プロが教えるわが家の防犯対策術!

こんにちは。
私は大学4年生ということで全くの憲法の初学者、というわけではないんですが、初学者に3本ほど毛の生えた程度の者でございます。
どうしてもわからない点があるので質問させていただきます。ご面倒ですが、お暇な時にでも答えていただけたらと思います。

違憲審査基準には「厳格な基準」・「厳格な合理性の基準」・「合理的関連性の基準」等がありますよね。
「厳格な基準」が文字通り一番厳格で、「厳格な合理性の基準」→「合理的関連性の基準」の順に立法裁量をより広く認めていくベクトルに向かうかと思います。

ここで私が疑問に思うのが、LRAの基準の相対的位置です。
というのも、LRAの基準というのは、(学説では)公務員の政治活動の自由等、民主政の過程に不可欠な権利を規制する立法の合憲性について判断する時の、とても厳格な基準だと理解してきました。
しかし、表現の自由の規制立法で、LRAの基準が「表現内容規制」ではなく「表現内容中立規制」で用いられ、しかもLRAの基準を「中間審査基準」と位置づけられています。
これは「LRAがいろいろな違憲審査基準の中で最も厳格な違憲審査基準である」という私の理解が間違っていたということなのでしょうか??
つまり、LRAの基準よりも「厳格な基準」のほうがより厳格であるということなのでしょうか??
そうすると、政治活動の自由等民主政の過程に不可欠な権利に対する規制立法を「厳格な基準」で審査しないのはなぜでしょうか??
それとも、そもそも私の前提としている理解が間違っているということなのでしょうか??
ここ数ヶ月、ずっと理解出来ないでいた疑問です。
くだらない質問かもしれませんが、リーガルマインドゼロの人間の戯言に付き合っていただける方がいらっしゃいましたら、足りない頭で真剣に悩んでいる子羊に免じてご教授していただけたら幸いです。

長々と失礼いたしました。

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A 回答 (3件)

勉強熱心ですね(^o^)g。



95年時の本ですが芦部先生の「憲法判例を読む」(岩波セミナーブックス)p102~では、

A事前抑制
 過度広範規制
B表現の内容規制
C表現の時・所・方法の規制

のうち、C<B<Aで、Aが一番厳しいとあります。

L・R・Aの基準はCに入り、厳格審査基準はBに入るので、
厳格審査基準がL・R・Aの基準より厳しいといえるでしょう。

政治活動の自由は民主性の過程に不可欠な重要な権利ですが、
政治活動の自由の規制と一口にっても、その表現内容に着目した規制なのか、
表現内容は問わないがその表現方法等に着目して規制をするのかでは
その扱いは異なってきます。

例えば、(1)「自衛隊反対!」というのは許さない(内容着目)
     (2)「自衛隊反対って言ってもいいけど、ラッシュ時に駅でやるのは
      やめてくれ」(時・所に着目)

というのでは、(1)の方が(2)に比べて表現に対する規制の程度が強いですよね。
とすれば、(1)の方を厳格に審査した方がいいと思いませんか?

違憲審査基準はたくさんあって、ホンットわかりにくいですよね。
至らない所があれば司法試験の評というサイトで質問してみるのも
いいかと思います。

参考URL:http://homepage1.nifty.com/hyo/
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この回答へのお礼

とてもよくわかりました。芦部先生の基本書を読んでいてどうしてもよくわからなかったんですが、理解することが出来ました。どうもありがとうございました。

お礼日時:2002/09/06 13:47

違憲審査基準については、学者によっても微妙に言葉の使い方が違ってたりするので、あまり深く悩まないほうがいいと思います。


とりあえずわかりやすい理解のしかたとしては、

まず、違憲審査基準は厳格・厳格な合理性・合理性の基準の3つに大別できる。
そして、「厳格な基準」の中でも、どの程度まで厳格な判断をするかによって、いろいろな種類がある。
そのうちのひとつがLRAの基準だ。

というものです。
文章が下手なため、たいしてわかりやすくならなかったかもしれませんが・・
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この回答へのお礼

ありがとうございます。そうなんですよね。学者の先生の言葉の使われ方が微妙に違うことから、各学説を比較することができないでいたんです。各審査基準の定義だけ比べてみても、「はて??」って感じだったので(^_^;)ありがとうございました。

