この間、ジョージルーカスのインタヴュー番組でスターウォーズがキルケゴールの「良心の飛躍」から来ているとインタヴュアーが言っていましたが、意味がわかりません。ルーカス自身も否定はしていませんでした。検索エンジンを使っても見つかりませんでした。どなたか教えてください。気になります。

A 回答 (2件)

キルケゴールは「良心の飛躍」ということは言っていません。

おそらくインタビュアーはキルケゴールのいう「信仰の飛躍」をもじって使っているのだと思うのですが。

すごく大雑把な説明をします。
キルケゴールは、人間の絶望を「死に至る病」と呼びました。
そこから快復するには、最終的には信仰しかない、と。
けれども、信仰を持つためには、飛躍が必要である。
そうして、旧約聖書からこの例を引きます。

アブラハムは神から息子のイサクを焼いて犠牲に捧げるよう、命じられます。
倫理規範に照らし合わせると、自分の子どもを殺すようなことは許されることではない。
けれども、神の命令は絶対であるとして、それに服従しようとします。
殺せない→殺さなければならない
アブラハムは段階的な思索を経て、徐々にそういう考えに至ったのではなく、その間には飛躍があったに違いない。

キルケゴールは、最終的な絶望を取り除くためには、アブラハムのように、ただ一人、神の前に立ち、「信仰の飛躍」をおこない、宗教的生活へ至らなければならない、と考えたわけです。

さて、ここでルーカスに戻りましょう。
『スターウォーズ』のインタビューですね?
当然、次のメインテーマは、アナキンが、いかにしてダークサイドに引き寄せられるか、です。

インタヴュアーが言いたかったのは、アナキンが、徐々に、段階的に暗黒面に引き寄せられたのではなく、そこに飛躍があった、ということではないでしょうか。

アブラハムのような、絶望を脱する「信仰の飛躍」ではなく、決定的に暗黒面に取り込まれていく、いわば、良心を一掃するような「飛躍」。
これが次のエピソードの中心になる、と。

たぶん、こんなところではないか、と推測しているだけなので、まるっきり違っているかもしれません。
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この回答へのお礼

 かなり細かいところまで含んだ回答ありがとうございます。確かに「良心の飛躍」では検索できませんでしたが、「信仰の飛躍」では30件ほどヒットしました。自分でこれらの文章を読んで考えます。僕の聞き違いであるとも考えられます。
 スターウォーズでは、次作でどのようにジェダイの騎士が壊滅するのか?僕自身とても気になります。
 「まるっきり違ったら」とのことですが、僕はこうした質問を真摯に受け止めてくれる人がいただけでとてもうれしいです。偉そうな事を言ってすいませんが、「進もうとしているところに人の価値がある」と思っているので結果がすべてではないのです。ここであなたのような人に出会ったことを感謝します。重ねてありがとうございました。

お礼日時:2003/09/03 10:44

「良心の飛躍」という言葉は知りませんが、快楽的から倫理的に、そして宗教的に合理的な理由なしに(かなり宗教的に)飛躍していく精神の成長のことを説いているのではないかと想像します。

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この回答へのお礼

回答ありがとうございます。
僕自身、もう少し調べてみます。

お礼日時:2003/09/03 10:28

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Q飛躍しすぎてませんか?

このサイトで「彼にバレンタインの義理チョコを受取ってほしくない」という内容で
質問をさせていただき回答をいただきました。

その回答の中に
・義理チョコ受取るな、なんて挨拶もするなと言っているのか
・義理チョコもらう=もてる、人気がある
・義理チョコ拒否=いずれは出世に響く
・義理チョコ拒否は相手の女性を傷つける
・義理チョコは社交辞令で挨拶と同じ

などがありました。
私は義理チョコは渡しませんし、正直驚くような回答でした。
義理チョコって世間ではそのような位置づけなのですか?
義理チョコと挨拶を同じ扱いにするなんて飛躍しているようにも思います。

また、義理チョコをたくさんもらったからって、もてる・人気があると言う事ではないですよね。
(本命チョコをたくさんもらう、だったらそうかもしれませんが…)
拒否することが出世に響くというのもびっくりです。そんな会社があるんですか?

