできないんです。この症状は、ここ数ヶ月続いており、夜に“見舞い”に来る友達は“1人暮らしゆえの甘え”だと言い呆れています。
 世間には、私のような人はいらっしゃらないでしょうか?ほんとに怖いくらい無気力になってしまうんですが、これって、病気ではないでしょうか?

 週休2日制(土日休み)の仕事をしており、金曜日が来ると「よし、この2日はこんなことしよう!」と色々計画を立てるのですが、何一つ実行できません。
 まず、朝、起きることができません。昼、なんとか起きて食事を作るものの食べたら、次の行動を起こせないんです。例えば、友達と約束をしていても外出することができません。着替えたり、髪型を整えるのが“大きなハードル”となり、『もう10分ゴロゴロしたら着替えよう。休みなんだから無理しない』と考えて、ベットに横たわると、夜になっています。
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Aベストアンサー

私は病気でした。
同じように月曜から金曜までは仕事に行くのですが
土日は寝たきりでした。
結局、うつ病による過眠とわかりました。
当時は精神的落ち込みなど感じませんでしたが。
一度、受診なさることをお勧めします。お大事に。

Q江戸時代、藩がどう分布していたかがわかりやすい日本地図を探しています。

たとえば、
今の山口県のあたりには長州藩があり、藩主は毛利家
ということが見てわかりやすい日本地図を探しています。
そのような地図がおいてあるサイトをご存知の方はいらっしゃいますか?

Aベストアンサー

江戸時代初期は大名の取り潰しが多かったので、いつの時代が必要なのか難しいですが、一応300藩と言うことで参考URLをご覧ください。
地方ごとに分かれています。

参考URL:http://www.asahi-net.or.jp/~me4k-skri/han/hantop.html

Qパーセントの計算がまったく出来ません…

本当にお恥ずかしいのですが、パーセントの計算方法を教えて下さい。

お店のバーゲンセールなどでよく「50%オフ」「45%オフ」といった表示を見ます。50%は半分ということは「感覚」でわかるので、定価が2000円ならその50%オフは1000円ですし、1500円なら750円と計算が出来ます。
ですが、たとえば75%オフだとか、44%オフだとか、80%オフだとか、そういう中途半端(?)な数の場合、さっぱりわからないのです。テレビなんかでバーゲンセールを取材している様子を見るとリポーターの女性なんかが「定価が○○円で、65%オフ!?ということは○○円ですね!?」などとパッと暗算で計算しているのを見るととても驚きます。

暗算とまではいかなくても計算機(ケータイにもその機能はありますし)があればいいので、どういう計算式でその%オフされた数字を出すのか教えて下さい。

また、今のバイト先で、商品の売り上げ目標というのを作るのですが、先輩たちのミーティングを見ていると「目標○○万円でしたが、××円しか売り上げがなく、△△%の達成率となってしまいました」と報告をしているのですが、この場合もどのような計算式で計算しているのでしょうか?

消費税を出す場合につきましても教えて頂きたいのですが、今現在の税率は5%で、その計算をする場合は「定価×1.05」で出ますよね。なぜ、1.05をかけるのかわからないのです。

本当にお恥ずかしいのですが、どうか教えてください。まったくわからないので、出来る限り丁寧で細かい説明をして頂けると本当に助かります。よろしくお願いいたします。

本当にお恥ずかしいのですが、パーセントの計算方法を教えて下さい。

お店のバーゲンセールなどでよく「50%オフ」「45%オフ」といった表示を見ます。50%は半分ということは「感覚」でわかるので、定価が2000円ならその50%オフは1000円ですし、1500円なら750円と計算が出来ます。
ですが、たとえば75%オフだとか、44%オフだとか、80%オフだとか、そういう中途半端(?)な数の場合、さっぱりわからないのです。テレビなんかでバーゲンセールを取材している様子を見るとリポーターの女性なんかが「定価が○○...続きを読む

Aベストアンサー

丁寧で細かい説明が希望とのことなので、ちょっと長くなりますが書いてみます。
数学的には無駄の多い説明ですが、分かりやすく説明したつもりですので読んでみてください。

1000円の50%は500円、30%は300円であることは分かりますね?
これは以下計算をしていることになります。
 1000×(50÷100)=500
 1000×(30÷100)=300
●%ってのは●÷100のことです。
で、▲円の●%を求める場合、▲×(●÷100)で計算します。

次、1000円の30%オフって場合ですが、「オフ」=値引きです。
つまり、1000円の30%分を値引きします、ということですよね。
だから、元の値段1000円から1000円の30%分である300円を引いた
残りである700円が答えです。
でもそれを計算するのは面倒なので、ちょっとテクニックがあります。
30%オフということは、元の値段の70%分を求めればよいと考えます。
つまり、1000円の70%なので700円、となります。
ここまではいいですか?