お礼日時:2002/09/06 13:53

違憲審査基準については、学者によっても微妙に言葉の使い方が違ってたりするので、あまり深く悩まないほうがいいと思います。


とりあえずわかりやすい理解のしかたとしては、

まず、違憲審査基準は厳格・厳格な合理性・合理性の基準の3つに大別できる。
そして、「厳格な基準」の中でも、どの程度まで厳格な判断をするかによって、いろいろな種類がある。
そのうちのひとつがLRAの基準だ。

というものです。
文章が下手なため、たいしてわかりやすくならなかったかもしれませんが・・
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この回答へのお礼

ありがとうございます。そうなんですよね。学者の先生の言葉の使われ方が微妙に違うことから、各学説を比較することができないでいたんです。各審査基準の定義だけ比べてみても、「はて??」って感じだったので(^_^;)ありがとうございます。

お礼日時:2002/09/06 13:52

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Q違憲審査基準

こんにちは。
私は大学2年で司法試験を目指しているものです。
ですので、全くの初学者と言うわけではないんですが、いま違憲審査基準で頭がこんがらがってしまっている次第です。自分で整理できていないため文章が非常に理解しづらいものになっていると思いますが、もしご教授いただけたら幸いです。

違憲審査基準は基本的には、厳しい順に「厳格な審査基準」、「厳格な合理性の基準」、「合理性の基準」ってありますよね。
そして、精神的自由に対する合憲性判断は「厳格な審査基準」。経済的自由に対する合憲性判断は「合理性の基準」となり、二分論から積極目的の場合は「明白性の原則」、消極目的の場合は「厳格な合理性の基準」となりますよね。
ここでわからないのが、「明白かつ現在の危険の基準」と「LRAの基準」の位置づけなんです。
「明白かつ~」の方は、最も厳格な審査基準だと教わったのですが、「厳格な審査基準」の一種と考えてよいのでしょうか?ということは「明白かつ~」は経済的自由に対する合憲性判断の場合には用いられないということでしょうか?
「LRAの基準」は、薬事法違憲判決に用いられてることから「厳格な合理性の基準」の一種かなと思ったんですが、イトマコのテキストでLRAの項目が表現の自由の中に入っており、テキスト内の図でも{厳格な審査基準(LRAの基準など)}と書いてあることからよく分からなくなってしまいました。これは一体どういうことなのでしょうか?「LRAの基準」は両方になじむということなのでしょうか?

長文乱文失礼いたしました。

こんにちは。
私は大学2年で司法試験を目指しているものです。
ですので、全くの初学者と言うわけではないんですが、いま違憲審査基準で頭がこんがらがってしまっている次第です。自分で整理できていないため文章が非常に理解しづらいものになっていると思いますが、もしご教授いただけたら幸いです。

違憲審査基準は基本的には、厳しい順に「厳格な審査基準」、「厳格な合理性の基準」、「合理性の基準」ってありますよね。
そして、精神的自由に対する合憲性判断は「厳格な審査基準」。経済的自由に対す...続きを読む

Aベストアンサー

まず、違憲審査には目的審査と手段審査がありますね。
そして、厳密な使い分けがされていない場合も多く誤解されている方が多いようなのですが、「明白かつ~」の方は目的審査の基準で「LRA」は手段審査の基準です。
つまり、ある表現行為を制限する場合に、なんらかの重要な利益(たとえば他人の生命)に「明白かつ現在の危険」がある場合には、規制が許される、すなわち目的は正当。その場合でも、「他の選びうるより制限的でない手段(LRA)」がないことが要求され、これを充たせば手段も正当。という風に両者を組み合わせて用いることも可能です。

ちなみにどの権利についてどの基準を用いるかは一つの価値判断であり、理論的にはいかなる組み合わせも可能です。別に経済的自由の積極目的規制について「明白かつ~」や「LRA」を用いたからといってそれ自体誤りというものではなく、ただ現在はそれを説得的に論証すること・人を納得させることが困難であるというにすぎません。
たとえば所有権が絶対視されるような世の中であれば「経済的自由については厳格に判断すべきだ」ということにもなるでしょう。

