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 インドには女性が差別される風潮が今なお強く残っていると聞きます。そもそもインドにおける性差別はどのようなことに由来するのでしょうか?やはり宗教上のことなのでしょうか?よろしくお願いします

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A 回答 (3件)

とりとめのない書き方になりますが、少々コメントさせて頂きます。



インドでは古来、女性の地位は極めて低いものでした。それは確かにヒンドゥー教が反映した部分もあります。

例えば、ヒンドゥー教の基本聖典である「マヌ法典」にはいわゆる“三従”という行動様式が説かれています。女性は、幼い時は父に、結婚してからは夫に、夫と死別してからは子供に、それぞれ従わなければならない、というものです。
このマヌ法典(岩波文庫で読めます)は、宇宙の創造の歴史から説き起こして、人間が生涯に行うべき祭式・儀礼や生活上の義務などの具体的なことまでが書かれていて、その基本的精神はインド民衆の生活を規定する一大根拠になっています。
裏から言えば、旧態依然とした体制派の理論的根拠にもなっており、リベラル派の攻撃対象でもあります。

また、「プラーナ」(いわゆる第5のベーダ)という、民衆の間でよく知られるヒンドゥー聖典には、夫と死別した妻が夫の遺体と一緒に生きたまま火葬されるという、“貞女殉死”を説いています。この殉死はサティーとも言われますが、最近までインドでは伝統的な習慣でした。

サティーが一般化したのは、基本的には女性軽視と言えるのでしょうが、寡婦に対するイメージの問題があります。夫が先に死ぬということの原因が、生き残った妻にあると解釈されるために、ヒンドゥーの特に上層社会では、寡婦はきわめて不吉な存在と受けとめられるのだそうです。
殉死しないにしても、寡婦はその不吉さの故に家族と共に食事をとることもできませんし、自分の息子の結婚式にも参列できません。性的アピールをなくすために、女性の象徴である長髪や、装飾品、派手な色のサリーなどはことごとく禁じられてしまいます。そういった寡婦の扱いは「犬にも劣る」などとも表現されることがあります。

ただ、ヒンドゥー教は即ちインド教であって、インド人の生活・思考パターンはヒンドゥー教とない交ぜです。インド人のエートスがその考え方の集大成として自然とそういう宗教を生み出したわけで、宗教が先にあってそれに規定されて女性蔑視が生まれた、という単純なはなしではありません。

加えて、インドでの女性の扱いは単純に女性差別であると断罪して済むものではなくて、位置付けはもう少し複雑です。

例えば、寡婦が不吉とされるのとは反対に、夫が存命である妻は吉なる存在として扱われ、結婚式などいろいろな儀礼で重要な役割を担います。息子が生まれていれば尚その価値は高まります。
サティーそのものは決して肯定できる習慣ではないと言えますが、火の中に身を投じた結果、その女性は女神になると信じられており、言わば女性の鑑として代々崇められる存在になります。こうした女性を出した家族、村も名誉が与えられます。
実際に女性の間にもサティーを支持する人達は案外多いのですが、その背景にはこういった事情もあるわけです。概して言うと、ヒンドゥー社会では女性への視点に中間が欠落していて、上か下か、という両極端が非常に強いと言えます。ヒンドゥーで信じられるところの「女性性」が発揮されれば崇められ、そうでなければ冷遇されるわけです。

このことはヒンドゥーの神話にも反映されているように思えます。
インドの神話ではことのほか女神の存在が大きく、静的な男神に対して女神の活躍ぶりが目立ちます。インド各地でカーリーやデヴィ、ドゥルガーなど沢山の女神が信仰されますが、創造をおこなうと同時に圧倒的な力で破壊と死をもたらすというのがおよその共通点でしょう。美と温和の面を持ちつつ、ある時にはプラス、マイナス両方向に圧倒的なエネルギーを放出すると受けとめられているのです。

その本質は「シャクティ」すなわち「(女性の)力」とされています。女性である神の力によって男性神が活性化される、世界の根本に女性の力がある、という風に認識しているのが神話に見るヒンドゥーの特徴です。

神話に現れるこういった認識が現実と通底しているわけで、女性に対する差別というのもいち局面からだけ断罪したのでは、ヒンドゥー理解の本質にせまれないように思えます。

余談ですが、仏教がヒンドゥー教に影響を与えて女性蔑視の遠因となったという回答がありましたが、この件に関して仏教を出すのは筋違いでしょう。仏教とヒンドゥーはもちろん互いに影響を与えあっていますが、女性の扱いについては、バラモン教から綿々とするヒンドゥー的なるものの影響を仏教が完全には排除できなかった、という方が正しいと思います。
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この回答へのお礼

大変参考になりました。ありがとうございました

お礼日時:2002/09/22 15:02

http://village.infoweb.ne.jp/~mariamma/india.htm
あまりにデカイページで全部は読んでませんが、それらしきことが書かれています。
参考URLは具体例。

参考URL:http://www.jca.apc.org/fem/news/events/350.html
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>やはり宗教上のことなのでしょうか?


