『創世記』(旧約聖書)の“天地創造”の箇所と『日本書紀』の“国造り”の箇所から、両者を比較してみると、どんな違いが分かりますか??また両者とも同じ点はありますか?? なるべく詳しく知りたいです。長い回答お願いしますm(_ _)mもちろん短い回答でも教えてもらえれば嬉しいです。お願いします。

A 回答 (2件)

だって、その国造りのイメージは民族的に差が大きすぎるから、比較してどうという問題ではないんではないかと思うんですが、どうでしょう。


まあ、それはおいておくとしても、どういう風に物語っているか、とか、何を主眼において物語っているか、とかに注目することは比較の対象になると思います。
文化間の差異を知るには、いい材料だとはいえるかもしれません。でも、この2種類だけを比較してうんぬんというのはどうかと思うんですね。世界がどう創られたかという伝説は各国各地にありますから、1対1で比較するのは危険じゃないかな、と思うのですが。

回答ではなくアドバイスなのですが、すみません。
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自分で両方を読んでください。


あなたの疑問点についてはご自分で読めばわかります。
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Qone of the prettiest girl のgirlが複数だと、onesになるのですか?

タイトルのとおりです。
「この娘たちは、うちの学校で最もかわいい女の子たちだ」などと言いたい場合、these are ones of the prettiest girls in my school
などというのでしょうか。

ご回答よろしくお願いいたします。

Aベストアンサー

おはようございます。

先ずはタイトルの
one of the prettiest girl は
one of the prettiest girls とすべきでしょう。

one of~の形は  ~の中の一人、~の中のひとつ
という場合に使うわけですから、「一人の中の一人」 とか「ひとつの中のひとつ」はおかしいと思いませんか。

従って、ここでいうoneとは基数のoneであって代名詞としてのoneではないと思います。
とすれば、「少女たち」と言うときも、ones は使えないはずで、some を使うべきだと思います。

また、あなたの書いている
「この娘たちは、うちの学校で最もかわいい女の子たちだ」 であれば、

These are the prettiest girls in my school.
というのは如何でしょう。

Q旧約聖書の…

旧約聖書にある ソドムとゴモラを滅ぼした天の火って何のことですか?
ラーマ・ヤーナではインドラの矢と伝えているらしいですが…

普通に考えたら隕石か火山の噴火だと思うんですが


あ 別にムスカ大佐から聞いたわけではないです

Aベストアンサー

お礼ありがとうございます。

>しかしその兵器の作り方は誰が教えたのでしょうか?
そうなるとやはり宇宙人説に行き着くのかと

宇宙人説は否定したい。というか人類の歴史って、西暦は2000年で、紀元前は3000~5000年で、およそ、5000年から7000年ぐらいでしょうか?でもそれってほんと?

1万年以上前から人類はいて、文明を育くんできたんなら、そのくらいの超古代兵器を開発してたって、おかしくないですよね。じゃあ何故地層にそれが残っていないのか?
もしかしたら、私たちの住んでる家の下にそれが眠っているかも知れませんよ。地質学者たちも、民家やオフィス街や、伝統のある寺社仏閣の下は調べられませんしね。
地質学者たちが、海底も含め世界中全て調査したっていうんなら、白旗あげますが。。。。

宇宙人説は否定したいです。何故かって?太陽に比べたら、地球なんて米粒ほどの物です。宇宙船で太陽に向かってやってきても、地球の存在なんか気づきません。ってなんかのテレビでやってました。

Q創世記(旧約聖書)の解釈

創世記(旧約聖書)の解釈

出エジプト記なんかでは神をヤハウェという唯一神で表現しています
創世記ではエロヒムと複数形のニュアンスで表現し、他の宗教色(多神教)が若干出てます
しかし、創世記も出エジプト記も含めて一神教であるユダヤ教のモーセ五書です
おかしくないですか?
当時のユダヤ教徒は創世記の表現、複数形になったことに何の違和感も感じなかったのでしょうか

自分は創世記の1章と2章では作者が違う、創世記はバビロン捕囚のときに編集されたものである、と考えてます

Aベストアンサー

聖書学者のジョセフ・ベンソンは1800年代の初めに、聖書中のミカエルに関する記述が「メシア(=ギリシャ語キリスト)を指していることは明白である」と述べました。同様に、神学者のJ・P・ランゲは「ミカエルとは…サタンに対する戦闘の準備を整えたキリストであると、我々は初めから考えている」と書きました。

