戦前の大日本帝国をはじめとする国々における”人民”のナショナリズムは、いわゆる革命以後(フランス革命)にできたネイションという概念から発生したナショナリズムとは違い、いわばゆがんだナショナリズムになってしまったと思うのですが、

本来ならばデモクラシーとナショナリズムとは両立しうるものであり、それはネイションの概念が”権利と義務を均質的に共有する集団”と定義づけたときに、民主化とネイションは本質的には同じものであり、”人民”は主権を得ることでネイションを守ろうとしたからなのかなと思いました。

戦前の日本のように、主権が天皇のままであり擬似的にしか民主化という権利を与えられなかった人民を統制するのにはそのほかのエスニシティ・言語等の要素を使わざるを得なくなり、それが歪んだナショナリズムを発生させてしまったと考えました。

しかし、戦後アメリカによって一応民主化されたのにもかかわらず、あいかわらず歪んだナショナリズムがそのまま残ってしまっているように見えます。
それはなぜなのでしょうか?
前提が間違えてしまっているからなのでしょうか?

A 回答 (6件)

No.4です。

文 京洙「韓国現代史」(岩波新書)を参考にして考えました。
 韓国は紆余曲折を経ながら、民主主義化していますが、1948年の憲法制定から1987年まで9回の憲法改正をしています。第6回からは国民投票で改正しています。
 欧米諸国でも時代、国民意識が変われば、憲法を変えていきます。
 
 韓国をお手本にする必要はありませんが、少なくても国民投票を繰り返すことは、主権在民を肌で感じることになります。四・三事件、光州事件など大きな痛みを受けながら、憲法を変更しています。
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 言葉遊びでいえば、ナショナリズムの意味が、民族主義・国家主義で精査されるべきでしょう。


 少なくとも、明治維新から皇国史観がセットになって民族主義に陥ったという部分では、ナショナリズムの意味が違うと言えるでしょう。

 質問者が”人民”と記述したのは”市民”ではないという意味と理解していますが、
デモクラシー(民主制)とナショナリズムは両立しえるものでしょうが、フランス革命は、国民国家であり、君主国家ではありえません。しかし、日本は君主国家を採用したわけで、ネイションの意味が違うのは当然です。ドイツ法概念を採用した経緯を考えれば、ネイションとステイツとの相違点も考える必要性がありますが、考えましたか?


 擬似的な民主制国家は数多くあります。現状の世界にも多くの立憲君主制があります。
 ここで質問者に考えてほしいのが、戦前は、憲法が憲法典としての役割を維持していなかった、という考えに立てることにあります。つまり、憲法が民主主義の暴走を制止する手段でありながらもその暴走を制止しなかった経緯の問題です。
 多くの国家が憲法を持ちえていますが、憲法は多数決に議会の多数決によって法定化される法とは別です。憲法制定権利が国民に由来する意味では、法律の親玉である憲法は民主主義よりも優先されるケースがあります。
 憲法学の問題ですが、立憲主義が機能していれば、翼賛会体制もありえず、デモクラシーが維持できたでしょう。日本のナショナリズムの隆盛は単純に、立憲主義の崩壊が原因に過ぎません。

 そして、戦後、GHQと国際社会によって民主化に道を辿りますが、歪んだナショナリズムが残ったのは、立憲君主制の体制整備が不十分あだったからです。
 極めて思想的にいえば、明治憲法から現憲法まで優れた憲法が生み出されなかったこそに、ナショナリズムの統制ができなかったわけです。

この回答への補足

>>言葉遊びでいえば、ナショナリズムの意味が、民族主義・国家主義で精査されるべきでしょう。
 少なくとも、明治維新から皇国史観がセットになって民族主義に陥ったという部分では、ナショナリズムの意味が違うと言えるでしょう。
そうですね。私はこの民族主義や国家主義ニアリーイコール、ナショナリズムという考え自体が、本来のネイションを作っていくという意味でのナショナリズムとは違うのではないかと考えているわけです。
その点で日本のナショナリズムは現在でもなおニアリーイコールどころかイコールとして存在していてそれが歪んだナショナリズムと考えているわけです。

>>ネイションとステイツとの相違点も考える必要性がありますが、考えましたか?
たしかに近代国家は国民国家つまりネイションステイトですね。ステイトはいわば国家を形づくる枠組みでしかない。程度の認識しかありませんでした。もしそれ以上に考えることが必要でしたら是非おしえていただきたいです。

法が国家が国民を縛るものにたいして、憲法が国民が国家に対して暴走を抑止するものという概念は分かっています。


>>、明治憲法から現憲法まで優れた憲法が生み出されなかったこそに、ナショナリズムの統制ができなかったわけです。
結論はこれかもしれません。やはり主権在皇(こういうのかな?)だったというのが問題だったという理解であってますよね?

