高校の政治・経済の授業で、「イギリスの地方議員は
名誉職であって、他に仕事を持ってる人がボランティアで
やってるから、給料はもらってない。」
と聞いた記憶があるのですが、人に話す前に、ほんとなんでしょうか、
教えてください。

その先生は、地方議員の会合も夜やっているとも話してましたが、、、。
私の知る日本の制度とはあまりにも違うので、どうも、
信用できません。
よろしくお願いします。

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A 回答 (1件)

下記のアドレスの方が、上手なダイジェストを書いてらっしゃいました。


▼イギリスの政治と行政▼
 今朝の通訳は日本出身のホッジさんともう一人。バスのマイクでホッジさんの説明を聞きながら。
 イギリスは医療は国家が担当、福祉は地方が担当して、行政権と立法権が明確に分離されている。県知事(カウンティー)や市長(ディスティークト)に相当する人はいない。メイヤーは議会(カウンシル)の議長が兼ねて、名誉市長的な存在である。メイヤーは地方自治体の多数派政党の党首(Leader of group)がなり、立法、行政の権力を実質的に握る。地方議会の議員の報酬はなく他の職業を持ちながら職責を果たす。したがって審議は夕方から行われることが多い。議員には交通費や食事代程度しか支給されないが、彼らは政治のプロとして十分な技術と知識を持つ。事務局は議会に完全に附属し、立法やペーパー作業を十分こなす。事務局長はチーフ・エグゼクティブといい党首と密接な連携で仕事を行う。地方議会は中央政界に打って出るステップとなることが多い、メージャーもブレアもそうであった。
 現在の国全体の課題としては福祉(地方自治体担当)と医療(国担当)のグレーゾーンのコーディネート。ブレア首相には期待が高まっている。

これは数年前の記事です。イギリスも、EUの変化の波を受けて色々変革していると思うので,新しいところは、英国大使館のHPの「英国という国」を見ると良いと思います。http://www.uknow.or.jp/uk_now/fs_what.htm

参考URL:http://fish.miracle.ne.jp/fumix/europe/europe100 …
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この回答へのお礼

ふーん、無給だったんですか、、、。
あの先生は、ウソは言ってなかった!?

でも、まわりを見てみると、「無給で議員」というのは、
どうして信じられなかったんですが、なるほど、国が
違えば、制度も違うんですねぇ。

市議会とか、何を決めているのかも知りませんが、あんなに
数が必要なのか、数を減らさないなら、給料を減らすとか
日本の地方制度も、なにか変えようとしたら、変えらるかも
しれませんねぇ?

お礼日時:2001/04/13 07:06

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Qイギリスに今でも「貴族院」なんて議会があるのはなぜ?

イギリスに今でも「貴族院」なんて議会があるのはなぜ?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%B4%E6%97%8F%E9%99%A2_(%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9)

日本の議会は参議院も衆議院も国民の選挙によって、選出されます。
二院制を採用している国は多数ありますが、たいていは日本と同じく
選挙により両院の議員が選出されるシステムをとっています。

ところが、イギリスの「貴族院」とは、その名の通り爵位を持った「貴族」
集団により構成されています。
この「貴族院」とは名誉職的な存在ではなくれっきとした権力機関です。

イギリスという国は先進国でありながら、なぜこんな時代遅れ的な
政治システムが現代でも存続しているんでしょうか?

Aベストアンサー

 ちょっと気になったので…。

>(1)イギリスでは、「勲章」の次に名誉ある称号に「ナイト」(騎士)と呼ばれる地位があります。
 イギリスでは、

   勲章を貰う事 = 騎士団に所属を認められる = 騎士に成る

 例えば、イギリスの最高勲章のガーター勲章は、ガーター騎士団(Kights of the Garter)の一員になるという意味を持っており、一般に勲章と呼ばれる記章はその団員章で有ったりします。
   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E5%8B%B2%E7%AB%A0

>ナイトは、言ってみれば、王室の親衛隊を意味します。
 例えば、我が国の元首たる今上陛下を始めとした歴代の天皇(明治~昭和天皇)もガータ騎士団の一員だったりするのですが…。

 ナイトの語源自体が騎乗して戦う戦士たるcavalier(キャヴァリアー)[フランス語での騎士を示すchevalier(シュヴァリエ)と同語源]とは異なる物ですし…。

