ミネルヴァのふくろうは夕闇迫るころ飛び立つ。の意味を教えてください

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A 回答 (3件)

 「理性的なものは現実的であり、現実的なものは理性的である」「ここがロードスだ、ここで飛べ」「ここに薔薇がある、ここで踊れ」など、数々の名文句に彩られた『法哲学』序文に見える言葉です。


 一応、「定訳」を載せます。
 「ミネルヴァの梟は暮れ染める黄昏を待って飛び立つ」。

 「ミネルヴァ」はギリシア神話に出てくる知恵と学問の女神、アテネのローマ名。「ふくろう」はその象徴。この場合「哲学の知」を意味しています。
 そして「黄昏」。これは、「現実がある一つの形成過程を終え、死につつあるとき」を指します。
 ということで、「ミネルヴァの梟は…」という言葉の意味は、「現実が一つの形成過程を終え、死につつあるときに哲学の知は動き始める」「哲学の知が始まったとき、すでに現実は終わっている」というほどの意味になります。

 これに関連する話は、1ページ後ろの「現実とは何か、それは理想やロマンをかみ殺すか?」という質問のところにありますので、よろしければ御一読ください。
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ミネルヴァのふくろうとは知識の象徴です。


人間の知識とは、現実におこっていることの認識でしかないということを
大学で習ったことがあります。
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 特別サービス。

原文です。

Die Eule der Minerva beginnt erst mit der einbrechenden Daemmerung ihren Flug.
(Grundlinien der Phikosophie des Rechts. Vorrede)
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Qカントとヘーゲルの哲学の相違点

カントとヘーゲルの哲学の相違点を詳しく解説している文献を教えていただけませんでしょうか?英語やフランス語、ドイツ語でも構いません。

Aベストアンサー

ttp://books.google.de/books/about/Die_Kant_Kritik_des_jungen_Hegel.html?id=2hFB6PXxSWAC&redir_esc=y

カント批判 - ヘーゲルの若き日々

Ingtraud Goerland

「Die Kant Kritik des jungen Hegel」

Qある言葉の意味や目的が変化すること。または、ある言葉が複数の意味や目的を持つこと。

お世話になります。


同じ人が同じ人に言う同じような内容の言葉であっても、
その言葉の意味や目的が、必ずしも毎回同じとは限りません。

言葉の目的が変化する場合もあれば、
複数の目的を持つ言葉もあります。

たとえば、小学生のA君が同級生のB君に
「校長先生の新車のガラスを割って来い」と言ったとします。

この言葉は元々『嫌いなB君を遠ざけることを目的とした、ムリな命令』だったとします。

しかし、同じ会話を繰り返すうちに、その言葉が別の意味や目的を持つようになることがあります。
(たとえば、その会話自体が面白くなる等)

そのように会話が別の意味や目的を持つようになると、会話の表面的な内容も、
当初の意味や目的とは矛盾した内容に変わることがあります。

たとえば「じゃあ、タイヤの空気を抜いて来いよ」等と言った、けっして無理とは言えない内容、
つまり当初の目的である『無理な命令』とは矛盾した内容に変わる場合等が、それに該当します。


そこで質問ですが、上記のような状況を上手く説明する用語や理論等は無いでしょうか?


ご存知の方が居ましたら、ご回答の程、宜しくお願い致します。

お世話になります。


同じ人が同じ人に言う同じような内容の言葉であっても、
その言葉の意味や目的が、必ずしも毎回同じとは限りません。

言葉の目的が変化する場合もあれば、
複数の目的を持つ言葉もあります。

たとえば、小学生のA君が同級生のB君に
「校長先生の新車のガラスを割って来い」と言ったとします。

この言葉は元々『嫌いなB君を遠ざけることを目的とした、ムリな命令』だったとします。

しかし、同じ会話を繰り返すうちに、その言葉が別の意味や目的を持つようになることが...続きを読む

Aベストアンサー

人によって、または同じ人でもその条件や環境によって、意味付け、価値付けが異なる、または変わってしまうということは、よくあることですよね。
それによって、誤解や理解不足がうまれ結果的に、争いに発展したり不信に発展したりすることもよくあることです。

それは、個人の判断のものさしに起因するところが大きいですね。
では、その判断のものさしがどういうプロセスで作られているのか、その判断のものさしが人間社会にどんな影響、プロセスを作り出してきたのかを説明できる理論として、マインドーム理論がというものがありますよ。

Qヘーゲルの哲学

ヘーゲルの哲学やその主要な著作を詳しく解説したドイツ語の解説書を探していますが、どういうものがいいか調べる手段を教えていただけませんでしょうか?