相手を傷つける、と言うのも本命だったら分かりますが、義理チョコ一つ断るくらいで
女性って傷つくのでしょうか?私だったら彼女の事大事にしてるんだーくらいにしか思いません。

義理チョコは社交辞令で、受け取るのも社交辞令…という事なのでしょうか。
日本においてバレンタインの義理チョコと言うのがお歳暮やお中元と同じくらい浸透しているのですね…。

バレンタインは愛を告白する日との認識でしたので私が世間知らずなだけなのでしょうか。
(うちの会社は表向きは義理チョコ禁止ですし、個人的にやりたい人はそっと渡す、
と言うのが暗黙の了解でしたので。)

義理チョコってそんなに重要視されるものですか?
世間の義理チョコの扱いって飛躍しすぎてませんか?

このサイトで「彼にバレンタインの義理チョコを受取ってほしくない」という内容で
質問をさせていただき回答をいただきました。

その回答の中に
・義理チョコ受取るな、なんて挨拶もするなと言っているのか
・義理チョコもらう=もてる、人気がある
・義理チョコ拒否=いずれは出世に響く
・義理チョコ拒否は相手の女性を傷つける
・義理チョコは社交辞令で挨拶と同じ

などがありました。
私は義理チョコは渡しませんし、正直驚くような回答でした。
義理チョコって世間ではそのような位置づけなのですか?
義理...続きを読む

Aベストアンサー

確かに飛躍してる(笑)とは思いましたけど、色んな人が居るのが世の中ってものですしo(^-^)o

一部の人から見たら、質問者様も「たかが義理チョコにヤキモチなんて飛躍してる」って思われているかもしれません。

ですから、一部の意見にそんなに翻弄されないで「ふーん、そう思うの」くらいに構えましょ(^_^)


世の中の全員に賛成されるなんて無理なお話なんだ、とキチンと納得していればとっても楽ですよ(^-^)

質問者様は質問者様、他人は他人です。


そして質問者様の会社のように「表向きは禁止」という会社があれば、「毎年の社内行事」になっている会社も本当にあるんです。

自分の知る世界や価値観が、他の場所に共通する訳じゃないというのも、哀しいかなよくある事です。

バレンタインなんか元々日本に無い文化だったのに…と仰ってましたが、それを言われるとドレスもパーマも日本には無いですし…

ヤキモチ焼きさんだからついつい義理チョコの習慣を嫌いになっちゃっただけで、異文化自体が嫌な訳じゃないんですよね?(^_^)

私だって性○は神聖なものであって欲しいけど、○俗があったりして残念だとか思います。

でも、私が世の中の中心人物じゃないのですから、納得いかない事があって当たり前なんです。



あんまり力を入れないで、かる~くいきましょo(^-^)o

たかが、小さな画面の中の文字です。


質問者様の「バレンタインは恋人にとっての大切な日」というのは素晴らしいと思いますよo(^-^)o

バレンタインに対する神聖なお気持ちはそのまま持って、大事になさって下さい(^_^)

確かに飛躍してる(笑)とは思いましたけど、色んな人が居るのが世の中ってものですしo(^-^)o

一部の人から見たら、質問者様も「たかが義理チョコにヤキモチなんて飛躍してる」って思われているかもしれません。

ですから、一部の意見にそんなに翻弄されないで「ふーん、そう思うの」くらいに構えましょ(^_^)


世の中の全員に賛成されるなんて無理なお話なんだ、とキチンと納得していればとっても楽ですよ(^-^)

質問者様は質問者様、他人は他人です。


そして質問者様の会社のように「表向きは禁止...続きを読む

Qキルケゴールの言葉で

キルケゴールの言葉で
「日常に絶望していないことこそ絶望的なのだ」というのがあるそうですが、これは彼のどの本に書いてあることですか?
この言葉がある著作または解説書などをご存知でしたら教えてください。