だと思います。宗教が原因の一つかと。

インドで起こった仏教はもともと、女性を救済対象としていなかった宗教の様です。業欲が深いとみられてきた女性では、悟りを開けないと考えられていた様です。釈迦自身がそういう女性軽視の解釈をしていたそうです。

例外として、初めて女人救済を謳った仏教が、日蓮の法華経だったそうです。現在インドはほとんどヒンズー教の国ですが、ヒンズー教も仏教の影響を受けているので。
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Q女性は下だとされるのはなぜなのか?

イランでは女性が強姦などされ、その相手を殺したら処刑されました。


どうも、女性差別が当然のようになっていますが、
やはりこれは、ゆくゆくは男児は戦闘に配備されるということなので、とにかく男が優先で多少のレイプだのあろうと、目を瞑れということでしょうか?



やらせて、生まれた子供が男ならなおよしとでも。

日本ですら、昭和初期などそれ以前のことは、またその次に申しますが、戦争にゆくゆくは男児はいくのがほぼ決まっていて、女はそれの肩担ぎ。


当然男児優先ということが横行していましたが、おそってやってしまうことにも目を瞑り、それで男児が生まれればよしとする。

そういう戦いに出るものが優先という風潮でしたね。


江戸時代以前などは、政略結婚という形で、女性の尊厳など全く無視で、両国の好を結ぶために無理やり選ぶ権利など与えず結婚させるわけですし、側室など正室より下の女という差別を当然としてきたわけで、日本もこの今の女性がレイプされてなおかつ、処刑されるということは、江戸時代以前と比べても遜色ないところではないでしょうか?


東ヨーロッパでもルーマニアとかザグレブとかあんなところでは、歩いている女性を車で近寄り車を運転しているのは、女性を物色する男数人で、中の一人に女を作らせるため、襲って無理やり車に乗せて、結婚させるという考え方です。

やはり、戦場に向かう兵士になるわけで、その者たちが当然のように優先で、女性を襲うのは当たり前という風潮でしょう。


そこのお話では、ゆくゆくは強引に結婚させ、その旦那となった男は戦場にいき、戦死というい格好になったということ。


たしかに、戦場にいくことが義務付けられている者にとって、女性の立場を考えてなどしていては、なにもせずに戦場に向かうこととなり、それだったら、襲ってでも女性を娶れという考え方なのでしょう。


男たちは、そのなかなか女ができない男のために裏の裏の作戦をその男のためにと、協力したかっこうとなるわけです。


つまりはめでたしめでたしなのですね。



女性が襲われるということでは、日本の女学生がルーマニアに降り立った途端に、男に誘惑され、無理やりおそわれ死亡させられる事件もありましたが、一応ながら刑務所に投獄されるもののそれは世界に対するニュースに流れるからで、のちのちは恩赦でほぼ無罪で出所したといいます。

やはり、戦地にいくことが、高い確率のところですと、とにかく男が優先で、女性の尊厳だのなんだのと言っているのは、そんなことを言っている場合ではない状態というのが理由に挙げられるのではないでしょうか?


なので、インドとかイランだとかその辺のキナ臭い国々だと、75歳の男が神のお告げと称して、7歳の女児を娶るようなことも許してしまうということでしょうか?

しかし、7歳では、男児を生むこともなかなか難しいのではないかということで、親として育てつつ、ちは繋がってないので、のちのちは14歳くらいになってから教育されてなんとか子供も産めそうな状態になって産ませるということなのでしょうか?


75歳でも14歳まで待っていると、89歳になってしまうわけで、ちょっと厳しい年代に入ってしまうということも勘案すると、前倒しで10歳でなんとか78歳の状態で性交に持ち込んでなんとかできるのかな?

という感じでしょうか。


学術的には、生物学的には、日本では単に16歳から結婚できるということにしているだけで、子供を産めるのかどうかということをうやむやにしていて、考えもしないところですが、本当の本当のところでいうと、9歳くらいでも産もうと思えば子供を産めるのではないのでしょうか?


神のお告げとも言われていますが、祈祷師などに教えを請う場合もあるでしょう。


そんなときも、祈祷師はたいてい男性でしょうし、それが懇願してきた男性にいいコトバを授けるとすれば、幼女であっても、娶れば良いなどと抜け道のようなことを吹聴するでしょう。

祈祷師もいいことを言わないと来てくれませんから。


祈祷師であるがゆえに、戦地に赴かなくても済むという角度で捉えると、たくさんくる男性にいいことを言わないといけませんね。


そうすることで、祈祷師の身を守っているわけではないかともいうわけです。


それだけのことがあると、もう女性のことなどは権利もなにもない方が、男性にとっては都合がいいわけです。


江戸時代以前も昭和初期も女性に権利などなかったのではないでしょうか?

