ゴダイゴが歌う西遊記のEDテーマ「ガンダーラ」ど歌詞に中では

ガンダーラは、ユートピアとありますが仏教徒にとってのみのユートピアではなかったのでしょうか?

ガンダーラ地方※では仏教が手厚く保護されていましたから。

つまり非仏教徒にとってはユートピアではなかったのではないでしょうか?


※インドには、古代ガンダーラ王国というのがありましたが、三蔵玄奘がインドへ頃には
王国自体はなくなってはいたものの地方名としては残っていました。

A 回答 (1件)

「ガンダーラ」の歌詞は、西遊記に登場する天竺=ガンダーラということです。


これは歌詞の内容であり、歴史ではありません。
テンジクでは韻を踏めなかったからだと思います。

ゴダイゴには、ほかにも「(カミング・トゥギャザー)カトマンズ」という曲もあります。


歌詞のなかでは、ガンダーラが理想郷、夢の国という設定で、それはインドにあるということになってます。
よく替え歌でいったものですが、「♪ In Gandhara, Gandhara, They say it was "Pakistan"」・・・


本当の玄奘は、ナーランダー寺院でヨガを習ったり、写経したりして修行しますが、ガンダーラとは関係ないです。すでに衰退してましたから、通っただけ。
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    • 1
この回答へのお礼

回答ありがとうございます。

>ガンダーラが理想郷、夢の国という設定で、それはインドにあるということになってます。
>よく替え歌でいったものですが、「 They say it was "Pakistan"」・・・
現在ガンダーラ地方があるのはパキスタンですが、三蔵が行った当時はインドに組み込まれてました。

>すでに衰退してましたから、通っただけ。
しかし、大学の仏教科目の先生は、ガンダーラ地方では仏教が手厚く保護されていたと仰ってました。

お礼日時:2011/03/30 21:32

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イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

例えば、人間はみんな千差万別であり色んな考えを持っています。
だから賛成や反対といった意見が出てきますね。
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一応これは一つの例ですけど。

というかこれくらいしか説明の仕様がないですよ~~・・。
こういう抽象的な事はあまり難しく考えるとそれこそ分からなくなりますよ。
この説明で理解してくれると思いますけどね。

イデオロギ-というのは確かに色んな解釈をされていますけど、
狭義ではそれぞれの社会階級に独特な政治思想・社会思想を指します。

つまり分かりやすく言えば、人間の行動を決定する根本的な物の考え方の
体系です。一定の考え方で矛盾のないように組織された全体的な理論や思想の事を
イデオロギ-と言うんです。

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しかし、イデオロギ-というのはみんなが認める事象の事です。
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Q「御社」のように「団体」を丁寧に呼ぶには?

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(その違いも詳しく分かっていない若輩者ですが・・・)

では、社団法人やNPO団体、~クラブ(ロータリークラブなど)については、
どのように記したらよいのでしょうか?

それから、これは別の質問なのですが、
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ご回答よろしくお願いします。

Aベストアンサー

たとえば次のような形でOKです。
~連合  → 貴連合
~協会  → 貴協会
~連盟  → 貴連盟
~公団  → 貴公団
~事業団 → 貴事業団
~会   → 貴会
~基金  → 貴基金
~クラブ → 貴クラブ、貴団体

「貴」を「御」に変えても可ですが、私の知る範囲ではこういう法人の間では互いに書類上「貴~」で呼び合っていることが多いと思います。

「致します」と「いたします」、「いただきます」と「頂きます」は、どちらも違いはなく、使い分けのルールもありません。
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桃源郷って、どういう意味ですか?
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Aベストアンサー

こんにちは、
そうですね、広義に「楽園」「ユートピア」という意味になる他、
「あの体験は桃源郷の境地だ」などと「絶世の境地」「類無い感じ」を表現しますね。

さて、こうしたものは諸説ありますので参考までにどうぞ。

原点は中国の伝奇、晋の陶淵明が記したと言われる『武陵桃源』あるいは「桃花源記」にあるとするのが一般的。
なので、「桃花源」とも呼ぶ。
中国には各地の不思議な話や伝説、小説(詩編)をまとめた本が多いのですが、そういったものの一つです。
対訳のサイトがありましたので見てみてください。
ttp://oak.zero.ad.jp/teru/gakusyu/setuwa/touka/yaku.html

