私が所有する庭園。私の所有する庭園。
この場合「の」は「が」の代わりに使われニュアンスが違うという認識でよいのでしょうか?いまひとつ「の」の位置づけ、意味があいまいま気がします。後者には所有的な意味合いにもとれてしまうものがあるような気がしますが・・・やはり「が」の代わりなのでしょうか?文法的な位置づけ、意味に確たる定義はありますか?

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意味 所有」に関するQ&A: 所有格の意味

A 回答 (3件)

「が」を使うと「我」がやや目立つ。


BOTH MEANS THE SAME, THOUGH.
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こんにちは。

この後の同様のご質問に先に回答していますので、そちらをご覧下さい。同じ質問なので、どちらかが削除されると思いますが、とりあえず同じ回答を貼っておきます。

ご質問1:
<この場合「の」は「が」の代わりに使われニュアンスが違うという認識でよいのでしょうか?>

はい、それで結構です。しかし、ニュアンスは同じです。

1.どちらも「主格」を表す格助詞の用法になります。

2.主格ですから、動作や状態を表す述語の主語に使われます。

3.「の」は古語の主格の助詞から発達したものですが、これは「の」+連体形+名詞の語順で使われる語法です。
例:
「嘴の赤き鳥」=嘴が赤い鳥が
ここでは「嘴の+形容詞「赤い」の連体形+名詞」の並びになります。

4.ご質問文もこの語順に従って、
私の:主語「私が」
所有する:動詞の連体形
家:名詞
という意味になり、「私が所有する家」と意味上何の変わりもないのです。


ご質問2:
<後者には所有的な意味合いにもとれてしまうものがあるような気がしますが>

おっしゃる通りです。

1.その語感を感じられるのは、格助詞「が」にも「所有」を表す用法があるからです。
例:
君が代「帝の時代」
我が子「私の子供」

2.ご質問の場合も、「私が所有する家」の「が」にその「所有」のニュアンスが感じられないこともありません。しかし、この「が」は所有にはなりません。理由は以下の通りです。

(1)「が」を所有の意味で使うのは文語的な表現に限られ、現代口語と一緒には殆ど使われません。
例:
君が代(O)。天皇が時代(X)
我が子(O)、私が子(X)

従って「我が家」(O)ですが、「私が家」(X)は所有関係には結びつかないのです。

(2)「私」「所有する」「家」という3つの語が、主語+動詞+目的語という関係になり、「私」+「所有する」は主語+述語の関係になります。

つまり、「私」は「所有する」という動作の「主体」となるので、「私が」は「主語」と考えるのが正しいのです。


ご質問3:
<「の」の位置づけ、意味があいまいま気がします。>

1.確かに「の」には所有の用法も現代語にはありますから、そのニュアンスが感じられる場合もあります。しかし、それがかかる動詞句と「主語+述語」の関係にある場合は、「~の」はその動詞の主語、と考えるのが正しいのです。
例:
「私の愛する子供」
この「の」は所有ではなく、主語を表す格助詞になります。理由は、この文が「私は子供を愛する」と書き換えられ、「私は」が「愛する」の主語になるからです。

2.この形で、「の」が所有の格助詞になる場合は、次のような例です。
例:
「私の可愛い子供」
ここでは「子供が可愛い」という主述関係がなりたち、叙述用法であった「可愛い」を、名詞「子供」の前に前置修飾し限定用法にしているのです。

そうすると「可愛い」は子供にかかる形容詞で、「可愛い子供」がひとまとまりの名詞句になるので、「私の」は所有を表す形容詞句として、名詞句「可愛い子供」にかかる、と解釈することができるのです。

3.ご質問文はどちらも、「私が、家を、所有する」という、「私」と「所有する」の間に主述関係があるため、「が」「の」どちらも「主格」の格助詞と考えるのが正しいのです。