女性の選挙権ですら最近できたようなものではありませんか。



今でもAKBでも恋愛は禁止となっていますし、ブランドものを買ったりすることをついつい出してしまうとシャネッシーとか言われたり、死ねとか握手会でも言われるのだそうですが、やはりまだまだ今ですら、女性に権限を持たせることに異議と唱える流れが残っていますでしょうか?


どんだけ踊ってもやはり、なにもしていないかのように捉える人も多く存在しますから、紅白歌合戦でも最近では必ず紅組は負けますね。


どうも女性にはまだまだ重い差別の風潮が拭えないでしょうか?


政無活動費の件についても、SMバーというバーですから、たまたまいった先がカフェかと思ったらSMバーであったということにもなりますから、SMとあるから悲鳴のように非難轟々だったわけでして、やはりここでも女性差別をしているわけです。


SMバーともなれば、せいぜい見るだけでしょう。


それを活動費として認めないというのは、全然内容を見てないまさに机上の空論で述べられているのではないでしょうか?


そういうバーがあるということは、需要があるということでもあるわけで、しっかりとした経済の枠組みにも寄与しているわけですから、国内の仲間ということで見なければいけないし、そういうことまで言及して説明してやや強制的にでもわからせる方向でないといけなかったのではないでしょうか?


どうやったった、女性差別がなくなりそうもないところですが、痛みをともないながらやっていくしかないというような言い方として捉えていくよりほかないでしょうか?

イランでは女性が強姦などされ、その相手を殺したら処刑されました。


どうも、女性差別が当然のようになっていますが、
やはりこれは、ゆくゆくは男児は戦闘に配備されるということなので、とにかく男が優先で多少のレイプだのあろうと、目を瞑れということでしょうか?



やらせて、生まれた子供が男ならなおよしとでも。

日本ですら、昭和初期などそれ以前のことは、またその次に申しますが、戦争にゆくゆくは男児はいくのがほぼ決まっていて、女はそれの肩担ぎ。


当然男児優先ということが横行していまし...続きを読む

Aベストアンサー

男女は同権であるべきです。戦争へ行くのも男女区別はなくなってきています。

戦争が原因ではありません。人類は生物的に、基本的に腕力が 男>女 だったから、文化として男性優位が根付いたのです。一旦そういう文化が成立したら、男はその既得権利をなかなか手放しません。そういうものです。ですから、主に女性が努力して女なりの実力で権利を奪っていくしかないと思います。

QWord 文字を打つと直後の文字が消えていく

いつもお世話になっています。
Word2000を使っているものです。
ある文書を修正しているのですが,文章中に字を打ち込むと後ろの字が消えてしまいます。
分かりにくいですが,
「これを修正します。」
という文章の「これを」と「修正します。」の間に「これから」という単語を入れたときに,その場所にカーソルを合わせて「これから」と打つと,
「これをこれからす。」
となってしまいます。
他の文書では平気です。
何か解決する方法があれば教えて下さい。

Aベストアンサー

入力モードが「挿入」(普通の入力)から、「上書き」になってしまっているのだと思われます。
キーボードに[Insert]というキーがあると思いますので、1度押してみてください。

Q昔から日本では女性差別は無かったのではないですか?

昔の日本は女性差別が酷かったという人が居ますが、戦争にでるのは男、家を守るのが女という役割分担があっただけで、明確な女性差別は無かったのではないでしょうか。
(戦争に行くのは必ずしも男性と決められていたわけでもなく、中には女性の兵士も居たようです)
また、女性は女性らしく男を立てろと厳しく躾けられたという話を持ちだして、これをもって女性は差別されていたという人も居ますが、このように躾けていたのは母親とかお姑さんといった女性であり、父親が息子を男らしく厳しく育てたのと似たようなものだったのではなかったのでしょうか。

Aベストアンサー

No4です。


質問の回答自体は、No4で終了なのですが、その後、19世紀のヨーロッパで女性差別が最悪だったものがどのように、女性に権利が与えられてきたのかの説明をした方が理解が深まると思いましたので、追記します。



19世紀のヨーロッパは、女性差別が最悪な時期でしたが、第一次世界大戦以降、女性の権利が認められるようになります。具体的には婦人参政権です。

理由は、第一次世界大戦は、これまでの戦争と違い、女性も軍需工場に働くなどをし、社会的義務を担うようになりました。「男性と同じ義務を負っているのだから、女性も男性と同じ権利を与えよう」という理由で婦人参政権が与えられました。

フランスは、その時期には婦人参政権は与えられませんでした。理由は「権利が増えると、義務も増えるので嫌だ」とご婦人自ら、婦人参政権を拒否しました。日本では、既に日本人女性はフランスの貴婦人と違い、軍需工場で働くなどの社会的義務を負っていたので権利を与えるべきでしたが、義務と権利の関係を理解していなかったようで、権利を主張する女性も、権利を与えないといけないという政治家もいませんでした。