Aベストアンサー

調べる手段/入手の手段を書きます。
わたし自身ヘーゲルなど読んだこともありませんが。

1. Gutenberg Project という計画があります。古来の資料をディジタル化し、無料ダウンロードに供しようという計画です。http://www.gutenberg.org/ へ行って下さい。
Book Search をクリックし、例えば Georg Wilhelm Friedrich Hegel をキーワードに入れれば、ヘーゲルの論文は出て来ます。

ニュートンの論文も、ガロアの論文も探せます。著作権の切れた物しかありません。

2.欧米では、店を構える古書店はどんどん減っています。代わりにインターネット古書店が大きくなってきました。接続してみると買わなくても、自分の持っている本の値段が分かって楽しいですよ。
http://www.zvab.com/index.do
http://www.eurobuch.com/
http://www.powellschicago.com/

3.探しておられるのはヘーゲルの論文ではなく、ヘーゲルの解説、評論ですね。私なら、本屋さんに行き日本語の本を立ち読みし、参考文献の頁をメモしてきます。その上で、1項、2項の方法で、望みの本を入手します。

大都市にお住まいなら、ジュンク堂では、立ち読みならぬ、座り読みが許されていますね。
国立/都立/県立/大学図書館で、参考文献欄をコピーすればもっと便利です。

4.ヨーロッパの公立施設、例えば図書館や博物館や大学は親切ですよ。私は(自然科学の分野ですが)参考文献などについて質問を送り、色々教えて貰いました。

ヘーゲル記念博物館などはありませんか。ヘーゲル生誕の町にある市役所などは役に立ってくれますよ。

注:Gutenberg Project はどのような組織がやっているか調査中ですが、まだ判明しておりません。どなたかご存じでしたら教えて下さい。
活版印刷機の発明者 Gutenberg とは関係ないようです。

調べる手段/入手の手段を書きます。
わたし自身ヘーゲルなど読んだこともありませんが。

1. Gutenberg Project という計画があります。古来の資料をディジタル化し、無料ダウンロードに供しようという計画です。http://www.gutenberg.org/ へ行って下さい。
Book Search をクリックし、例えば Georg Wilhelm Friedrich Hegel をキーワードに入れれば、ヘーゲルの論文は出て来ます。

ニュートンの論文も、ガロアの論文も探せます。著作権の切れた物しかありません。

2.欧米では、店を構える古書店はどん...続きを読む

Q あっ、ライオンの目の前にふくろうの雛が!

 あっ、ライオンの目の前にふくろうの雛が!
 今日のMSNのホームのトップニュースに載っていた写真のことです。

 その記事の写真は、目の前のふくろうの雛に無関心なライオンの顔が。
 それは動物園での出来事であったとか。

 だからちょっと考えてしまいました。
 動物園での出来事だった、と思うから。

 皆様の“哲学的”ご意見、感想を聞かせてください。
 よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

哲学っていえば法則性が必要なんですよね。法則性と仮定に基づいて考察をしていく、と

法則性でいえばタイの寺なんかでやっている、豚にトラをトラに豚を育てさせる試みが成功しています。小さい頃から共に育てばコミュニケーションが可能になり…豚からトラへの敵対心もなく、トラから豚へのエサという認識がなくなる。

それと似た法則で、動物園というエサに困らない限られた環境で育ったために、敵対心が育たずに理性が備わったと仮定します。

そこから…本能を満たせば人間以外も理性的になれると考えることができ…るかな?