Aベストアンサー

もちろんこれはNo.1の方が言っておられるように、『死に至る病』のことを言っているのだと思うのですが

> 「日常に絶望していないことこそ絶望的なのだ」

という文章は、おそらくあまり正確な引用ではないと思います。

たぶん第一編「死に至る病とは絶望のことである」の二、

「だが人々は自分が精神であるということをはっきりと意識するに至ることなしに日々を過ごしているというのが実に一般の状態である(中略)。それで人々は自分では非常に安全なつもりでおり、人生に非常に満足していたりする、――これこそ絶望にほかならないのである。」(p.40 岩波文庫 斎藤信治訳)

この「精神であるということ」あたりが厄介なので、それをいささか乱暴に「日常」という言葉でまとめてあるのではないかと思います。もしかしたら、解説書でざっくりとそう書いてあるものがあるのかもしれませんが、わたしにはわかりません。

もちろん、「自分の絶望に無知」な人のことに関しては、第一編で繰りかえし出てきます。たとえばこんな部分。

「この形態の絶望(ひとが自らそれと知らずして絶望していること)は世間では最も普通なものである。実際人々が世間と呼んでいるもの(中略)はそのような絶望にほかならない――すなわち自分が絶望していることを少しも絶望していないような絶望である」(p.71)

でも、ちょっとニュアンスがちがうでしょう?

何ヶ所かあたりをつけて、ざっと見返しただけなんですが、おそらく、質問文中そのままの文章はないと思います。

もちろんこれはNo.1の方が言っておられるように、『死に至る病』のことを言っているのだと思うのですが

> 「日常に絶望していないことこそ絶望的なのだ」

という文章は、おそらくあまり正確な引用ではないと思います。

たぶん第一編「死に至る病とは絶望のことである」の二、

「だが人々は自分が精神であるということをはっきりと意識するに至ることなしに日々を過ごしているというのが実に一般の状態である(中略)。それで人々は自分では非常に安全なつもりでおり、人生に非常に満足していたりする、――これ...続きを読む

Qお付き合いの挨拶として手紙

 先日、質問の続きです。

http://oshiete.goo.ne.jp/qa/6475148.html

彼女のご両親に挨拶に伺いたいものの拒否された状態の為、まずは手紙を届けることを考えました。

まだ、付き合って1ヶ月と浅い為に早急と感じられる方も多いでしょうが、彼女が私の親へ電話で

挨拶を済ましている以上は相手のご両親に反対されていても誠意は見せたいのです。


まずは、お付き合いさせて頂いていますのでよろしくお願いします程度に留めるか、お付き合いしてい

るために、お会いさせて頂ますようお願い致しますと話を一歩飛躍させるかどちらが良いでしょう

か?


手紙は彼女へ手渡し経由を考えていますがこれは相手のご両親に失礼にあたりますか?

名前も住所も聞きにくい状態な為に、彼女へ相談してからだと、話が鎮座する可能性もある為

ため、まずはつくることを前提にしています。 

Aベストアンサー

NO.2です。お礼をありがとうございました。

確認を取りたいのですが、<彼女へ相談してからだと、話が鎮座する可能性もある>事はどう感じられているのでしょう?

自信を持って得策だ、とは思えないところが気になります。

ただ、貴方のご要望ですので、全てを彼女が望んだという前提で、もう一度考えてみました。


きちんと礼をつくした<お手本>のような手紙が書けていて…<当たり前>という見かたをされるのではないでしょうか。

初めから<賛成ではない>のではなく、はっきりと<反対>と意思表示されているのですから、それこそ、<あらさがし>をされる気がします…。

もちろん、挨拶だけでなく、やはり、履歴も必要かと思いますし。

手紙は何回も読み返しが出来るところが、怖いところでもあります。

相手の親に<礼を尽くす>のは、手紙が一番だとは思われません…。

今回<下手を打つ>と、彼女にも離れられてしまう心配は無いのでしょうか?