大筋の話■武陵の漁夫が道に迷いたどり着いた先で、秦の戦乱を避けた人々の集落を見つける。たいへんなもてなしを受け、それが忘れられず、帰宅後再び捜してみたが、再度行き着く事はできなかった。
ーーーーー

もともとは仙人だの不老不死だのという要素は無かったのだが・・、
後世に様々なテイストが加えられ、一種の「桃源郷都市伝説」が形成されていったと思われます。
ーーーーー

さて、そこでポイントとなるのが時代背景。
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まるでカルト教団みたいですよね・・。
戦乱の世の難民を風刺した部分がこの物語の一つの側面かもしれません。

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ーーーーー

こうした要素が後世に「仙人の住む桃源郷」などの亜流を生み出し、「シャンバラ伝説」などのようにユートピアの象徴とされていったのでしょう。
ちなみに、おとぎ話の「桃太郎」もこの「桃源郷伝説」の一部が反映されてると考えるのも面白いですね。
興味があったら桃太郎の起源など調べてみると面白いですよ。
ーーーーー

さてさて、実は「桃源郷」は実在する(?)。
中国湖南省にはちゃんとそういう名勝地があり。この近くの張家界という秘境がそれ・・・なのか?
http://www.jcbus.co.jp/chinahotel/map/hunan/index.htm

こんにちは、
そうですね、広義に「楽園」「ユートピア」という意味になる他、
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Qいとこ同士の子供は無事生まれるか?

私は今、妊娠5週目です。相手は自分の父親の姉の子供。いわゆるいとこです。血が近い為、体の異常や色々な問題と一緒に生まれてきてしまわないか、心配です。自分もいとことの子供を産んだ方、または出産に詳しい方、教えてください。できれば健康で元気な子供でいてほしいです。

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法律的に言えば、確か3親等未満の結婚を禁止しているはずです。 ですから、従兄弟同士は4親等に当たるため、結婚・出産はOKとなりますが。
遺伝子学的には、両父が兄弟の場合は止めた方が賢明です。両母が姉妹とか片母と片父が兄弟ならあまり問題は発生しないようです。(父の遺伝子はかなり強く引き継ぐらしいです)
mimika1985さんについていえば、旦那?の母と自分の父が姉弟ということで、それほど心配はいらないと思いますが・・・質問文には、お腹の子供の父親と婚姻関係にある記述がないので、そちらの方が心配です。

Q目処(めど)と目途(もくと)

目処と目途の使い分けについて教えてください。
送り仮名に違いがありますか。
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広辞苑ではめど(目処)もくと(目途)と分けて記載されているだけで説明がなく
不親切です。朝日新聞社の漢字用語辞典では、めど(目処、目途)とあり、私のPCでも、めどで両方が転換できます。

解決のめどがつくとか、目標達成のめどが立ったなどと使われるので、
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Q『更迭』と『罷免』の意味

皆様、こんにちは。

最近何かとよく耳にする『更迭』と『罷免』ですが、意味が同じように思えてなりません。(他にも『解任』などもあったりして)

どちらも、『人を辞めさす』という意味で間違いないと思いますが。
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だとしたら、『更迭』の用法としては『○○を△△に更迭する』という形となると思うのですが、新聞やTVなどメディアでは『○○を更迭』と使っている気がします。
これは単にメディアがきちんとした使い方をしていないという事なのでしょうか?

なんだかうまくまとまりませんが、『更迭』と『罷免』について分かりやすい用法や明確な違いをご存知の方がいらっしゃれば是非教えて下さい。
よろしくお願い致します。

Aベストアンサー

罷免--免職と同じで、辞めさせる事. **を罷免する。はやくいえば首
解任---任を解く  課長の任、地位を解く。**さんを解任するはその人の任(地位)を解くで、**さんを辞めさせるという事ではない。結果的には首もあるでしょう.
更迭---人を変える。**を更迭する。--に***を更迭でもいいし、**を更迭するでも、どこへ行こうが更迭をされる事実がわかれば、いいのだから、**を更迭でもかまわいと思います.地位を下げられる人もあり.