以上ご参考までに。
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こんにちは。



この場合は、「所有的な意味合い」ではありません。
「の」の前にある語句が主格です。
“「が」の代わり”とまで言えるかどうか不明ですが、役割は同じですから、取替えは可能です。


一の(2)をご参照。
http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%A4%CE …


1の2をご参照。
http://dic.yahoo.co.jp/dsearch?enc=UTF-8&p=%E3%8 …
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Q 接続助詞の「て」は、なぜ助動詞ではないのか。

 接続助詞の「て」は、なぜ助動詞ではないのか。


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というようなときの『て』は連用形接続の接続助詞ですよね。


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Aベストアンサー

同様の質問が昨日あり、そのベストアンサーの回答の中の指摘にあるように、文法の不合理さには共感するところが大いにあります。
文法は後付けの理屈なので、結局どのように分類すればいちばん合理性が高いかになると思います。助動詞「た」の連用形にしても矛盾が出そうです。

今回、質問の「昨日の午後、突風が吹い『て』、看板が倒れた。」にある「て」の場合は、確かに前後関係のある接続用法なので助動詞「た」の過去、完了との用法とよく似た使い方です。
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雨が降ってくる
雨が降っている
できるか考えてみる
してもいい
してほしい

その点で「て」は助詞にせざるを得なかったのだろうと推測しています。助詞とすれば助詞の用法を増やすだけで矛盾をいかようにも逃げられます。

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発音するまま表記している人を
よく見かけます。
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例えば、「私わ高校生です」みたいに。

彼女らは本当に「わ」と表記すると思っているのでしょうか?
最近では育児系サイトでも10代の母親を中心に見かけます。

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お早うございます。

近代の日本語は先日のNHKでもやっていましたが100年足らず(明治の中期以降)だそうです。それも、時代と共に「変化」しているようです。

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Q助詞・助動詞

今度の学年末試験で助詞・助動詞が出るのですが、いまだに全然覚えられません。
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#1です。自分の勘違いを正当化するような言い方で恐縮ですが、中学校で習った口語文法はある程度マスターされていますか。そうでないと、文語文法を習得するのはきわめて困難です。文法は、国語の中では特異な分野で、数学や英語同様、基本(知識・理論)が身についていないと上達は望めません。

さて、文語の付属語ですが、ご存じのように、内容・範囲があまりに膨大なので、ここでちょっちょっと説明するわけにはいきません。
そこで、経験(国語の教材屋としての経験と、三十路過ぎてから古文を木服した経験)をもとにした勉強法を、いくつか紹介しましょう。
高校二年生(あるいは一年生)という前提で話を進めます。

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頭にほとんど入っていないのに、いきなり一語について(1)~(3)を丸ごと覚えようなんて無理です。今では国語を仕事している私でも、初めはちんぷんかんぷんでした。ただ、上のような、いわば、横に広げる勉強法をとった結果、アレルギーが徐々に改善し、最終的には縦に深める勉強法にまで進むことができました。
以上は私固有の勉強法で、普遍性がどれほどあるかわかりませんが、とりあえずやってみる価値はあると思います。その際、コピー機を利用して、教科書や辞書の最後に載っている助動詞一覧(活用表)を一枚の大きな紙に写して(もちろん手書きでもかまいません)、一目で見られるようにし、壁などに貼っておくといいでしょう(普段はしまっておいてもかまいません)。

なお、今回私は助動詞を先に説明しました。それは、助動詞の方がずっとめんどうであり、助動詞をマスターした後だと、助詞はしごく楽に感じるからです。ただ一言付け加えるなら、冒頭の内容にも関係しますが、助詞の種類(格助詞・接続助詞・副助詞・係助詞・終助詞・間投助詞)を、まず初めに完全に理解することです。この基礎をおろそかにしてはいけません。また、初学のうちは、上代や中世以降は捨てて、中古のものだけに力を注ぎ、その段階を超えたら上代、中世以降に移るというようにしましょう。一覧表を作るべきなのは、助動詞の場合と同じです。