>そうした人々は、いまだに「貴族」と呼ばれています。
 騎士はイギリスの法律で貴族では有りません。なお、騎士の上の階級とされる準男爵も含めて、貴族でないと規定されています。
 (所謂ジェントリ階級、近代イギリスを舞台にした映画や小説で、紳士淑女が集まった場所でよく言われる「レディ アンド ジェントルマン」と言う掛け声のジェントルマンと言うのが彼等、騎士及び準男爵階級あるいは称号は無いが資産を持っている男性に対する呼称です。[レディは侯爵夫人以下の地位の女性に対する物])

 ぶっちゃけ貴族院に議席を持つと言う事が貴族の最低条件です。
 (世襲・一代貴族を含め男爵以上の階級)

>「貴族院」は、そうした「貴族」たちの意見を反映する場所であり、貴族ではなくても「多額納税者」の代弁者としての地位を得ているのです。
 イギリスでは、大日本帝国の貴族院と異なり「多額納税者」は参加できませんし、世襲貴族であっても資産家はあまり居ません。

 先祖の財産(手放す者も多い)や貴族としての体面を維持するのに汲々としているのが現状です。(平日はサラリーマンやってて、庶民の上司にどやされてる貴族の当主も多い。)

 まあ、ノブレス・オブリージュ[高貴なる者の義務]を果すべく第1次大戦や第2次大戦で貴族の子弟が大量戦死して、廃絶した所も多いせいですが…。

 現在の貴族議員742名中、世襲貴族は92名しか居ませんので本当の意味での貴族の意思反映機関として貴族院が成立しているとはいえませんし…。

 ちょっと気になったので…。

>(1)イギリスでは、「勲章」の次に名誉ある称号に「ナイト」(騎士)と呼ばれる地位があります。
 イギリスでは、

   勲章を貰う事 = 騎士団に所属を認められる = 騎士に成る

 例えば、イギリスの最高勲章のガーター勲章は、ガーター騎士団(Kights of the Garter)の一員になるという意味を持っており、一般に勲章と呼ばれる記章はその団員章で有ったりします。
   http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC%E5%8B%B2%E7%AB%A0

>ナイトは...続きを読む

Q日本のミサイル防衛にTHAADが無いのは何故?

【ワシントン共同】米陸軍当局者は26日、米領グアムに配備した高性能の地上発射型迎撃システム「高高度防衛ミサイル」(THAAD)が完全な稼働状態に入ったことを明らかにした。との報道です。
http://sankei.jp.msn.com/world/news/130427/amr13042709290001-n1.htm
一方日本の場合イージス艦から発射するミサイルとPAC3でTHAADはありません。
日本の場合THAADは無くても良いのですか?


 

Aベストアンサー

>日本の場合THAADは無くても良いのですか?

はい、必要ありません。

THAAD (Terminal High Altitude Area Defense) Missile は射程 200km、射高 40km~150km の地上発射型迎撃 Missile で、High Altitude Area Defense (高高度域防御) の部分だけを見て ICBM (Inter-Continental Ballistic Missile:大陸間弾道弾) をその頂点付近の宇宙空間で迎撃するかのように誤解されがちですが、Terminal (末端の/終末の) のいう言葉が示すように、目標に向かって高度を下げて大気圏 (成層圏よりも上の 40km~150km にある化学圏) に突入してきた最終段階での弾道弾を撃墜する Missile です。

一方、日本が Aegis 艦に搭載している SM3 (Standard Missile 3) 161B Block IA は射程 400km、射高 250km で、先端部が Kinetic 弾頭と呼ばれる高機動弾頭になっているように、空気のない大気圏外での超高速運動能力を持たせたものとなっていて、THAAD よりも高性能な Missile になっています。

http://www.youtube.com/watch?v=Clny6teU5ik&feature=youtu.be

最初に海上自衛隊に配備された「こんごう」の SM3 161B Block IA は高度 160km を飛行する模擬弾道弾の直撃撃墜に成功していますし、現在は日米共同開発になる Block IIA の地上試験を終えて来年に飛行試験、2018 年には現在の Block IA を Block IIA に置き換える予定になっています。

http://www.youtube.com/watch?v=A6CIu9fRk3k

地上発射型で射程が 200km しかない THAAD では幅数百km 長さ 2000km 余りの日本列島に数十基の発射機を配置しなければならず、何時 Terrorism だの過激な反対運動の前に壊されるか判ったものではないのに比べ、SM3 は部外者など近付けない Aegis 艦の中にありますし、相手国の Missle 発射機から 400km 以内の海域に派遣すれば 1 隻で事足ります。