以上
簡単哲学でした

Qヘーゲル・カントの哲学

私は現在大学でへ-ゲルとカントについて学んでいます。ですが、どうも自分なりに次のことが理解できずに悩んでいます。よろしければ分かる方がいらっしゃったら教えてください。
-ヘーゲル-
『経験』にかんすることで、経験の成立過程とそれに伴う真の主体とはなんなのかがよくわかりません。
-カント-
『現象』にかんすることで、ア・プリオリとか経験的自我とか超越論的自我の関連が難しいです。とくにその成立過程についておしえてください。

漠然とした質問で答えずらいと思いますが、よろしくおねがいします。

Aベストアンサー

体調があまりよくないので、長い文章を書くのが少ししんどい状況にあります。
少しずつ書いていきますので、途中、レスポンス、ください。
回答が少し遅くなるかもしれませんが、レスポンスをくだされば必ず答えますので、よろしく。

まず、質問者さんが、いったいどのくらいの知識をお持ちの方かよくわからないので、少しお聞かせください。

まず、カントの方から片付けていきましょう。
〈ア・プリオリ〉がなんなのか、〈ア・プリオリ〉な総合判断はいかにして可能か、というあたりを聞いてらっしゃるわけではないんですね?

これは「純粋統覚」あたりのことを聞いていらっしゃると考えていいのかしら。

えとえと、わたしが教わった先生は、「経験的自我」「超越論的自我」というふうにもんだいをたてずに、「経験的統覚」「純粋統覚」として、「時間は純粋統覚という意識の自己認識であり、意識の可能性の条件そのものである」というところから、ここを読んでいます。

十年たつと、問題の立て方も変わっちゃうのかもしれませんが(笑)、そこらへんを説明したらいいのだったら、そうおっしゃってください。

むずかしいところだから、どこまでできるかわからないんだけど。
わたしも普段、全然使わない領域なので、一緒にぼちぼち読んでいきましょう。

あと、どこらへんまでわかってるか、できれば教えてくださると助かります。

体調があまりよくないので、長い文章を書くのが少ししんどい状況にあります。
少しずつ書いていきますので、途中、レスポンス、ください。
回答が少し遅くなるかもしれませんが、レスポンスをくだされば必ず答えますので、よろしく。

まず、質問者さんが、いったいどのくらいの知識をお持ちの方かよくわからないので、少しお聞かせください。

まず、カントの方から片付けていきましょう。
〈ア・プリオリ〉がなんなのか、〈ア・プリオリ〉な総合判断はいかにして可能か、というあたりを聞いてらっしゃる...続きを読む

Q【宗教における「金運が上がる」という意味は】お金が増えるという意味ではなく、金欲を抑制すれば、その抑

【宗教における「金運が上がる」という意味は】お金が増えるという意味ではなく、金欲を抑制すれば、その抑制した分がお金が増えたという意味になって、本来は宝くじや博打で大当たりするのが金運が上がるという意味ではないそうです。

風水は宗教の教えである金運という意味すら理解出来ていない人たちがやっている紛い物宗教の1種である。

詐欺に近いので信じるに値しない。

と教わりました。

金運の意味が違った。

こういう現代の解釈と違っている言葉って金運以外にどういう言葉がありますか?

宗教縛りでお願いします。

Aベストアンサー

そもそも、金運をご利益として喧伝している
段階で、その宗教は、拝金主義に毒された
害毒である。
人の生きる真の目的たる、「人生を通算した
精神的充足量の最大化」+「自己の生の社会
生命的自覚(助け合いとしての労働)」を見え
なくする悪魔のリンゴだ。

Q歴史哲学の必読書を教えてください

歴史初心者です。
ヘーゲル以降の歴史哲学の必読書を教えてください。
検索した限り、「歴史哲学」の名を冠した書物はヘーゲルが最後のようで、探すのが困難です。
教えてください。一定の歴史観に通底された通史でもいいです。

Aベストアンサー

残念ながら、日本では「歴史哲学」という分野ははやってないんですよね・・・。
それでも、何人かの歴史学者及び哲学者が歴史哲学の本を書いていますので、以下に紹介します。