以上の点から、ユダヤ教の方が聖書の記述からユダヤ人を導き出したミカエルの存在を信じていらっしゃるのであれば、神エホバがイエスつまりミカエルに「われわれ」と語られていることに疑問の余地はないはずです。

Q旧約聖書とコーランの関係

キリスト教はユダヤ教の旧約聖書を経典として採用しています。
コーランの神は旧約聖書の神と同じなのですが、
イスラム教は旧約聖書をどのように位置づけているのでしょうか?
経典ではないものの、一応読んだりしているのでしょうか?

よろしくお願いします。

Aベストアンサー

回答になるか疑問ですがお考えの一助になればと思います
イスラムでは
神は「アッラー」御一人で
ムハンマド、キリスト、モーゼは
アッラーの教えを受け継ぐ預言者の一人として扱っているそうです
また、イスラムでは
ユダヤ教徒のモーゼの「旧い契約(旧約聖書)」に対して
キリスト教で神と結んだ「新しい契約(新約聖書)」の内容を認めない
とされているそうです。

Q旧約聖書の創世記について

高校3年になる者ですが、創世記について調べています。
創世記について分かりやすい解説や、読んだことがある方は、感想を頂けたら大変嬉しいです。。創世記の中の心に残る話や感心した話などについて、教えて頂きたいです。どうかお願いします。

Aベストアンサー

私は失楽園の箇所が心に残りました。

作者はどのような気持ちで、この作品を作ったのか?

人は絶対を知ることはできない。
何をいつどのようにすればいいのか、わかることと、わからないことがある。

わかることなら事前に対処して、危険を回避すればいいし、また、そうなるとわかっていれば、それをやれば希望は実現するに決まっているので、困ることは無いわけです。

例えば、スクランブルエッグはどうすればできるか、目玉焼きはどうすればいいかわかるので、「今日は目玉焼きを食べよう」と計画すれば、やり方を知っているので、希望通りのものができ、望みは満たされる。

でも、わからないことも沢山ある。

自分で熟考えたすえやったことですら、悪い結果になることもある。

いっそ、何もかも上の人が決めて、下のものはその命令通りに動いていれば、上の人が言うことが絶対となり、上の人が考えればいいことで、自分は考えることを一切せず、言われるがままのことをしていた方がどれほど楽か。

どうすれば、考えることを放棄する世界に行けるのか?
絶対的な真理の君主がいさえすれば、その人が間違うわけないので、その人の言いなりになっていれば、幸福なはずだ。

創世記ができた時期は、バビロン捕囚以降だとされています。
栄華を誇っていたイスラエル王国は、北と南に分裂し、北はアッシリアに捕囚され、南はバビロニアに捕囚される という事件が起こった。

南のユダ王国は、イスラエル王国から独立してできた国です。
北が山を神として崇めているのに対して、神殿を作り、そこで宗教行事をしていた。
ソロモン王の出現で、栄華を極めていたのに、ソロモン以降、内乱が続き、あげくに内乱で統一思想ができずに、バビロニアに破れ、支配階級の人たちは、バビロニアに連れていかれ、そこでバビロニアの繁栄の力として徴用された。

バビロニアはエル、バアルなどを神として信仰していた。
彼らの我が主という意味で使っていたエルをユダヤ人も使うことになったわけです。
神のことをエルと彼らが呼ぶのは、バビロニアに住んでいた時期があったからだと思えます。

で、つれていかれた人々はバビロニアで、そこそこの地位に着いていたが、どうしても日本人がアメリカの議員になってアメリカのために尽くすような違和感があり、自分はアメリカ人なのか、日本人なのかと悩むように、悩んだと思えるんですね。

それで自分は何者か?と作者は悩み、自分はアメリカ人じゃなく、日本人であり、日本の国に貢献したいと考えるように、バビロニアにいながらも、心はイスラエル人だ となったのではないかと思います。


では、何故イスラエル人なのに、バビロニアに飛ばされたのか?
実は栄華を極めたソロモンはバビロニアの神々も崇拝していた。

このイスラエルの神は「妬み神」とされるんですね。
(聖書に 私は妬む神である と書いてあります)