相手国が日本に向けて発射する Missile の Course は決まっていますので、日本列島近海に配置する Aegis 艦の数も数隻あればよく、既に海上自衛隊は上記「こんごう」型 Aegis DDG (Missile 護衛艦) を 4 隻、次級の「あたご」型 Aegis DDG を 3 隻運用していますので、2~3 隻が定期整備中であっても常時 4~5 隻は緊急配備に就くことができるようになっています。

>日本の場合THAADは無くても良いのですか?

はい、必要ありません。

THAAD (Terminal High Altitude Area Defense) Missile は射程 200km、射高 40km~150km の地上発射型迎撃 Missile で、High Altitude Area Defense (高高度域防御) の部分だけを見て ICBM (Inter-Continental Ballistic Missile:大陸間弾道弾) をその頂点付近の宇宙空間で迎撃するかのように誤解されがちですが、Terminal (末端の/終末の) のいう言葉が示すように、目標に向かって高度を下げて大気圏 (成層圏よりも上の 40km~150km ...続きを読む

Qスタック(車)って何ですか?

車がスタックするっていいますが、どのような状態になるのでしょうか? 九州在住で雪が少ない為、よく理解できません。
辞書にもないし、パソコン関連の言葉としての説明は見つけたのですが。

Aベストアンサー

雪やぬかるみにタイヤを取られて動けなくなる状態。
と理解しています。

Qなぜ、日本人は馬車を使わなかったのですか?是非、教えていただけないでしょうか?。

 西洋や中国では、何千年も前かから馬車が使われてたのに対して日本では明治時代になってからやっと馬車がつかわれるようになりましたよね?
 牛車でなく馬車があれば便利高速手段となったと思うのですが。
 なぜ日本では馬は武士や馬借、馬の背に荷物を乗せて使われることまでしかなっかったのかとても不思議なのですが、そのことについて調べていますがなかなか答えに辿りつけません(ToT)そのことでプレゼンをやるひが近づいてのですかこのままだと、ぜんぜん満足のいくプレゼンができないので、どなたかお答えいただけないでしょうか?
 また日本では手紙も馬を使わず、飛脚を使っていたのかも調べてるですが、そちらのほうもお教え願えないでしょうか?

Aベストアンサー

 以下はわたしが書いたものの抜粋です。テーマが少し違うため直接お役に立たないとは思いますが、もともととても長いものですので、ヒントになりそうなところだけをブツブツと切り取ったものをご回答として。。。
 
1.世界史から見た「車」

●紀元前1595年、ヒッタイトの軍勢が古代バビロンを攻略し占領した。この戦いでは木製の車輪を持ち2頭の馬に引かれた戦車が登場している。この時代に戦車として応用されていたくらいだから、一般の物資運送用には、さらに古くから「車」は存在していたであろう。
●ほぼ起元の頃に当たる古代ローマの時代にも一頭の馬に引かせた戦車(チャリオット・シャリオ)が戦争で使用されていたし、カルタゴの名将ハンニバルのアルプス越えや敗走のシーンにも戦車は登場する。古代ローマと言えば勇壮な戦車競争があるが、ローマ人はエトルリア人からこれを教わったという。
●10世紀以降の頃、わが国では「源氏物語」が書かれた時代、ヨーロッパの主要都市では馬に引かせる荷車が広く普及している。パリではゴミや水を道路に投げ捨て、これを豚が処理していたという。ここに荷車が通るから、道路は年中ヌタヌタ状態で悪臭もひどかったという。それが理由で、やがて道路には側溝と歩道が作られ、次第に石材で舗装されるようになり、さらに大規模な暗渠が整備されることとなった。
●1200年のハンザ同盟の頃のドイツ、わが国では平清盛全盛の時代、ここにも馬車が活躍している。1618年に起こった三十年戦争では人も乗る幌馬車が活躍している。
●18世紀から19世紀、イギリスで起こった産業革命では輸送力が大きく貢献している。また、乗用の辻馬車が生まれ、炭鉱の坑内でもトロッコが活躍している。これらはディッケンスはじめ多くの文学にも登場する。
●1818年、独立間もないアメリカで、開拓民のために土地を給付する法律が施行されて、民衆は新天地を求めて西へ西へと移動を始めた。2頭または4頭の馬に引かせる幌馬車や4頭の馬に引かせる駅馬車(ステージコーチ)などは西部劇でもなじみ深い。