『 歴史の哲学―現代の思想的状況』 渡辺 二郎 (著) 講談社学術文庫

古代ギリシアから、現代に至るまでの歴史家・哲学者が「歴史」についてどういった認識を持っていたか、それが現在にどう影響しているのかが述べられた本です。
歴史哲学について、一通りの基礎的事項が学べます。



『 歴史とは何ぞや 』ベルンハイム (著), 坂口 昂 (翻訳), 小野 鉄二 (翻訳) 岩波文庫

「歴史学」の重要なことの1つが「歴史の叙述」という行為ですが、この「歴史の叙述」について、ベルンハイムは3つに分類しています。すなわち「物語的歴史」「教訓的あるいは実用的歴史」「発展的あるいは発生的歴史」の3つです。
それぞれどういったものなのかが著述されています。



『ドイツ・イデオロギー』カール・マルクス,フリードリヒ・エンゲルス (著) 岩波文庫

言わずと知れたカール・マルクスの唯物論的歴史観を確立した本。
別名「発展史観」とかヘーゲル・マルクス史観とか呼ばれたりします。
日本は未だにこの史観を中心に学校教育が行われていたりします。(蛇足ですが)



『歴史とは何か』 E.H. カー (著), 清水 幾太郎 (翻訳) 岩波新書

日本において近現代人の歴史哲学としては、一番読まれている本かもしれません。
著者は、英国の外交官として活躍。
その経験から、現実主義的な歴史哲学を展開。
「歴史とは現在と過去との対話である」という名言は有名。



『 思考としての歴史と行動としての歴史』 ベネデット クローチェ (著), 上村 忠男 (翻訳) フィロソフィア双書

第二次世界大戦前後に活躍した、イタリアの哲学者及び政治家。
ムッソリーニのファシスト独裁に対してペンでもって対抗したことで有名。
彼は「歴史とは全て現代の歴史である」と延べ、「歴史叙述」という行為は「歴史的事実」を記すのではなく、「現代の必要性」によって行われるとして批判している。


『史的觀念論の諸問題』三木 清(著) 岩波書店

京都学派を代表する大家の一人。『史的観念論』以外にも多数の著書があり、どれも根底には「生の存在論としての歴史」、「生の批評としての歴史」という歴史哲学が流れている。



『社会科学の方法――ヴェーバーとマルクス』 大塚久雄(著) 岩波新書
『歴史と現代』 大塚久雄(著) 朝日新聞社

丸山眞男の「丸山思想史学」とともに、「大塚史学」として並び称された、大塚久雄の代表的著作です。
著者は経済史学が専門ですが、それらの根底には彼なりの「歴史哲学」が流れています。


・・・と、こんな所でしょうか。
他にも、レーヴィットとかマックス・ヴェーバー、ヤースパース、ニーチェ、ハイデガー、西田幾多郎、リュシアン・フェーヴルetc,,,と紹介したい人は居ますが、この辺りで自重しときます^^;

ではでは、参考になれば幸いです。

残念ながら、日本では「歴史哲学」という分野ははやってないんですよね・・・。
それでも、何人かの歴史学者及び哲学者が歴史哲学の本を書いていますので、以下に紹介します。

『 歴史の哲学―現代の思想的状況』 渡辺 二郎 (著) 講談社学術文庫

古代ギリシアから、現代に至るまでの歴史家・哲学者が「歴史」についてどういった認識を持っていたか、それが現在にどう影響しているのかが述べられた本です。
歴史哲学について、一通りの基礎的事項が学べます。



『 歴史とは何ぞや 』ベルンハイム (著), 坂口 昂...続きを読む

Q乳幼児向けの絵本がカタカナ主体ではなくひらかな主体で書かれることが主流になったのはいつころからですか。

カタカナの方がひらかなに比べ,画数が少ない等,覚えやすいと思われます。育児は,食事の場合,授乳・離乳食・普通食と段階を経て食べさせていくわけですから,国語の場合も,カタカナ・ひらかな・漢字の順番に教えていくことが合理的だと思います。戦前ではなく半世紀くらい前でも「じょーじ ハ オジサン ニ イイマシタ」などと,外国人の名前を逆にひらかなで表記してカタカナ主体の表記をした絵本だったような記憶があるのですが,私の勘違いなのでしょうか。