結構な<リスク>があるのでは…と、やはり考えてしまいます。


彼女を送っていった時に、玄関で、一言(出て来られなくても)名前を言って、<お付き合いをさせていただいております>と言った方が、まだ少しましの様な気もします。


でもね、<親>はいくら反対していても、可愛い子供のためなら、<折れる>事が出来るんですよ…。

他の理由では、いくらあなたが良い方だと解ったとしても、娘可愛さから、より<良縁>の方を選んでしまうんです。

反対する気持ちの中には、子供にかけた親としての<思い入れ>も強いんです…。

親が折れる事が出来るのは、娘自らの<説得>か、<幸せな姿>を見せて納得させるしかないんです。


貴方の気持ちは充分に解りますが、今一度、冷静に行動されますように…。

目先での貴方の<プライド>、<男義>をかける価値がこの行動にあるのか、今一度、冷静に見つめてみてください。

私は<親>の立場から、貴方には彼女との<絆>を深めて、彼女を幸せにされる方をおすすめしたく思います。

再度の回答でも、貴方のご期待に添えないものとなってしまいましたが、親としての立場から、一生懸命に考えてみました。

彼女だけを見つめ、二人の幸せを考えていっていただきたいと思います。


頑張って!!!

NO.2です。お礼をありがとうございました。

確認を取りたいのですが、<彼女へ相談してからだと、話が鎮座する可能性もある>事はどう感じられているのでしょう?

自信を持って得策だ、とは思えないところが気になります。

ただ、貴方のご要望ですので、全てを彼女が望んだという前提で、もう一度考えてみました。


きちんと礼をつくした<お手本>のような手紙が書けていて…<当たり前>という見かたをされるのではないでしょうか。

初めから<賛成ではない>のではなく、はっきりと<反対>と意思表示され...続きを読む

Qキルケゴールとニーチェについて

もし、あればなのですが、キルケゴールとニーチェの解説書について教えて下さい。

現代思想を学ぶ上で、まず上の2人の著作を読んでおきたいと思っています。
ただ、私には哲学の知識が無いに等しいので、何か参考になる本を片手に
読み進めたいと思っています。

哲学に詳しい方、なにか良い入門書、参考書等ありましたら、
教えて頂けないでしょうか。

Aベストアンサー

こんにちは

色々な読み方があるのでしょうが、年齢の若い方でありましたら、
まず解説書は読まないで、現代日本語訳の「著作」をお読みになるのが
良いと思います。

一冊全部読む必要はありませんが、まず自分の思考パターン・能力に
テキストを通してみては如何でしょうか?

入門書や参考書は、高級な本よりは、新書や文庫などの発行部数の多い
本がいいと思います。

それでも、もっと知りたいと思いましたら、専門書を選択されては
どうでしょうか?

Qこの言いまわしを教えて下さい。(○○の飛躍)

時々、考えすぎの人に対しての表現で、
「それは、○○の飛躍だよ!」
みたいないい方があると思うのですが、
この、○○の言葉をど忘れしてしまいました。

「思考の飛躍」のような気がしますし、
「意識の飛躍」のような気もしますが、
なんか、違うような気がするのですが、
いかがでしょうか?
あってますでしょうか?

もし、これ以外でもし、○○の飛躍の
○○の部分があれば、
教えて頂けませんでしょうか?

よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

>この言いまわしを教えて下さい。(○○の飛躍)

      ↓

◇「論理の飛躍」ではないでしょうか・・・
検証や比較精査せずにいきなりの結論や断定に対しての感慨や反応

◇その他、「 発想の飛躍」「責任追及に飛躍がある」「定説・制約からの飛躍」「権限委任領域からの飛躍」

Qキルケゴールの質的弁証法が調べたのですが、「絶望の人間に語りかける人格

キルケゴールの質的弁証法が調べたのですが、「絶望の人間に語りかける人格神と交わす対話」というのがよくわかりません。
簡単でいいので質的弁証法について教えてください。