義務と権利の関係を理解していない点では、今でも同じですね。


その後、西洋思想は女性の権利を認める思想になり、それに迫られる形で日本にもその思想がまた入ってきます。つまり日本の男女差別の思想は、西洋思想によって最悪な状態になり、西洋思想によって女性の権利(誤った意味で「女性の権利」を吸収してしまったが)の思想が入ってきました。

No4です。


質問の回答自体は、No4で終了なのですが、その後、19世紀のヨーロッパで女性差別が最悪だったものがどのように、女性に権利が与えられてきたのかの説明をした方が理解が深まると思いましたので、追記します。



19世紀のヨーロッパは、女性差別が最悪な時期でしたが、第一次世界大戦以降、女性の権利が認められるようになります。具体的には婦人参政権です。

理由は、第一次世界大戦は、これまでの戦争と違い、女性も軍需工場に働くなどをし、社会的義務を担うようになりました。「男性と同じ義務...続きを読む

Q煩悩ってどういう意味ですか?

煩悩(ぼんのう)ってどういう意味ですか?
辞書で調べても難しくて理解できません。
具体的に、わかりやすく教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  煩悩は、仏教の用語で、元々、かなり難しい思想的意味を持っていましたし、煩悩とは何かというので、色々な議論もありました。
 
  しかし、それはともかく、具体的な例の話で、日常語での「煩悩」の使い方というか、意味を考えてみましょう。
  「煩悩」は、「煩」と「悩」から出来ています。「煩」は、「わずらわしい」という意味で、「わずらわしい」と入れて変換すると、「煩わしい」と出てきます。また「悩」は、「なやみ」のことで、「なやみ」と入れて変換すると、「悩み」と出てきます。
 
  煩悩とは、わずらわしく、悩みになることだ、ということになります。しかし、そんなに煩わしく悩む、困ったことなのかというと、日常の用法では、ちょっとニュアンスが違います。ここは、仏教のお坊様に出てもらって、具体的な使い方の説明をしましょう。
 
  仏教では、覚りを開くため、修行する人が、元々「坊様」だった訳です。従って、元の仏教の「戒め」では、修行者は、例えば女性となれなれしく口をきいてはならないとか、女性の姿もまともに見てはならないなどとなっていました。女性の美しさなどは、「迷い」の元だというのです。
 
  しかし、坊様がすべてそうではないでしょうが、すけべな坊様もいる訳で、道で通りがかりの、和服の美人を見て、ほわ、と口を開けて見とれ、なんちゅう、綺麗なべっぴんさんや、いや目の毒じゃ、これも「煩悩、煩悩」などと云いながら、女性の後ろ姿を見送ったりします。別に和服でなく、洋装でも構わないのです。また、坊様も、そんな女を見るとすぐ見とれるような人は珍しいでしょうが、やはり、坊様も男ですから、美人と道ですれ違うと、ふと、心が動くこともあるのです。
 
  あるいは、仏教では、イスラム教と同様、精神の安定や、日常の心の状態を興奮させたり、おかしくする飲み物などは禁じています。例えば、麻薬などは無論駄目ですし、煙草やお酒も駄目なはずです。しかし、日本の坊様は、何時頃からか、「般若湯(はんにゃとう)」と称して、酒を店で買って飲んでいたりします。坊様が、良い酒を味わいながら飲みつつ、何という味わい、この酔い心地、さすがに銘酒は違う。極楽じゃ。しかし、考えてみれば、これも「煩悩、煩悩……仏様よ、お許しあれ、南無阿弥陀仏、いやもう一杯、何ともうまい」などと云っていると、どこが、煩い、悩みの煩悩か分からないでしょう。
 
  また仏教では、生き物のいのちを大切にせよと教え、殺生を禁じ、従って、動物の肉は無論、鳥の肉も、魚も食べてはならないことになっているのですが、それも何のことかです。酒のさかなに、コイのあらいを食べつつ、いい気分になって来て、坊様が、いや、浮き世もまた楽しいぞよ、酒はうまいし、ねえちゃんは綺麗だ……などと歌っていると、「生臭坊主」ということになるのですが、以上は極端に戯画化しているので、日本では、昔から、坊様が、妻帯し、子供がおり、酒は飲み、魚も食べ、それで別に社会から糾弾などされていません。
 
  大酒を飲み、酔っぱらって、寺の本堂で乱交パーティを開くような坊様は、それは別に坊様でなくとも、普通の人でも社会から糾弾されます。
 
  仏教の坊様にとっては、女性と触れたり、メイクラヴすること、酒を飲んだり魚を食べたりすることは、仏教の教えに反することで、こういう「欲望」を、修行の妨げになる「煩悩」と呼ぶのですが、煩悩というのは、多くの坊様の日常生活から云うと、自然なことのようです。
 