2.日本史から見た「車」

●古墳時代の出土品のなかに円形で、中央に穴があり、穴から外周に向けで多数の線を刻んだものがある。これが「車輪」を模したものか、あるいは宗教的な宝具なのかは不明。
●奈良朝の時代(6~8世紀頃)、唐からさまざまな文化文明が流入している。「車輪」や「車」の概念もまたあったと思われるが記録に乏しい。
●平安時代(10世紀頃)、牛車(ぎっしゃ・御所車)が見られる。平治物語絵巻「六波羅行幸巻」にはこの牛車が克明に描かれているが、一部を鉄などで補強した直径の大きな車輪に特徴があり、ここに当時の「車」が置かれた環境を見て取れる。
●天正20年(1592)、秀吉が朝鮮に出兵した時代、大坂城の火薬庫に多数の荷車に積んだ火薬が搬入されたという記録がある。特に大坂、堺などでの荷車の普及は顕著というが、その姿は不明。
●天文、元亀(16世紀頃)から始まったいわゆる戦国時代、たしかに「車」に関する記述は少ない。まして「乗用」ともなるとまったく見当たらない。少ないこともまた、その理由の推測と考証の足がかりとなる。
●文久2年(1862)に発生した生麦事件に対してイギリスへの賠償が行われることになり、イギリス軍艦パ-ル号に積み込まれる賠償金を運ぶ多数の「大八車」の絵が1963年9月12日号のイラストレイテッド・ロンドン・ニューズ紙に掲載されている。

3.構造と機能から見たわが国の「車」(あまり関係ないので1項のみ)

●路面からのショックを吸収するサスペンションバネの概念の遅れもまた、乗用の「車」の普及度の低さに関係しているかもしれない。とかくのんびりと進む牛車(御所車)の場合はともかく、バネを介在させない「車」では今日の舗装路でも、とても長時間は乗っていられたものではない。

4.中世までの環境から見たわが国の「車」

●これまでに述べたように、「車」というものは、過去、人の力、あるいは家畜の力を利用して運行できるものでなくてはならなかったし、また、その車輪の仕様や車体の寸法が当時の道路事情に合致していなくては利用度が低かったはずである。
●馬は長距離に適しているし歩行速度も速い。その点、牛は長距離には適さないし、その速度も遅いが、根気が良く、短距離かつ長時間の労役には適していた。いわば高回転高トルク型エンジンに似た馬の特性、低速トルクの高いエンジンに似た牛ということになろうか。
●戦国の世には、長距離に及ぶ街道はまだ完全に整備されてはいなかった。
●多くの軍勢は表立って街道筋を通ることを避け、山野を横切ることで、その実勢力を傍の目から隠し、同時に移動距離を縮めていた。そして戦場となるのは自然のままの原野である。このような戦術と環境では「車」は利用度が低かったはずである。
●馬、れん台、輿、駕籠などはこの点、地形やその他の環境に対して対応性と踏破性が高い。
●当時の道路事情といえば、例えば大坂、江戸、京など大都市の市中においてはかなり整備されていたはずである。しかし、ヨーロッパと異なって舗装が遅れたわが国では、一旦雨が降れば車輪がスタック(頓挫)して、そこから引き出すのにさぞかし難渋したことであろう。
●当時の都市計画から見ると、例えば大坂や堺、江戸などでは市中に物資運搬用の船が往来できる堀や運河を縦横にめぐらせることに重点が置かれていた。「車」の積載量に比較するとまさに桁違いに運搬効率の高い船への依存度が高かったからであろうし、大八車などは近距離用として副次的に使用されていたと考えられる。
●中距離、遠距離まで大八車などが引き回されることは、一部の地域や方角を除いて少なかったものと考えられる。一方、乗用ともなると、近距離なら駕籠や馬の方が地形や道幅に左右されない分だけ有利で、利用度の高さで勝っていたはずであり、ここにも乗用の「車」の普及が遅れた理由があるのではないだろうか。
●堀や運河、川などの多い大都市では当然のことながら橋が掛けられている。当時の木橋ではアーチ型に構造材を組み合わせていたことを考えに入れなくてはならない。万一、橋の上り勾配で力負けして「車」が止まってしまうと、「転がり抵抗」も加わって、再度発進させることには大変な労力を要する。坂の多い地域もまたしかりである。物資運搬用の大八車なら丁稚などに手伝わせることもあったであろうが、このような環境においては人力はもとより、牛馬を使う「車」が乗用の営業運行にまで発展しなかった理由がここにもありそうである。
●都市間の移動となると、とかく問題となるのが箱根、山科といった山道、峠道、そして、当時は橋がなかった一級クラスの河川であったろう。たとえ大名行列といえども、そして大人数のお供がいるにしても、「車」はとかく不便であったに違いない。ここでも駕籠、馬、れん台の方が利用度の高さではるかに勝っている。
●当時の街道を考えてみるにつけ、現存する旧東海道(横浜市戸塚区、保土ヶ谷区内)の道路の幅員の狭さに驚かされる。車幅1700ミリの5ナンバー車が一台やっと通過出来る程度の道幅であり、大八車などが頻繁に往来するにはあまりにも狭い。

