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私は今中学3年で、受験して来年は高校に行きます。
でも、中学で義務教育は終わりですよね??
卒業したら、みんなアタリマエのように高校に行くけど、
別に義務じゃないから行かなくてもいいわけです。

何で高校にいくんだろう・・・?
今こそ、その意味を考えてみたいと思い、
『高校に行く意義』というテーマで作文を書くことにしました。
みなさんの意見もききたいので質問します。

高校に行く意義って、何だと思いますか???
たくさんの意見待ってます。

A 回答 (14件中1~10件)

いろんな考え方があります。


皆さんが、書いていることも正解です。
人によって違うものです。

・進路の結論を先延ばしにする。
・青春を謳歌する。
・就職に有利。

いろいろです。そして、どれもが正解です。
しかし、これからのあなたが、本当に高校に行く意義を真剣に考えるならば、次のように考えてください。

(1)高校は、自分の将来の目標を実現するための手段。
(2)高校は、人生のゴールではなくて通過点。
(3)高校で経験することは、これから生きていくための基礎になる。

義務ではないので、いかないという選択しもあります。
いかないで、何を身につけていくのか考える必要があります。
いろいろ、考えてみてください。
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高校を卒業する人の何割が中学校の数学が解けるのでしょうか?


そう考えると、単にレベルの高い勉強をさせても無駄なように思えます。工場などで手作業をする人材が必要であった高度成長時代は、中学の卒業生に多くの就職先がありましたが、単純作業がロボットに取って代わり、そのような人材が不要になってきました。そうなると、仕事をさせるにも中学を卒業して直ぐでは、あまりにも幼くせめて18歳くらいの年齢になるまで社会に出て欲しくないのではないでしょうか。
まあ、高校卒業しても落ち着かない人はいますが、少なくとも中学卒業して直ぐよりは、その割合は減ってくるものと思います。
したがって、高校へ行く意義は、一般的には、社会が必要とする年齢まで学校へ居て欲しいとの要望に応えるためだと思います。
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高校時代の私は「高校は大学に行くための踏み台」としか、


考えていませんでした… というか、そう洗脳されていました。

でも、今なら、
「ミニスカ女子高生と思春期の恋を楽しむため」と
改めたいですね。
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結論や決定を先延ばしにするためです。



何の結論や決定かというと、「大人になって、何をして生きて行くわけ?」という質問に対する結論や決定です。中学3年ですでに決まったものがあり、そのためにはもう学校に行く必要がない、というのであれば高校に行く必要はありません。が、決まったものがないのなら高校に行って考えましょう。それでも決まらないのなら大学に行ってから考えましょう、という具合に、結論や決定を出すまでの時間を与えてくれるのが高校や大学です。

#10さんと同じ様でいて違うのですが、「選択肢を増やすため」ですね。中学生が理解できる職業や人生はそれほど多くありません。高校、大学と進むうちに「あ、こういう生き方もあるんだ」「こういう仕事もあるんだ」と、それまで知らなかったものを知る事になるでしょう。そうやって選択肢を増やすわけです。
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露骨に言えば、選択肢を減らさないため。


スポーツ選手や芸能、一部の職人技などは別ですが、
それ以外の職業は、学歴が高いほど選べる幅が拡がります。

職業によっては、例えば法曹などの仕業・医師・建築士…
これらは、特定の学歴が無いと□すら得られません。

その学歴を得るには、高卒の資格が必要です。
(高認では学力的にハンディが大きく、
 それを埋めるコストは極めて大きい)

明確な職業間にもとづく将来設計があり、
あるいは、それ以外の選択が許されないなら、
高校へ行かないことにも意味はあります。

やや消極的理由ですが、
高校は選択肢を減らさないために
行くところかも知れません。
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こんにちは



誰しもが悩むテーマであり、答えてあげたい気もするけど
作文のテーマだとすると、答え教えちゃうようなものだしな・・・
なので、テーマを決めて作文を書いたり、論破したりする際のヒントを少々

例えば理系の論文系ならば
仮説ー検証ー推論というような流れを作ります。

まず「高校は今の日本社会には必要ない」という仮説を立てます
その仮説に対し、いくつかの論点から検証してみます

例えば、
「友人を作る」という点において「高校は今の日本社会には必要ない」という
仮説を論破してみる
同じように「勉強する」「思い出を作る」「仕事を得る」・・等々の思いつく
点について「高校は必要ない」という立場から論破してみる

