タイへ行くと寝ている釈迦像、涅槃像が多くみられます。
しかし日本では、涅槃絵でしか見たことはありません。
寝釈迦を立体の仏像として作るのにさしさわりがあったのでしょうか?
それとも中国の影響を受けているのでしょうか。

よろしくお願いします。

A 回答 (4件)

日本の仏像は「毘盧遮那仏」でゴータマ・シッダッタとは別人。



国家仏教としては威厳のある姿の方が・・・。

http://wpedia.search.goo.ne.jp/search/%C8%FB%E2% …
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日本にはお釈迦様の像自体が少ないのです。



日本で仏像と呼ばれているものは、
そのほとんどが釈迦以外の如来です。

お釈迦様はあまりに人間的過ぎて、
日本では預言者みたいな扱いになってしまいました。

もともと阿弥陀如来のような強力な存在が宇宙にあって、
お釈迦さまが覚りを開かれたのも仏教を広めたのも、
すべてそんな宇宙の如来たちの力なのだと。

涅槃像は「仏も死を免れない」ことを意味するので、
衆生を救うという人間を超えた力に縋りたい日本の仏教には
きっと受け入れられなかったのでしょう。
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法隆寺五重塔には涅槃像がありますね。


他は思いつきません。あまり好まれなかったのでしょうか。
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私は宗教学には全くの素人ですが、それでも「元々お釈迦様(釈尊)一人からはじまった仏教なのに、なぜ日本には阿弥陀様や観音様など多様な仏様がいるのか」が不思議で仏教関連の本を何冊か読みました。



今資料が手元にないので正確ではないかもしれませんが、紀元前5世紀にインドで生まれた仏教は1世紀に中国に伝わり、更に538年に日本へ伝わるまでに大きく変貌してしまい、そのため仏像の建立の目的(仏像が指し示す意味)が異なるのだと思います

元々釈尊の仏教では悟りを得ること(輪廻からの解脱)を目的としていました。涅槃は悟りを得た状態ですから、解脱を目的とする小乗仏教では涅槃像は今でも大切な象徴といえます(南方アジアは今でも小乗仏教が主流だったと思います)

でも日本に伝わった仏教は大乗仏教に密教が加わったものです。
大乗仏教は解脱よりも救済を目的としています。また仏陀(本来の意味は悟りを開いた者)は過去~未来、また世界中の色々なところにいると考えますから阿弥陀如来や釈迦如来、大日如来、薬師如来などたくさんの仏様がいらっしゃいます。

これらの仏様は衆生に救済を与えてくれるので、仏像はどうしてもこれらの仏様の姿で建立されるのではないでしょうか。言い換えると日本では解脱を意味する涅槃の考え方は重視されなかったということでしょう。

なお日本では大乗/小乗という分け方をしますが、その表現は適切ではないという意見もありますので、「一応日本式の表現にした」とお断りをしておきます。

なお、私は素人ですので、正確な解説は専門家の方にお任せします。
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Q最高の幸福は涅槃である。涅槃とは何でしょうか?

最高の幸福は涅槃である。涅槃とは何でしょうか?

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雪舟の描画は有名ですが、その他の画家の作品も各地に点在します。
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私は浄土真宗ですがご説教の中に大日如来様の話が出て詳しくしりたいと思いました。

もしよければ教えてください。

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 我が家も浄土真宗ですが、浄土真宗の説教に大日如来が出るのは珍しいんじゃないでしょうか。

 というのは、浄土真宗などは仏教の中でも「顕教」と呼ばれる一派に分類されますが、もう一派を「密教」と言います。つまり、別派だからです。

 この密教は、この大日如来(理解の仕方にもよりますが、本来は大宇宙そのものであって物言わぬ仏)から、直接意向を聞いたり、加持祈祷を通じてお願いをしたりしようという仏教を言います。