それで、イスラエル人を選んだ神は、他の神を崇拝したイスラエル人に罰を与え、バビロンに捕囚させた という理屈ができたわけです。

キリスト教の原罪とは、「神のいいつけを守らなかったこと」です。
アダムとエヴァは、神の農場に住んでいたのですが、神は「どの食べ物も食べてはいいが、知恵の木の実だけは食べてはならない。」と言いつけたのですね。
「もし食べると死ぬことになる。」
二人は神を信じていたので、そのいいつけを守っていたんです。
つまりその言いつけをした神を信仰していたってことですね。


ところが、蛇がエヴァに「その実を食べたら目が開く」と諭したんです。
「神様はこれは危険な食べ物で、食べたら死んでしまうから、食べては駄目だといいました。」と返すのですが、「食べたからといって死ぬことはない。神のようにわかるようになる。」と答えた。

それで、この蛇の言うことを信じて(信仰して)食べたんです。
すると、いろいろなことが明らかになった。
今までわからなかったことが、わかるようになった。

アダムにも薦め、アダムも食べたところ、やはり目が開いた。
二人は身にまとっていない つまり 無知だったことを恥ずかしいことだという認識になった。

そこに神がやってきて、彼らが無知を恥ずかしいことだと知ったことを知ったわけです。

アダムとエヴァに自分は無知だ自覚させた蛇を神は呪い、自分ではなく蛇のことを信じたアダムを呪い、エヴァを呪った。

そして、彼らを神の農場に置いておけなくなり、追放した。

それ以降、アダムは必死になって食料を捜し求めなければならなくなり、エヴァは神と同等の生命を誕生させる者となった。
エヴァって生命という意味が語源。

それまではアダムは額に汗して働く必要がなく、エヴァは生命を誕生させることも無かった。

知恵の木を実を食べたために、労働の悦び、生命誕生の悦びを知る有識者となったわけです。

その有識者となった代償に楽園を追放されたわけで、バビロニアの神の力の増強に力を貸していたわけですが、所詮 別国に貢献しており、自分達を選んだ神は、バビロニアの神じゃないので、神の元に帰ろう 考え、アイデンティティーの目覚めとともに、ユダヤ教ができたのではないか と思えます。

それまでも宗教はあったのですが、ユダヤ教が形を形成しだしたのは、バビロニア捕囚以降だと思えます。

で、放蕩息子の帰還 などの作品ができてきて、外に出されたのには意味がある 神はそれを知らせるために、バビロニアに捕囚させたのだ とか そういういい方にいい方に考えたのではないかと思います。

逆境をも自分の成長のために必然だったという考えじゃないかと。

私は失楽園の箇所が心に残りました。

作者はどのような気持ちで、この作品を作ったのか?

人は絶対を知ることはできない。
何をいつどのようにすればいいのか、わかることと、わからないことがある。

わかることなら事前に対処して、危険を回避すればいいし、また、そうなるとわかっていれば、それをやれば希望は実現するに決まっているので、困ることは無いわけです。

例えば、スクランブルエッグはどうすればできるか、目玉焼きはどうすればいいかわかるので、「今日は目玉焼きを食べよう」と計画...続きを読む

Qなぜ日本書紀が「正史」なのか

日本の歴史の正史は日本書紀と定められています。
しかし日本書紀は編纂者の藤原不比等によって改ざんされています

ありもしない大化の改新をでっち上げ、蘇我氏を悪者とし、父の鎌足の偉業をひけらかしています。
こんな歴史書が何故日本国の正史と認められるのでしょうか?

某国の「正しい歴史の認識を」と言う言葉はあながち間違いではありませんね(笑)

Aベストアンサー

azuki-7 さん、こんばんわ。

こんな歴史書が何故日本国の正史と認められるのでしょうか?

歴史書というのは時の権力者に都合の良いように編纂されるものですというの典型だと思います。特に古代史ではそれが基準になって支配権確立する口実にするのですから、自分達にとって都合の悪いものは書かないし、都合の良いものは書いておくというように・・・
ただ、現代では他の文献との整合性が合わないため、日本の正史として信頼性が疑問視されています。


詳細は下記のURLを参照してください。

日本書紀
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%9B%B8%E7%B4%80

Q旧約聖書『創世記』を読んでも何が何やらわからないので、解説付きの本とかが欲しい

こんにちは。
創世記を覗いてみたのですが、地名やら系図やらが文章として表記されているので全くわけがわかりません…

なのでわかりやすい地図や、人物系図などの解説が付いた本はないでしょうか?
JBSが出しているよう荘厳な原文(の日本語訳版)が一緒に載っていると嬉しいです。
勿論創世記だけではなくてもよいのですが、とりあえず私は創世記を理解したいのです…。


何かよい本はないでしょうか?