そしてそれらを考察して行く中で、推論し自分なりの結果を導く

結果、仮説が正しいということを言い切れれば、作文としてまとめればいい
少しでも疑問が残れば「仮説は正しくない」ということが導けます
(ただし仮説が正しくないだけで、高校が必要であるということを
肯定することにはなりません。まあこの辺りは中学生にはちょっと難しいかも)

他の作文のやり方として
ディベートなんかで取られる方法ですが、賛成反対の両方の立場を演じてみる
「高校について」
賛成)高校は人生において必要であり、必ず進学すべき所である
反対)人生において高校は必要ではなく、他の経験で代替できる。

そして自分の意見がどっちであるに関わらず、それぞれの意見を主張する
背景をどんどん考えてみる。

最終結果が賛成になるか、反対になるか、それは重要ではないです
そのそれぞれの立場でいろいろな事を考えること自体が非常に重要

がんばってください
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人間関係を得るため、と言ってもいいと思います。


大人に成長する準備期間とも言えます。
多少は中学より学問も身に付きます。

高3ともなれば18歳です、19歳と言えば「大人」です、中学と違い大人の人間関係、悩み、経験、中学よりは世の中に近いのに、学生だから・・ということで多少のわがまま、自由が効きます、そういう環境のうちに親しい人間関係、あるいは自分とは?などを経験する有意義な時間です。
学問は、中学より専門的になり、好きな学問が見つかるかもしれません。
ですが
3年間で友人が作れなかったとしても無意味とはいえません、そういう自分が発見できます。
専門的な仕事だと、高校程度では足りませんが、高校を出ていれば何とか勉強もできるかな~くらいで、中卒だから勉強出来ないわけではありません。
とりあえずは、「みんなが行くから」でいいと思いますよ。
実際、中卒の若者と接すると、考え方が幼いまま社会の嫌な部分に触れて、どう対応したらいいかわからないで変な考えを持ってしまう人がいたりします、基本的には本人の問題ですが。
高校でたからいい、と言うわけでもないですが、そのくらいの経験は、出来ないならしょうがないですが、出来るならしたほうがいいという感じです。
やりたいことがハッキリしていて、中卒で修行に入る・・なんてのも素晴らしいことです、ただ、誰でもそういうことがあるワケではないですから、何となく自分の方向性が見えてくる、見つける、ために高校に行く、 みたいな感じでいいのではないでしょうか。
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良いテーマですね。



現状で言えば、やはり就職のためでしょうね。
個人レベルの考え方で答えれば、そういうことになるでしょう。
でも、社会的観点から見れば、より高度な教育求める意義というのは多分にあると思いますね。

やはり職業によっては、それなりの知識が必要になります。
中学生レベルの知識は、基礎中の基礎ですから、あまり役に立たないでしょう。
プログラミングでは、ある程度の数学知識が必要になりますし、ものを設計したり、創り出して行くには、物理や化学などの知識が必要になります。
様々な分野において役に立つ知識は、高校生レベルの知識から始まることも事実です。
個人的には、もっと高校の段階で職種に特化した形で教育するのも良いとは思っていますが。

より環境に配慮した技術の発展や、医療、経済、産業の発展のためには、誰かしらがその責務を負わなければならないのだと思います。
わたしたちが暮らす社会は、勝手にそこにあるものではなく、わたしたち自身で築くものであることを忘れてはいけません。
その為には、誰かがその為の知識を受け継ぎ、発展させていく必要があるでしょう。
そのための教育であり、そう考えれば高校に行く意義は十二分にあると思いますよ。

あとは、中学卒業時点では、知識的のみならず、精神的にも体力的にもまだ社会人としては不十分であるという点もあると思います。
なら、なぜ高校が義務教育にならないか。
それを補うだけの財政がないからです。
義務教育と言うことは、誰もが平等に教育を受けられるようにしなければなりません。そうすると、すべての財源を国や自治体がまかなう必要があります。
しかし、それほどの莫大な財源を捻出することは、現状では困難でしょう。
また、義務教育化すると、教育のレベルを一定に保たなければならないというジレンマも発生します。
しかし、高校生レベルでは、個人差により各人が必要とする教育レベルが異なってきます。
高いレベルの人に低いレベルの人が合わせるのは無理ですから、必然的に低いレベルに合わせざる得なくなり、教育レベルの低下につながる要因にもなります。
つまり、現時点では高校を義務教育化するデメリットはあってもメリットはないんですね。