まず、違憲審査には目的審査と手段審査がありますね。
そして、厳密な使い分けがされていない場合も多く誤解されている方が多いようなのですが、「明白かつ~」の方は目的審査の基準で「LRA」は手段審査の基準です。
つまり、ある表現行為を制限する場合に、なんらかの重要な利益(たとえば他人の生命)に「明白かつ現在の危険」がある場合には、規制が許される、すなわち目的は正当。その場合でも、「他の選びうるより制限的でない手段(LRA)」がないことが要求され、これを充たせば手段も正当。という...続きを読む

Q非訟事件とはどんなものですか

法律に関する検定試験を受けようと学習中なのですが、いくら調べても自分の納得いく回答が見つからないのです。
非訟事件の定義と非訟事件の具体例(判例)
について調べているのですが、「非訟事件」で検索しても「非訟事件手続き法」しかヒットせず定義や具体例がわかりません。
非訟事件の定義と具体例を教えていただけませんでしょうか。あるいは、それらが紹介されているサイトでも結構です。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

非訟事件=裁判所が後見的立場から、合目的的に裁量権を行使して権利義務関係の具体的内容を形成する裁判。
具体例としては、夫婦の同居義務に関する審判を非訟事件とした判例(決定ですが)→最大決S40.6.30


純然たる訴訟事件と対比して考えるとわかりやすいと思います。

純然たる訴訟事件=裁判所が当事者の意思いかんにかかわらず終局的に事実を確定し、当事者の主張する実体的権利義務の存否を確定することを目的とする事件。

つまり、訴訟事件は、当事者の主張してきた権利があるかないかという形で最終的に判断をくだすもの、これに対し、非訟事件は実体的権利関係自体を確定するものではなく、裁判所が当事者の主張に拘束されずに行うアドバイスであって、終局的に権利関係を確定するものではない、という感じでいいと思います。

Q厳格な合理性の基準について

憲法で違憲審査基準のひとつとして、厳格な合理性の基準というものがあります。これについて、「目的が正当か、目的と手段の間に単なる合理的関連性にとどまらない実質的関連性があるか」を基準にするものだと説明を受けたのですが、ここにいう合理的関連性と実質的関連性の違いとはどういうものなのでしょうか。

Aベストアンサー

立法事実を考慮するかどうかが違うのではないでしょうか。合理的関連性の基準では目的と手段に一応の関係性が認められれば合憲になりますが、実質的関連性の場合は関連性を認定した社会事情などに変化があって現在ではすでに関連性がないといえるような場合に違憲となります。

Q内閣と内閣官房と内閣府の関係って?

首相官邸や内閣府のHPを見る限り同じようなことをしているようなのですが、組織・人員の規模からいって役割に違いがあると思います。
単純に内閣(立案)、内閣官房(企画)、内閣府(実行)と考えていいのでしょうか?
それとも、上下関係のない並列的な関係なのでしょうか?

設置法の趣旨といった「建前」的な説明でかまいませんが、「役人の仕事を増やすため」などのミもフタもない回答は遠慮させていただきます。

Aベストアンサー

〉内閣官房というのは内閣府の中の機関の1つです。
#1さん、間違ったことをいわないで……。内閣官房の方が格上ですよ……(内閣府設置法3条3項参照)。

無理矢理会社にあてはめると、「内閣」は「取締役会」、「内閣官房」は「秘書室」、「内閣府」は「総務部」というところでしょうか。

内閣は、憲法にある通り、行政権を司る機関、行政府の最高機関です。
内閣官房は、(戦前、内閣官房長官は「内閣秘書官長」という名前だったように)内閣の庶務を行い、内閣の重要政策について企画・立案・総合調整を行います(内閣法12条2項)。
内閣府は、他の省庁が担当しない事項(統計とか勲章とか北方領土とか)を担当するほか、複数の省庁にまたがる事項について総合調整をします(内閣府設置法3・4条)。

内閣が方針を決めるときの調整は内閣官房、決まったことを遂行する過程の総合調整は内閣府、という感じでしょうか(←関係者が聞いたら怒られそうな要約かも知れない)。
実際には、参事官レベルでは、両者の役職を兼任している人も少なからずおられるようですが……。