Qポルノグラフィティの意味を教えてください

pornograffittiを辞書で調べても不明なのですが、どういう意味なのでしょうか? またはどういう意味を込めて造った(?)言葉なのでしょうか? 略してポルノって呼ぶので気になっています。

Aベストアンサー

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「porno」:猥褻描写

「graffitti」:落書き

よって、『猥褻的落書き』。そんな名前のファンクラブもあったそうですが…。

但し、「pornograffitti」だけでも猥褻的描写という意味があるそうです。

http://www.web-nihongo.com/back_no/column_01b/020621/index1.html

Q通りゃんせの歌・・・帰りの何が怖い?

通りゃんせの歌で
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むしろ細道の行きの方が感覚的に怖く感じます。子供の成長についても7歳までのほうが7歳からよりも危ないような気がしますし。

なにか魔物の伝承でもあるんでしょうか?

Aベストアンサー

 
  こういう話というか、民謡に含まれる古い「恐ろしい真実」の意味については、『孔子暗黒伝』などの作者の諸星大二郎が書いていたはずだと考えていますと、検索した以下のURLのページで、やはり、諸星氏の作品に触れています。
 
  この何故「帰りは怖い」のか、というのは、多分、答えはないのだと思います。昔はあって、失われたという可能性と、もう一つ、言語化できない直観の真理認識のようなものがあったのかも知れません。
 
  もう少し散文的に言うと、これは、「神隠し」などと同じような地平の話というか、心の状態なのだと思います。「神隠し」とは何かというと、子供が行方不明になるのですが、これも散文的に理由を考えると、例えば、人さらいにさらわれたとか、山人とでもいうか、サンカとか、山男とか山姥などと呼ばれている人々が連れ去ったとも言え(サンカと山人や山姥との関係は必ずしも明確でありませんが)、または、迷子になって死ぬ子供とか、または、食人の野生人が山にいたのかも知れません。
 
  散文的な話ですが、子供が遊びにでかけると、行く時は、遊びに行くので楽しいが、帰れるかどうか分からない……「神隠し」に会う可能性があるぞ、という歌なのではないかと思います。「帰りは怖い」は、行って帰って来て、帰りが恐ろしいのではなく、帰ろうとすると恐ろしいものがたちふさがるということを警告している、あるいは、遊んでいる子供達は、直観的に理解していたのかも知れません。
 
  「七つのお祝いに、天神様の細道」ですが、天神は怨霊を神として祭ったものです。非常に古い日本の伝統的な宗教観が、怨霊は神として祭らねばならないということを教えるのです。そして「七」というのは、吉兆数ですが、神秘数でもあり、諸星風に言うと、「異界」への数とも言えます。
 
  諸星の話からの連想だと、「神隠し」の背後には、子供を神の生け贄にして殺すという儀礼が背景にあった可能性も想定し得るのです。七歳の祝いの日に、子供に晴れ着を着せて、神界への細道を進ませ、そして子供は消えて、帰って来なくなるのです。
 
  行きは、「神界」へと晴れて行くのですが、帰りは、「異界=黄泉の国」へと帰って行くのです。それでもよいなら、「通りゃんせ」という歌なのでしょう。
 

参考URL:http://homepage2.nifty.com/osiete/s683.htm

 
  こういう話というか、民謡に含まれる古い「恐ろしい真実」の意味については、『孔子暗黒伝』などの作者の諸星大二郎が書いていたはずだと考えていますと、検索した以下のURLのページで、やはり、諸星氏の作品に触れています。
 
  この何故「帰りは怖い」のか、というのは、多分、答えはないのだと思います。昔はあって、失われたという可能性と、もう一つ、言語化できない直観の真理認識のようなものがあったのかも知れません。
 
  もう少し散文的に言うと、これは、「神隠し」などと同じ...続きを読む

Q煩悩ってどういう意味ですか?