Aベストアンサー

ガイジンさんはひらがなの方がわかりやすいそうですね
ご存知のようにひらかなかたかなは平安時代に
弘法大師空海上人さまによって考案され
ひらかなは主に女性が用い源氏物語などの
文学が盛んになりました
かたかなは漢字のへんや一部を取って
音を表しますが、漢字に近いもの
男性的なものとされて発音記号
補助的な文字としてお経の読みなどに使われてきました
あいうえおはインドのサンスクリット語
の表記による思想がそのまま入っています
いろははこれも仏教思想の和歌として
ともに文字を習う最初に勉強します
明治の文明開化といわれるころから
国策として仏教色を排除し
なぜかカタカナ主体の表記に変わりますが
歴史的にも漢字ひらかなまじりの文体が
主流のようです

Q「ヘーゲル流の対置」とは?

半田元夫、今野國男著「キリスト教史」
このようなところから、テュービンゲン派の人々は、宣教の中心地=イェルサレムとアンティオキア、宣教内容=律法主義と福音主義、宣教対象=ユダヤ人と異邦人、宣教の担い手=直弟子とパウロに分け、前者を「ユダヤ人キリスト教」、後者を「異邦人キリスト教」と対比的に捉えた。この彼らのヘーゲル流の対置によって、錯雑として理解しにくい発生当初のキリスト教の動きは、明快な見取り図の下に整理、分析されることになった。

さて、質問です。
「ヘーゲル流の対置」の意味が分かりません。1、2のどちらかだと思うものの、どちらもしっくりしません。
1 観点の選定の妥当性は問わずに、「ユダヤ人キリスト教」と「異邦人キリスト教」の違いを4つの観点で対置したこと自体がヘーゲル流だというのか
2 対置する際の4つの観点の選び出し方がヘーゲル流だというのか

常識の範囲で言えば比較検討する際にはヘーゲルであろうとなかろうと対立点を鮮明に明示するでしょうから、1ではぴったりしなそうです。一方、対置する観点は誰が選んでも上の記述と大同小異になりそうで、ヘーゲル特有の観点とは言い難く、2ともぴったりしなそうです。著者は何処に着眼して「ヘーゲル流の対置」といっているのでしょうか。

日頃から「ヘーゲル哲学は難しいらしい」ということだけが念頭にあって、ヘーゲルの何たるかを全く知らずにほったらかして来た私が、この文章に出合って「この対置は誇張があるにせよ、図式化し過ぎているにせよ、ただの比喩であるにせよ、何らかの意味でヘーゲル哲学の特徴を表しているらしい」と察知したことから生じた質問です。つまり、この引用文を教材としてヘーゲル哲学を端的に、かつ実感を伴った印象として残せるよう解説して下さる方が居られまいかという(虫のよい?、無謀な?)お願いです。ヘーゲルの全体像を述べるという無理ではなく、著者がここで「ヘーゲル流の」と入れておきたくなった気分を代弁して下さるだけでも結構です。
よろしくお願いします。

半田元夫、今野國男著「キリスト教史」
このようなところから、テュービンゲン派の人々は、宣教の中心地=イェルサレムとアンティオキア、宣教内容=律法主義と福音主義、宣教対象=ユダヤ人と異邦人、宣教の担い手=直弟子とパウロに分け、前者を「ユダヤ人キリスト教」、後者を「異邦人キリスト教」と対比的に捉えた。この彼らのヘーゲル流の対置によって、錯雑として理解しにくい発生当初のキリスト教の動きは、明快な見取り図の下に整理、分析されることになった。

さて、質問です。
「ヘーゲル流の対置」の...続きを読む

Aベストアンサー

ヘーゲル読みですが、分かりません。

一般論として指摘できるのは、なんでも中間値を取ればヘーゲル式だという短絡的な思考の人がいること、マルクス主義の縮小再生産の先に正・反・合によるスキームのみが残る傾向があることだと思います。

