過去の40年を振り返り日本人or日本経済が失った美徳を教えてください

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A 回答 (17件中1~10件)

30年しか生きてないので、生きてる間に的を絞って考えさせて頂きます。



「羞恥心」

ではないでしょうか?

最近女子高生の言葉づかいとか、電車の中で股開いてお菓子食べてるのとか
見るととみにそう思います。
ん~僕が「若さ」を失ってるだけかもしれない.....
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たまたま、見かけたもので、つい回答してしまいました。

余計かもしれませんが、自分が思うには、究極の日本人と成るための自己実現への挑戦ではないかと思います。究極の日本人とは、四書五経を中心とする武士道(新渡戸稲造先生著)に代表される思想の行きつくところに有ると思います。もう一つは、治世から乱世となって約20年近く、あと40数年続く乱世のつぎの時代『創造的文化社会』への道しるべ成るものが、残念ながら今のこの国には見当たらない。はてさてどうしたものか?ついつい長くなりました、ではまた機会があれば、
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ずばり、「愛国心」「武士道」「親父の威厳」でしょう。

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失ったものなんて何もありません。

『戦争に負けたときに何もかも失ったのです』。で、その後、身につけたものや覚えたものは沢山あります。
 似非民主主義
 利己主義
 快楽主義
 マインドコントロール
 サブリミナル
 無関心
 etc
 そしてもっとも幅を利かせているのは『勝てば官軍』という意識。
全部アメリカからもらいました。でも今ではそれを凌いでしまったのかも知れないね。
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皆さんが色々書いておられるので、蛇足になりますが、



「教科書」を挙げてみます。もちろん、学校の教科書では
無く、生きていく為の「教科書」です。
具体的には欧米人にとっての「聖書」やイスラム圏での
「コーラン」。つまり、その民族や社会の無意識の部分で
共通して保持されている最低限の道徳規範、とでも
言いましょうか。

 私はあくまで個人的にですが、戦前までの日本人の
「教科書」として儒教、「論語」やその他の四書など
が挙げられる、と考えています。ここに日本人の、道徳
規範(美徳)の基礎が発見できそうです。

kuppa67さんが仰る通り、資本主義は日本人の道徳規範を
保持出来ません。従って、現在の様な社会情勢になってしまって
いますが、選択肢は2つです。欧米風の資本主義をこのまま
上辺だけ守り、道徳を見捨てるか、日本独特の新しい
イデオロギーを形成するか。う~ん、大変そうだなあ・・・。
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この回答へのお礼

大変ありがとうございました.とても参考になりました.私はこの問題を調べることができずに困っていました。やはりわからない事は恥をしのんで人に聞いてみることもいいかなと思いました.今回は本当にありがとうございました

お礼日時:2001/03/01 15:36

もう色々答えが出ていますがどれも尤もの様に思います。



私は節度と言う生活姿勢が無くなったと思います。
日本人は色々な場面で節度を口にし心掛けていました。
そして分相応な生活を送ること日々の拠所としていました。

節度も,分相応も死語に近くなっています。
そして利己的で排他的な部分がだんだん多くなって来ています。

節度は人に思いやりと他人への干渉の有り方を教え礼儀を要求します。
分相応は驕りを防止し謙虚さを産み付けました。

かくて、礼を失し、自分勝手な個人主義とメデイアの為だけの言論の自由が生み出され、勤勉が忘れ去られることに成ったのだと思います。
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思いやり、情、潔さ、

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(日本経済)が失った・・・という方に限定され、なおかつ側面的な捉え方としてですが、経済活動(自由経済)は美徳を捨てるところに起因されるとおもいます。


イヤな表現をあえて使えば、小ずるい人間が、正直者を淘汰して行く、していこうとする行為が経済活動です。
それを肯定し、方法論として資本主義がなりたち、残念ではあるが正直者(少しだけ鈍い人)が損をするけど、その結果生まれる競争・競合によって経済のアベレージが上昇する事を優先させた選択肢であり、経済優先が存在するのでしょう。人間が人間らしく生きて行く、生きてゆくべきを第一に優先させれば「資本主義」は選択しません。
これからは、拡大拡張路線を見直す(先進国)時期に差し掛かっている様なので、「美徳」に従い、国家や民衆も地球上の生物の一形態としての立場をとろうとする、そう考える人が増えてくるような気もします。(自然との調和)
しかし、日本人の「美徳」がすなわちワールドワイドに通用はしないのでしょうから、日本人の「美徳」自体も見直さなければならないと思います。
今までにおいて失った「美徳」より、国際人としての文化形成を重んじた「新たなる美徳の形成」が急務かと。
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日本人の失った美徳と一言で言うなら、「恥」という感覚がなくなったと言うことでしょう。



 文化的視点でみると、日本の文化は恥の文化であり、西洋は罪の文化であるといわれます。これは、日本は判断基準を身近な集団(村や集落、学校、地域)に置き、その中で恥であるかどうか?が行動の基準となります。
 これに対して西洋はキリスト教等の絶対神に対して良心に逸脱しない行為であるかどうかが問題であって周りの人がどうであるか?はあまり関係がないのです。判断基準は神の言葉である聖書や教典にのみ存在します。西洋においても宗教観が薄れていますから、これが現在もそのままというわけではありません。しかし、思考的には余り変化がありません。
話がそれましたが、日本においては恥の基準が変化すれば、過去にあったもの(ここでは美徳)が失われたようにも見えます。
よく言われるところでは、次の三点
1.食欲
2.睡眠欲
3.愛欲
を人前で出さなかったと言われます。
封建的な匂いがしますが・・・・。
確かに電車の中で抱き合ったり、キスしたり、いちゃついたりするのは40年前では考えられなかったでしょう。ハンバーガーをながら歩くという物を食べながら歩く事は無かったのです。ご飯は食卓で食べなさい!といわれるように。恥と思う基準が変化しているのです。気がついてはいませんが。
これは「今時の若い者は」という言葉によく表れているのではないでしょうか?
よく周りを見るといろいろあるのでは?
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小津安次郎の東京物語をみたら、この質問の答えがありますよ。

言葉のリズム、しぐさ、態度、映画の中では、一人だけしにます。すごく、かなしい話しです。質問の答えは、すべてこの映画の中にあります
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