Aベストアンサー

「キルケゴールはヘーゲル的な弁証法を量的な弁証法と批判、神と人間との質的断絶を強調しつつ、宗教的実存へと高まりゆく人間存在を質の弁証法で説明した」(http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%DB%BE%DA%CB%A1)そうです。
平たく言えば、ヘーゲル的な量的弁証法では、正と反の矛盾を、合となって止揚し、それがまた反と矛盾して、新たな合となって止揚することを繰り返して、平面的な回転ではなく、立体的な螺旋状の渦を巻いて歴史が動くと
考えます。
これ対して、キルケゴールは、「たとえば美的・倫理的・宗教的実存の領域は、質的に本質を異にし、そこにはあれもこれもでなく、あれかこれかの決断による選択、あるいは止揚による総合でなく、挫折による飛躍だけがある。実存は、成りつつあるものとして無限への無限な運動、また単なる可能でない現実としてつねに時間的であり、その時間における運動は、決断とその反復において、時間における永遠を満たす。矛盾によって各々の実存に対して迫られた決断における真理の生成が、主体性の真理であり、主体的かつ実存的な思惟者は、いわば実存しつつ問題を解く」(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%81%E8%A8%BC%E6%B3%95)。
非常に難解な説明であり、私はキリスト教徒でないので、正確なことは分かりませんが,自分なりに平たく説明すると、次の通りです。
人間は信仰によって神に近づき、最期は神に召されて昇天するという意識が当時の西欧社会では根付いていた(今でも続いているらしい)のですが、キルケゴールは信仰心を捨てきれないけれども、信仰にすがって救済されると思わなかったのでしょう。そこで、完全な層ん罪である神と、不完全な存在である人間とは質的に異なるものであって、神に近づこうとしても近づけないことに絶望感を抱いたのでしょう。それでも、キルケゴールはニーチェのように。「神は死んだ」とは考えずに、「絶望の人間に語りかける人格神」なる概念を編み出し、対話を交わすことに信仰の意義を見出そうとしたのではないかと科考えられます。

「キルケゴールはヘーゲル的な弁証法を量的な弁証法と批判、神と人間との質的断絶を強調しつつ、宗教的実存へと高まりゆく人間存在を質の弁証法で説明した」(http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%DB%BE%DA%CB%A1)そうです。
平たく言えば、ヘーゲル的な量的弁証法では、正と反の矛盾を、合となって止揚し、それがまた反と矛盾して、新たな合となって止揚することを繰り返して、平面的な回転ではなく、立体的な螺旋状の渦を巻いて歴史が動くと
考えます。
これ対して、キルケゴールは、「たとえば美的・倫理的・宗...続きを読む

Q「世界革命」と「愛の飛躍」の違いは何ですか?

「世界革命」と「愛の飛躍」の違いは何ですか?
意味不明の場合はスルーしてください。

Aベストアンサー

参考程度に
ルソーが唱えた自由・平等の社会は存在しない。その社会を存在足らしめるものが同胞愛(愛の飛躍)であるといったのがベルクソンですね。 
つまり、自由こそが不平等をもたらす起源だとしたら、ルソーが言う真に平等な社会には自由はない。
真に平等な社会を目指したのがカール・マルクスの『共産党宣言』ですね。これが世界革命論ですね。

つまり、自由を追求しても、平等を追及しても結局閉じた社会にしかならない。その両方を共存させて進歩するには同胞愛(愛の飛躍)が必要になる。今風に言えば自由・機会の平等・福祉によって社会は進化し続けるということでしょうか。
結論から言えば、「世界革命」は閉じた社会愛、その愛に自由を取り込んで社会を形成するために必要な愛が同胞愛、言い換えれば差別愛つまり「愛の飛躍」ということでしょうか。

質問の趣旨にそってるかどうかわかりませんので参考程度に

Q「不安」に順応する「思考」(キルケゴールに詳しい人求)

様々な不快な感情(怒り、悲しみ、イライラ、)を感じた時、人は「思考」と感性が変化する事で、順応し、進歩したりしていきます。新たな希望も見つけていきます。
ですが、「不安」に大して「思考」を変える事で、「不安」に順応するのは難しいと思いました。