補足日時:2009/05/29 19:44
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>欧州の民主化が民衆が自らが勝ち取ったものに対して日本の民主化は上から変えられたもの。

故に日本の人民の間では本来あるべき姿の政治意識(ネイションという概念、ナショナリズムetc)が育たなかったのでしょう

質問者の嘆きはよくわかるのですが、こんな意識をいつまでも引っ張っていては日本という国でナショナリズムの歪みがとれません。
 議会制民主主義というのはむずかしいシステムです。国民も多数決で決まるということに納得できていなければなりません。
 
 この時代になって。血塗られた自由と権利を求めるとは何を意味されるのでしょうか? 現代日本でのナショナリズムは時間がかかっても、安全な手段で手に入れたいものです。革命的手段を多くの国民は望まないと思います。大統領選挙でもすればもっと盛り上がるのかもしれません。それなら憲法を変えて、国民の意思が政治に反映しやすいものに変えればいいのではないでしょうか?
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この回答へのお礼

>>こんな意識をいつまでも引っ張っていては日本という国でナショナリズムの歪みがとれません
まさにそうかもしれません・・・
ただ、現在日本ではこの意識をもってる(認識しているという意味で)人すらほとんどいないのが現状じゃないでしょうか?
たしかに、この時代いまさら革命をおこしてもしょうがありませんが、
国民が問題意識すらもっていないようでは、今後もこの状態が続いていってしまうように思えます。
話が広がってしまってますが、一応いいますと、だからこそもっと政治意識等を教育によって植えつけていく(まぁこれは革命後の欧州で今までネイションステイトという概念をまったくもっていない末端の人民をネイションに一体化させていくために、つまり国家に基づく愛国心を持たせるためにエリート達がとった手段ですが)必要があると思っています。
自らが弾圧されている等の人々にとって名目上なんら弊害がないこの泰平の世では教育くらいが有効な手段だとは思いませんか?

No.6と合わせて回答ありがとうございます

お礼日時:2009/05/29 20:05

No.1です。


 いつまでもアメリカの持ち込んだ戦後の民主主義を自分のものとするためにも、憲法をもっと改正するべきです。いつまでも他人の作った憲法に責任を負わせないで、自分の憲法に造り換えればいいのです。

 アメリカ軍の占領が終了してもう50年以上も経過しているのに、自分の国の民主主義として自家薬籠中のものとして活用できないのは、やはり政治的怠慢のためとしか思われません。また国民も主権在民を活用していない証拠です。若年者の低投票率などは問題です。
 自分の目指す国家像を憲法として描き出さない限り、自国を規定していく法的根拠を持たない限り、いつまでもふらふらしていきます。

 選挙を自党の利益のためからのみ開催しようとする傾向は、政治と国民の間にずれを生んでいきます。もっと簡便に選挙を行える制度を造り、民意が直接的に政策に反映できるようにしていけば、指導者と国民の双方向性が担保され、国民も政治に積極的になれるはずです。
 自民党のある幹部が「投票率が高いと不利だ」など発言しているのはまったく政治と国民の間のギャップを理解していない証拠で情けなくなります。
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この回答へのお礼

そうですね。ちょっと本題からはずれてしまいましたが、何故日本人の政治意識が稚拙であるのか?という事に関してはわかりました。
やはり本来ならば自らの力で旧体制を打破してこその民主化が日本の場合はそれが明治政府であり、アメリカでありと統治者側からのアプローチであり続けたという点がやはり問題のようですね。
その点から考えると、ナショナリズムという側面から見ても欧州とはまた違った形成過程を経てきてしまったということは、前にも書いたとおりですね。
重ねて解答ありがとうございました

お礼日時:2009/05/24 11:15

いわゆる人民が渇望し、血で得られた自由と権利なのか。


日本を含めた後進国が進めた富国強兵のオプションとしての取って付けた権利とは違うのではないでしょうか。

加えて云うと、独、伊のファシズムは議会制民主主義の延長線上にある気がするのですが、日本の全体主義は単なる軍政ですよね。

国をまとめる為にナショナリズムを使用するのか、
ナショナリズムがあって国が形作られているのか。
自然な感じがしないのはこの辺ではないでしょうか。

ちなみに、日本の戦前と戦後は何かが、すげ変わっただけで本質は変わっていないと思っています。「お上」体質なんかはその1つで、日本人は権利を行使するなぞあまり考えていません。議会制民主主義がまともに機能していないですし、三権分立なんて教科書だけの話ですし。政が実質的に双方向ではなく、一方向です。未だに指導者と民衆の区分が意識的に解消されていません。
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この回答へのお礼

