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・障子あけて置く海も暮れ切る
は師である荻原井泉水に添削された作品で原句は、
・すっかり暮れ切るまで庵の障子あけて置く
である旨、風の便りで知りました。知られている尾崎放哉の句のすべてが師の斧鉞を経たものならば、
・せきをしてもひとり
の原句はどのようなものなのでしょうか、お教えください。

gooドクター

A 回答 (3件)

jakyyです。


【作品の添削】
俳句と添削のことを調べますと、この問題はかなり複雑な問題ですね。
師匠の添削を感謝し、自分の作品が未完成であったのが完成したのを喜ぶべきか、
折角、出来上がった作品を勝手に添削して、台無しにしたと怒るべきかの問題のようですね。
【俳句の添削事件】
裁判になった作品のことを調べました。
創作の句
 A 波の爪砂をつまんで桜貝
 B 井戸水からメロンの網目がたぐらるる
 C みのうえに蓑虫銀糸の雨も編め

選者が改変して入選句とした句
 a 砂浜に波が爪たて桜貝
 b 井戸水からメロンの綱がたぐらるる
 c 蓑虫の蓑は銀糸の雨も編む

確かにかなり添削、改変されていますね。
これに怒って作者は著作者人格権に基づく請求、名誉毀損に基づく請求、著作権侵害に基づく請求で訴えました。

【添削の理由】
選者の反論は次のようです。
俳句の世界では、古来、慣習上、指導者が俳句学習者の句に対して添削を行うことが
一般的な学習方法として確立している。それは、雑誌等への投句も同様である。
従って、選者として指定し、添削を拒否する意思をことさら表示することなく、
本件各俳句を本件雑誌の入選句欄に投句した当人は、
自らの投稿した句が、
本件のように添削、改変されて掲載されることを明示ないし黙示に承諾していたというべきであるから、
選者らの行為は著作権侵害に当たらない。

【司法の判断】
選者の反論が認められて次のような判決文がでました。
俳句の世界においては、俳句の指導方法として古くから添削という方法が広く行われており、
特に俳句を学ぶ者にとって添削という方法によって作法を学ぶことが
重要かつ有用であること、雑誌等の俳句欄においても、
選者が投句を添削したうえで入選句として選定し、
掲載することが広く行われていることからすれば、
俳句に関しては、指導方法として添削が一般的でありる。
俳句界における添削指導の慣行、雑誌等の投句欄の入選句選定に際して添削が
一般的である実情、本件雑誌及びその入選句の選者たるY2の俳句の添削の目的などを総合すると、
Y選者による本件各俳句の改変は、俳句の学習用雑誌に投稿された俳句を、
指定された選者において指導上の観点から俳句界の慣行に従って添削したものであって、
そもそも実質的に違法性がないものと解される。

【添削指導は慣例】
裁判所は句が添削され、全く別のものになったいるのに、そのことは慣習という風に片つけていますね。
司法の判断は、添削指導は著作権の侵害にあたらないということですので、
師匠、選者が添削しても、文句がいえないようですね。
こうなるとオリジナルの句は自分で句集を発行して、
自分で著作権を守る以外ないですね。
大変残念なことですが、
尾崎放哉も作った句を荻原井泉水に送った時点で、
彼は自らのオリジナリティを放棄したといっていっても過言ではないでしょう。
ただし、救いとしては、井泉水のもとに送られた2700余集の句が発見され、句集が発行されたことでしょう。

参考URL:http://www.otaru-uc.ac.jp/seminar/nagatuka/cases …

この回答への補足

杉田久女の件で補足させていただきます。

田辺聖子さんは久女さん寄りのタッチで描かれたようですが松本清張さんの『菊枕』では杉田久女さんの自意識過剰が浮きぼりになっています。家庭を顧みない自己陶酔には閉口させられます。『結社』という組織の中では特別な存在を見とめさせようとする彼女の営為は虚子ならずともチトよろしくないと感じるでしょう。
彼女と日野草城が除名されたんですよね。

補足日時:2003/09/26 16:51
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

添削は初心者のころは有益だと思います。そうしたサイトで自ら添削を求めている人を多々見受けます。藝術表現は自分とのギリギリの戦いの結果ですので、添削されても参考程度に留め、句集には自ら推敲を重ねた作品を載せるべきでしょう。
『結社』では句集などの出版もコントロールされていて自由にはならないそうで……

『自由律俳句』を『随句』と称している結社のサイトでは一部の人が井泉水の添削句で発表されているのを知ってか知らずか師の井泉水を評価せず井泉水の弟子であった『結社』の主宰・さがみの野火さんのを絶賛しています。ただ、句集などが市販されてないので何ともわかりません。
近隣に住む『層雲』の編集をしていた人は、井泉水さんは評論に優れていたと言ってますが、これは自由律俳句作品には佳作がなかったという意味なんだろうと思います。