女「嫌いなら嫌いってはっきりいってよ。分からないのが一番「不安」」

と、鬼気迫って発言している女について考えてみます。

会話でもし、女が嫌われている事を自覚した途端、
「嫌われているならこっちも相手を嫌いになってやるわ」とか「自分を好きになってくれる人もいるんだわ」という気分安定に向けた順応する「思考」「変化」が始まります。希望とかも探します。

「差」「変化」「進歩」は生きる上で絶対に必要な刺激に思います。(感覚遮断というナチスの人体実験で幻覚を見た事からも分かるように)

ストックホルム症候群のように、変える事の出来ない絶望の状況では人は「思考」や感性が変わる事で、その絶望の環境についての捉え方や「思考」が「変化」していきます。そして希望を見だします。

それに対して「不安」を感じている時は「思考」の「変化」や「進歩」を求めないから個人的に大嫌い。


「不安」ではなく、「絶望」を感じたい。絶望を感じる事で気分安定に向けた順応「思考」を始るから。「変化」が応じるから
しかし、それが出来ないのは、

不安には、助かるかもしれないという無意識な「希望」も含んでいると思います。
その無意識裡な「希望」があるから、希望に意識が行く事で、順応するためのエネルギーが応じない気がします。

一たび「不安」を感じると「変化」が応じなくなるので、最初から「不安」を感じない事が大切



では、不安の順応の仕方はどんな手段があるのでしょうか。

後、キルケゴールは不安はチャンスでもあると言っていますが、具体的にはどういう事でしょうか。

様々な不快な感情(怒り、悲しみ、イライラ、)を感じた時、人は「思考」と感性が変化する事で、順応し、進歩したりしていきます。新たな希望も見つけていきます。
ですが、「不安」に大して「思考」を変える事で、「不安」に順応するのは難しいと思いました。

女「嫌いなら嫌いってはっきりいってよ。分からないのが一番「不安」」

と、鬼気迫って発言している女について考えてみます。

会話でもし、女が嫌われている事を自覚した途端、
「嫌われているならこっちも相手を嫌いになってやるわ」とか「...続きを読む

Aベストアンサー

自分に対する何らかの変化から、「悪くなる予感」を感じることが「不安」といえ
ると思います。

この「外部からの挑戦」に対し、最悪の対処は「何もしない」ことだと思います。
はじめは「面倒だ」くらいのことが理由でも、次第に「恐怖」に変わってきて、そ
の恐怖を消すために「大丈夫だ」と自らに言い聞かせる度合いが強くなってくる。

そうしているうちに、「恐怖から逃げる」ことが習慣化される。
逃げるということは恐怖を増大させるし、それによって心の力が弱まると思う。

私は経験上、あるいは世の中を見てこのように思います。
こういうことは、とても多いと思います。

「不安」に対する最も効果的な対処法は、「応戦すること」つまり、それが何なの
かを見極めて、解決する方向へ行動すること、と考えます。
不安を消すことは簡単ではないと言えますが。

Q日本経済を飛躍させる方法

日本経済を飛躍させるには、どうしたらいいと思いますか?
飛躍というのは、目安としてGDP成長率年10%くらいのことです。
私はトヨタのように、無駄を徹底的に省くことにより達成できると思っています。例えば、
開かずの踏切をなくす
交通渋滞をなくす
すべてハイブリットカーにする
すべての建物に太陽光発電機をつける

みなさんは、どうお考えですか?

Aベストアンサー

更に無駄に関して検証してみました。
・コンビニ等の賞味期限切れ商品の不法投棄禁止法
 ある大規模コンビニチェーン店では、弁当を捨てるほど本部から奨励金をもらえるしくみになっています。
 せっかくつくったのに、捨てるなんておかしいですよね?
 そんなわけで、1日1店舗が一定の量以上廃棄したら罰金
 →なんとしてでも、半額にして売る努力をしなくてはいけませんね。

・自家用電車?
 ある一定の道路には、架線を引いておき、その電気で車を動かす仕組みを作る
 ガソリン・軽油をその区間一切使わないで走行できるので、とても環境にやさしすぎます。
 国道・高速道路等に設置したり、将来は、時速300km/hで走行できるレール付超高速道路なんてのもどうですか?