>>いわゆる人民が渇望し、血で得られた自由と権利なのか。
日本を含めた後進国が進めた富国強兵のオプションとしての取って付けた権利とは違うのではないでしょうか。

自分が言いたいことをうまい具合にいってくださってありがとうございます。
そうですね。この違いが欧州と日本の国家の近代化という点において非常に違うのでしょう。
欧州の民主化が民衆が自らが勝ち取ったものに対して日本の民主化は上から変えられたもの。故に日本の人民の間では本来あるべき姿の政治意識(ネイションという概念、ナショナリズムetc)が育たなかったのでしょう

それも当時の欧州列国に負けないための急激な殖産産業、富国強兵のために指導者達がとらざるを得なかった苦肉の策なのかもしれませんが。

そして日清、日露 WW1 WW2と経て行く上で、本来ならば健全な(?)形で
育っていくはずのナショナリズムの概念が「良くも悪くも我がふるさと」を信奉する愛国者を育てていき、それは政治意識を持っていない人民を統制する上で、有効だったのでしょう。自らが拠るべき要素をイデオロギーやエスニシティに置き換え、体制ができあがってしまったのかもしれません。

>>国をまとめる為にナショナリズムを使用するのか、
ナショナリズムがあって国が形作られているのか。

この点に関しては、統治者側が19世紀欧州において発生したナショナリズムを統制に利用することは一般的であったので日本特有のものとは言えないと思いますが、このナショナリズムをネイションという言葉に置き換えれば納得がいきます。
国があってネイションがつくられるのか、ネイションがあって国が作られるのかというところでしょう。
日本の場合は”ネイション(日本民族)がここ日本列島という土地に作ったのが大日本帝国である。”という風に利用していたのかもしれません。

>>政が実質的に双方向ではなく、一方向です。未だに指導者と民衆の区分が意識的に解消されていません。

これも非常に納得がいきました。上述している通り、日本の民主化が上から下への行使にすぎなかった問題が、いまだに引きずっているということですね。
ゆえに今なお歪んだナショナリズムという段階で人民の意識として留まってしまいっているのかもしれません。

回答ありがとうございました。

お礼日時:2009/05/22 18:58

大日本帝国憲法の下では、基本的に国民に主権が移ることはありえないはずですが、それども解釈の仕方を変えて「民本主義」「天皇機関説」などで民主主義国家に近い運営ができるよう「大正デモクラシー」の中で進められました。


 現在の日本国憲法では法的解釈の変更で自衛隊の成立、自衛隊の海外派遣を認めているようなものです。
 戦前では統帥権という考え方に重心が置かれるようになると途端に「民本主義」「天皇機関説」は吹っ飛んでしまい、軍部支配を許すようになりました。
 憲法が解釈次第でどのようにでも運営できるというのが間違いの元ではないでしょうか?
 一旦作成した憲法は改正しないで、解釈の変更のみでその運営を変えるようでは、同じ憲法下で右から左までの政策が可能になってしまいます。
>戦後アメリカによって一応民主化されたのにもかかわらず、あいかわらず歪んだナショナリズムがそのまま残ってしまっているように見えます。それはなぜなのでしょうか? 
 この設問のなかのナショナリズムの歪みが何を意味されるのかわかりませんが、現状に合わせてもう少し憲法を気軽に改正できるようにして憲法を厳格に運営すべきでしょう。
 憲法の指し示す国家像と現状が違いすぎて、政治が歪んでしまうのだと思います。
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この回答へのお礼

ありがとうございます。
自分の質問の仕方が非常に悪くてわかりにくくなってしまっていると思いますが、
もう少し違う言い方をすると、
現在ナショナリストといえば通俗的には、国粋主義、民族主義、などのように思われる方が多いと思います。実際現在のナショナリズムは「我々」と「他者」を分ける要素としてエスニシティ(一応民族性と訳しましょう)言語、をもとにしています。(これは悪い・良いは別問題で、現在のネットなどで起こっている事を見ていただければわかると思います。)
そして、自分は質問文にもかきましたが本来なら”主権”を共有することで人民の中にネイションが生まれそれが元になりその集団にいわばアイデンティティを見いだし、ナショナリズムが生まれていくのは自然のことであり、その過程のなかではデモクラシーと容易に両立しうるものだと思っています。そしてそれは実際革命後のヨーロッパ(特にフランスやイギリス)においては、そのような過程を経ていきました。