高校に行く意義というのは、個人的なものだけでなく社会的な意義もあることも考えてみましょう。
個人的な意義のみに執着せず、社会的意義というものを考えることも必要です。
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映像カメラマンです。



私の周りには、高校を卒業していないカメラマンさんが何人かいます。彼らは、高校には入学したものの、通う意義を見出せずに、その道へと入った人たちです。皆さん、流れの中で専門学校へ入学する為に、大検を取得してますので、決して勉強が嫌いとかそういうわけではないのだと思います。

その道が特殊であればあるほど、高校出ているかどうか、ましてや大学出ているかどうかなどは関係ないんです。ただ、その道から外れたときに、やはり社会は何だかんだで学歴社会ですから、「大学は出てて当たり前」ぐらいの社会の中で、高校を出ていないのはやはり相当苦労すると思いますよ。私は大学を出て、全然関係ない業種のサラリーマンを経てからこの業界へ入りましたが、丁度私がこの道での経験が全く無く、年齢だけ重ねてしまったことによって、実績を積み上げるまではその勝負の土俵にさえ上げてもらえなかったことと同じように、学歴が無いということは、その土俵にさえ上げてもらえないことかと思います(昔、日雇い労働で知り合った人が、そんなことを言っていました)。

「友達ができる」「思い出ができる」以外の事で言うなれば、本人の意識が低ければ、高校に行くことに意義はありません。高校程度の勉強であれば独学で可能ですし、全員がそうとは言いませんが、高校生活は勉強は中途半端で、部活やバイトや恋愛に勤しみ、「進路」という名の義務感を背負わされることかと、私としては思います。

ただ、同時にそういう事も人生においては大切なことかと思います。基本的には中学校までは地元(私立や越居は想定外)だけでしょうから、それがある程度広いエリアが範囲になると、できる友達の幅も広がりますし、将来的には様々な場所で助言を与えてくれたり、ビジネスパートナーとしてお付き合いしたりという場合もあります。大学もまた然りです。私も、中学校時代の友達よりは、高校・大学の時に知り合った友達と会うことの方が多いです。

少なからず、質問者さんも将来に対しての憧れがあるかとは思います。ただ、「夢」と「理想」は違うんです。現実はもっと違います。自分が歩んで生きたいと思う道は、どのようなステップがあり、どうやってその階段を上っていったらいいのか、それを模索する時間として、高校時代の3年間を使うのも、人生においては十分有意義なことかと思いますよ。
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・高卒の学歴を得るため。

ほとんどが行く時代に、持っていないと不利です。
高校卒業程度の知能や努力、社会生活ができるという証明になります
「いけるけどいかなかった」は本人や友達には通用しますが社会には通じません。
会社に入って「本当は仕事できるけどやってません」は認められません

・いろんな体験をすること。学校行事、部活、友達関係。
いろんな生活のシミュレーションになります
また、これから大人になったときに大多数の人と同じ体験を共有しているほうが
話も感覚も合います。

・行かない理由は何?
たとえば、少しでも早くその世界に入って修行が必要だとか
留学が必要だとかならいいと思いますが
そうでないのに行かないのはどうかと思います。
今日明日食べるものがない、というならとりあえずバイトして通信科でも定時制でも出たほうがいいでしょうね

・自分自身を知る
いろんな体験があります。義務教育でもないのである程度責任も伴います。
勉強や部活、先生や友達との人間関係。
嫌なことや壁にぶつかることもあれば、楽しいこともあります。
どんなときに自分が力を発揮するのか
辛いことやトラブルにどうやって対処して、乗り越えたか。
そういった体験は一生の上で財産になります。

また高校生は勉強も部活も自分のための活動です。
生活費のほとんども保護者持ちです。
家事も、手伝い程度で最終責任があるわけではありません。
10代の一番延びる時期に自分のことに打ち込めるというのは幸せなことです。
その、重大な与えられる大きなチャンスを逃すのは惜しいです。

現実、日本では18歳未満がなかなか働いて生活費を全部得るのは難しいですし
実際まだ子供です。
だったら有職少年になるより、高校へ行くほうが有意義です
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