・原子力旅客機・原子力船舶
 燃費が相当節約できますよ。

・既に一部実用化されていますが、超伝導技術
 国民すべてが半導体をやめて超伝導にすれば、発電量が1/3ですみます。
 (ただ、常温超伝導は実用化には至っていませんが)

・年金制度
 そもそも、年金制度自体が無駄なんじゃないでしょうかね?
 年金徴収のかわりに税金増やして、年金支払いのかわりに生活保護にすればどうですか?
 そうすれば、年金を管理する公務員を削減できます。

・レシート
 どうせすぐ捨てられるレシート、なら、電子レシートにしたらどうですか?
 Suicaみたくして・・・
 相当な紙の無駄だと思います。

・水力発電所
 無駄な構造をしている水力発電所なんかもあるかと思います。
 更に電力をつくるために、同じ発電所内にタービンを多数設けたらどうでしょうかねぇ?

・国会議員
 無駄な討論のしすぎじゃないですか?
 メール問題の討論のために税金払ってるわけじゃないですからね。
 はっきしいって、1/3は削減してもよさそうな気がします。

更に無駄に関して検証してみました。
・コンビニ等の賞味期限切れ商品の不法投棄禁止法
 ある大規模コンビニチェーン店では、弁当を捨てるほど本部から奨励金をもらえるしくみになっています。
 せっかくつくったのに、捨てるなんておかしいですよね?
 そんなわけで、1日1店舗が一定の量以上廃棄したら罰金
 →なんとしてでも、半額にして売る努力をしなくてはいけませんね。

・自家用電車?
 ある一定の道路には、架線を引いておき、その電気で車を動かす仕組みを作る
 ガソリン・軽油をその区...続きを読む

Q【むつかい哲学の話】「人間は自我を否定されるために存在している」 自我を否定されるということは自我

【むつかい哲学の話】「人間は自我を否定されるために存在している」

自我を否定されるということは自我という言葉は生まれるはずはないのでは?

自我が存在するから自我という言葉が存在する。

人間の存在意義とは、「人間は自我を否定することによって存在している」という気がします。

ホリエモンのように自我が強い人間は結婚をしない一生独身者の場合が過去の偉人からも伺えますが、自我を否定することが出来ない人間は子孫を残さないので自然消滅していく。

一方の産まれたときは自我がなく、思春期に自我が生まれ、大人になる過程で自我を否定することによって妥協という言葉を知り、双方が妥協して自我を捨て、結婚し、子供を産み子孫繁栄していく。

よって、人間は自我を否定することによって存在している。という最初の意味に繋がります。

この認識で合っていますか?

人間の存在意義は自我を否定することによって存在意義が生まれているというのは大変興味深い話だと思いませんか?

妥協出来ない、自我を捨てれない大人が生涯独身なので子孫を残さない種なので存在意義がないと説いたのではないでしょうか。

違いますか?

人間の存在意義って何ですか?の問いの答えが「人間の存在意義は自我を否定されることにある」という回答に対する意見をお聞かせください。

【むつかい哲学の話】「人間は自我を否定されるために存在している」

自我を否定されるということは自我という言葉は生まれるはずはないのでは?

自我が存在するから自我という言葉が存在する。

人間の存在意義とは、「人間は自我を否定することによって存在している」という気がします。

ホリエモンのように自我が強い人間は結婚をしない一生独身者の場合が過去の偉人からも伺えますが、自我を否定することが出来ない人間は子孫を残さないので自然消滅していく。

一方の産まれたときは自我がなく、思春期に...続きを読む

Aベストアンサー

個の数が多いから平均を求めるために、ある人は否定され、ある人は肯定される。
しかし他の事例では否定されていた人は肯定され、肯定されていた人は否定される。
こうやってバランスをとっているのが社会性ってやつ。
人云々じゃない。
ここに人が介在するとなると、如何にして肯定されるかを考えるってことだけ。


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