 以下はわたしが書いたものの抜粋です。テーマが少し違うため直接お役に立たないとは思いますが、もともととても長いものですので、ヒントになりそうなところだけをブツブツと切り取ったものをご回答として。。。
 
1.世界史から見た「車」

●紀元前1595年、ヒッタイトの軍勢が古代バビロンを攻略し占領した。この戦いでは木製の車輪を持ち2頭の馬に引かれた戦車が登場している。この時代に戦車として応用されていたくらいだから、一般の物資運送用には、さらに古くから「車」は存在していたであろう。
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Q道路の白線・黄色線は「はみ出し禁止」?「追い越し禁止」?車線変更は?

道路の白線・黄色線について疑問に思っています。過去の質問を拝見しましたら、白・黄色の実線について
「はみ出し」を禁止している
「追い越しのためのはみ出し」を禁止している
「追い越し」を禁止している
との回答を眼にしました。

1)どの見解が正しいのでしょうか?


2)1)の回答にもよりますが、車線区分線としての白・黄色の実線の場合には、車線変更は禁止なのでしょうか?

「はみ出し」禁止であれば当然ダメでしょうが、「追い越し」禁止であれば車線変更は可能なような気がします。しかし、その場合は「追い越しのための車線変更」と「ただの車線変更」との区別がつかず、どこから違反とされるのかわかりません。

宜しくお願いいたします。

Aベストアンサー

少し噛み砕いて書いてみます。
(学科のテキストには明記されていないと思われるので)

◆白色実線の中央線

主に、片側に複数車線ある場合の中央線で、(原則として)絶対にはみ出し禁止。

(複数の車線があるため、駐車車両や道路工事などがあっても、中央線をはみ出すことなく回避できるから)

中央線が2本線で引かれている場合は、それが中央線であることと、はみ出してはいけないことを、より強調するため。

◆黄色実線の中央線

主に、片側1車線の道路に引かれており、追い越しのための右側部分へのはみ出しは禁止。

(道幅が狭いため、駐車車両や道路工事、また軽車両を追い越すなどやむを得ない場合には、中央線の右側へはみ出すことが出来る)

「追い越し禁止」の標識がある場合は、右側へはみ出すことはもちろん、はみ出さずに済む状況であっても、追い越しそのものが禁止されます。


次に

◆実線の車線境界線(白色・黄色とも)

実線部分では、車線変更そのものが禁止されます。白・黄色ともに。

※交差点(内部)と、その手前30メートル以内はもともと「追い越し禁止」場所ですから、仮に点線(破線)の車線境界線であっても、追い越しのための進路変更(車線変更)をすることは出来ません。
(優先道路を走行していて信号機のない交差点の場合は除外。←あまり考えなくて結構です)

テキストには、「追い越しが禁止される場所」として7項目の記載があると思います。
それらの場所では、追い越しをしようとして進路変更(車線変更)しただけでも違反行為と考えられます。