> 1 観点の選定の妥当性は問わずに、「ユダヤ人キリスト教」と「異邦人キリスト教」の違いを4つの観点で対置したこと自体がヘーゲル流だというのか

いいえ、これはヘーゲル的ではありません。違うものを2つ並べ立てただけであり、その2つの要素が真の和解に達していないからです。和解どころか、議論も発生していない状況では、弁証法が稼動していません。2つの立場の間に議論が稼動してこそ、弁証法が動き出すのです。

> 2 対置する際の4つの観点の選び出し方がヘーゲル流だというのか

いいえ、これはヘーゲル的ではありません。単に物事の要素を並び立てるだけの思考様式は、ヘーゲルが嫌うところのものです。要素が4つだろうと、5つだろうと、6つだろうと同じです。3つの場合についても、ある種の哲学者が若干の三分法を使うからと言ってカントに似ているなどとするのは、笑うべき浅薄な考え方だとヘーゲルは言っています。

ところで、この半田氏の本を読んだことがないので分からないのですが、かなりの疑問がいくつかあります。

*ヘーゲル本人の一番弟子ガンスがユダヤ人であることをどう思っているのか?
*ヘーゲル本人はプロテスタントだが、プロテスタントとカトリックを分けずに議論していいのか?
*半田氏はどこから「ヘーゲル的」という言葉を仕入れてきたのか?ヘーゲルの影響を受けた人物に、「宗教は麻薬だ」と述べたマルクスや、物象化論で著名なフォイエルバッハがいることを、どう評価しているのか?
*チュービンゲン派という語を、純粋にヘーゲルの後の世代のキリスト教概念として使っていると考えて良いのか?まさか、ヘーゲルやシェリングと友人だったヘルダーリンを念頭においていることはないと断言してよいのか?

というわけで、半田氏の文章を読んでみないと、回答いたしかねる部分や謎が多数あります。

ヘーゲル読みですが、分かりません。

一般論として指摘できるのは、なんでも中間値を取ればヘーゲル式だという短絡的な思考の人がいること、マルクス主義の縮小再生産の先に正・反・合によるスキームのみが残る傾向があることだと思います。

> 1 観点の選定の妥当性は問わずに、「ユダヤ人キリスト教」と「異邦人キリスト教」の違いを4つの観点で対置したこと自体がヘーゲル流だというのか

いいえ、これはヘーゲル的ではありません。違うものを2つ並べ立てただけであり、その2つの要素が真の和解に達し...続きを読む

Q人は、楽しいウソも、利己的なウソも、社交上のウソもつきますが、類猿人を除いて、生き物はウソをつきます

来栖美憂著の「ウソつきな生き物」という新書を手にしています。表紙に、「頭がお尻でお尻が頭? メスバチを装う花の秘密とは?」が書いてあります。
人は、楽しいウソも、利己的なウソも、社交上のウソもつきます。 
ところで、チンパンジーなどの類猿人を除いて、生き物はウソをつきますか?

Aベストアンサー

ウソといっても、社会性のない生物の擬態や保護色は、
本来、コミュニケーションのないところでの偽情報であって、
人間的にいうところのウソ=コミュニケーションにおいて
本来伝えるべき情報を意図的に事実に反するものにするもの
とは異なる、広義のウソだ。

人間的な狭義のウソの条件は:
1.相手との共同(社会性)があり、そのためのコミュニ
  ケーション(情報交換)が行われている。
2.そのコミュニケーションにおいて、自己の知っている
  事実と異なる情報を伝える事により、相手が事実に
  反する認識をする可能性を分かっていながら、作為的
  に行う。

社会性のある種においても、アリやハチは遺伝子による
先天的な分業化であり、人間のように脳内に環境を再構成
して予測する事で意識的に行動を多様化させ、分業化する
のではないため、相手をミスリードする事による結果を
予想して、いわゆるウソをつく事はできない。


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