Q「最高裁から高等裁へ差し戻し」とは

高知・落雷失明損賠訴訟のニュースで、「最高裁が高等裁へ差し戻し」といっていましたが、よくわからないので教えてください。
1「差し戻し」とはもう一度、下級裁判所で審議(言葉遣いは正しいですか)するよう に言うことですか。
2、もしそうなら、どうして最高裁でこの件で判決を下さないで高等裁にその裁判をもどすのですか。
3ニュースに「最高裁に上告受理」ともあったのですが、これは最高裁が、原告が高等裁の判決に納得できないという不服は正当だと認めたということですか。

基礎的なことで申し訳ありませんがわかりやすく教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

基本的なことから述べますと、最高裁は「法律審」としての役割を重点的に果たすように制度設計されており、原則として事実関係の調査は下級裁判所(三審制の下では1審・2審)の役割となります。
最高裁は、法律の解釈の誤りを正したり、法律解釈を統一したりするのが本来の任務ということですね。
これを踏まえて、以下お答えです。

1.
「差戻し」判決の効果として、高等裁判所がふたたび審理し、判決することになります。
この際、高等裁判所は、最高裁の破棄理由に拘束され、本件で言えば「予見可能性があった」という前提で審判しなければなりません。

2.
上記のとおり最高裁は、法律解釈を任務としますので、原則として新たな事実の取調べはしません(その例外性ゆえに、有名な事件では、最高裁で事実関係調査のための口頭弁論の実施決定それ自体がニュースになることがあります)。
本件では、高裁までの判決はそもそも損害賠償請求権が発生しないという前提で話を進めているため、損害賠償額を決定するのに更に事実を調べなければならないはずですから、もう一度高裁で審理をやり直すのです。
なお、法律解釈の変更だけで原審とは逆の結論を導ける場合や、訴訟の場に十分な事実が上がっている場合には、原判決を破棄して逆転判決をすることができます(自判)。
本件では、結論を出すには、事実の取り調べがまだ不十分だということですね。

3.
上告受理は、上告事件が多すぎて忙しすぎる最高裁の負担を軽減するために、平成8年の法改正(平成10年から施行)で、民事訴訟について取り入れられた制度です。
それまでは、上告理由を主張する限り(結果としては「(ちゃんとした)上告理由がない」という理由で却下されることになっても)何でも上告できていたのです。
しかし、法改正後は、憲法違反の主張等の例外を除き、「法定された上告理由がちゃんとあるかどうか」を確かめるために、最高裁の審理を始める前に上告を受理するべきかどうかを吟味する手続きが挟まれることになりました。
民事訴訟については、3審制から2.5審制くらいになった、と理解して下さい。
phantomoperaさんがお聞きになったのは、「原告が上告受理の申立てをした」あるいは「最高裁が、高裁判決に対する不服申立てにちゃんとした理由があることを認めて、不服申立て(=上告)を受理することを決定した」という内容のニュースだと思います。

基本的なことから述べますと、最高裁は「法律審」としての役割を重点的に果たすように制度設計されており、原則として事実関係の調査は下級裁判所(三審制の下では1審・2審)の役割となります。
最高裁は、法律の解釈の誤りを正したり、法律解釈を統一したりするのが本来の任務ということですね。
これを踏まえて、以下お答えです。

1.
「差戻し」判決の効果として、高等裁判所がふたたび審理し、判決することになります。
この際、高等裁判所は、最高裁の破棄理由に拘束され、本件で言えば「予見可能...続きを読む

Q「判決」と「決定」の違い

今更聞けないことなんですが…
最高裁「判決」とか最高裁「決定」とかありますよね…。
「判決」と「決定」の違いってなんでしたっけ?