しかし、日本をはじめとする帝政?の国々では近現代になっても主権在民ということがなされておらず(これはまぁ国柄?としてしょうがない部分もあったかと思いますが)いわばみせかけの民主化しかなされておらず、人民がよりどころとなる根拠を見出せない状況で統制するのは難しく、そのために主権という拠り所以外に彼らのアイデンティティを作り出す要素が必要となった。それが日本で言えば皇国であり、大和民族でした。
そして、それが本来の意味ではない”歪んだ”ナショナリズム(他者と我々を明確に区別し、排他的になる)を生み出してしまいました。

そしてWW2に負けアメリカ主導の下主権在民がなされた戦後。しかし、上で述べたように現在主権が私たち人民にあるにもかかわらずその”歪んだ”ナショナリズムがあるように見受けられます。

それが何故なのか?という質問でした。

まだわかりにくいかもしれません・・・・申し訳ないですがよろしくお願いします。

お礼日時:2009/05/20 19:48

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Aベストアンサー

No8です。
私の回答の補足をさせていただきます。

このような質問では、いわゆる「統帥権干犯問題」が語られるようですが、それすら政党政治が原因になっています。

統帥権とは「軍隊の最高指揮権」であり、帝国憲法では以下のように定められています。

第十一條:天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス
第十二條:天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム


「統帥権干犯問題」ですが、元々は軍隊が言い出したのではありません。

ロンドン軍縮会議で日本政府が条約を調印したことについて、野党の「政友会」が前述の11条と12条を理由に天皇の統帥権を干犯していると問題化しました。

↑に対して、浜口首相は以下の答弁で退けています。

【最終権限は天皇にあるが、責任内閣制度なので内閣が条約を結んでもかまわない。
これが統帥権干犯なら、外務大臣が外交をするのは外交権干犯になる。】

しかし、この後に浜口首相は暗殺され、以後も軍部は内閣にこの天皇の憲法上の権限によって圧力をかけました。
マスコミや大衆も支持した為に、議会政治の機能が低下してしまいました。

↑の結果、議会で軍の発言力が大きくなったのは事実ですが、それも国民の指示を背景にした議会政治の中での事態であり、民主主義の範囲での事だと思います。


更に「軍部」の定義も問題になります。
陸海軍の総称なのか、陸軍(もしくはその一部)なのか等の他にも、
当時の陸海軍は対立しており政治的主張が一致した皆無です。
その上、両軍内での派閥もありました。
以上から「軍部」の方も独裁など、したくても不可能でした。

確かに軍は「軍部大臣現役武官制」を行使して何度も内閣に圧力をかけてはいます。
(軍部大臣現役武官制:扱いは文官だが武官しかなれない役職。)
これは、軍が軍部大臣を出さなければ組閣ができない&後任が決まらない ということです。

しかし、それによって軍主導の内閣を創っても、他の閣僚との対立による閣内不統一や、官庁の協力を得られないことによる辞職に追い込まれています。

このような状況によって、戦前の政権は短命でした。
敗戦までの8年間に総理7人と9の内閣が生まれています。
(戦時の東条内閣も国務大臣の造反で総辞職しています。)

https://www.youtube.com/watch?v=PA-dNAa8hi0

以上から、当時の日本は ダメな民主主義 ではありましたが、複数の政党が存在しており何度も政権が交代していることから、ナチスのような「ファシズム」ではないと思います。

本当に軍国主義だったら、このようなグダグダにはならなかったと思います。

No8です。
私の回答の補足をさせていただきます。

このような質問では、いわゆる「統帥権干犯問題」が語られるようですが、それすら政党政治が原因になっています。

統帥権とは「軍隊の最高指揮権」であり、帝国憲法では以下のように定められています。

第十一條:天皇ハ陸海軍ヲ統帥ス
第十二條:天皇ハ陸海軍ノ編制及常備兵額ヲ定ム


「統帥権干犯問題」ですが、元々は軍隊が言い出したのではありません。

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Q法廷画家について

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「法廷画家」の単語で検索しヒットした記事ですが…

「新聞・テレビでよく見る「法廷画」は誰が描いているのか」
http://www.excite.co.jp/News/bit/00091116396784.html

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