●「追い越しのための車線変更」と「ただの車線変更」との区別 について。

クルマはその速度に応じた車間距離を必要としますが、最低限必要な距離としては、前車が急停車した場合に追突しない距離と考えられます。
次に、追い越す動機としては、速度差があるため前車に対して、最低限必要な距離程度までに近づいてしまったから、という理由が挙げられると思います。
(勿論、急いでいる場合もあるでしょう)

追い越す意識(目的)があるかどうかという心理は、遠目には分かりませんが、車間距離がギリギリまで近づいていた場合には、意図していたと判断されるのではないでしょうか?
追い越す必要がなければもう少し車間距離を取るでしょうから。
特に速度を上げて接近していった場合には、その速度差から、追い越す意識があったと判断されると思われます。

現実的には、追い越しのための車線変更自体が違反行為となるケースが多いと思いますが、単純に追い越す意図があるかないか、を判断する材料はギリギリの車間距離か十分な車間距離か、また、前車と同じ速度であったか、速い速度で接近中であったか、だと考えます。

前車と十分な車間距離があり、速度も同程度の場合には、単なる車線変更と見なされると思います。

どうぞご安全に。(元、指導員より)

少し噛み砕いて書いてみます。
(学科のテキストには明記されていないと思われるので)

◆白色実線の中央線

主に、片側に複数車線ある場合の中央線で、(原則として)絶対にはみ出し禁止。

(複数の車線があるため、駐車車両や道路工事などがあっても、中央線をはみ出すことなく回避できるから)

中央線が2本線で引かれている場合は、それが中央線であることと、はみ出してはいけないことを、より強調するため。

◆黄色実線の中央線

主に、片側1車線の道路に引かれており、追い越しのための右側部分...続きを読む

Q「海ゆかば」の意味は?

海ゆかば水漬く屍

山ゆかば草むす屍

大君の邊にこそ死なめ

かえりみはせじ


という軍歌?の意味やどんなときによくうたわれたのかなどおしえてください。

Aベストアンサー

歌詞は万葉集から採られたもので、以下が歌詞の意味です。

海で戦って死ねば、死体は海水に浸かって浮かぶだろう。
山で戦って死ねば、打ち捨てられた死体は草に覆われるだろう。
天皇のおそばで死ぬのだから、決して後悔はしないぞ

太平洋戦争前、日本政府によって国民精神強調週間が制定された際、そのテーマ曲としてNHKが信時潔氏に依頼して作られた曲で、出征兵士を送る歌として歌われました。本来は国民の戦闘意欲を昂揚させるために作られた曲ですが、太平洋戦争末期の大本営による戦地玉砕のラジオ発表の際に、テーマ音楽として用いられたことで国民に強く印象付けられたようです。

Qリベラルとは?

・左派、革新、社会主義
・右派、保守
という分類ができると思うのですが、
リベラルや自由主義は、どう考えたらいいのでしょうか?
よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共和党政策が旧保守主義(右派リバタリアン)で、それ以後を新保守主義(ネオコン)といい保守と名乗っていますが、実態は左派リバタリアン(左派が保守に転換し、現状を保守する為に革新的手法(戦争など過激な改革を許容する)を執ると言う主義)です。

 自由主義の反対となる統制主義も左派だと共産主義や社会主義、比べると右派に成るイギリスの「ゆりかごから墓場まで(高福祉政策)」などが有ります。

 簡単に言うと、積極的に変えようとするのが左派で、変わらないように規制するのが右派です。そして変える方向(変えない方向)が自由か統制かで分類できます。

 日本には明確に保守を謳う政党が無いので、イメージがわき難いのかも知れませんが…。
 (自民・民主党は中道で、共産党は左派統制主義ですから…。)

 政治思想は、下記のXY軸に表す事が出来ます。(リベラルを日本語に訳したのが「革新」あるいは左派です。)

 Y軸 Libertarian(自由・市場主義 = 小さな政府) - Statist(統制主義 = 大きな政府)
 X軸 Liberal(革新) - Conservative(保守)
 真中 Centrist(中間主義)

 各派の解説は下のURLの解説部分を参照してください。
   http://meinesache.seesaa.net/category/719933-1.html

 自由主義と言うとリバタリアンの範疇になりますが、アメリカの政治に例えると、レーガン大統領より前の共...続きを読む


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