Aベストアンサー

#最高裁とあるので訴訟法用語に限定しておきます。これは「今更聞けない」なんてことはまったくありません。大概の人は区別を知りませんから。下手すれば判決と決定という使い分けの存在にすら気付いていないかもしれません。

まず前提として。
裁判所あるいは裁判官は一定の法律事項について判断をする権限があるわけですが、その権限に基づいて「訴訟上の効果をもたらす行為として行う一定の意思表示」を裁判(*)と呼び、判決、決定、命令と区別します。命令は質問にはありませんがついでに述べておきます。

(*)世間一般に言う裁判は多くの場合、「裁判手続」(訴訟手続)のこと。しかし、法律用語としては、大雑把に言えば、裁判所が下す判断のことです。

この3種類の裁判の区別は、刑事と民事とでは若干違いますが、一般的には次の視点で区別します。

まず、刑事の場合。
1.主体      裁判所(判決、決定)   裁判官(命令)
2.口頭弁論の要否 原則必要(判決)   不要(決定、命令)
3.理由の要否   必要(判決)     上訴できないものは不要(決定、命令)
4.不服申立方法  控訴、上告(判決)  抗告(決定)  準抗告(命令)
ただし、最高裁の場合は4はありません。

次に民事の場合。
1.主体      裁判所(判決、決定)   裁判官(命令)
2.口頭弁論の要否 必要的(判決)      任意的(決定、命令)
3.告知方法    判決書、言渡し(判決)  相当と認める方法(決定、命令)
4.不服申立方法  控訴、上告(判決)    抗告、再抗告(決定、命令)
5.裁判事項    重要事項         付随的事項
(6.判事補による単独裁判の可否 不可(判決)  可(決定、命令))
ただし、最高裁の場合は、4、6はありません。

※6は区別というよりは単なる結果でしかないという気もします。なお、刑事でも全く同じですが分類の基準として挙げることはしません。

というわけで、判決と決定の区別は名義というか主体で決まるわけではありません。判決と決定の主体はいずれも裁判所です。裁判官になるのは命令。でなければ最高裁判「所」決定はあり得ないことになりますから……。

さて、列記しては見ましたがはっきり言えば分かりにくいと思います。
そこで重要な点を踏まえて「大雑把に」書いてみれば、
「口頭弁論を経た上で、法廷での宣告、言渡しにより行わなければならない裁判所の裁判」が判決。
「口頭弁論なしでも行え、法廷での宣告、言渡しも必須でない裁判所の裁判」が決定(もっと端的に言うなら、「裁判所の裁判の内、判決以外のもの」)。
「裁判官が行う裁判」が命令。
というところが「基本中の基本として押さえておくべき点」だと思います。その他の部分は、必要なら憶えればそれで十分かと(条文を見れば書いてあるのですけれど)。

#最高裁とあるので訴訟法用語に限定しておきます。これは「今更聞けない」なんてことはまったくありません。大概の人は区別を知りませんから。下手すれば判決と決定という使い分けの存在にすら気付いていないかもしれません。

まず前提として。
裁判所あるいは裁判官は一定の法律事項について判断をする権限があるわけですが、その権限に基づいて「訴訟上の効果をもたらす行為として行う一定の意思表示」を裁判(*)と呼び、判決、決定、命令と区別します。命令は質問にはありませんがついでに述べておきます。...続きを読む

Q現業公務員と非現業公務員

大学の講義で、現業公務員と非現業公務員がでてきたのですが、違いがよく分かりません。
違いを簡単に教えていただけませんか?

Aベストアンサー

現業公務員(非権力的公務員)は、用務員、学校給食調理師、公用車の運転手のように、公権力に直接係わらない仕事をする公務員のことです。例えからもお分かりだと思いますが、用務、調理、運転手など、仕事の内容自体は民間でもやっていることです。

逆に、非現業公務員(権力的公務、主に事務職)は、公権力に直接係わる仕事をしています。例えば、市長名で文書を作る、規則の案を作る等です。これは公権力の行使に直接係わる仕事ですので、公務員のみが行えるもので、民間業者では行っていませんし、代わりとなりません。

以上から、公務員の労働基本権の制限の可否(現業公務員への制限は緩やかでよいのではないか)、公務執行妨害の成否(現業公務員への暴行は公務執行妨害といえるか)等が問題となります。

Q客観的危険説と具体的危険説について

試験で、事例問題が出題されるようなので、いろいろ調べていると、
判断基準に客観的危険説と具体的危険説とがありました。
私自身は、具体的危険説を支持したいと考え理由として「判例だから」や「通説だから」などを考えたのですが、それではダメなようなのです。他に理由たるものがまったく思いつかない状態なので、お知恵をお貸しいただけないでしょうか。よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