また、これは英単語などを覚える時に私がとった方法ですが、初学のうちは毎日少ない語を確実に覚えていくのではなく、一日一回、2~30分で単語帳(文語文法の場合なら、上記の一覧表)すべてに目を通す、という方が適している生徒もいるものです。この方法を一度は試してみてください。とにかく浅く広く、漠然とでもいいから全体像を捉え、その後、改めて深き学ぶのです。一日で5確実に覚えるというより、一週間で2~30だいたい覚えるという方が気が楽だし、結果的に身につくと思います。

#1です。自分の勘違いを正当化するような言い方で恐縮ですが、中学校で習った口語文法はある程度マスターされていますか。そうでないと、文語文法を習得するのはきわめて困難です。文法は、国語の中では特異な分野で、数学や英語同様、基本(知識・理論)が身についていないと上達は望めません。

さて、文語の付属語ですが、ご存じのように、内容・範囲があまりに膨大なので、ここでちょっちょっと説明するわけにはいきません。
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Q「上達したい」「上達させたい」の使い方と、「を」と「が」の各助詞につい

「上達したい」「上達させたい」の使い方と、「を」と「が」の各助詞について教えてください。
以下の文はどれが正しいでしょうか? 宜しくお願いします。

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こんばんは。
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(2)連用形、連用形 きー・けり・つー・ぬー・たり・けむ・たし 体言・連体 たり(と)なり
(3)終止形、終止形 べし・らむ・らし・めり・まじ(と)なり 連体ごとし 已然り

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動詞「する」で、たとえば「料理をする」と「料理する」の違いはなんですか。

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Q「助動詞」と「助詞」の説明の意味がよくわかりません

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Aベストアンサー

品詞の問題は、まず文節に分けることが基本ですよね。文節は、小学生向けによく「文の間に『~ね』『~よ』を付けて見つける」と教えるようです。

例:ハリーは 杖を 上げて 呪文を 唱えるようだ
 ↓こうやって見つける
ハリーはネ 杖をネ 上げてネ 呪文をネ 唱えるようだネ

このようにして文節に分けることができました

次に各文節は、自立語と付属語に分けることができます(品詞は一番大きく分けると自立語と付属語の二つしかありません)。

自立語は、その語だけで意味がわかるものです。
ハリー、杖、上げ、呪文、唱える、の5つ見つかります。
付属語(自立語以外のすべてなのですが)は、それだけでは意味がわかりません。
は、を、て、を、ようだ、の5つありますね。
このうち、「ようだ」だけが「ようで」「ような」「ように」などの活用語があります。つまり、これが助動詞でそれ以外の「は」「を」「て」は助詞ということがわかります。

大体、小学生だとこのような説明になります。
まずは、文、文節の理解がないと始まりませんね。

文節、助詞、助動詞などの詳しい説明は↓をご覧ください

参考URL:http://yslibrary.cool.ne.jp/harojapa000top.htm

品詞の問題は、まず文節に分けることが基本ですよね。文節は、小学生向けによく「文の間に『~ね』『~よ』を付けて見つける」と教えるようです。

例:ハリーは 杖を 上げて 呪文を 唱えるようだ
 ↓こうやって見つける
ハリーはネ 杖をネ 上げてネ 呪文をネ 唱えるようだネ

このようにして文節に分けることができました

次に各文節は、自立語と付属語に分けることができます(品詞は一番大きく分けると自立語と付属語の二つしかありません)。

自立語は、その語だけで意味がわかるものです。
ハリー...続きを読む

Q学校「に」入学すると学校「を」卒業するの助詞の違い

「学校に入学する」と「学校を卒業(退学)する」では
なぜ助詞が異なるのですか。

どなたかどうぞ平易に教えてください。
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

学校に入学するの「に」は目的地、帰着点を表す格助詞「に」です。
山に登る。学校に入る。国にかえる。

学校を卒業するの「を」は出発点、移動する場所を示す格助詞「を」です。
山を降りる。学校を出る。 故郷を離れる。

自分でもいろいろの考えてみてくださいね。

Q助動詞・助詞とはどういった場面で使うのでしょうか?