 空海が中国から持ってきたのが真言宗ですが、空海が渡海した時、空海を一目見た中国真言宗の最高僧が、「遅し!我、汝を待つこと久し!」と叫んだという逸話があります。

 勉学に励んだ空海は真言宗のすぐに最高位に就き、奥義や仏典などを全部日本に持って帰ったために、以後、中国では真言宗は廃れました。数年前、中国に空海像が里帰りしたような記事を見た記憶があります。


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 つまり、平和宗教というのは、いろんな宗教からの影響を受けざるを得ないのです。で、その一つが、大日如来。

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 仏教で涅槃(=無)が最高と聞いたんですが。私にはどうしても無が最高に思えないのです。
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池上本門寺となると日蓮宗ですね。日蓮が亡くなった地として有名なところですから、それなりの格式はあります。
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よろしくお願いします。

Aベストアンサー

日本の仏像は「毘盧遮那仏」でゴータマ・シッダッタとは別人。

国家仏教としては威厳のある姿の方が・・・。

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Q三途の川のお金

先月、祖母が亡くなり、葬儀をしたのですが、出棺のときに「三途の川を渡るためのお金」ということでお棺の中に600円を入れました。
この600円というのは本物のお金ではなく、葬儀場が用意した、この世では通用しないお金です。

「三途の川にお金がいる。」というのは漠然と聞いたことはあったのですが、なんで600円なんでしょうか?
ネットである程度は調べてみましたが、いまいちつかめません。
この分野には全くの無知なもので、ご存知の方教えて下さい。

Aベストアンサー

まず、三途の川の渡し賃というのは六文と古くから言われていて、江戸時代頃は一文40円~50円くらいと言われていますが、葬儀屋さんが一文100円と考えたんでしょうね。
また、本物のお金でないというのは、実は法律の問題で、今は貨幣に傷をつけると貨幣損傷等取締法違反となってしまいます。
これで一年以下の懲役又は20万円以下の罰金となりますから、この世では通用しないお金とごまかして、使っています。
ちなみにこの法律が施行される前は、実際にお金を入れていたそうです。

さらに深く考えますと、三途の川の渡し賃の六文は、六道銭とも言われています。
なぜ、三途の川の渡し賃に「六道」の考え方が用いられたのか、その根拠は定かではありませんが、六道と六地蔵にそのヒントがあるようです。
仏教の世界の考え方として、あの世とこの世を行き来できる唯一の存在として地蔵菩薩がいます。
地蔵菩薩の中には、六道それぞれにリンクする六体の地蔵菩薩を並べて配置し、これを一まとめに「六地蔵」と呼ぶ例があります。六地蔵は一体毎に六道の1つ1つを守護する存在であり、善光寺(長野県長野市)の三門の手前右側にも六地蔵が安置されています。

六地蔵の存在が物語る様に、昔の人々の間には死後の最初の行き先であろう六道に対する意識が非常に強く、これが「死者に六道の数にあった銭を持たせれば清く成仏できる」という考え方に発展し、「六道銭」ができたようです。

ちなみに、三途の川のほとりには衣領樹(えりょうじゅ)という大樹があり、その下に奪衣婆(だつえば)、懸衣翁(けんえおう)という鬼形の姥と翁がいて、姥は三途の川の渡し賃(六文銭)を持たない亡者が来れば、その衣服を奪い取り、それを翁が受け取って衣領樹の枝に引っ掛けます。そして、亡者の生前の罪の軽重によって枝の垂れ方が異なります。

あと、参考までに

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa222656.html

まず、三途の川の渡し賃というのは六文と古くから言われていて、江戸時代頃は一文40円~50円くらいと言われていますが、葬儀屋さんが一文100円と考えたんでしょうね。
また、本物のお金でないというのは、実は法律の問題で、今は貨幣に傷をつけると貨幣損傷等取締法違反となってしまいます。
これで一年以下の懲役又は20万円以下の罰金となりますから、この世では通用しないお金とごまかして、使っています。
ちなみにこの法律が施行される前は、実際にお金を入れていたそうです。

さらに深く考えますと、三...続きを読む

Q涅槃はありますか?