インスピレーションは井泉水の方が(私は)いいように思えます。それで井泉水マジックとしたわけです。
ところで、山頭火の句はすべてがオリジナルなのでしょうか。機会があればまた質問させていただくことにします。

では、いずれ。

お礼日時:2003/09/26 14:22

jakyyです。


【添削】
師である荻原井泉水に添削された作品の大部分は、
師のもとに送られた2700余集の句だと思います。
その中の句を添削、選句したのでしょう。

【西光寺の南郷庵】
<咳をしても一人>は小豆島土庄町の西光寺の南郷庵で空腹と衰弱の中で作った句で、
毎日つけていた日記あるいは、枕元に書き留めていた
ノートにあった句ではないでしょうか。

【日記】
「風邪、ナヲラズ、痰、咳……エライ事也……死ヌ哉、呵々」
(「日記」大正14・10・17)。
「火ヲ、オコシテクレル人モナシ、オ茶一杯クレル人モナシ、一人ノ病気ハ、全ク死ンダト同様也」
(同10・23)
こんな体の状態中で作った句ですから、放哉のオリジナルの句に違いないでしょう。

【荻原井泉水の人間性】
尾崎放哉の戒名は最初、「大空院心月放哉居士」とつけられていましたが、
のちに「大空放哉居士」と変わりました。
井泉水が「放浪俳人には、あまりに格が高すぎる」と指摘したためだったとののことです。
私はこの話を知って、戒名まで削除する荻原井泉水の厭らしさを
感じずにはおれませんでした。

【せきをしてもひとり】
いくら作品を良くしようとして、この句も荻原井泉水が添削した句だとしたら、
私は井泉水の人間性を疑いますね。

【辞世の句】
尾崎放哉の辞世の句は、
「春の山のうしろから烟(けむり)が出だした」。

枕元の帳面に走り書きされたいくつかの句から、
井泉水が選んだということです。
この句も添削された句でないといいと思いますね。

【俳壇主宰者】
全く関係ない話ですが、杉田久女の自伝
田辺聖子著「花衣ぬぐやまつわる」の中で
「我々部外者から見ると、俳壇主宰者の勢力というのは
宛然(さながら)マフィアのボスをふっとうさせる」
こう書いています。
久女の師は高浜虚子ですが、俳壇の主宰者はかなりの
権力を持っていたようですね。

【壮絶な句】
一本のからかさを貸してしまった
よい処へ乞食が来た
墓のうらに廻る
爪切ったゆびが十本ある
たった一人になりきって夕空
以上の句など放哉しかつくることが出来ない壮絶な句ですね。
では、この辺で失礼。

参考URL:http://be.asahi.com/20030705/W21/0001.html,http: …

この回答への補足

文学の師弟関係は正に、親分子分の関係そのものだったのだと思います。
近年、著名な女性俳人(主宰)が「親の心子知らず」と弟子を評するのを聞いたことがあります。師弟関係を結ぶということは絶対服従の世界なのでしょう。

カルチャー・センターやネットで俳句や短歌をやっている人は、そうした関係を嫌うのだと思われます。そういう人が増えてゆくでしょう。

補足日時:2003/09/25 01:41
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この回答へのお礼

ありがとうございました。
伝聞ですが「井泉水は一方的に添削し過ぎる」と不評をかっていたそうです。
放哉VS井泉水は1歳違いの師弟の合作と私は見ておりまして
(原 句)すつかり暮れ切るまで庵の障子あけて置く
(添削句)障子あけて置く海も暮れ切る
の含まれるリストを「井泉水マジック」というファイル名で自由律俳句に入門される人にお見せしております。

※数年前でしたか俳句の添削問題で訴訟を起こした女性がおりますね。定型の結社では添削して句誌に掲載というようなことが極普通に行われていることから却下となったそうですが原型を止めないほどに斧鉞を加えられたら、どうでしょう、気分がよくない人もいるでしょうね。表現意図とは違って来てしまうケースもあるでしょうし。……

井泉水……1884.06.16~1976.05.20
放哉………1885.01.20~1926.04.07

お礼日時:2003/09/25 01:31

尾崎放哉の句は、師匠である荻原井泉水が添削したことは、


よく知られていますが、
すべての句が井泉水の添削を受けたとは考えられません。
<咳をしても一人>という句は、
<入れものが無い 両手でうける>という句と同様に
彼の孤独感を表現したオリジナルの句と思います。

ただし【放哉全集〈第1巻〉句集 】に
全く別の原句があるかも知れません。
図書館等でお読みになり、お確かめください。

参考URL:http://www.ne.jp/asahi/suiyou/keiko/files/suiyou …
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この回答へのお礼

ありがとうございました。

ご紹介いただきました放哉全集には、記載がなかったと記憶しております。
ということは放哉居士のオリジナル、になるのかしらん。

お礼日時:2003/09/22 14:16

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