Aベストアンサー

子供用聖書はいかがでしょうか?
もし、初めて聖書を読むようでしたら、子供用→小中学生用→普通の聖書

と、段階を踏まれた方がわかりやすいかと思います。
普通の聖書も「口語訳」を読まれているようならそれは初心者にはお勧めしません。

創世記ならなおさら、子供用聖書は絵も多いですしとてもわかりやすいかと思います。コミックもあります。(子供の聖書絵物語、マンガ聖書物語などなど)

簡単に歴史的流れをまず把握した後、普通の聖書に入って行った方がよりわかりやすく理解できるのでは?と、思います。

クリスチャンの子供達は(私もそうですが)、小さいころから聖書を勉強します。が、もちろん年齢に合わせ、わかりやすいものを使います。
年齢を重ねるごとに、厚みを増すように聖書の知識を増やしていきます。

段階を踏まれた方が、より分かりやすく理解する上で、かえって近道のように思います。

Q日本書紀は、古事記について言及していません。なぜ?

古事記の序を信じれば、その成立の経緯は、天武天皇の命で編纂したもの、とされています。稗田阿礼が誦習していた天皇の系譜と古い伝承とを、太安万侶が書き記し編纂したもの、とされていますね。
天皇の命ですから、公のもの(大げさに言えば、国家事業)ですよね。
しかし、日本書紀は、古事記について言及していません。なぜでしょうか?

Aベストアンサー

 簡単に言えば、『古事記』と『日本書紀』では書物の性質が異なるからです。『古事記』は天皇氏なる一族の系譜を創世の物語として伝承された(殆どは当時の作り話である)口誦を文字に記した書物であり、一方の『日本書紀』はその編纂者も異なります。この編纂を主導したのは当時の政権中枢部にいた人物であり、それは藤原一族による政権維持を正当化する目的が背後にあったことも確実であり、また「国家の正統な歴史」を記すとの意味での編纂事業です。
 ですから、律令国家と天皇氏の歴史は必ずしも等号で結ぶことができない、との話になります。『書紀』が『古事記』と異なる部分は「記述の仕方」にも顕著に示されています。
 一代の天皇の治世下で「どの様な事象があったか」を時系列的に記述している。こうした意味で史書と呼ぶことも可能になります。
 けれども『古事記』の殆どは物語や古代歌謡による記述です。そうした部分からは史書とは評価しがたいとの見解もあります。
 僕自身は『古事記』はデタラメの巣窟であり、『日本書紀』にもあやしい部分がかなりあるとの立場です。他の史料との整合性が確認できなければ、それは史料としての価値はないに等しいとなります。

 簡単に言えば、『古事記』と『日本書紀』では書物の性質が異なるからです。『古事記』は天皇氏なる一族の系譜を創世の物語として伝承された(殆どは当時の作り話である)口誦を文字に記した書物であり、一方の『日本書紀』はその編纂者も異なります。この編纂を主導したのは当時の政権中枢部にいた人物であり、それは藤原一族による政権維持を正当化する目的が背後にあったことも確実であり、また「国家の正統な歴史」を記すとの意味での編纂事業です。
 ですから、律令国家と天皇氏の歴史は必ずしも等号で結ぶこ...続きを読む

Q創世記戦争について

私は、創世記戦争と呼ばれるルシファーとヤハウェを中心とする戦争について調べています。
創世記戦争についてと、それに破れ天魔(星魔)となった悪魔たちのことを勉強したいのですが、なかなか資料が見つからず困っています。

旧約聖書などを読んで試みてもいるのですが、どうも創世記戦争については書かれていません。
だれか資料を紹介していただける方もしくは、教えていただける方などはおられませんでしょうか。
どういうふうに調べれば良いなどというアドバイスもあればよろしくお願いします。

Aベストアンサー

創世記戦争は聖書の創世記を元にした『創作』に過ぎません。
創世記をテーマにしているといっても、聖書の創世記からは逸脱した創作なので、旧約聖書を読んでもあまり参考にならないと思いますよ。既に回答されていますがジョン・ミルトンの失楽園を読んだほうがいいですね。