涅槃はありますか?

Aベストアンサー

あるんでしょうけど、そうなったらもうそれでお終いです。
釈迦もそうやって死んでいきました。
釈迦は「悟りを開いた」と言いながら片方で修行を続けていました。
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Q大乗の涅槃経

お世話になります。
仏性にはいろいろな考え方があるようですが、大乗の涅槃経という経典には誰でも仏性があるという思想が説かれているそうです。
誰にもあるけれど誰でもそれに気がつくわけではありません。そこをこの経典はどう説明しているのでしょうか。大乗涅槃経の説明のし方を教えてもらえるとありがたいです。

Aベストアンサー

簡単に書きます。
経典の言葉を借りて一言で言えば、それは「煩悩のせい」ということになります。

「如来性品」という章には、「衆生は無量の煩悩に覆われているために仏性を見ることができない」、また「常に善知識と接していないために仏性を見られない」などとして色々な譬えを挙げています。
また「獅子吼菩薩品」という章では、「三毒の煩悩を滅すると仏性を見ることができる」、「八正道を歩んで煩悩を除くと必ず仏性を見ることができる」などと書かれています。

涅槃経は、確かに「一切衆生 悉有仏性」つまり生きるもの全てに仏性がある、という思想を繰り返し説いています。
ただ、注意して欲しいのは、涅槃経の言わんとするところは、みんなに仏性があるからもうそれでいいのだというわけではないことです。仏性があるからといって既に悟りを得ていることにはならないし、そう主張することは大きな過ちだ、とも書かれています。涅槃経が意図しているのは、仏性があることを説いたうえでそれを磨きだす努力を誘発させることなのです。この点を、涅槃経ではいろいろな譬えを用いて重点的に説いています。

それからもうひとつ注意すべきは、実体としての仏性を説いているのではない、ということです。仏性は常住であり不滅であると説く一方で、五蘊を離れては存在しないものである、ともされています。あくまでも、修行というそれを開発するプロセスの中にこそ仏性は体得され得るものとして説明されているのです。
上にも挙げた「獅子吼菩薩品」では、「十二縁起を見る者は法を見る。法を見る者は仏を見る。仏とは仏性である。一切の諸仏はこれを本性としているからである」とも書かれています。要するに、縁起を正しく見ることは仏性を見ることに等しいのであって、修行をよそにおいて実体としての仏性を求めることが本末転倒であることがはっきりと示されています。

ざっと書きましたので、わかりにくいところがあれば補足要求してください。

簡単に書きます。
経典の言葉を借りて一言で言えば、それは「煩悩のせい」ということになります。

「如来性品」という章には、「衆生は無量の煩悩に覆われているために仏性を見ることができない」、また「常に善知識と接していないために仏性を見られない」などとして色々な譬えを挙げています。
また「獅子吼菩薩品」という章では、「三毒の煩悩を滅すると仏性を見ることができる」、「八正道を歩んで煩悩を除くと必ず仏性を見ることができる」などと書かれています。

涅槃経は、確かに「一切衆生 悉有...続きを読む

Q涅槃城とは?

私は現在田舎に帰省中の者です。唐突な質問でもうしわけないのですが、私の田舎に宗教施設のような建物で「涅槃城」というのがあります。実際に訪ねてみると何台か車が停まっていたのですが、人の居る気配を感じない、とても不気味な所でした。誰か涅槃城について知っている方がいらっしゃいましたら概説お願いいたします。

Aベストアンサー

涅槃城の内部は平等大慧会の信者以外立入禁止(内部は吹き抜けで壁面に12,496体の仏像と中央に釈迦仏誕生像がある)
手前の展示館は見学可能(パネル展示を中心に宗教平等大慧会についての説明あり)
http://www.arakawas.sakura.ne.jp/backn010/nehanjou/nehanjo1.html

参考URL:http://cluricaune.world.coocan.jp/nippon/2009-12-kagoshima/nehan.html


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