とりあえず、「不能犯」の論点として。

時間があれば図書館で閲覧・確認していただきたいのですが、私の教科書には、4つの説が挙げられています。

ア)純主観説…思っただけで「未遂」が成立する。
イ)主観的危険説…本人の、行為当時の意思により成否が決まる。
ウ)客観危険説…抽象的・客観的に判断
エ)具体的危険説…行為者の認識していたことと、一般人が認識しえた事情を基礎として、一般人が、危険だと判断されるときに成立する。
-理由-
ア)思想・主観的趣向が強いので×
イ)思い込みでも成立するので×(殺すつもりで薬品を混入したが、薬品に殺害力がない場合)
ウ)判断基準が曖昧× ←判例法的思考の説(事例の集積)
エ)行為者の認識と「一般人を基準」とした判断→汎化した基準が期待できる

といった感じですかね。
ウ)とエ)は区別しにくいと思いますが、ウ)は『危険というカテゴリー』を作り基準とし、事実がそれに当てはまるかどうかを判断し、エ)は、『事実』を、一般人にとって危険かどうか判断するという方法の違いです。
複数の教科書を読み比べて、そのニュアンスの違いを感じて、自分なりに判断してみてください。

とりあえず、「不能犯」の論点として。

時間があれば図書館で閲覧・確認していただきたいのですが、私の教科書には、4つの説が挙げられています。

ア)純主観説…思っただけで「未遂」が成立する。
イ)主観的危険説…本人の、行為当時の意思により成否が決まる。
ウ)客観危険説…抽象的・客観的に判断
エ)具体的危険説…行為者の認識していたことと、一般人が認識しえた事情を基礎として、一般人が、危険だと判断されるときに成立する。
-理由-
ア)思想・主観的趣向が強いので×
イ)思い込みでも成立するの...続きを読む

Q憲法の二重の基準について教えてください。

タイトルにも書きましたが「憲法の二重の基準」についてお教えください。
私は大学生で法律を学んでいるんですが、今度の試験でここが出そうなんですが簡単には分かるんですが、それからどうも上手く論文とかにできません。もしよろしければ説明と論文の書き方等を教えてください。お願いします。結構困ってます。

Aベストアンサー

二重の基準ですか・・
人権というものは精神的自由権とそれ以外の経済的自由権とに分けることができ、精神的自由権を規制する法律の合憲性を判定するについては厳格審査が適用されるべきとされる理論ですね。
そして精神的自由権に厳格な審査が必要とされる理由は精神的自由権というものは一旦失われると民主性の過程において取り戻すことは非常に困難であるということを理由としています。

このように法律を2種類に分類して、それによって合憲性を判断するというのが二重の基準です。

この説は普通の法律ならば国会で改廃の手続きを取ることができるが、精神的自由権についてはそうではないだろうというのが背景にあります。法律の留保により思想や言論弾圧がなされた反省から、法律の留保がなされないように、精神的自由を規制する法案の場合は裁判所による適切な法律の合憲性判断をさせるべきだとされているのです。



これらが法学部のみなさんが勉強するであろう二重の基準なのですが、現在厳しい批判に晒されています。
1番二重の基準において問題なのは精神的自由権と経済的自由権の区別について、インテリ層による勝手な振り分けがなされるということです。

たとえば本を出してその内容が問題になったという場合、これは立派な精神的自由権ですので、厳格な審査によって合憲性が判断されるだろう。しかしもし街の営利広告の表現方法が問題になった場合は、これは営業の自由の問題だから経済的自由権であるとするのが二重の基準による帰結ですが、果たしてそれでいいのか。

確かに営利広告というのは利潤追求のためにやっているのかもしれませんが、それならば前述のように本を出版する場合は利潤追及の目的は全くないのでしょうか。営利広告にしても表現内容が高いと思われるものから低俗なものまであるにも関わらず「営利」というだけですべて経済的自由権の内容にしてしまっていいのか。そしてそれ以前に勝手に個人的な偏見で表現内容の価値の高い低いを判断していいのか。