煩悩(ぼんのう)ってどういう意味ですか?
辞書で調べても難しくて理解できません。
具体的に、わかりやすく教えてください。よろしくお願いします。

Aベストアンサー

 
  煩悩は、仏教の用語で、元々、かなり難しい思想的意味を持っていましたし、煩悩とは何かというので、色々な議論もありました。
 
  しかし、それはともかく、具体的な例の話で、日常語での「煩悩」の使い方というか、意味を考えてみましょう。
  「煩悩」は、「煩」と「悩」から出来ています。「煩」は、「わずらわしい」という意味で、「わずらわしい」と入れて変換すると、「煩わしい」と出てきます。また「悩」は、「なやみ」のことで、「なやみ」と入れて変換すると、「悩み」と出てきます。
 
  煩悩とは、わずらわしく、悩みになることだ、ということになります。しかし、そんなに煩わしく悩む、困ったことなのかというと、日常の用法では、ちょっとニュアンスが違います。ここは、仏教のお坊様に出てもらって、具体的な使い方の説明をしましょう。
 
  仏教では、覚りを開くため、修行する人が、元々「坊様」だった訳です。従って、元の仏教の「戒め」では、修行者は、例えば女性となれなれしく口をきいてはならないとか、女性の姿もまともに見てはならないなどとなっていました。女性の美しさなどは、「迷い」の元だというのです。
 
  しかし、坊様がすべてそうではないでしょうが、すけべな坊様もいる訳で、道で通りがかりの、和服の美人を見て、ほわ、と口を開けて見とれ、なんちゅう、綺麗なべっぴんさんや、いや目の毒じゃ、これも「煩悩、煩悩」などと云いながら、女性の後ろ姿を見送ったりします。別に和服でなく、洋装でも構わないのです。また、坊様も、そんな女を見るとすぐ見とれるような人は珍しいでしょうが、やはり、坊様も男ですから、美人と道ですれ違うと、ふと、心が動くこともあるのです。
 
  あるいは、仏教では、イスラム教と同様、精神の安定や、日常の心の状態を興奮させたり、おかしくする飲み物などは禁じています。例えば、麻薬などは無論駄目ですし、煙草やお酒も駄目なはずです。しかし、日本の坊様は、何時頃からか、「般若湯(はんにゃとう)」と称して、酒を店で買って飲んでいたりします。坊様が、良い酒を味わいながら飲みつつ、何という味わい、この酔い心地、さすがに銘酒は違う。極楽じゃ。しかし、考えてみれば、これも「煩悩、煩悩……仏様よ、お許しあれ、南無阿弥陀仏、いやもう一杯、何ともうまい」などと云っていると、どこが、煩い、悩みの煩悩か分からないでしょう。
 
  また仏教では、生き物のいのちを大切にせよと教え、殺生を禁じ、従って、動物の肉は無論、鳥の肉も、魚も食べてはならないことになっているのですが、それも何のことかです。酒のさかなに、コイのあらいを食べつつ、いい気分になって来て、坊様が、いや、浮き世もまた楽しいぞよ、酒はうまいし、ねえちゃんは綺麗だ……などと歌っていると、「生臭坊主」ということになるのですが、以上は極端に戯画化しているので、日本では、昔から、坊様が、妻帯し、子供がおり、酒は飲み、魚も食べ、それで別に社会から糾弾などされていません。
 
  大酒を飲み、酔っぱらって、寺の本堂で乱交パーティを開くような坊様は、それは別に坊様でなくとも、普通の人でも社会から糾弾されます。
 
  仏教の坊様にとっては、女性と触れたり、メイクラヴすること、酒を飲んだり魚を食べたりすることは、仏教の教えに反することで、こういう「欲望」を、修行の妨げになる「煩悩」と呼ぶのですが、煩悩というのは、多くの坊様の日常生活から云うと、自然なことのようです。
 
  もう一つ、坊様ではありませんが、一般に、「子煩悩」という言葉があります。これは、別に、子供が煩わしく悩みの種で、何かの邪魔になるのかと云えば、そうではなく、子供が可愛く、何時も子供のことを考え、細かいことにも、子どものためにと、あれこれ気も身も使う親のことを、こう呼びます。別に、子どもが、何かの「妨げ」になっているのではないのです。親にしてみれば、ふと、思うと、「ああ、おれは、何と子どものことばかり思っているのか。これも煩悩か」などとなります。
 
  「煩悩」というのは、仏教の教えとか、人間の生き方はいかにあるか、などということの前では、何か安楽な、気持ちよい、楽しい方にばかり気が向くようで、困ったことだという考えもある他方、「自然な欲求」「自然な望みのおもむく方向」であって、煩悩だが、しかし、これもまた良しなどというものです。
 