  もう一つ、坊様ではありませんが、一般に、「子煩悩」という言葉があります。これは、別に、子供が煩わしく悩みの種で、何かの邪魔になるのかと云えば、そうではなく、子供が可愛く、何時も子供のことを考え、細かいことにも、子どものためにと、あれこれ気も身も使う親のことを、こう呼びます。別に、子どもが、何かの「妨げ」になっているのではないのです。親にしてみれば、ふと、思うと、「ああ、おれは、何と子どものことばかり思っているのか。これも煩悩か」などとなります。
 
  「煩悩」というのは、仏教の教えとか、人間の生き方はいかにあるか、などということの前では、何か安楽な、気持ちよい、楽しい方にばかり気が向くようで、困ったことだという考えもある他方、「自然な欲求」「自然な望みのおもむく方向」であって、煩悩だが、しかし、これもまた良しなどというものです。
 
  これは、仏教の教義として、煩悩に迷う人の姿こそ、すなわち、仏の姿に他ならないという考えもあるのです。
 
  煙草をやめないと、肺ガン確実と云われていて、それでも吸いたいという人の場合、煩悩とは云いません。また、大学受験中なのに、異性のことに意識が向いて勉強に集中できない高校生も、それを煩悩とは云いません。(ただし、高校生の親が、寺の住職だったりして、子どもに、そんな煩悩は振り払え、と説教するかも知れません)。
 
  煩悩というのは、本来の仏教の教えでは、たいへん厳しい、覚りの道にあって、克服せねばならない誘惑や欲望だったのですが、「煩悩すなわち仏」というような考えは、人間は自然に振るまい、自然に生きるのがやはり一番であるという考え方でしょう。
 
  肺ガン寸前の喫煙者や、受験勉強に必死な高校生にとっては、喫煙や、恋愛は、自然のままを楽しもうなどということではないのです。
 
  人間は、欲望が強すぎると、色々不都合なことが起こることが、或る程度分かっているともいえます。分からない人、自制がきかない人は、酒に溺れて身を滅ぼすとか、守銭奴になって、世人の顰蹙を買うなどとなり、そういう人自身は、煩悩も何もないでしょう。しかし、そういう人を横目で見ていると、酒を飲み、恋愛をし、ギャンブルで小銭を失い、自堕落な生活を少々しても、歯止めがかかっていて、ああ、これが煩悩というものか……で片が付きます。
 
  「わかっちゃいるけどやめられない」というのは、確か古い歌の言葉ですが、そういう心境の「分かっている」のが、煩悩だと分かっているということで、度を超さなければ、やめる必要もない訳です。本格的な修行をしている坊様にとっては、厳しいことでまた別ですが、普通には、煩悩はまた楽しいことなのです。本来しない方がよい、というのをするのは何とも楽しいことなのでしょう。
 
  世界中の文化がそうだとは分かりませんが、日本は、煩悩を楽しむ文化です。
 

 
  煩悩は、仏教の用語で、元々、かなり難しい思想的意味を持っていましたし、煩悩とは何かというので、色々な議論もありました。
 
  しかし、それはともかく、具体的な例の話で、日常語での「煩悩」の使い方というか、意味を考えてみましょう。
  「煩悩」は、「煩」と「悩」から出来ています。「煩」は、「わずらわしい」という意味で、「わずらわしい」と入れて変換すると、「煩わしい」と出てきます。また「悩」は、「なやみ」のことで、「なやみ」と入れて変換すると、「悩み」と出てきます。
...続きを読む

Q女性差別の具体的な例

具体的な女性差別の例を教えてください。
たとえば、男女混合名簿とか

Aベストアンサー

>具体的な女性差別の例を教えてください。

1)プロの女相撲の禁止(大正時代くらいまではあったんですが)
2)プロ野球への女性入団の禁止
(アメリカには女性の選手いるんですよね)
3)東大の教授の人事
(東大卒の女性教授はいますが、東大に女性の教授が
 いません)。
4)女性用風俗店の少なさ
 男性用の性風俗は沢山あるのに、女性用は
 あまりありません。女性だけの東南アジア向け  
 美少年売春ツアーがあるくらいですから、需要は
 少なくないはず。
5)女性の教育レベルの低さ
 今だに女は早く結婚させるべ、みたいなバカ親が
 いること自体信じがたいことですが、男性の
 大学院への進学率の上昇率に対して、女性の
 進学率が低すぎます。
  これについては社会的障害ではなく、親が女の子
 に十分な教育を行わないという差別をしている
 ことに間違いありません。
6)女子大の存在
  社会に出たら、男女平等に機会が与えられると
 同時に共に戦わなければならないかもしれないのに、
 大学という中等教育まで女性専用という箱入り娘
 的逆差別教育環境があるのはおかしいです。

>具体的な女性差別の例を教えてください。

1)プロの女相撲の禁止(大正時代くらいまではあったんですが)
2)プロ野球への女性入団の禁止
(アメリカには女性の選手いるんですよね)
3)東大の教授の人事
(東大卒の女性教授はいますが、東大に女性の教授が
 いません)。
4)女性用風俗店の少なさ
 男性用の性風俗は沢山あるのに、女性用は
 あまりありません。女性だけの東南アジア向け  
 美少年売春ツアーがあるくらいですから、需要は
 少なくないはず。
5)女性の教育レベルの...続きを読む

Q男性に質問です。40過ぎた女性に女を感じますか?