助動詞・助詞とはどういった場面で使うのでしょうか?

Aベストアンサー

先の質問の「自立語」だけでは完全に意味を伝えられないときに、自立語の後ろにつけます。

「東京」が目的地である、と言いたいとき「東京へ」と助詞「へ」をつけます。
「東京」が出発点である、と言いたいとき「東京から」と助詞「から」をつけます。
「彼女」が主語である、と言いたいとき「彼女が」と助詞「が」をつけます。
「彼女」が恋愛の対象だ、と言いたいとき「彼女を」と助詞「を」をつけます。
「走る」という動作が過去のことである、と言いたいとき「走った」と助動詞「た」をつけます。
「走る」という動作を希望しているんだ、と言いたいとき「走りたい」と助動詞「たい」をつけます。

「彼女 東京 走る」では文として不完全ですから、これらの自立語を助けてるんだ、と考えればいいでしょう。

Q助詞「に」「は」「には」の使い分け

外国の友人から、
1.具合の悪い時は、この薬を飲んでください。
2.具合の悪い時に、この薬を飲んでください。
3.具合の悪い時には、この薬を飲んでください。
上記3つの助詞の使い分けについて質問を受けたのですが、よく説明できなかったんです。
この3つの言い方の違いを教えてもらえませんか?

Aベストアンサー

 少し角度を変えて考えてみました。
1.具合の悪い時は、この薬を飲んでください。
2.具合の悪い時に、この薬を飲んでください。
3.具合の悪い時には、この薬を飲んでください。
4.具合の悪い時、この薬を飲んでください。
この場合、「この薬を飲め」という主題が<を>によって強められているので、前提条件における助詞はあまりその役割が求めれず、むしろ助詞なしの4番が一番収まりがつくし、これが2番と共に、「飲んで…」という用言を限定修飾しているだけに、すっきり通りやすいのではないでしょうか。

 これを別の角度から見直すため、更に、この「薬<を>飲め」という文の結びつきを弱めさせて、ついでに順序も変えてみると、
1.この薬は、具合の悪い時は飲んでください。
  この薬は、具合の悪い時は飲まないでください。
2.この薬は、具合の悪い時に飲んでください。
  この薬は、具合の悪い時に飲まないでください。
3.この薬は、具合の悪い時には飲んでください。
  この薬は、具合の悪い時には飲まないでください。
4.この薬は、具合の悪い時飲んでください。
  この薬は、具合の悪い時飲まないでください。
用言に掛かる2と4番の場合が明瞭で、それに比べて3番は「飲め」とも「飲むな」とも両者いづれも可のような選択性が、そして1番はむしろ「飲むな」という逆接が、むしろ似つかわしいぐらいではないでしょうか。
3番は「この薬」にも「飲んでください」の何れにも掛かっているし、1番の方はむしろ「この薬」を取り立てているせいでしょうか。
下にもう一度、単純な例をあげてみました。 
困った時、この金を使え。  
困った時は、この金を使え。
困った時に、この金を使え。
困った時には、この金を使え。

この金は、困った時使え。 困った時使うな。 
この金は、困った時は使え。困った時は使うな。
この金は、困った時に使え。困った時に使うな。
この金は、困った時には使え。困った時には使うな。

 少し角度を変えて考えてみました。
1.具合の悪い時は、この薬を飲んでください。
2.具合の悪い時に、この薬を飲んでください。
3.具合の悪い時には、この薬を飲んでください。
4.具合の悪い時、この薬を飲んでください。
この場合、「この薬を飲め」という主題が<を>によって強められているので、前提条件における助詞はあまりその役割が求めれず、むしろ助詞なしの4番が一番収まりがつくし、これが2番と共に、「飲んで…」という用言を限定修飾しているだけに、すっきり通りやすいのではないで...続きを読む


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