  これは、仏教の教義として、煩悩に迷う人の姿こそ、すなわち、仏の姿に他ならないという考えもあるのです。
 
  煙草をやめないと、肺ガン確実と云われていて、それでも吸いたいという人の場合、煩悩とは云いません。また、大学受験中なのに、異性のことに意識が向いて勉強に集中できない高校生も、それを煩悩とは云いません。(ただし、高校生の親が、寺の住職だったりして、子どもに、そんな煩悩は振り払え、と説教するかも知れません)。
 
  煩悩というのは、本来の仏教の教えでは、たいへん厳しい、覚りの道にあって、克服せねばならない誘惑や欲望だったのですが、「煩悩すなわち仏」というような考えは、人間は自然に振るまい、自然に生きるのがやはり一番であるという考え方でしょう。
 
  肺ガン寸前の喫煙者や、受験勉強に必死な高校生にとっては、喫煙や、恋愛は、自然のままを楽しもうなどということではないのです。
 
  人間は、欲望が強すぎると、色々不都合なことが起こることが、或る程度分かっているともいえます。分からない人、自制がきかない人は、酒に溺れて身を滅ぼすとか、守銭奴になって、世人の顰蹙を買うなどとなり、そういう人自身は、煩悩も何もないでしょう。しかし、そういう人を横目で見ていると、酒を飲み、恋愛をし、ギャンブルで小銭を失い、自堕落な生活を少々しても、歯止めがかかっていて、ああ、これが煩悩というものか……で片が付きます。
 
  「わかっちゃいるけどやめられない」というのは、確か古い歌の言葉ですが、そういう心境の「分かっている」のが、煩悩だと分かっているということで、度を超さなければ、やめる必要もない訳です。本格的な修行をしている坊様にとっては、厳しいことでまた別ですが、普通には、煩悩はまた楽しいことなのです。本来しない方がよい、というのをするのは何とも楽しいことなのでしょう。
 
  世界中の文化がそうだとは分かりませんが、日本は、煩悩を楽しむ文化です。
 

 
  煩悩は、仏教の用語で、元々、かなり難しい思想的意味を持っていましたし、煩悩とは何かというので、色々な議論もありました。
 
  しかし、それはともかく、具体的な例の話で、日常語での「煩悩」の使い方というか、意味を考えてみましょう。
  「煩悩」は、「煩」と「悩」から出来ています。「煩」は、「わずらわしい」という意味で、「わずらわしい」と入れて変換すると、「煩わしい」と出てきます。また「悩」は、「なやみ」のことで、「なやみ」と入れて変換すると、「悩み」と出てきます。
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Q目上の方に「お疲れさまでした・ご苦労様でした」は失礼ですか?

言葉遣いについて、実際にあった出来事からの疑問です。

退職する上司の送別会にて、若い社員が記念品贈呈の際に「お疲れさまでした」や「ご苦労さまでした」と言いました。
これは失礼な事なのでしょうか?主人は失礼だといいます。「ありがとうございました」「お世話になりました」と言うべきだと言います。
もちろん、私もありがとう等の感謝の言葉も必要だと思いますが、「お疲れさま・ご苦労様」を使うことに対しては、失礼な事とは感じませんでした。

実際、自分も会社では、その言葉を使って送り出した場面を見たことがあるような気がします。

どなたか、言葉遣い・マナーにに詳しい方ご意見をお願いします。

Aベストアンサー

はじめまして。元研修担当のスコンチョといいます。(^_^)

ビジネスマナーでは仕事が終わった人を見送るときには
「お疲れ様でした」で送り出す習慣をつけるよう教えます。
これは、先の回答者の方たちも書かれてますが「ご苦労
様」は元来目下の人に対しての言葉だからです。しかし、
時代の流れとともに「ご苦労様でした」も容認されるレベ
ルになってきているようです。

さて、本件では退職時の挨拶として適切かどうかという問
題ですね。退職者に御礼だけで挨拶とするのか、慰労の
言葉をかけるべきかは個人の判断で、「お疲れ様でした」
が取り立てて失礼にあたるとは思えません。特に、直接的
な関わりが少なかった人から御礼だけ伝えられても心が
こもった言葉とは受け取れないでしょうし、その方の業
績に敬意を表する意味でも「お疲れ様でした」と笑顔で
送り出してあげてはいかがでしょうか。


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