参考までに。
創世記戦争でおなじみのキャラ名、聖書では本来以下の意味があるので少しあげてみます。

■ルシファー 
ラテン語ウルガタ訳に由来する訳語で、この言葉は「バビロン王朝」を指しています。悪魔のうちの誰かの名前ではありません。

■ベルゼブブ(またはベエルゼブブ) 
サタンの配下の誰かではなく、サタンそのものを指す名称です。

■ミカエル 
天使長。これは人間となる前、および人間としての生涯を終えた後の天界におけるイエス・キリストを指す名称です。

■ヤハウェ(またはヤーヴェ、エホバ、ヤハ)
万物の創造者である至高神です。


創世記戦争とは意味が違うでしょ?
旧約聖書の創世記と創世記戦争は別物と思ったほうがいいです。

Q日本書紀と古事記と兄妹愛

●日本書紀と古事記の神代篇について…内容に差はあるのでしょうか?どちらも同じに思えるのですが…。
●また、兄妹始祖神話の例は多くあると聞きます。他にどのようなものがあるのですか?アダムとイヴもその例に入るのでしょうか?
●何故、最初の男女が兄妹の場合が多いのでしょうか?

 質問が多いですが、どうか宜しくお願いします。 

Aベストアンサー

 『日本神話』は、まとまった形としては『古事記』(712年成立)、『日本書記』(720年成立)に見られる、いわゆる『記紀神話』を主とし、『風土記』その他諸書に散見するものを含めて言います。記紀に見られる神話は同一ではありませんし、その性格も同じではありません。
 『古事記』に見られる神話は、歴史叙述の一環として、その上巻に記載されたものです。その本来の神話としての姿は幾分か認められるところがあるにしても、基本的には、それぞれまとまりをもっていたと思われる個々の(小さな)神話物語が、多分に潤色されながら、時の経過を示すように連接されて、序文に言う『邦家の経緯、王化の鴻基』として、天皇家の由来を語る歴史物語に体系化されたのでした。

 『日本書紀』の神話は30巻中の第一・二巻(別称神代巻上下)に見られますが、『記』に対してその特色は、およそ二点挙げられます。その一は、『一書曰』として多くの異伝を注記していることです。これは神話が早い時期に記載化されたことを窺わせています。第二は、『記』に見られる出雲を舞台にした『作る』の神話が見えないことです。これに加えて『書紀』では、本書伝と『一書曰』伝とが錯綜していることもあって、体系化の点では『記』に劣っていますが、『書紀』は、古伝承を漢文化しながらも忠実に記録したことでもあり、伝承の古態を探る上では有益です。

 国生み神話の論点の1つに、イザナギ・イザナミ二神の結婚が中国・朝鮮・東南アジア一帯に分布する『洪水型兄妹相姦神話』(洪水によって兄妹が生き残り、やむなく結婚して、はじめ不具児を出産しつつも人類の祖先となる)に当たるか否かという問題があります。国生み神話をこの型の神話あるいはその断片と見る研究者は多いですが、これを否定する服部旦説もあります。
 二神の結婚を兄妹相姦と見るか否かについては、アジア一帯の近親婚に対する充分な検討が必要でしょう。中国・朝鮮では、同姓不婚の制に見られるように近親婚への忌避がありました。一方、古代日本では、同母兄妹間は忌避されましたが、異母兄妹間の結婚は行われたらしく近親婚に対する禁忌の度は相対的に低いようです。各地域の近親婚に関する文化的差異を念頭に置かないと、それらに徴してイザナギ・イザナミが兄妹か否か、兄妹とすれば同母か異母か、その結婚が相姦と言えるか否かは簡単には論じられません。

 『日本神話』は、まとまった形としては『古事記』(712年成立)、『日本書記』(720年成立)に見られる、いわゆる『記紀神話』を主とし、『風土記』その他諸書に散見するものを含めて言います。記紀に見られる神話は同一ではありませんし、その性格も同じではありません。
 『古事記』に見られる神話は、歴史叙述の一環として、その上巻に記載されたものです。その本来の神話としての姿は幾分か認められるところがあるにしても、基本的には、それぞれまとまりをもっていたと思われる個々の(小さな)神話物語...続きを読む


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