痔になりやすい生活習慣とは?

魏志倭人伝に、
「邪馬台国の男子は、みな顔や体に入墨を施している。人々は朱や丹を体に塗っている。 」
と、載っているようです(ウィキペディアより)。

1.当時の日本人にこのような風習が本当にあったんでしょうか。
2.このようなことを書いている史書は、ほかにありますか。
3.アイヌ民族、琉球民族、熊襲、やくざなどに入墨の風習があったと言われていますが、邪馬台国の男子の入墨と関係がありますか。

よろしくお願いします。

A 回答 (6件)

刺青の風習は、漁をする者たちには一般に見られるものかと。


水死体が浜に打ち上げられたとき、死体は膨れ上がっていて、顔による判別が困難なので、その際の目印に刺青を彫るようです。
南方の島々も含めて、関係があるかどうかは判断が難しいでしょう。
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この回答へのお礼

>漁をする者たちには一般に見られる
初めて聞きました。目印ですか。ありがとうございました。

倭人伝の「みな顔や体に入墨を施している。人々は朱や丹を体に塗っている。」の記述から頭に浮かぶのは、南米あたりのカラフルに体を塗りたくった原住民の姿です。
どうしてもピンときませんので質問させてもらいました。

お礼日時:2008/02/05 19:35

お初です


1と2・・・身体に入墨を彫るのは元々中国の華南地方の習俗で、中原から見ると"蛮族"の風習であったようです。三国志編者は当時の倭国は華南地方と極めて近い地理・風習と考えていたようで、「その道里を計るに、当に会稽東冶(会稽郡・現在のセッコウ省から江蘇省のあたり。東冶県・現在の福建省、東"治"は誤り)の東に在るべし」と感想を述べています。
倭人伝に「大小と無く~」とあるので大人も子供も入れていたのではないかと思われます。誤解して欲しくないのは、邪馬台国の風習ではなく「倭人」の風習です。この風習に関して他に書かれている史書としては魏略があげられます。三国志成立より少し前に書かれた魏国の史書で、現在は散逸しており「逸文」と言う形で残っています。
3・・・日本書紀に蝦夷の男女が入墨を入れていたという記述があります。他はよく分かりません。江戸中期の入墨は刑罰のひとつです。現代のようにファッションなどで入れる事を「彫り物」と呼んで区別していたようです。やくざは江戸時代からの話ですので(博徒だけを指せば平安時代から)全く関係ありません。
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この回答へのお礼

詳しいご説明ありがとうございました。

お礼日時:2008/02/05 19:26

教育社『魏志倭人伝の世界』の山田宗睦訳によりますと、次の通りです。



 「男子は大小となくみな黥面文身す。古より以来、其の使の中国に詣るや、みな自ら大夫と称す。夏后少康の子会稽に封ぜられ、断髪文身して以って蛟龍の害を避けしむ。今、倭の水人好んで沈没して魚蛤を捕らえ、文身してまた以って大魚・水禽を厭わしむるに、後ようやく以って飾となす。諸国の文身おのおの異なり、或いは左にし或いは右にし、或いは大にし或いは小にして、尊卑に差あり。その道里を計るに、当に会稽東治の東に在るべし。」

 男子の「黥面文身」は、中国の「夏」の時代には行われていて、それを「今」に伝えている倭国の状況を中国の使節が伝えたことを陳寿は喜んでこれを書いているのではないでしょうか。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。

お礼日時:2008/02/05 08:13

いわゆる魏志倭人伝は「三国志魏書巻三十烏丸鮮卑東夷伝倭人」の通称ですが一応人の行き来もあったようですし、古い記録だからとて根拠無く否定するのもいかがかと思います。

とりあえず昔の人は倭人とは男子が鯨面文身する種族と理解していたことは事実として考えるべきでしょう。
ただ男子は皆鯨面文身といっても、もしかすると成人男子に限ることかもしれません。成人の通過儀礼として入れ墨を、ということはありそうなことですし、子供は男の中に数えないと言うこともありそうです。
鯨面文身に関しては後漢書にも同様なことが書いてあります。(邪馬台国ではというのではなく倭人はということですが。)
ただしこちらの方が正史三国志よりも成立があとですから、魏志のほうの倭人の条を参考にした可能性もありますね。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございます。
>古い記録だからとて根拠無く否定するのもいかがかと思います。
他の回答者の方も、私も否定はしておりません。文面をしっかり読めば明らかでしょう。全部信用していいものかどうかどうか迷っているわけです。否定するならばこれはウソだ偽説だと書きます。
その他のお説は拝聴させていただきます。
ありがとうございました。

お礼日時:2008/02/05 07:01

1あったかもしれないしなかったかもしれません。

中国の史書といえでも総て事実とは限らないでしょう。彼らは邪馬台国に来たわけではなく来た人とその人の話しか載せていないでしょうからね。
2史書ではありませんが土偶に文様があり入れ墨ではという説もあります。
3魔除けからの観点から見るとアイヌ、琉球、熊襲には関係あるかもしれません。やくざの入れ墨は装飾から始まっているようなので直接の関係はなさそうです。

参考URL:http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%A5%E3%82%8C% …
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この回答へのお礼

>彼らは邪馬台国に来たわけではなく来た人とその人の話しか載せていないでしょうからね
そうなんですね。ウソを書いても、誰もそれはウソだときめつけられない。
土偶に文様があり入れ墨ではという説・・・なるほど。
ありがとうございました。

お礼日時:2008/02/04 20:45

邪馬台国は魏書東夷伝にしか登場しません。


それ以外には全く文献は存在しません。
魏志倭人伝などという本は存在しません。

よって
1・不明
2・存在しない
3・不明
以上です。
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この回答へのお礼

ご回答ありがとうございました。

お礼日時:2008/02/04 20:40

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Q皮膚と口腔粘膜の違いについて

勉強していて疑問に思ったので質問します。
皮膚は重層扁平上皮で覆われていて、口腔粘膜も重層扁平上皮で覆われています。
同じ、重層扁平上皮で覆われていますが、口の中は皮膚とは言いません。
皮膚と口腔粘膜は何が違うんですか?
皮膚に特徴的な構造を呈示しながら、教えてください。

Aベストアンサー

皮膚と内臓の粘膜の特徴的な違いは角質層があるかないか、粘液で覆われているかいないか、が分かりやすいですね。

皮膚
・重層扁平上皮
・角質層がある
・乾燥している(粘液で覆われてない)
・毛根や汗腺、脂腺があるが粘液腺や漿液腺はない
・メラニンがあり紫外線に強い(日焼けする)

内臓粘膜
・重層扁平上皮だけでなく単層円柱上皮などもある
・角質層がない
・粘液で覆われている(乾燥に極端に弱い)
・粘液腺や漿液腺はあるが毛根や汗腺や脂腺はない
・メラニンはない

一方、口腔粘膜は皮膚と内臓の粘膜の中間の構造を持っています。すなわち

口腔粘膜
・重層扁平上皮
・一部だけ角質層がある
・粘液と漿液で湿っている(明確な粘液層はなく乾燥にもある程度は耐える)
・毛根や汗腺や脂腺はないが粘液腺と漿液腺がある
・メラニンはない

といった具合です。


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