そして「精神的自由権は一旦侵害されると民主性の過程では取り返すことは困難である」というが実際取り返すことが困難なのは表現の自由だけではないのか。

民主性の過程で取り返すことは困難であるということは当該立法により民主制の一部分が崩壊してしまうことを意味しますが、そのような状況が発生するのは多数決の原理及びその前提である法案の審議もしくは国民の間においての自由な議論が保障されない場合ですが、それは表現の自由が侵された場合のみであり、他の人権においてまで(個人の平等、信教の自由)精神的自由権の保護枠内に入れるのはおかしいのではないか。

これらの疑問から二重の基準の根本が揺らぎつつあります。
しかしそれでも現在憲法学者や司法試験の学生達が二重の基準を常々口にするのは、その違憲基準の判定の容易さとそれによって導かれる結論の一応の合理性によるからです。二重の基準を批判したとしてもまだそれにかわる有力な代替的な説は出ていないという状態です。

二重の基準ですか・・
人権というものは精神的自由権とそれ以外の経済的自由権とに分けることができ、精神的自由権を規制する法律の合憲性を判定するについては厳格審査が適用されるべきとされる理論ですね。
そして精神的自由権に厳格な審査が必要とされる理由は精神的自由権というものは一旦失われると民主性の過程において取り戻すことは非常に困難であるということを理由としています。

このように法律を2種類に分類して、それによって合憲性を判断するというのが二重の基準です。

この説は普通の法...続きを読む

Q金融政策と財政政策の関係って?

おしえてください!
金融政策と財政政策の関係ってなんですか?
目指すところは同じ、経済目標の達成だと思うのですがこのふたつの大きな違いとその関係がイマイチ理解できません。
金融政策は中央銀行が主体となり貨幣供給量を変化させる政策で、財政政策は政府が主体となり民間では不可能な経済の安定と発達の手助けをする。とわたしは理解しています。で、このふたつの関係って?なんですか?
おしえてください!

Aベストアンサー

金融政策も財政政策も目標は経済目標の達成で金融政策は日銀が、財政政策は政府が行います。この点の理解は正しいと思います。2つの関係についてですが、2つの違いを考えればいいと思います。
(1)金融政策
金融政策とは、利子率の変化を利用して景気の調整をしようとするものです。公定歩合を下げる、預金準備率を下げる、債券を買う(買いオペレーション)を行うと利子率が下がりますね。すると、企業はお金を借りやすくなります。借りたお金で投資・生産を拡大します。そうするとGDP(まあ所得ですね。)が増大し、景気は回復に向かう。このようなことを狙って行うのが金融政策です。
(2)財政政策
財政政策は公共事業などを行い、GDP(所得)を増やしそれによって更なる需要(消費)を増やし景気を回復させようとするものです。
で、違いですが、財政政策でGDPが増えるとどうなるか。GDOが大きいというのは、物がたくさん作られて、たくさん売れるということでしょう。そのような状況では、すぐにでもお金が必要になります(そう、利子を払ってでも)。言い換えれば貨幣需要が増大する。すると、利子率が上がる。その結果、投資・生産は縮小に向かう。GDPは縮小し景気は後退に向かう!(当初の目標と逆効果)
と、こういう具合に財政政策は、結果として金利の部分にまで触ってしまい逆効果になることがあります。
金融政策・財政政策の評価は色々考え方があります。(ケインズ・新古典派など)貨幣数量説・k%インフレ説を適用すれば金融政策は無効だということになってしまいます。まあ財政政策も金融政策も無効でも万能でもないでしょう。その中間的な見方をするのが一般的です。政策でも2つをうまく組み合わせようとするのが普通。

金融政策も財政政策も目標は経済目標の達成で金融政策は日銀が、財政政策は政府が行います。この点の理解は正しいと思います。2つの関係についてですが、2つの違いを考えればいいと思います。
(1)金融政策
金融政策とは、利子率の変化を利用して景気の調整をしようとするものです。公定歩合を下げる、預金準備率を下げる、債券を買う(買いオペレーション)を行うと利子率が下がりますね。すると、企業はお金を借りやすくなります。借りたお金で投資・生産を拡大します。そうするとGDP(まあ所得ですね。)が増...続きを読む


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