表題のとおりです。
どんな年代の男性でもいいのですが
できれば40過ぎの男性だとわかりやすいです。
もちろん10代でも20代でも大歓迎です。

40過ぎた女性を「抱きたい」と思ったりしますか?

と、言うのも私は20代半ばなのですが、
夫は30代後半です。
もちろん夫の友達も同じ年代なのですが、
この間ちょっとしたシモネタ話で盛り上がったとき
「タメの女は抱けない」
「年上は絶対無理、お金払っても無理」
「しわとか見たら萎える」
「触った時点で萎え萎え」
「むしろたたない」
など、それはもうひどいことを言っているんです。
私は女ですから、かなりむかついてしまい
「あんたらだっておじんじゃん。」と
言い返したのですが「男と女は違う」といい
げらげら笑っていました。サイテーです。

でも、これが男の本音なのでしょうか。
自分が40になったとき、夫からは女として
見られないのかと思うと悲しいしむかつきます。
それとも、単に夫や友人が男として低い?のか??

皆さんはどう思いますか?
男性は自分が40過ぎ~50過ぎでも、
女は若いほどいいのですか?

表題のとおりです。
どんな年代の男性でもいいのですが
できれば40過ぎの男性だとわかりやすいです。
もちろん10代でも20代でも大歓迎です。

40過ぎた女性を「抱きたい」と思ったりしますか?

と、言うのも私は20代半ばなのですが、
夫は30代後半です。
もちろん夫の友達も同じ年代なのですが、
この間ちょっとしたシモネタ話で盛り上がったとき
「タメの女は抱けない」
「年上は絶対無理、お金払っても無理」
「しわとか見たら萎える」
「触った時点で萎え萎え」
「むしろたたない」
など、そ...続きを読む

Aベストアンサー

女性ですが、すみません。
私の周りが一般とは違いすぎるのか
40代、50代の女性が若く見えて美形で
ふってもふっても男が寄ってくるという
人多いです。会話も知的でこの女と話したい
という魅力があるので。みんな恋や不倫の
話に花が咲いています。
逆に20代、30代の身近にいる女性で
これといった魅力のある人がいなかったし
実際、彼氏いない人がすごく多いです。
20代女性はとにかく我儘で、男性から
嫌われている子が多く、30代は、子育て
髪振り乱しているような人が多く子供を
産んで間がないので体型も元に戻って
いないし、顔がやっぱり「お母さん」
やってます。でもそれはその時期はそれが
必要だから、いいけど又40代に入って
子育てが落ち着いてから
お洒落して恋心を忘れなければ、女性って
いくらでも輝きますよ。私も男性に40代の
女性をどう思うか、男性に聞いた事がありますが
ほとんどの人が若い女より魅力を感じると
言っていました。
芸能人では、やっぱり黒木瞳、由美かおる
秋吉久美子、吉永小百合、五十嵐淳子等って
すごい魅力的じゃないですか。同じ芸能人でも
若い頃綺麗でも40歳すぎてすごいオバサンに
なった人いっぱいいるので、その違いは
何かというと、「綺麗でいたい」という意識の
高さですよ。その意識があるかないかで
オバサンか、美女かって分かれてきます。
40歳になったら全員オバサンでは
ありません。黒木瞳なんかは、写真でも
綺麗に撮られる方法を知っているというから
美に対して敏感ですよね。

女性ですが、すみません。
私の周りが一般とは違いすぎるのか
40代、50代の女性が若く見えて美形で
ふってもふっても男が寄ってくるという
人多いです。会話も知的でこの女と話したい
という魅力があるので。みんな恋や不倫の
話に花が咲いています。
逆に20代、30代の身近にいる女性で
これといった魅力のある人がいなかったし
実際、彼氏いない人がすごく多いです。
20代女性はとにかく我儘で、男性から
嫌われている子が多く、30代は、子育て
髪振り乱しているような人が多く子供を
...続きを読む

Q中国での女性差別

高度成長を遂げている中国では毎年25万人が自殺しており、女性の自殺者は男性の自殺者の3倍だという記事があります。
http://www.nikkei.co.jp/kaigai/asia/20040913D3K1301U13.html
中国での女性差別ってどういう状況なのでしょう?
そんなにひどいのですか?
知っている方がいらしたら教えて下さい。