次、達成率の計算ですが、、
目標100万円に対して売り上げも100万円だったら達成率は100%なのは
感覚的に分かりますよね?
つまり、達成率=(実際の値÷目標値)です。
%で表現する場合はこれに100を掛けます。(●%=●÷100だから)
たとえば目標50万円で売り上げ35万であれば35÷50×100なので70%になります。

最後、消費税。前述のオフとは逆で、消費税5%分を上乗せする、と考えます。
つまり、税抜き●円であれば、●円と●円の5%を足した金額が税込み金額です。
式にすると●+(●×5÷100)です。
これが基本ですが、先程のオフの計算のテクニックと同じ考え方が適用できます。
5%上乗せした額ってことは、元の値段の105%分を求めればよいと考えます。
ですから●×(105÷100)です。
ここで出てくる(105÷100)は1.05ですよね。
つまり、元の値段●に1.05を掛ければよいのです。

おまけ。暗算を早くするためのテクニック初級編として3つだけ書いておきます。
1.計算式に掛け算と割り算しかない場合、もしくは足し算と引き算しかない場合、
  順番を無視しても答えは一緒です。
  上の例でいくと35÷50×100は35×100÷50でも答えは一緒です。
  で、100÷50を先に計算して、それに35を掛けます。
  これならすぐに暗算できますね。

2.割り算の場合、前後の数字に同じ値を掛け算しても答えは一緒です。
  たとえば35÷50であれば、前後に2を掛けて(35×2)÷(50×2)でも
  答えは一緒です。
  35÷50の暗算は一瞬悩むけど、70÷100なら簡単ですよね。

3.掛け算の場合、前後の数字を分解して細かく掛け算しても答えは一緒です。
  たとえば25×32を計算する場合、32は4×8なので25×4×8を計算しても
  答えは一緒です。
  25×4は100、100×8で800ということで25×32=800です。
  これなら暗算できそうですよね。

丁寧で細かい説明が希望とのことなので、ちょっと長くなりますが書いてみます。
数学的には無駄の多い説明ですが、分かりやすく説明したつもりですので読んでみてください。

1000円の50%は500円、30%は300円であることは分かりますね?
これは以下計算をしていることになります。
 1000×(50÷100)=500
 1000×(30÷100)=300
●%ってのは●÷100のことです。
で、▲円の●%を求める場合、▲×(●÷100)で計算します。

次、1000円の30%オフって場...続きを読む

Q明治時代の服装について

明治時代の服装についてなのですが、私のイメージでは江戸時代までは男性も女性も和服(男性=袴、女性=着物)なのですが、明治時代に入ると西洋化も進んで、男性はズボン、女性は袴?みたいな感じでして。
このイメージは合っているのでしょうか?
この場合、男性で袴を穿いていたり、女性で着物を着ているというものはなかったのでしょうか。
あと、男女の学生の服装も教えていただけると嬉しいです。
お願いします。

Aベストアンサー

今の「着物」のイメージは、明治から昭和初期にかけての物です。
女性は、江戸時代には、今の着物で一般的な太鼓結びもしていませんし、帯締めもしていません。訪問着と呼ばれるものができたのが明治時代、つけ下げや名古屋帯など、現在主流の着物のほとんどは、もっと後です。
男性も「着流し」と言って袴をつけない着方がほとんどです。本当のフォーマル、大名が江戸城にご機嫌伺いなどの場合は、裾を引きずる長い袴ですしね。

明治時代には、庶民は着物。
軍人や華族の一部エリートが洋服。しかし、この時代の洋服はいわばフォーマルであって、日常の衣服は着物だったようです。
女性の袴姿というのは、明治30年頃に、女学校から始まったそうです。着物でいすに座ると、どうしても裾が乱れます。裾を乱さないために袴を使う。つまり、この時代には女学校に行くような特権階級のお嬢様でも、日常は着物だったわけです。この時代の女性の洋服というのは、すなわちドレスのことだったんですね。

大正になって、庶民にも洋服を着る人が出てきます。モボとかモガとか言われる人たちですね。大正末期から昭和初期です。
もっとも、この時代でもまだまだ着物が主流です。特に女性は。今「アンティーク着物」と呼ばれている物は、大正から昭和の物ですから。
男性は、外では背広、家では着物、になっていたようです。
大正12年に関東大震災が起こり、東京では、これをきっかけに洋装化が進みます。というのも、この後、建てられたアパート類に、洋室が取り入れられはじめたためです。明治の女学生同様、着物で椅子は、裾さばきが面倒ですから、必然的に洋装化が進みます。
と言っても、まだまだ着物も残っていますけれど。

昭和初期も、まだまだ着物が主流ですが、戦争が度重なり、絹や木綿を確保することが難しくなっていきます。必然的に布が少なくて済む洋服へシフトしていきます。
もちろん、動きやすいというのもあったでしょう。

明治から昭和初期の服装を、イメージしたければ、マンガがお勧めです。もちろん、本当に研究されるなら、その元になった専門書にあたるべきですが。
「着物」とか「洋服」と言っても、その時代のスタイルが今の物とはかなり違います。あまり、ご存じでない方が具体的なイメージを持つには、文章だけでは難しいでしょう。
一番よく言われるのは、「サザエさん」昭和初期の庶民の服装です。20台前半のサザエさんや子どもたちは洋服、お母さんのフネさんは家でも外出でも着物、お父さんは家では着物で外出は洋服。
私がお勧めなのは、市川ジュン氏の「陽の末裔」「天の黒 地の紅 海の青」「新編懐古的洋食事情」ですね。特に最後の作品はイメージがしやすいです。

今の「着物」のイメージは、明治から昭和初期にかけての物です。
女性は、江戸時代には、今の着物で一般的な太鼓結びもしていませんし、帯締めもしていません。訪問着と呼ばれるものができたのが明治時代、つけ下げや名古屋帯など、現在主流の着物のほとんどは、もっと後です。
男性も「着流し」と言って袴をつけない着方がほとんどです。本当のフォーマル、大名が江戸城にご機嫌伺いなどの場合は、裾を引きずる長い袴ですしね。

明治時代には、庶民は着物。
軍人や華族の一部エリートが洋服。しかし、この時代の...続きを読む


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