Aベストアンサー

こんにちわ。
男性の3倍にものぼるのですね。
私は数年間中国にいましたが、現地にいるかぎり女性差別を感じるような場面は一度もありませんでした。
仕事においても「女傑」という言葉があるように女性リーダーが各方面で活躍していますし、
公安、市場、鉄道、どこへ行っても女性の強さが目立つ印象さえあります。
差別的だと私が感じたのは、男女性別関係なくその人間の権力の有無に対してでした。

ですが、私のいた都市部と農村部では、同じ国なのか?と思うほど生活レベル、価値観が違います。
ニュースにある通り男女差別がひどいのかもしれません。
ただ、都市部ではそういう差別を感じることはありません。

Q人を選んであいさつする人

職場で、相手を選んであいさつをする人を何人か見かけます。
(というか、私があいさつされない側になるのですが)

・私が目の前で挨拶しても無視
・食堂で私が一人でいる時は挨拶しないのに、他の人がいると、その人に挨拶する

そういう人(特に社員)が多い会社なので、我慢していますが…

私自身、人と接するのは苦手で、男性恐怖症も持ち合わせていますが、
超忙しい時以外は私は挨拶するようにしています。

最近、こういう事が立て続けだったのと、
新入社員時代からどうしても好きになれない子が
そういう事を今でもしてくるので、
気が滅入っています。

その人達に何かした訳じゃないのですが…
挨拶は社会人の常識…という認識はあっても、挨拶をするのがつらいです。
気持ちの持ち方、何かないでしょうか?

アドバイスいただければ幸いです。

Aベストアンサー

いますよねそう言う人。
落ち込むのも分かります…辛いですよね。

でもそんな人を見て挨拶するとかしないとかやるようなレベルの低い小学生のような人達に合わせる必要はありません。

自分の為に挨拶なさって下さい!
それで挨拶しなくなるのってなんか変ですし、負けた気分じゃないですか。

私も昔学生の頃ですがそう言う陰険なイジメありましたよ。
でも毎日ウザったいくらいにデカイ声で言ってやりました。
挨拶すると気分も晴れますしね!
最初は「バカじゃない、アンタなんかに返事なんてするもんか」みたくそのグループの女子には笑われました。
でもそのうちだんだん向こうが折れたのかなんなのか小声ですが「おはよう…」と返してくるようになりました。

心が折れそうになりますが、グッと我慢です!
その挨拶している姿を他の人が見て好感を持ってくれるかもしれないし、なにもその人達に好かれたくてやってるわけではないですしね。

自己満足です!
挨拶しないとスッキリしないからしてるだけだよ~くらいの軽い気持ちでめげずに大きな声で挨拶しましょう。
小さく挨拶してると気も滅入りますしね!

頑張って下さい!そんな人達に負けないくらい挨拶で元気を出して下さい!

いますよねそう言う人。
落ち込むのも分かります…辛いですよね。

でもそんな人を見て挨拶するとかしないとかやるようなレベルの低い小学生のような人達に合わせる必要はありません。

自分の為に挨拶なさって下さい!
それで挨拶しなくなるのってなんか変ですし、負けた気分じゃないですか。

私も昔学生の頃ですがそう言う陰険なイジメありましたよ。
でも毎日ウザったいくらいにデカイ声で言ってやりました。
挨拶すると気分も晴れますしね!
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Qエルサレムに、なぜ3宗教の聖地が在るのですか?

エルサレムでは、紛争が延々続いていますね。
あんなに狭い所に、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教という3宗教が聖地を持っているから、トラブルが起きるのは当たり前だとは、とは思います。その3つの宗教は、ユダヤ教、それから発生したキリスト教、そしてそれらと影響のあるイスラム教、という関連のある宗教ですね。
世俗的には、エレサレムの街自体は、たとえば交通の要所とかではなく、たいして重要な街とは思えません。
それなのに、、なぜ3宗教は、エルサレムに聖地を持っているのですか?
たまたまエルサレムに3聖地が混在するだけなのですか? あるいは、歴史上や宗教上で、何か慨依性を持っているのですか?

Aベストアンサー

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ(イスラエル)の地にやってきて、神様は「よーしお前ら、ここをお前たちに与える」と畏れ多くもありがたくおっしゃいました。しかしそこは当然先住民がおりまして、「なんか、先に住んでる人がいますけどこれはどうすればいいですか?」と伺いましたところ、「お前たちに与えたから殺しちゃってオッケーよ」とおっしゃいました(本当)。かくして彼らはそこにユダヤ人国家を作りました。ユダヤ人がイスラエルを「約束の地」と呼ぶのはそういうことです。
そんなこんなの経緯は旧約聖書に書かれています。

さて、ユダヤ教徒はエルサレムに神様を祭る壮大な神殿を作りました。その頃がユダヤ教とユダヤ王国の絶頂だったといえるでしょう。その後神殿は破壊されてしまい、その一部が残るのみとなりました。その遺跡が「嘆きの壁」と呼ばれるところで、そこでは常に敬虔なユダヤ教徒が祈りをささげていますが、そのお祈りの内容は、「神様、あの栄光の日々がまた訪れますように」というものです。その「また訪れてほしい栄光の日々」とは3000年くらい前の話なんですけどね。

ユダヤ人の国は、あんなこんながイロイロとありまして分裂したりして、やがてローマ帝国の属州となりました。ローマ帝国ってところは実は非常に寛大な帝国で、帝国に従うなら信教の自由も認められていました。日本人レベルでいえば、「それならいいじゃん」というものですが、「この世で神様とお呼びしていいのはおひとりだけ」と信じる彼らにとって異教徒がウロウロしているのが非常に気に障って障ってしょうがないのです。イスラエルでは、ローマ帝国に対するテロ活動が盛んでした。
ユダヤ教徒の歴史では、そういう「ユダヤ人受難のとき」にはエリヤとか神様の言葉を預かる「預言者」が登場して人々を導きました。ユダヤ教徒たちは、そういう「救世主」が出てくることを待ち望んでいたのです。

そういったタイミングに登場したのが、ナザレ生まれのイエスでした。イエスはユダヤ教史上、というか宗教史上において革命的な言葉を発しました。「ベイベー、愛だぜ」と。彼は、あの神様のことを「父ちゃん(アバ)」と呼びました。後になんだかんだでイエスは神の子となりました。マリア様が処女のまま神の子を受胎したお話はご存知でしょ?
それがどれだけ革命的であったのはまた別の機会に譲るとして、「憎みあうより、愛し合おうぜ」と言い出したイエスは人々からローマ帝国を排除する指導者となることを熱望されましたが、「だから俺は憎みあうのは嫌なんだよ。愛し合おうぜ」といって人々を失望させ、エルサレムからすぐ外に出たところのゴルゴタの丘で十字架にかけられてしまいました。
その後、実は一度もイエスと会ったことがないパウロが「イエスは救世主(キリスト)だったー!」と言い出してキリスト教が誕生します。なお、旧約聖書では「救世主はベツレヘムに生まれるよ」と書いてあったので、イエスはベツレヘムで生まれたことになりました。
当然のことながら、キリスト教にとってエルサレムは「イエスが十字架にかけられた場所」ですので極めて重要な聖地であります。

そのイエスが十字架にかけられて50年くらい経ったとき、「もう我慢ならねえ、ローマ人は出ていけ!」とユダヤ人は反乱を起こしました。それ以上にブチ切れたのはローマ人です。「人が下手にでてりゃあ属州のくせにでけえ態度をしやがって。ローマ帝国の恐ろしさを骨の髄まで教えたるわ」と本気で怒り、反乱を鎮めただけではなく、何かとややこしい神殿を破壊し、「ややこしい神を信じてるお前らはこの辺りに住むんじゃねえ」とユダヤ人をパレスチナから追放しました。
これがディアスポラです。以来約2000年、ユダヤ人はイスラエルの地に再びユダヤ人の国を再興することを願いながら世界中でお金を稼ぐこととなります。

時代はずーっと下りまして、メッカの洞窟で、青年ムハンマド(マホメット)の前に大天使ガブリエルが現れて「君が預言者だよーん」と告げました。イスラム教の誕生です。ムハンマドの元にガブリエルを派遣したのはあの、例の、何かとややこしい「神様」でいらっしゃいます。そういや、マリア様の前に「あなたは神様の子を宿したよ。おめでとう」と告げに来たのもガブリエルでした。ガブリエルさんはどうもややこしいお仕事を何度もされているようです。
ムハンマドのあまりに偉大な足跡に関していちゃもんをつけると冗談抜きでアルカイダから死刑宣告されてしまいますので、それについては割愛します。
イスラム教にとって最も重要な聖地は、ムハンマドが神の啓示をうけたメッカです。しかしムハンマドは一神教教徒なわけですから、「死ぬまでに偉大な神殿があったエルサレムで死にたいなあ」と当然といえば当然で、ややっこしくなることを願います。
そして、そのエルサレムの地で天に旅立ってしまったのです。エルサレムはイスラム教にとっても「教祖様が入滅された場所」となってしまったのです。

かくして、エルサレムの地はユダヤ教徒、キリスト教徒、イスラム教徒が俺の場所だ、いいや俺の場所だと大変にややこしい場所となってしまいました。

まずですね、一神教ってのが興るんです。「世の中に神様と呼ばれるお方はおひとりだけ」という考え方です。
この一神教の神様は、ユダヤ教が呼ぶヤハウェ、キリスト教が呼ぶゴッド、イスラム教が呼ぶアッラー、全て日本語に訳せば同じ「神様」です。
この神様はモーゼさんの前にそのお姿を現したときに、「俺以外の神扱いされてるやつは全部ニセモノのまがいもののファック野郎だ!」とおっしゃいました。そこを起源にしてユダヤ教が始まりました。
ま、いろいろ経緯はありましたが、ユダヤ人一行は今のパレスチナ...続きを読む


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